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2019年スペシャル その2

第3話 車酔い


 翌日、ステラの作った朝食を食べた仁は、

「うん、美味い。これからも頼むぞ、ステラ」

「恐縮です」

 なかなか仁好みの味つけだったので、作ったステラを褒めた。

 実はこれは、礼子の教育による。仁の好みを一番把握しているのは礼子なので、その指導の下、作ったのである。

「お姉さま、ありがとうございました」

「お父さまのため、頑張ってください」

 ステラは礼子に礼を言い、礼子はステラを励ました。


 そして、仁。

「さて、試運転だな」

「お父さま、リシアさんを待ってあげなくていいのですか?」

「ああ、そうか」

 昨日の約束を思い出す仁。

「多分、あと5分も待たずにいらっしゃるかと」

 礼子の言ったとおり、それから3分ほどすると、息を弾ませてリシアがやってきた。

「はあ、はあ……。ジンさん、まだ『自動車』、試してませんよね!?」

「もちろん。これからだぞ」

 仁は、工房の扉を開けた。その先は草地であるが、まだ3月下旬、枯れた草原が広がるだけ。

「じゃあ、行くか」

 仁は運転席に乗り込み、礼子は助手席に乗り込んだ。

「あ、あの……?」

「リシアは客席に乗っていいよ」

「は、はい!」

 この車は6人乗り。座席は2人掛けが3列という構造で、全部進行方向を向いている。

 今はまだオープンカーだ。

「乗ったか?」

「はい!」

「じゃあ、発進」

 気負いもせず、仁はスタートボタンを押した後、アクセルペダルを踏み込んだ。

「わ、う、動きました!」

「そりゃ、動くように作ってるんだから」

 自動車はガタガタと揺れながら走っていく。

「うーん、乗り心地は今一だな」

 路面が均されていないので仕方がない面もあるのだが、仁は不満だった。

「何かいい手はないものか……」

 速度を上げたのでガッタンガッタンと揺れながら自動車は走っていく。

「…………」

「ジンさん?」

 仁は自動車を停止させた。その顔色は悪い。

「……酔った」

 不規則に揺れる自動車に乗ったため、仁は車酔いをしていたのだった。

「……『治療(キュア)』」

 小さな切り傷、軽い擦り傷、軽い打撲、悪心等などを治す、内科・外科共用の初級治癒魔法だ。

「ああ、楽になったよ。リシア、ありがとう」

「いえ、私ができるのはこれくらいしかありませんが」

「そんなことはないさ。人を癒すことは大変なことだよ」

「そうでしょうか?」

「そうだとも。人を傷つけることは誰でもできるが、人を癒すのは誰にでもできることじゃない」

 そう言われた時、リシアは目から鱗が落ちた思いだった。

「人を癒す……そうですね、私の道が見えてきた気がします。ジンさん、ありがとうございます!」

「……役に立てたなら何よりだよ」

 そして仁はゆっくりと自動車を再発進させ、Uターンをした。

「アイデアを思い付いた。戻ろう」


*   *   *


「(礼子、蓬莱島から魔法筋肉(マジカルマッスル)の素材を持ってきてくれ)」

「(わかりました)」

 工房に戻った仁は礼子に指示を出した。


 今の自動車は、一応『4輪独立懸架』にしてはあるが、それでは不十分だと痛感した仁は、乗っている最中に1つのアイデアを思い付いていたのだ。

 それは、サスペンション&ダンパー系の代わりに、ゴーレムの腕を使おうということ。

 もう少し詳しく言うなら、車軸をゴーレムの腕で支えてしまおうというアイデアだ。


 これにより、凹凸があっても『腕』が能動的に動いて衝撃を吸収してくれるようになる。

「名付けて『アクティブゴーレムサスペンション』だ」

 受動的パッシブではなく能動的アクティブなサスペンションだ。

 おそらく、時速200キロくらいまでなら、十分な反応速度があるはず、と仁は当て込んだ。


「あの、ジンさん、何を?」

 礼子が持ってきてくれた素材を使い、仁がゴーレムアームを作っているのだが、リシアには何をやっているのかわからなかったらしい。

「要するに、揺れを軽減してくれる装置さ」

「……これがですか?」

