その2
19 修理
翌朝から、シンは整備に取り掛かった。助手はコンゴーと楓子。
力仕事はコンゴーに、細かい作業は楓子が手伝う。
「さて、まずは直すぞ」
「はい、お手伝いします」
元々、シンは工学魔法を専攻していた。
カイナ村の家で趣味レベルから始め、『マリッカ工房』で修業した。
それに加え、『継承者』として、膨大な知識を受け継いだ今、世界でもトップレベルの技術者となっていたのだ。
「まずは……錆と汚れを落とすところからだな。……ええと、『浄化』……『還元』」
最初のうちこそ、知識に身体がついてこない部分もあったが、少し作業を続けていると、それも解消した。
「コンゴー、ボディを外してくれ」
「ワカリマシタ」
構造はモノコックではなく、フレーム(シャーシ)とボディで構成されているので、修理や改造は容易だった。
「フレームの歪みを直さないとな……『変形』」
「シン様、こちらは折れています」
「じゃあ繋ぐか。『融合』」
とはいえ、並みの技術者であれば5日くらいは掛かるであろう。
その修理を、シンは半日で終わらせてしまったのである。
「修理、完了」
「車体に問題はありませんでしたね」
「そうだね」
「何かが隠されていることもなかったですし」
「?」
よくわからない、という顔をしたシンに、楓子は、『その昔、2代目『魔法工学師』のジン様がポトロックでゴーレム船競技会に出たときに……』と、『エルラドライト密輸事件』に関わってしまった話を聞かせたのである。
「そんなことがあったんんだね」
「はい。でもこの車には、そんないわくはないようで安心です」
「うん。……さて、もうじきお昼だな。午後はいよいよ改造に取り掛かるぞ」
「はい、シン様」
20 改造 その1
宿の食堂で軽食を食べたシンは、休憩もそこそこに、作業場にしている倉庫に戻ってきた。
「さて、午後は改造だけど、素材を手に入れないとな……」
「ありますよ、シン様」
「楓子!?」
「鉄、軽銀、青銅、それに少しですがアダマンタイトを仕入れてきました」
「お昼にいないと思ったら……助かるよ、ありがとう」
「どういたしまして」
どこからどうやって入手したのか、シンは聞かなかった。
実は楓子が『二堂城』の統括魔導頭脳『北斗』に連絡し、『グレイ』に装備されている極小の『転移門』で送ってもらったのだ。
この極小の『転移門』は、今回のように必要な資材を(場合によってはお金も)送ってもらうためのシークレット装備である。
シークレットなのは、シンがそれに頼り切ってしまわないようにという配慮からだ。
入手方法を聞かれたなら、『ヘソクリで買ってきました』とでも答えようと楓子は考えていたのだが、その必要はなかったようである。
よくも悪くもシンは鷹揚であった。
「よーし、まずは全体の材質を改善しよう。『抽出』……『均質化』『均質化』……『構造変形』……どうかな? ……『分析』……これでよし!」
まずはフレームを構成している金属から不純物を取り除き、その後金属分子の偏りをなくす。
そして金属組織を変化させて最適化することで、強度などの物理的性質を向上させた。
「さあ、ここからが本番だ」
補強を入れる作業になる。
オンロードとオフロードの双方を高速で走ると、フレームには大きな力が掛かる。
そこで適切な補強が必要になるのだ。
「ここと、ここに補強材を入れて……『融合』『変形』……うん、よし」
補強を入れるのも、適した箇所があり、やたらに入れればいいというわけではない。
極端な話、補強を入れたすぐそばが破損する可能性が高いのだ。
だからといってそこも補強すると、またそのそばが破損しやすくなる。
で、また補強する……いたちごっこになってしまう。
「……だから、適度な『しなり』と『逃げ』が必要なんだよな」
継承した『知識』を参考に、シンは補強部材を追加していくのだった。
21 改造 その2
「フレームはこれでよし、次は足回りだ」
シンの作業はまだまだ続いている。
「ダートと舗装路、どちらも対応できるようにしないと」
少し考えるシン。
「ゴーレムアームサスペンション……はこの規格じゃ無理かなあ……」
瞬時に路面の凹凸を把握して伸び縮みするサスペンション。
その昔、2代目魔法工学師が開発したもの。
最初は馬車に、その後はゴーレム自動車に採用された。
欠点は、通常のサスペンションに比べ、やや大きく、重くなることである。
「うーん……2代目ならこの車に搭載できる大きさにダウンサイジングできるんだろうけど僕は……」
シンにはちょっと自信がなかった。
チャレンジして失敗すると、競技会に出場するための自動車に仕上げる時間が足りなくなる……かもしれない、と心配になったのだ。
「今回は見送るか……」
その代わり、今の自分にできるベストなものにしようと考えを切り替えた。
「せめてダートと舗装路で特性を切り替えるくらいならできるだろう」
