04
仁、礼子、智美らは馬車で街道を一路北へと向かっていた。
ゴーレム馬の調子はよく、宿場間が近い場合は1つ先まで行けるほど。
2日に1回は、夜中に礼子が馬と馬車を抱えて飛行し、時間を短縮するとい裏技まで使い、『北の地』の入り口に当たる『チタ・キノ』という村に宿をとった。
「……今は夏みたいだな。寒くなくてよかった」
「ですねえ」
かなり北へ来ているので、冬だったら寒いだろうなと仁は想像した。
窓も二重窓である。
とはいっても、内側がガラス窓で、外側は鎧戸となっているのであるが。
隙間風に対してはかなり対策されていた。
食事も寒さ対策のためか、辛い味付けが多い。
「うう、辛いの苦手です……」
なので智美は困っていた。
「任せろ『抽出』」
辛味の主成分である『カプサイシン』を抜き出すことで辛さを抑えてやった仁である。
「はあ……でもなんだか温まりました」
「風呂がないのが悲しいよなあ」
せいぜいがお湯で身体を拭くだけ。下手をすると水で拭くことになる。
仁は工学魔法『加熱』で水をお湯にできるからいいのだが。
「あとは情報収集だな。でもまあ今夜はゆっくり休もう」
「はい……」
「ではわたくしは、いつもどおり『覗き見望遠鏡』と『魔導盗聴器』で村を調べておきます」
「頼むよ、礼子」
「はい、お父さま」
礼子がいてくれてどれだけ助かっているか、と、仁は礼子の頭を撫でてやるのだった。
* * *
翌日は朝から情報収集に村を回ってみる。
もちろん『修理屋』としてだ。
旅の間に『修理屋』として認めてもらうためのノウハウとして、目の前で壊れた何かを直してみせる、というやり方を覚えて以来、かなりの頻度でお客が付くようになっていた。
刃の欠けた包丁や、脚が折れた椅子、壊れたおもちゃ、傷んだ農具などはどこにでもある。
それらを格安で修理しながら、仁と智美は情報を集めていった。
……といってもこの村での収穫は、『隠者』が北の地にいることはまちがいない、ということくらい。
「……明日は次の町か村へ行くか」
「そうですね」
とりあえず宿泊費分だけは稼いで、仁と智美は宿に帰ったのだった。
「さて、明日はどっちへ行くかな」
この村から伸びている街道は2本。
「真北か、北東か、ですね」
「お父さま、北東がよろしいかと」
「礼子、どうしてだ?」
「はい。ほんの少し……微妙なレベルですが、魔力の反応をそちらから感じたのです。この世界に来てから初めてのことでした」
「なるほど、それはちょっと気になるな」
そういう理由で、仁たちは北東に通じる街道を選んだのである。
* * *
「うーん、道が悪いな」
「そうですね……おじさま、大丈夫ですか?」
「……あまり大丈夫じゃない。礼子、頼む」
「はい、お父さま。……『癒し』」
「ああ、楽になった。ありがとう、礼子」
「どういたしまして」
急造の馬車では、やはり制振対策が不十分で、乗り物酔いしやすい仁は閉口していた。
そのため、礼子に『癒し』を掛けてもらいながらの道中となっていたのである。
それでも夕暮れが迫る前に次のヨサイム村に到着することができた。
「ここはチタ・キノ村より少し賑やかだな」
「お父さま、東へ本街道が通じているみたいです」
「え……? 東は別の国だよな?」
「そうですね。確か『アドキン自治区』という、商人の国があるということです」
「あ、聞いてます。海に面しているようですね」
「だから多少寒さがマシなのかな」
海(水)は、陸地に比べて温まりにくく冷えにくい。なので海の近くは避暑地、避寒地になっていることがある。
アドキン自治区も、海が近いということで、輸送に船が使えるとともに、多少寒さが穏やかなのだろうかなと思った仁なのであった。
「まあ、それより今は『隠者』の情報だ」
「はい」
仁たちはヨサイム村に入り、宿を探した。
この村には宿屋は1軒しかなく、人でごった返している。
「おお……混んでるなあ」
「部屋……ありますかね」
最後の1部屋を確保することができたのは運がよかったと言えよう。