 見ただけではその動作が想像できなかったリシアは首を傾げるばかりであった。


*   *   *


 昼食の時間前に、改造は完了した。

「よし、もう一度走ってみよう」

 再び仁と礼子、リシアを乗せて、『自動車』は走り出した。

「お、効いてる効いてる」

 ゴーレムアームの効果は絶大だった。

 1センチに満たない凹凸から、20センチ以上ある段差まで、十分に対応してくれる。

「快適だ! もっとスピードを出せるな」

「す、凄いです! 全然揺れません! な、なんですか、これえ!!」

 最初は時速10キロくらいでテストしていたのだが、『アクティブゴーレムサスペンション』はまったく問題なく作動してくれたので、仁は次第に速度を上げていった。

 今は時速60キロくらいだ。

 オープンの座席で時速60キロは、馬に乗っての襲歩ギャロップと同等以上の速さである。

「きゃ、きゃあああ! は、速いですぅ!!」

 さらに速度を上げ、今は時速100キロくらい。

 未体験の速度領域に、リシアは青ざめている……かと思いきや、楽しんでいた。

「ジンさん、凄いです!」

 『アクティブゴーレムサスペンション』により、揺れが少ないため、乗り心地は抜群。ゆえにリシアは体験したことのない速度を、存分に楽しむことができていた。


 時速、およそ120キロという最高速度を確認したあと、仁は速度を落とし、方向転換すると工房へと戻った。

 そして綿密なチェックを行う。

「うん、どこも逝かれてはいないな」

 強いて言えば、タイヤが傷みかかっていた。

 木製の車輪に『硬化(ハードニング)』を掛けただけでは保たなかったらしい。

「『アクティブゴーレムサスペンション』なんだから、金属製にできそうだな」

 ということで、鋼鉄製に変更した仁であった。




第4話 旅行許可


  本体部分の性能に満足した仁は、ボディをきちんと仕上げることにした。

 今現在はオープンカーなので、雨でも降ったら目も当てられない。

「ご主人様、昼食の支度ができておりますが」

「ジンさん、お昼食べなきゃだめですよ!」

 ステラとリシアに言われた仁は、思い出したように昼食に取り掛かった。

「ふふ、ジンさんはモノ作りになると夢中になるんですね」

 文字どおり、三度の飯より工作が好きなジンである。

 とはいえ、さすがにこの世界に喚ばれた時の空腹を思い出すとぞっとする仁であった。


 さて、少し遅い昼食を済ませた仁は、改めてボディの製作に取り掛かった。

 材料は軽銀。軽く、錆びにくい。その上、表面の酸化膜を調整することで色が変えられるからだ。

 ちなみにこれを使い、ソレイユ・ルーナ・ステラの色を変えている。


「こんなものかな」

 デザインは箱形馬車に近い。

 仁がイメージする『クラシックカー』とも言える。

 あまり先進的なデザインにすると、周囲から浮いてしまうということも一応考えたのである。

「わあ、素敵ですね」

 色は黒にし、要所要所を金色で縁取った。このあたりは、リースヒェン王女が乗ってくる馬車を参考にしたので、高級感が出たのだ。

 窓ガラスは水晶製なので透明度は高い。割れにくいよう『強靱化(タフン)』処理済み。

「ワイパーは付けられなかったか……いや」

 小型モーターがないからワイパーは無理かと考えていたが、これもまたゴーレムアームを使えばいいと思い当たる。

 そこでちゃっちゃと追加した仁であった。

 ブレードは魔獣の革を使ったので耐久性抜群である。


 車内の居住性を重視したので車高は高め。ルームランプは研究所と同じく『エーテル発光体(AL)』。

 蛇足ながら、自由魔力素(エーテル)のスペルはギリシャ語により近い? 『Aether』を採用したので『Aetheric Luminescence』、ALとなっている。

 ELではエレクトロルミネセンスと被って紛らわしいからでもある。


 閑話休題。

 ヘッドライトは『明かり(ライト)』の魔法を応用したのでかなり遠くまで照らしてくれる。

 テールランプは『エーテル発光体(AL)』。ブレーキランプは付けていない。


「あとは……そうか、エアコンが欲しいな」

(えあこんってなんでしょう……?)