ダートではしなやかな軟らかさを持った特性、舗装路ではかっちりとしたホールドを維持できるような特性。
この2つは、単一の設定では両立できない。
ゆえに切り替えができるように……それも瞬時に……しよう、とシンは考え、実現のための加工に取り掛かったのである。
「楓子、軽銀はまだあったっけ?」
「はい、ございます」
「鋼鉄も少し欲しいな」
「お任せください」
「コンゴー、フレームを持ち上げてくれ」
「ワカリマシタ」
そしてなんとかその日のうちに、フレームと足回りの改造は完了したのであった。
22 夕食
「お客さん、夕食の準備ができましたよ……うわあ……!」
午後6時、シンを呼びに来た宿の看板娘セリーナが、驚いた声を上げた。
「あのボロかった車が、こんなになっちゃうんですか……!」
「うん、なんとかここまで直したよ」
「なんとかここまでって……お客さん、凄腕の技術者なんですね!」
「いやあ、それほどでも」
少し照れるシンに、セリーナは告げる。
「あ、お夕食ができてますから、食堂へお越しください」
「わかりました」
ということで、一旦作業の手を止め、シンは夕食を摂りに母屋へと向かったのである。
食堂には、シンの他、宿泊客が4組ほどいた。
「お待たせしました」
テーブルについたシンのところへ、セリーナがトレイに載せた夕食を持ってきてくれた。
「いただきまーす」
熱々のスープが湯気を立て、ステーキも焼きたてである。
「いつも美味しいなあ」
「一杯食べてくださいね」
この宿の食事はシンの口に合ったようで、いつも美味しく食べられる。
もっとも、シンには好き嫌いはないのだが……。
「ごちそうさまでした」
お腹いっぱいになったシンは、一旦部屋で食休みとする。
そうしないと楓子に怒られるからだ。
「ふう、お腹いっぱいだ」
ベッドにごろりと横たわったシンは、これからの改造について、頭の中でプランを立ててみる。
「駆動系の強化は必須だな……軸受もブラッシュアップしないと……あとはタイヤか……」
そんな事を考えていたらうとうとし始め、いつしか眠りに落ちたシンである。
そんなシンに、毛布と布団をそっと掛けた楓子であった。
23 改造 その3
「……いやあ、よく寝た」
午前5時。
早起きしたシンは、やはり疲れていたんだなあ、と顔を洗いながら反省した。
「楓子、布団を掛けてくれてありがとう」
「どういたしまして」
「さて、朝食前に一仕事するか」
リフレッシュした頭で、改造プランを立て直すシン。
「まずは今日中に走れるところまでは進めてしまおう」
そして明日は走らせながら細部を詰めよう、という予定を決める。
朝食前に少しだけ作業を行い、今日の下準備まで済ませたシンは、朝食を終えると一目散に倉庫へと向かった。
「さあ、いよいよ駆動系に手を付けないと」
まずは軸受とシャフトである。
錆びついていたりすり減っていたりで、かなり劣化していたのだ。
錆を取ってもすり減った分はそのままなので、まずはここから。
「シャフト類はニッケル鋼か……クロムとモリブデンを添加してグレードアップしよう」
楓子が持ってきてくれた素材の中に、クロムやモリブデン、マンガンなども若干だが混じっていたのだ。
若干とはいえ、合金に使うには十分である。
「摺動部にはアダマンタイトコーティングをしよう」
摩擦の低減、そして焼付きの防止にもなる。
「そして駆動系の要は……チェーンか……」
このタイプの『足漕ぎ自動車』は、自転車のようにチェーン駆動である。
ゴーレムのパワーは、標準的なものでも馬力換算で30馬力、強力なものは100馬力以上ある。
現代日本の自動車でいえば360cc時代の軽自動車が、初期のもので20馬力くらい、後期の最大のもので40馬力くらい。
普通車は……ピンからキリまであるが、1960年代のスポーツカーが1500ccで80馬力くらいである。
「チェーンの強化は必須だな……」
コンゴーのパワーは500馬力くらいはありそうだから、とシンは推測し、それに耐える強度を持たせるため、チェーンを並列で使うことにした。
午前中はそこまでで終了。
昼食を挟んで午後からは仕上げである。
「『強靱化』『硬化』……『防錆』……『安定化』……と、これでいいかな」
そして後回しにしていたボディに手を付けることになる。
「全部軽銀に置き換えるか……」
鉄板でできていたボディを軽銀にすることで、かなりの軽量化ができる。
最後はシートやコンソールなどの内装だ。
速度計などの計器類も同時に整備する。
夕方まで掛かったが、なんとか自動車のリニューアルを終えることができたのである。
24 試走
早速走らせてみたいと思ったシンだったが、
「ちゃんと休憩を取ってください」
という楓子の忠告に従い、入浴、そして夕食を摂る。