「下は食堂兼酒場か……」
「こういうところって、ゴタゴタに巻き込まれやすいんですよね」
「そうなんだよなあ……」
酒を飲んで酔っ払った無法者に絡まれるというのが定番である。
まあそれに関しては『守護指輪』と『仲間の腕輪』、そしてなんと言っても礼子が一緒なので心配はないが、大騒ぎになるのは勘弁してほしい仁たちであった。
「でもなあ……。情報を得るにはやっぱり行ったほうがいいんだろうなあ」
「そうですね、おじさま」
「気をつけろよ、智美。礼子、頼むぞ」
「はい、お父さま」
覚悟を決めて食堂へ向かう仁たち。
隅っこのテーブルに席を取り、『おすすめ夕食セット』を3人前頼む。礼子は仁の妹という設定だからだ。
まずは腹ごしらえをしながら、周りで話されている噂に耳を傾けることから始める。
これは礼子が最適任だ。
「……お父さま、この賑わいは、勇者一行が明日やってくるかららしいです」
「え? ……勇者ってあいつか?」
金髪DQNを仁は思い浮かべた。
「何しに来るんだ?」
「国内を回ってアピールをしながら寄付金を集めているのだとか」
「何だそりゃ」
勇者というのはお飾りで、寄付金集めのお神輿なのかも知れないなあと思い始めた仁である。
「……まあいいや。今の俺達には無関係だ」
「ですね、おじさま」
「とはいえ、関わり合いにならないよう、明日は早めに発とう」
「それがいいですね」
というわけで、食事をしながら情報集めを続ける仁たちだったが、さすがに食堂に飛び交う会話からだけでは得られる情報にも限りがある。
「うーん……誰かに聞くか?」
「でも、誰がいいんでしょう?」
「こういうときは『宿屋のおかみさん』『吟遊詩人』なんてのが定番だな。大穴で『絡んできた冒険者』なんてのもある」
「ありそうですね!」
そんな時。
「おいおい、ガキとチビを連れて何しに来てんだぁ?」
「うわ、大穴」
つまり、ガラの悪い酔っぱらいが絡んできたのである。
「北の地にいる『隠者』っていう方を探しているんですが、ご存知ありませんか?」
別に悪いことをしようとしているわけではないので、ストレートに質問をしてみた仁である。
「隠者? 知らねえなあ……」
「そうですか」
知らないなら用はないと、仁は会話を切り上げようとしたが、酔っぱらいはそう簡単には引き下がらない。
「で、おめぇは、隠者を探してどうしようってんだよ? あ?」
「……教えてもらいたいことがあるんですよ」
酔っ払いは面倒だな、と仁は思いながら返事をした。
「はん、そうかよ。つまんね」
その答えに鼻白んだようで、酔っぱらいは別の客に絡みに行った。
大騒ぎにならずに、仁はホッとしたのであった。
* * *
「お前さん、隠者を探しているのかね?」
今度は白髪を伸ばした老人がやって来た。
「ええ、そうですが」
「……酒を1杯、奢ってくれたら、ワシが知っていることを教えてやるぞい」
「そうですか? …………お酒を1杯!」
仁は、ちょうどテーブルの間を回っていた給仕に声を掛け、酒を頼んだ。
「おお、ありがとうよ」
運ばれてきた酒を、老人は美味そうに飲んだ。
「……で、隠者様について教えてくださいよ」
「待て待て。もう少し酒を楽しませてくれ」
飲兵衛はこれだからな、と仁は苦笑を浮かべる。
「ぷはあ、美味い。……で、なんじゃったかな? そうそう、隠者のことじゃったな」
「はい」
「北の山にある洞窟に住んでいると聞いたな。で、夏はたまに山から下ってくることもあるそうじゃよ」
「へえ……」
「酒が好きじゃから、奢ってやれば、質問に答えてくれるかもしれんよ」
「…………」
「あの、外見的な特徴はわかりますか?」
今度は智美が尋ねた。
「ん? おお、かわええ嬢ちゃんじゃのう。孫を思い出すわい。よしよし、外見かい? ちょうどワシみたいな白髪頭の老人じゃよ」
「……それって……」
「いやいや、ワシは隠者なんかじゃないぞい」
老人は仁たちが何か言う前に、自ら否定した。
「お酒、もう一杯」
すかさず仁は追加の酒を頼んだ。