 ぶつぶつと呟きながら、次々に魔導具を作り、自動車に取り付けていく仁を、リシアは少し離れた場所から見つめていた。

(本当に、ジンさんはモノ作りが好きなんですねえ……見ていて飽きません)

 などと思いながら。

 

「ご主人様、リシア様、お茶にしませんか」

 ステラが声を掛けた。

「お、もうそんな時間か」

 仁が気が付けばもう午後3時である。

「やっぱり時間管理してもらえると有り難いな」

 熱中してつい無茶をしがちな仁としては、こうしたサポートは有り難かった。

「お父さま、手をお洗いください」

 うっかりそのまま椅子に座った仁を、礼子がやんわりとたしなめた。

「おっと、そうだったな」

 そんな仁を、リシアは微笑みながら見つめていた。


*   *   *


「よーし、これで完成だ」

 その日の午後5時まであれこれと手を加えていた仁は、満足げに頷いた。

 見た目はクラシック風味のワンボックスカーだ。車輪に『ゴーレム足エンジン』が仕込まれているのでボンネットがいらないわけだ。

「不思議な形ですね」

 自動車を知らないリシアの感想である。

「でも、こんな凄いものを作れるんですね……凄いです」

「ああ。これでカイナ村へ行こうと思う。……リシア、悪いけど王国の……誰にだろう? とにかく、一度カイナ村へ行くって伝えてくれないか?」

「あ、はい、お任せください」

 仁はクライン王国の魔法創造士(マギクリエイター)であるから、一応許可をもらってから、と思ったのだった。


*   *   *


「ほうほう、『自動車』とな? それを使って一度カイナ村へ帰りたいというのか」

 リシアは翌日朝一番で登城し、上役に話すと、すぐに国王の執務室に通された。

「は、はい。……そ、それで、ご許可をいただきたく……」

「うむ、そうであろうな」

 国王アロイス3世、パウエル宰相、それになぜかリースヒェン王女まで同席していたのには驚いたが、伝えるべきことは伝えたリシアであった。


「ねえ父上、わらわも、そのカイナ村に行ってみたいのですが……」

「うむ……」

 娘に懇願され、甘いアロイス3世は考え込んだ。

「よしわかった。護衛を付けてやる」

「ありがとうございます!」

 愛娘に抱きつかれたアロイス3世の顔は、誰が見ても親バカの顔であった、と後に宰相はそっと語ったという。

 これには、成人前に少しでも外の世界を見せてやりたい、という意図もあったであろう。

 王族は成人してしまえば、気軽に出掛けるなど夢のまた夢になってしまうのだから。


 国王の指示を受け、リースヒェン王女の旅の支度が始まる。

 あまり大袈裟にしてほしくないという王女の希望で、最小限の人数で行くことになった。

 身の回りの世話をするため、乳母自動人形(オートマタ)のティアはもちろん付いてくる。


 リースヒェン王女の護衛も選抜された。王女の護衛なので女性騎士中心だ。

 まずは近衛女性騎士隊副隊長、グロリア・オールスタット。明るい茶色の髪をポニーテールにした、鳶色の目の凛とした美人だ。168センチ、58キロ。B83、W57、H82。

 今年24歳になる。浮いた話はなく、配下の女性騎士たちからの人気も高い。名剣マニアとして、騎士たちの間でも有名である。

 そこに2名の女性騎士が付くことになる。


 グロリア・オールスタットは教官も務めているので、女性騎士だけでは武力的に心許ないということはないと判断された。

 そもそも、自国内の移動であるし、シャルル町までは主街道の1つを行くのだ。

 加えて、先日その実力の一端を知らしめた少女型自動人形(オートマタ)『礼子』が一緒に行くということで、アロイス3世としても安心して娘を送り出すことができたのであった。


 王女の旅行なので今日の今日、とは行かず、出発は2日後の朝と決まった。

 道中の町や村には先触れが行き、失礼のないよう取りはからうことになっている。


*   *   *


「リースヒェン王女殿下も行くんですか?」

「うむ! わらわとティアはもちろん、ジンの『自動車』で行くぞ!」

 その翌日、仁の工房にやってきたリースヒェン王女は、開口一番『わらわもカイナ村に行くぞ!』とのたまったのだった。

 そして仁の自動車に試乗してみるや否や、

「これに乗っていく!」

 と主張して憚らなかったのである。

 仁としても、断る理由はなかったので、了承した。

「道中の宿泊と食事の心配がいらなくなったのは助かるしな」

 出発は明日である。

 いつもお読みいただきありがとうございます。


 20190104 修正

(誤)そして仁の自動車み試乗してみるや否や、

(正)そして仁の自動車に試乗してみるや否や、


 20190105 修正

(誤)仁の好みを一番把握しているの礼子なので、その指導の下、作ったのである。

(正)仁の好みを一番把握しているのは礼子なので、その指導の下、作ったのである。


(旧)「お嬢様、ありがとうございました」

(新)「お姉さま、ありがとうございました」


 20190405 修正

(旧)『Aether』を採用したのでALとなっている。

(新)『Aether』を採用したので『Aetheric Luminescence』、ALとなっている。

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