食休みとしてベッドに横になったシンは、やはり疲れていたのだろう、前日同様そのまま眠り込んでしまった。
翌朝、また早起きしたシンは、顔を洗うと倉庫へと向かった。楓子も付いてくる。
コンゴーは倉庫の中にいて、寝ずの(寝る必要がないので)番をしてくれている。
「朝食前に試運転してみようかな。……楓子、どう思う?」
「はい、わたくしのチェックによると、全く運用に問題はないと出ています」
「そうか、じゃあコンゴー、漕いでくれ」
「ワカリマシタ」
音を立てないようそっと道路へ出、ゆっくりと走り出す。楓子は助手席である。
「うん、いい感じだな」
宿の前の石畳を走り出すシン。
足回りの調整は必要そうだが、大きな問題はない。
あるとすれば……。
「タイヤが、これじゃ駄目だ……」
元々付いていたタイヤを再整備したものなので、柔軟性や弾力、グリップ力に欠けているのである。
「これを元に戻すより、新しいタイヤに替えた方が早いかな……いや、ここはこのタイヤを復元しよう」
幸い、元々交換したばかりだったようで、あまり減っていなかったのだ。
ただ、年月を経て硬くなってしまっていたので、『軟化』を掛けておいたのだが……。
「やっぱり不十分だったね。とりあえず戻ろう」
宿の周りを1周して戻ったシンは、さっそくタイヤの材質改善をしようとして……。
「お客さん、朝食の準備ができましたよ」
「あ、はい」
セリーナに呼ばれ、食堂へと向かったのである。
25 仕上げ
朝食を済ませたシンは、タイヤの再生に取り掛かった。
「ゴムの劣化、ということは、架橋された構造が変化しているということだよな……」
酸素による酸化反応、紫外線による化学変化、金属イオンによるゴムポリマーの酸化などがその原因だ。
シンは、それに適した工学魔法を選定する。
「『融合』『変形』『還元』『均質化』『構造変形』……そして『強靱化』。……どうだ?」
亀裂を生じていたタイヤゴムを一体化し、トレッドパターンなどの外形をオフロードにも適応したものに調整。
次いで酸化した原子を還元し、全体を均質化する。
そして架橋構造を再構築し、最後に靭性を保ったまま強化したのである。
「ちょっと硬いかな? ……部分的に『軟化』」
ゴム硬度を適正なものに修正、だがトレッド(地面と接する部分)の硬度はそのままにしておく。
「『分析』……うん、いいだろう」
自分が想定した状態になったことを確認し、シンは納得したように頷いた。
こうした経験を積み重ねることで、さらに作業効率はアップし、工学魔法もよりうまく使えるようになるのである。
「仕上げはボディをちゃんとしよう」
まだ、大まかにしか整えていなかった部分をきっちりと形作っていく。
元になったのは『受け継いだ知識』の中にあるデザインだ。
「リアにウイングを付けてみようかな」
競技のコースレイアウトを見ると、高速コーナーがあるので、有効だろうと判断した。
ボディを薄い鉄板から軽銀にしたので、重量増加は気にならない。
「色は……青にしようかな。……『表面処理』……うん、いい色だ」
軽銀の酸化被膜の厚みを変えることで色を変えることができるのだ。
「これで完成だ!」
ついに、シンの競技用車が完成したのである。
26 練習と調整
「……問題は、僕の運転技術だな……」
そればかりは『受け継いだ知識』にもなかったので、地道に練習するしかない。
そこでシンはアルバン郊外の山道や荒れ地で運転技術の練習をすることにした。
まる1日走り回って、オフロードでの運転技術はかなりわかってきた気がするが、やはり舗装路での練習もしたいなあと思うシンであった……。
が、その希望は翌日叶うことになる。
「シン様、少し離れた場所ですが、格好の道がありました」
「へえ」
楓子に案内されたどり着いた山道は、砕石舗装が施され、ガードレールまで完備された広いワインディング。
「こんなところにこんな道があったんだ……」
「はい、偶然見つけました」
「ありがとう、楓子。……おや、スカートの裾が土で汚れてるよ」
「あ、気が付きませんでした。……『浄化』……これできれいになりました」
「すごいな、楓子は」
「いえこのくらい、従者として当然です」
そんな一幕もあったが、シンは『整備された山道』でオンロードでの走行練習を始めた。
「うーん、いい調子だ」
「車体の挙動もいいですね」
助手席の楓子は、運転に集中するシンに代わって車体の挙動観察をしてくれている。
「リアのウイングはもう少し角度をつけてもいいと思います」
「よし」
……と、このようにアドバイスをくれるので、それを踏まえてシンは調整を行う。
「リアサスは、オンロードでしたらもう少し固くしたほうがいいと思います」
「わかった」
「タイヤのトレッドパターンはオンロードを意識した方がよさそうです」
「そうなんだね」
「コンゴーとの連携もうまくいっています」
「だね」