「おお、悪いのう、にいちゃん。ツマミもあると嬉しいんじゃが」
「……ツマミも追加で」
なかなかに図々しいが、物語などでは正体を隠して主人公たちと接する……などというパターンもありがちなので、念の為この老人を歓待することにした仁なのである。
「……隠者に何を聞こうというのかね?」
ツマミの炒り豆をボリボリと齧りながら老人が聞いた。
「異世界に行く方法ですよ」
念のため、元の世界に帰る方法、とは言わないでおいた。
「ほうほう、面白い質問じゃな。なるほど、今回の『勇者一行』は異世界から召喚されたらしいからのう?」
「そうみたいですね」
「……例えば、その勇者を元の世界に送り返そうとでもいうのかね?」
「それは思いませんね。帰りたいなら本人がそう言うでしょうし」
「ふむふむ、そうかもしれんな。……じゃがそうか、異世界か……そりゃあ確かに隠者にでも聞かなけりゃわからないかも知れんなあ」
「でしょう?」
「……願いのオーブ」
「は?」
「3つの願いを叶えてくれる『願いのオーブ』というものがあるそうじゃ。それを使えばあるいは……」
「それはいったいどこに?」
「魔王が持っていると言われておるな」
「……魔王?」
「そうじゃ。ヨルナワイク魔王国の王。それが魔王じゃ」
「……」
老人はぐいっと木のジョッキをあおり、酒を飲み干した。
「……ごっそさん。美味かったぞい」
そして一言礼を言うと、仁たちが何か言う前に人波に姿を消したのであった。
「不思議なおじいさんでしたね、おじさま」
「うん。……隠者だったのか、そうではなかったのか」
「お父さま、今の言葉を信じるのですか?」
「『願いのオーブ』か? ……うーん、まだ半信半疑だな。だから情報を集めないとな」
「わかりました」
* * *
結論から言うと、『願いのオーブ』というものは実在している。というよりも有名な話らしい。
3つの願いを叶えてくれるというもので、最初は青く、1つ願いを叶えると黄色になる。2つ叶えると赤くなり、3つ叶えると砕け散ってしまうという。
そして、ヨルナワイク魔王国先代魔王がそれを使って建国したということだ。
「国造りに使った、ということは相当の力がある宝珠なんだろうな。それを使えば元の世界に戻れる可能性がある」
「でも、貸してくれるでしょうか?」
「問題はそれだな」
3つ願いを叶えてしまうと砕け散ってしまうということであるし、既に1度は使われているということだから、仁たちがいきなり『貸してくれ』と言っても貸してもらえない可能性のほうが高いだろう。
そもそも、魔王国へ行き、魔王に会うということができるのかどうか。
「こういう場合、魔王様はいい人で、争いごとが嫌いなパターンもあると思うんです」
「……言いたいことはわかるが、そうじゃなかったらどうするんだ」
襲い来る魔物を倒して魔王城を目指さなくてはならない。
どこのRPGだよと言いたくなる。仁は勇者ではないのだから。
「人形師だしなあ……」
ここはやっぱり隠者を探すのがいいのかな、と仁が思い始めた、その時。
「お父さま、さっきの老人ですが」
「うん? どうした?」
「飛んでいきました」
「え?」
礼子によると、念の為に『覗き見望遠鏡』で追っていたそうで、外に出た老人は人気のない路地に行くと、いきなり空へと飛び上がったという。
「今も飛んでいます。……あ、北の方の山の中腹にある洞窟に着きました。……中は絨毯が敷かれ、家具も完備していて過ごしやすそうです」
「……やはり隠者だったみたいだな」
「テンプレ展開でしたね、おじさま」
「だとすると、『願いのオーブ』の件も本当だろうな」
「そうですね」
そういうわけで、仁一行の次の目標はヨルナワイク魔王国となったのである。
4回で終わりませんでした……。
もうちっとだけ続きます。
お読みいただきありがとうございます。
20210105 修正
(誤)「……お教えてもらいたいことがあるんですよ」
(正)「……教えてもらいたいことがあるんですよ」




