計画実行へ
「最近陰陽寺学校来てないね」
数日後の朝、登校して自分の机に制カバンを置き、ふぅと息を吐く悠希を横目に見ながら茜が言った。
茜に言われて悠希も大雅の席に目をやる。
「確かにそうだな」
大雅の机の上には欠席した日に配られた宿題やプリントがファイルに入れられて置かれてあった。
悠希の学校では、欠席者用の手紙や宿題を入れるためのファイルが各教室に何枚か用意されてあり、担任によって色も柄も様々だ。
月影先生の好みがよくわかるこの欠席者用ファイルは、赤やピンクなど女子が好む色に、これまた女子が好む可愛らしい動物やスイーツなどのシールが貼られている。
普段はおとなしくどちらかというとクールな感じの月影先生だが、彼女もやはり女性。
なかなか可愛らしいところもあるんだな、と悠希は思った。
「この前のことがあったから来てなくてちょっと安心。こんなこと言うの失礼かもしれないけど」
不意に茜がぼそっと呟いた。
悠希が大雅の席から茜に目を移すと、どこか不安げな表情で茜は座っていた。
きっとまだあの時の恐怖が離れずにいるのだろう。殺されるかもしれないという恐怖を抱きながらあの夜を過ごした茜の気持ちは、容易に想像できるものではない。
悠希は少し考えてから微笑んで言った。
「そうだな……。俺もちょっと安心した」
「なんで?」
悠希の言葉に茜は驚いて思わず聞き返した。
悠希は危険も顧みずに自分を助けてくれた勇敢な人だ。それなのに、どうして「安心」なのだろう。
「いや、だってさ、あいつ、絶対俺のこと憎んでるだろ?」
「……多分」
「後ろの席の奴に憎まれながら過ごすなんて耐えられないし」
「確かにそうだね」
「だろ?」
気持ちが同じだという親近感や少し可愛げのある理由に茜は思わず笑顔になる。
悠希は茜が笑っているのを見ながら照れたように言った。
「笑うなよ……本当に無理なんだからさ」
「ごめん。想像したら面白くて」
大雅に冷たい目で睨まれながら授業を受けて気まずい様子になっている悠希を想像しただけで笑えてくる。
もちろん悠希本人にとっては苦痛でしかないのだが。
茜は涙を浮かべながらお腹を抱えて笑った。
悠希自身面白いことを言ったという自覚はさほどないが、それでも茜が笑ってくれたのならそれで良い。
悠希は茜の心からの笑顔を見て胸をなでおろした。
※※※※※※※※※※
「おーい、悠希ー! 早絵のお見舞い行くぞー!」
放課後。
部活終わりだろうか、砂だらけのユニフォームを着たまま教室を覗いている龍斗が悠希を大声で呼んでいた。
悠希は相変わらずの龍斗の元気な声に耳を塞ぎながらも、読んでいた本を閉じて立ち上がった。
「分かった」
悠希は席を立ってちらりと後ろを振り返った。
夕日に照らされてオレンジがかったその席は、寂しげにポツンと佇んでいる。
(明日は……来るよな)
悠希はしばらくそれを見つめた。
「おい、悠希! 早くしねぇと置いて行くぞ!」
急かす龍斗をなだめながら外に出て行った。
「ヤッホー」
教室を出たところで二人は声をかけられた。茜だった。
茜は龍斗とは真反対。
綺麗に選択された、さながら新品の制服に身を包み、髪の毛を朝よりもしっかり編んでいる。
「行こっか」
茜は笑顔で言った。
悠希と龍斗は茜の言葉に頷く。
三人は夕焼けに照らされて輝く校門を軽い足取りで通っていった。
「あ、そうだ」
早絵の病院への道を歩きながら、茜が龍斗に言った。
「ていうかさ、龍斗着替えたら? 早絵に会いに行くのに汚かったら嫌われるよ?」
「別に良いだろ? 面倒なんだよ……」
「私が嫌だから病院着いたらすぐトイレで着替えて」
茜がツンとした表情をしてみせる。
それを間に受けて焦った龍斗は慌てながら、
「わ、分かった分かった! ちゃんと着替えるから! そんな機嫌悪くするなよ」
龍斗のあまりにも素直な様子に悠希は思わず吹き出してしまう。だが龍斗はそれを見逃さなかった。
「おい! 悠希! 何笑ってんだよ!」
鋭く叫んで悠希に詰め寄った。
悠希は少し焦りながら後ずさる。
「わ、悪い悪い。ちょっと面白くてさ」
「何なんだよ」
龍斗は少し不機嫌そうな様子でそっぽを向いた。
※※※※※※※※※※
そうこうしているうちに、早絵が入院している病院に着いた。
受付の女性に確認を取り、早絵の病室へと向かう。いつも通り静かで物音一つしなかった。
ドアをガラガラと開けると、早絵が弾かれたようにこちらを向いた。
「あ、みんな。今日もきてくれたんだ」
「おう!」
早絵の言葉に龍斗はつい大きい声で返事をしてしまう。
院内はどんな患者が入院しているかわからない。
大声のせいで気分を悪くする人も当然多いだろう。
そんな人にとっては迷惑極まりない。
悠希と茜は慌てて龍斗の口を塞いだ。
同時に二人に口を塞がれ、息苦しそうにもがきながら龍斗は早絵に手を振った。早絵も少しあきれた様子で手を振り返す。
「何かこうやって毎日会ってたら学校と変わらないね」
ベッドの近くにあった椅子に座り、茜が早絵に言った。
「そうだね。私も毎日皆が来てくれて嬉しいよ。ありがとう。でも本当に毎日大変じゃない? 私なんてこんなピチピチしてるんだから毎日来てくれなくても元気だよ」
早絵は少し遠慮がちに悠希たちに言った。
悠希も茜の横に座り、首を振る。
「大変なんかじゃないぞ。早絵が笑顔でいてくれるだけで俺は幸せだ」
「そう? なら良いんだけど……。あんまり皆に負担かけたくないから。しんどかったら来ない日があったって良いんだよ?」
「気にすんなって。俺たちだって早絵に会いたくて来てるんだし」
「ありがとう」
早絵の言葉に悠希は笑顔で頷く。
早絵には嘘偽りない悠希の言葉が素直に嬉しかった。
おせっかいをしたことでみんなに迷惑がかかってしまったことを、早絵はずっと気にしていた。
悠希たちが気をつかっていないかどうか不安だった。
だから今、悠希の言葉を聞いたことで、肩の荷が下りて心も軽くなった。
早絵が勝手に不安がっていただけだが、不安を取り除いてくれて心まで軽くしてくれた悠希には感謝の気持ちでいっぱいだ。
早絵は尊敬の眼差しで龍斗たちと笑いながら喋っている悠希を見つめた。
※※※※※※※※※
陽もすっかり落ちた頃。
大雅は真っ暗な部屋の中で、またも集合写真に目を投じていた。悠希の顔だけがズタズタに破られている。
「もう少し遊べると思っていたが……もうあの学校にも用はないな。僕がこの手で終わらせてやる」
そう言う大雅の目に怒りの炎が燃えている。
大雅は机に置いてあった黒くて丸い大きなものを一つ手に取り、それをじっと眺める。
怒りのあまりそれを握りしめた拳がキリキリと音を立てている。
「計画実行だ」
決心する大雅をあの時と同じように鋭く光る三日月が照らしていた。