その日1日で、シンの自動車のセッティングはほぼ完璧になったのである。
27 登録
競技会2日前。
参加車の車検と登録の日である。
最終的に128台が参加したようで、1箇所ではさばききれそうもないため、4箇所に分かれての車検となる。
シンの車はアルバンの北にあるラグラン商会の整備工場で行われた。
「111番、問題なし」
「よかった……」
かなり改造したので不合格になるのではないかと少しだけ心配していたシンであった。
「この車、懐かしいなあ」
「え?」
工場の整備員がふと呟いた声を、シンは聞きつけた。
「これって、『ローランドZ86』の初期型でしょ。俺もこいつに乗ってたんだよね」
「へえ、そうなんですか」
「当時は人気車でね。でもその分、乗り潰されてあまり現存していないんだよ」
「そうだったんですか」
「まあ、大事に乗ってくれよ。こっそり応援してるからさ」
「ありがとうございます」
この登録が済むと、車体にゼッケンを表示できるようになる。
左右のドアとボンネットに『111』と表示されたわけである。
111というゼッケンを悔しそうな顔で見つめる男がいたが、それに気が付いたのは楓子だけであった。
28 撃退
車検と登録が済んだ日の夜。
「いよいよ明日は予選だな」
「シン様、今日は早くお休みください」
「そうだな、明日に備えて英気を養うか」
入浴して疲れを取り、のんびりとベッドに横たわっているうちに、シンはいつしか眠りに落ちていた。
が、楓子とコンゴーは眠らない。
(シン様と自動車は守りませんと)
シンには楓子が、そして自動車にはコンゴーが付いている。
夜は静かに更けていく……。
・
・
・
・
・
・
が、その平穏は深夜に破られた。
謎のゴーレムが宿の敷地内に侵入してきたのである。
とはいえ、こっそりとなので、宿にいる者は誰も気が付いていない。
しかも、敷地内に入るか入らないか、というタイミングでコンゴーが撃退してしまった。
具体的には、敷地内を窺っている時に警告を発し、それを無視して敷地内に一歩踏み込んだ所で右アッパー一閃。
ほぼ垂直に20メートルほども打ち上がった賊ゴーレムは落下して地面に激突。
動かなくなったのである。
そのまま様子を窺っていると、別のゴーレムがやって来て壊れたゴーレムを引きずるようにして連れ去ったのだ。
追い掛けようかとも考えたが、それをやるとこちらが手薄になるため、しかたなく見逃す。
が、その後は静かなもので、宿の者たちは、スタッフも、シンをはじめとした泊り客も、安らかな眠りを満喫できたのであった。
29 予選会前
さて、予選会の日である。
128台の参加車を13組に……10台ずつが12組、最後の組が8台……分け、本戦のコースを使って20分ずつのタイムトライアルを行う。
各車に1機、時間計測用の魔導具を割り当て、1周の周回タイムの上位20台を選別することになる。
「本戦のコースを走れるのはありがたいな」
決勝レース前に最後の設定を詰められると、シンは内心喜んでいた。
予選ではあるが、観客はそこそこ入っていた。
入場料も取っているなら、かなりの収益になっているのだろう。
なお、シンと楓子は関係者用のパスがあるので出入り自由である。
そして、予選が始まる。
割り当てられたゼッケンを13で割った時の余りでグループ分けされるということで、シンは7番目のグループとなった(111割る13は、8余り7)。
なお、割り切れる数字の場合は(余りが0)13番目。
受付時にひと悶着あったデプス・カーターは112番なので8番目である。
「他の車の走りが観察できるな」
この点はラッキーである。
コース1周はおよそ2キロ。
平均時速が60キロくらいなので、20分で10周くらいはできる計算だが、他の車もいるためせいぜいが7、8周だろうと思われた。
8周のうちのベストタイムが競われるわけだ。
30 予選会 その1 第1グループ
午前9時、第1グループの予選が開始された。
コース幅は10メートル、4台が並走できる幅があるが、コースインのタイミングは各ドライバー(もしくはチーム)に任されていた。
「いっぺんにコースインすると、20分をフルに使えるけど周囲に他の車がいるからタイム的にはマイナスなんだな」
「そうですね、シン様。1分ほどのロスを覚悟で少し遅れてコースインすればマイペースで走れそうです」
「どちらがいいかだな……」
「真っ先にコースインして、他の車を置き去りにするほど速ければいいのでは?」
「理想はそうだが、速さはともかく、真っ先にコースインできるかどうかだな……」
コースインする場所はメインスタンド前のストレートで、そこの路肩にはピットロードがある。
そのピットロードからコースインするわけだが、場所取りで揉めないよう、小さいゼッケン順と決められているのだ。
「僕は111だから後ろから2番目だしね」
