願い
その日の夜。母、千里が帰宅したところで悠希は例の事件や動画の進展について尋ねた。早絵にも頼まれたし悠希自身も気になっている話題であるからだ。
「あぁ、それね。一応署長が動画を提供してくださった方と話してくださったのよ。もう住所も分かってるから明日からしらみつぶしに身辺調査するつもりよ。そうすればいつかは犯人の女の子も見つけられるかもしれないし」
千里はそう言いながら制服を脱いでゆったりとした服装に着替える。警察の制服を身に纏っている姿とはまた違い、"母親"としての彼女が見て取れると悠希はいつも思っているのだ。
「……で、急にどうしたの?」
キッチンに移動して夕食の準備に取りかかりながら千里が尋ねる。
悠希は後頭部を掻きつつ答えた。
「いや、今回の事件にまた変に首突っ込みそうになっちゃってさ。俺も気になるし、もし母さんが何か知ってたら教えてほしいなって思ったんだよ」
「悠希の悪い癖ね。この前みたいに変に巻き込まれないでよね」
呆れながら千里は吐息。悠希が拉致監禁されたことを今でも不安に思っているのだ。
第一あの事件は動こうと思えば動けたのだが、首に刃物を突きつけられた息子を見れば動けるはずもない。
あの時は仕方なかったのだと千里は自身に言い聞かせてきた。もし万が一動いていたらあの刃が悠希の喉を貫いていたかもしれないと思うと、動かずにやり過ごした自分の行動は結果的には正しかったはずだ、と。
変な事件に巻き込まれてほしくないという思いは千里の心の底からのお願いだった。
もう二度と、あんな歯痒い思いはしたくない。何も出来ずにいた自分を責める毎日などうんざりだ。
「お願い」と心の中で息子に懇願する。
「分かってるって。だから今回は手出さないだろ?」
悠希もそんな母の思いを汲み取って明るく言った。自分の不注意が原因であのような不祥事を招いてしまった以上、もう二度と千里に心配させるわけにはいかない。それに悲しい思いも歯痒い思いも絶対にさせたくはない。
「さて、じゃあ晩ご飯にしようか」
重くなった空気を一新、軽くするべく両手をパチンと合わせて千里が言う。
夕食の準備をしようと思って動かしていた手も知らぬ間にピタリと止まっていた。嫌な思い出と後悔の念を振り払うように鼻歌を歌って準備を再開した。
翌日。悠希は学校に着くと、真先に龍斗達のところへ向かった。目的は勿論、昨日千里から聞いたことを伝えるためだ。
「おはよう」
「よぉ、悠希」
「おはよう、悠希くん」
「おはよ〜、ふわぁ〜あ」
茜があくびをかましながら挨拶する姿に苦笑いしつつ、悠希は本題に入る。
「あ、そうだ。昨日母さんに聞いたんだけど、もう警察は動画提供者と話出来たみたいだぞ」
「「「それで?」」」
三人の目が一瞬にして輝きを増し、全員が身を乗り出した。あまりの食いつきように若干引きながらも悠希は続ける。
「それで……」
冷や汗を浮かべつつ、ド忘れしてしまった話の続きを必死に思い起こせる。
「今日から聞き込み開始だってさ。警察も俺たちと一緒で女子高生が犯人だって推測たてて捜査してるみたいだ」
「そっか。警察も見立ては一緒なんだね」
早絵が嬉しそうに言った。
「ああ。まぁ、あの動画聞いたら誰でも犯人は女子高生だって推測すると思うけどな」
「そうだけど、それでも何だか嬉しい」
龍斗のひねくれた言い方も華麗に返し、早絵は頬を赤らめて笑う。プロの警察と自分達の見立てが一致したことが彼女にとって嬉しかったのだろう。
「今回ばかりは俺たちの出る幕はないけど、常に警戒はしておいてくれ。俺のせいでお前らには色々迷惑かけちまったからな。相手は犯罪者だ。陰陽寺や咲夜くんの時とは訳が違うと思うんだ」
そう思うのは単なる悠希の勘に過ぎないが、何となく嫌な予感がするのは確かだった。
悠希はかつて色々事件に巻き込んでしまった友人三人を見つめて忠告をする。母、千里にも迷惑をかけたくないのと同じくらい彼らにも迷惑をかけたくない。これ以上苦しくて嫌な思いもしてほしくない。
「俺もできる限り首は突っ込まないように約束するけど、万が一の時はそれを破る。他人の命がかかってたりしたら尚更だ」
母親が警察官である以上、悠希が何かしらの事態に巻き込まれる可能性もなきにしもあらず。若しくは悠希自身が自ら飛び込んでいくか。いずれにしろ、周りに多少の迷惑がかかることは避けられないだろう。
「その時にもしかしたらお前たちに危険が及ぶかもしれない。勿論そんなことはさせないけど」
「何か正義のヒーローみたいだな」
たじたじな悠希の後半の台詞に思わず吹き出し龍斗が笑う。
「要は常に警戒を怠るな。何があっても深入りすんなってことだろ?」
言いたいことまで汲み取ってくれた幼なじみに感謝しつつ悠希は頷く。
「了解! お前にわざわざ言われなくても分かってるぜ」
親指を立てて歯を見せて龍斗は笑った。茜と早絵も笑顔で頷く。特にこの二人には絶対にあんな思いはさせたくないと悠希は思った。持ち前の優しさ故に傷つけられた友達、早絵の敵を打とうとして身の毛がよだつ恐怖の夜を過ごした茜。二人の経験した地獄を想像すると、今でも胸がざわつく。
この胸騒ぎがまた起こらないことを祈りながら悠希はいつも通り学校生活を送った。