「でしたら1分遅らせてのコースインをおすすめします」
「やっぱりそれかな」
……と、他の車の走りを見ながら作戦を(というほどのものでもないが)決定した。
20分後、第1グループの上位タイムは……。
1位:2分08秒
2位:2分10秒
3位:2分11秒
であった。
観客も歓声を上げ、予選会を楽しんでいるようだった。
31 予選会 その2 シン、発進
予選は順調に進み、第6グループまでが終了。
ここまでの上位20台は……。
ゼッケン3 : 1分41秒
ゼッケン53 : 1分42秒
ゼッケン57 : 1分45秒
ゼッケン42 : 1分48秒
ゼッケン6 : 1分49秒
ゼッケン16 : 1分50秒
ゼッケン83 : 1分52秒
ゼッケン30 : 1分53秒
ゼッケン123: 1分55秒
ゼッケン4 : 1分56秒
ゼッケン17 : 1分59秒
ゼッケン43 : 2分0秒
ゼッケン15 : 2分0秒
ゼッケン80 : 2分1秒
ゼッケン32 : 2分4秒
ゼッケン119: 2分4秒
ゼッケン71 : 2分6秒
ゼッケン109: 2分7秒
ゼッケン14 : 2分8秒
ゼッケン15 : 2分10秒
となっている。
そしていよいよ第7グループ、シンの番だ。
魔光によるシグナルがブルーになってスタート。
作戦通り、シンはスタートを遅らせ、様子見である。
……と、シンの他にも59番と124番の2台がスタートを遅らせていた。
(同じような考えをする者もいたようだ)
とシンは思う。
第6グループまでは全車一斉に走り出していたのだが、スタート直後には少なからず混乱が起きていたので、それを見て学んだのだろう。
ピットクルーである楓子が1分を知らせる合図をくれたので、それに合わせてスタート。
他の2台も走り出した。
32 予選会 その3 妨害
予定どおり、他の車のいない開けたコースなので、シンは思いどおりの走りをすることができる。
とりあえず全力は出さず、7割程度のペースで様子見だ。
説明が遅くなったが、シンが改造したこの自動車は、アクセルの動きを魔力信号に変えてコンゴーに伝えるようになっているのでタイムラグがほとんど無い(コンマ001秒以下)。
ノーマルな車は、アクセルの動きをアナログなメーターに表示させ、それを駆動担当のゴーレムが読み取ってパワーを調整するため、どうしてもタイムラグが発生するのだ(といっても1秒程度だが)。
1秒なら大したことはないようだが、接戦になった場合の加速競争では0.1秒が明暗を分けることもある。
「よーし、いい感じだな」
6割程度(と自分では感じている)のペースで2周。
『シン様、2分フラットのペースです』
と楓子から『腕輪』を通じて連絡が来た。
「わかった、ありがとう」
今の時点で真ん中より少し後ろ。
ということは、自分のいるグループを含め、残りの7グループが全部走った場合、予選落ちになる可能性もあるということだ。
もう少し……8割くらいまで出せば、予選上位に食い込めるなと判断したシンは、さらにペースを上げる。
が、シンの前に2台の車が立ちはだかった。
「……あれ? 僕とほぼ同時にスタートした2台じゃないか?」
59と124。ゼッケンを見れば一目瞭然である。
その2台は、シンの行く手を邪魔するようにコース内をふらついて走行している。
「……邪魔だな……うわっ!?」
その上、急制動をしてシンの車を危険にさらす。
明らかな妨害走行である。
「こいつら……」
残り時間は10分を切った。
このままでは予選を通過できるかどうかわからない。
シンは2台を抜いてやろうと決める。
「ダートで抜くのは危険だから、舗装路で勝負だ」
ダートでは車の挙動を100パーセントコントロールできない(特に相手が)ので、予期しないラインに逸れる可能性が高く、接触する危険がある。
そこで舗装路まで、車間を十分にとって安全を確保する。
ダートから舗装路に変わった瞬間、アクセルオンだ。
シンは、妨害する2台の間を急加速でぶち抜いた。
「うおっ!?」
完全に不意を突かれた2台はハンドル操作を誤り、59番はガードレールと接触。124番はそれを避けるため急制動。
シンは完全に2台を置き去りにして走り去った。
「よし、これでペースを上げられる」
残りは6分、3周できるかどうか、である……。
33 予選会 その4 誤算
ペースを上げるシンだったが、ここで誤算に気付く。
最初に一斉スタートした7台のうち3台が、コースインしてからペースを落とし、意図的に前に他の車がいない状態を作ってタイムアタックをしていたのである。
そんな3台に追いついてしまったわけだ。
(しまった……思うようにペースが上げられないや)
とはいえ、前を行く3台もそこそこ速く、2分そこそこのペースである。
(さっきの加速分を考慮すれば、なんとか2分は切れたかな……?)
そんなシンの目算は的中し、
『シン様、1分55秒です』
という報告が楓子から届いた。
そして最後の周回の途中でタイムアップを知らせる赤信号が点灯し、同時にサイレンが鳴ったのである。
1分55秒、それがシンの予選タイムであった。
34 予選会 その5 結果
それからも予選は続き、大きなトラブルもなく終了。
最終的な結果は……。
1 ゼッケン11 : 1分38秒
2 ゼッケン25 : 1分39秒
3 ゼッケン3 : 1分41秒
4 ゼッケン53 : 1分42秒
5 ゼッケン57 : 1分45秒
6 ゼッケン42 : 1分48秒
7 ゼッケン6 : 1分49秒
8 ゼッケン16 : 1分50秒
9 ゼッケン36 : 1分51秒
10 ゼッケン91 : 1分51秒
11 ゼッケン83 : 1分52秒
12 ゼッケン117: 1分52秒
13 ゼッケン30 : 1分53秒
14 ゼッケン111: 1分55秒 (シン)
15 ゼッケン123: 1分55秒
16 ゼッケン4 : 1分56秒
17 ゼッケン22 : 1分56秒
18 ゼッケン103: 1分57秒
19 ゼッケン17 : 1分58秒
20 ゼッケン101: 1分58秒
となった。
以下、
ゼッケン112: 1分59秒
ゼッケン43 : 2分0秒
ゼッケン15 : 2分0秒
・・・・・・と続く。
これで翌日の決勝に出場する20台が決定した……はずだった。
35 予選会 その6 繰り上げ
最終的な出場者のリストが『魔光掲示板』に表示された。
それを見たシンは、『あれ?』と首を傾げた。
20番目のはずだったゼッケン101がいなかったのだ。
代わりにゼッケン112、タイム1分59秒が入っていた。
疑問に思い、役員に聞いてみると、ゼッケン101はマシントラブルで棄権し、繰り上げでゼッケン112が決勝に進出することになった、という。
ゼッケン112は、デプス・カーターである。
引き上げる際、そのデプス・カーターとばったり出くわした。
「お、貴様は……」
「……」
声には出さず、会釈だけして通り過ぎるシン。
その背中にデプス・カーターは声を掛けた。
「111番をくすねていった庶民じゃないか。2分を切ったからっていい気になるなよ」
「……」
それでも無言で歩いていくシン。
「運も実力のうち。本戦では覚悟しておくがいい」
その言葉も無視し、シンは歩き去ったのだった。
36 決勝戦前夜
「おめでとうございます、シンさん!」
「あの車を直して、決勝進出なんて、凄いです!」
宿『青空に白い雲亭』に戻ったシンは、宿の主人にどうでしたか、と聞かれて決勝にでられる、と正直に伝えたのだ。
そうしたら、お祝いと称して、簡素だがパーティーを開いてくれたのである。
「それでは、シン君の決勝進出を祝って、乾杯!」
「「「乾杯!!」」」
「あ、ありがとうございます」
シンと面識のないお客も、只酒が飲めるというので参加している。
パーティーと言うよりもう宴会である……。
* * *
「あー……まあ楽しかった、かな?」
村以外でああいったパーティに参加したのは初めてだったので、シンとしても楽しさ半分、気疲れ半分といったところであった。
「明日は決勝ですから、もうお休みください」
「そうするよ。おやすみ」
シンもまた、先祖に似て寝付きはよい方である……。
37 送迎車
朝はいつもどおり5時半に目覚めたシンは、顔を洗って倉庫へ行こうとして……。
「あ、競技場の倉庫に預けてあるんだった」
と思い出す。
コンゴーも一緒なので、何ごともないだろうが、やはり気になるものは気になる。
気もそぞろなまま朝食を食べ、迎えを待つこと10分。
競技場への送迎車が宿の前に停まった。
オープンカー形式の、普通の型である。
「お迎えに上がりました」
「早かったね」
「皆さん、急ぎ競技会場へ行きたい方ばかりですから」
「なるほどね」
そういうわけで、シンは楓子とともに送迎車に乗ったのである。
「行ってらっしゃい、シンさん」
「シン君、頑張れよー」
「頑張ってね」
「行ってきます」
宿の人たちに見送られ、シンは競技会場へと向かったのである。
38 もう1台の送迎車
走り去る送迎車。
*
*
*
その15分後、『青空に白い雲亭』前に1台の自動車が停まった。
「おはようございます。競技委員会から依頼された送迎車です。シン様をお迎えに参りました」
「え?」
宿の主人は怪訝そうな顔をした。
「シンさんでしたら、15分くらい前、送迎車が来てそれに乗って行きましたが?」
「は? それはないでしょう。こちらへ来た送迎車はこれ1台ですから」
「ええ? それじゃあ、あの送迎車は……?」
39 沼
その送迎車は、王都の郊外を東へ向かって走っていた。
「おや? 行き先がおかしいですね」
真っ先に気が付いたのは楓子。
「運転手さん、道が違いませんか?」
シンがそう尋ねた瞬間、車は猛発進した。
「シン様、運転手がいません」
「えっ!?」
自動車が向かう先には崖、その下には沼。
道は下り坂で、車は速度を上げてまっしぐら。
「シン様、非常時ですので失礼します」
「え?」
楓子は一言断ると、シンを抱きかかえ、自動車から飛び降りた。
そして、シンにはほとんど衝撃を感じさせることなく着地。
その直後、自動車は崖から飛び出し、沼へと落下していったのである。
一方、『足漕ぎゴーレム自動車競技会会場』には、続々と観客が詰めかけていた。
出場者も全員……いや、1人だけがまだ未到着。
自動車はあるので、不参加とも思えない。
そして、午前8時50分。
「あと5分で来なかったら棄権とみなすしかないな」
それを漏れ聞いたデプス・カーターはほくそ笑んでいた……。
40 ギリギリセーフ
そして、あと1分となった時。
「何だ何だ」
会場がざわついた。
「遅れました! 111番、来ました!」
楓子に背負われたシンが駆け込んできたのである。
その様子を見た競技委員長は笑いをこらえた顔で告げる。
「あ、ああ。間に合ってよかった。……スターティンググリッドについてください」
「はい」
メインスタンド前の直線に、予選の順位の順に2列縦隊で20台が並ぶ。
シンは14位なので前から7番目、デプスは20位なので最後尾となる。
その最後尾から、デプス・カーターはシンの車を睨んでいた。
41 レース開幕
『さあ、今年もこの日がやってまいりました!』
会場にアナウンスが響き渡った。
『第15回『足漕ぎゴーレム自動車競技』開幕です! 担当私、シーワ・カヤマです。そして解説は過去に3回優勝されたセイナ・ウールーさんにお越しいただいております。セイナさんは女性初の優勝者でもあります!』
『こんにちは、セイナです。本日はよろしくお願いします』
会場に拍手が響き渡った。
『このレースは、1周約2キロの8の字のコースを30周して競います。コースの半分は舗装路ですがもう半分はダートという、一風変わったコースとなっています!』
『このため、セッティングが難しいんですよね』
『そうですね、セイナさん。今年も、予選を勝ち抜いた20台が勢揃いしていますが、残念なことに昨年のコースレコードは破られていないんですよ』
『そうなのですね。コースタイムは、その時々のコースのコンディションにも左右されますから……』
『その点、今年は完全ドライですので、コースレコード更新が期待できます』
その時、メインスタンド前のバックスクリーン……巨大な『魔導投影窓』が点灯した。
映し出されたのはスターティンググリッドについた各車。
司会のカヤマが、順に説明をしていく。
このあたりはルーチンワークだろう。
『……ゼッケン111、シン・ニドーとそのゴーレムコンゴー。……123番とは同タイムでしたが、エントリーナンバー順ということで14番目についております』
『なかなか懐かしい車に乗っていますね』
『……セイナさん?』
『111番のベースとなった車は、私が最初に優勝した時と同じ車種です』
『ああ、確かにそうですね。『ローランドZ86』となっています』
『ボディのデザインも変更されていますし、かなり手が加えられていますね』
……などと、各車の紹介も行われていく。
『……そして最後尾112番は繰り上げで決勝進出、デプス・カーター!』
『なかなかお金のかかった改造をしているようですね。その点では今大会随一でしょう』
『なるほど』
『ゴーレムも、かなりパワーがありそうです。あとは操縦者との連携ですね』
『解説ありがとうございます。……さあ、スタートまであと1分です!』
42 スタート
『さあ、赤いシグナルが5つ点灯! 上から1つずつ青になっていき、全部が青になったらスタートです!』
およそ1秒毎に赤から青に変わる。
そして……。
『シグナル青! スタートです!』
全車、一斉にスタート。
コース幅は5台分くらいはあるため、接触などの混乱は起きなかった。
『ポールポジションのゼッケン11が飛び出した! 以下3、25、57と続いています!』
『2列目にいたゼッケン3がうまくダッシュしましたね。その後11に食らいついています』
『さすが予選上位の4台は速い! 第2グループを少しずつ引き離しています!』
『第2グループの中でも順位の変動がありますね。……あ、その後ろではゼッケン111が順位を上げていますよ』
第2グループは53、6、36、42、16の5台がダンゴ状態。
その少し後方、第3グループでは抜きつ抜かれつ……いや、シンの111番が3台をパスして順位を11位まで上げていた。
『加速も最高速もいい感じですね。ゴーレムの性能も素晴らしいように見えます』
『舗装ストレートは立体交差までゆるい上りですから、パワー差が出やすいんです』
『ああ、なるほど。セイナさんは軽量な車を好まれたのも、そのあたりが?』
『そうです。重い車をパワーで強引に加速させますと、コーナリングが厳しくなります』
『それは道理ですね』
『ただ、車重が軽すぎてもグリップ力が落ちますから……』
『セッティングの難しさですね』
『タイヤとの兼ね合いもあります。そのあたりは技術者の腕の見せどころですね』
そんな話をしている間に、先頭グループは第1コーナーに差し掛かった。
8の字コースなので、200度くらいのループになる。
舗装コース側のバンク角は20度、かなりのものだ。
そこへ、先頭集団は時速120キロを超えるスピードで突っ込んだ。
43 オンロードでの攻防
『第1コーナー、20度バンク! 4台、負けず劣らずの速度でクリアしていきます!』
『ここからですね。あの速度でダートコースに突っ込むと、コントロールを失うことがあるんですよ』
セイナ・ウールーが告げた通り、滑らかな舗装路から砂利が浮いたダートに突入した際、2番手を走っていたゼッケン3と57がふらついて接触し、2台共コースアウトしてクラッシュしてしまったのだ。
すぐに救護班が出て治癒したため、操縦者は無事だ。
『第2グループも20度バンクに突入! こちらも問題なくクリア! そしてダートへ突入します!』
『ほんの僅かに前輪の荷重を抜きましたね。あれで正解です』
ゼッケン36と6の順位が入れ替わったものの、第2グループは事故を起こさずにダートコースに突入した。
それに続く第3グループ、第4グループも同様。
ダートコースでの競り合いが始まっていた。
44 ダートでの攻防
ダートでは走行抵抗が増えるため、速度ダウンする必要がある。
その上ハンドルが軽くなるため、ひとつ操作を誤るとコース外へと飛び出してしまうのだ。
しかもこのコースのダート部分は緩やかな上りと下りがあり、しかも排水をよくするためコース中央が高く、コースの両端が低くなっていた。
このため、直線ではあるが高速で真っ直ぐ走るのが非常に難しい。
『各車スピードダウン! 車間が詰まっています!』
『これもまた難しいんですよ。ブレーキも効きにくいですし、急ハンドルはコントロールを失いやすいですから』
『なるほど、予選とは違うということですね』
『そういうことです』
ここでは各車慎重に走り、順位の変動はない。
『さあ、いよいよダートコースも終盤、第2コーナーに差し掛かる先頭集団!』
8の字レイアウトなので、コーナーのR(半径)は第1コーナーと同じ。
ただしこちらはダートであり、バンクは付いていない。
『各車慎重にコーナーを抜けていきます!』
『ここを過ぎるとまた舗装路ですからね』
1周目のダートでは、順位の入れ替わりは起きなかったようである……。
2周目の順位:
11、57、53、36、6、42、16、111(シン)、117、83、30、4、112、123、103、22、17。(3と25はリタイア)
18台。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は1月3日(金)12:00の予定です。
20250102 修正
(誤)「当時は人気車でね。でもその分、乗り潰されてあまり現存していなんだよ」
(正)「当時は人気車でね。でもその分、乗り潰されてあまり現存していないんだよ」
(誤)なお、シンは楓子は関係者用のパスがあるので出入り自由である。
(正)なお、シンと楓子は関係者用のパスがあるので出入り自由である。
(誤)引き上げる歳、そのデプス・カーターとばったり出くわした。
(正)引き上げる際、そのデプス・カーターとばったり出くわした。
(誤)ゼッケン52 →(正)ゼッケン53




