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英雄の心がわり  作者: 酔夫人(旧:綴)


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赤錆色の決意(1)

過去回想が続きます。

目を覚ましたとき、リリアンナは揺れる馬車の中で横になっていた。


反射的に起き上がろうとしたが、両手を後ろで縛られていることに気づき、動けなくされていることにリリアンナは奥歯を強く噛もうとした。


それさえも、猿轡(さるぐつわ)を嚙まされていてできなかった。


この状況は、リリアンナが騒がないようにするためか、それとも自害を防ぐためか。屋敷でのことを考えれば自害を防ぐためだろうとリリアンナは思ったが、この罪人か魔物のような扱いにリリアンナは馬鹿馬鹿しくなり、死のうという気が失せた。


逆に、死んでやるものかと思った。


(泣くのはあとでいい)


新しい馬車なのか、ふわふわのクッションがきいた椅子は柔らかい上に広く、縛られて寝転がされていなければさぞ快適な馬車旅だろうとリリアンナは思った。


(魔法は、封じられていない。まあ、それもそうか)


魔法を使う罪人の場合、魔法を使って逃げられなくするために魔封じの枷がつけられる。


しかし、いまのリリアンナのように妊婦が魔封じの枷をつけると死んでしまう。胎児は常に母親の魔力を吸って成長しているため、腹に子がいる状態で魔封じの枷をつけられたら、胎児は魔力を求めて母親の生命力を魔力に変えて吸収してしまう。


(私を、殺すわけにはいかないでしょうしね)


イグナシオはリリアンナを自害させまいとした。


(まだ一応夫婦である情もあったかもしれないけれど、ナシオ様には私を生かしておかなければいけない理由があるものね)


リリアンナは手首を動かしてみた。誰が結んだか分からないが、結び目はかなり緩かった。


(なんでも学んでおくものね)


人質になったとき逃げだせるように、リリアンナは縄抜けも学んでいた。リリアンナは学んだとおりに、指を使って縄から抜け出して両手を自由にした。ただ、誰かが馬車を覗くかもしれないから寝たままの状態は保った。猿轡も、さっさと外したかったけれどリリアンナは我慢した。



(この馬車はおそらく、ノクティラに向かっている)


腹が膨れてからの堕胎は危険だが、それができる女医がこの国にはいた。


その女医は、トレッシア領北部にあるノクティラ修道院の診療所におり、ノクティラ修道院はいまでは”望まぬ子どもを始末する場所”として貴族の間では有名である。


その女医は『ノクティラの魔女』と呼ばれている。治癒魔法を、使ってはいけない形で使っているからだ。


彼女は医師の資格を持っているが、彼女の行う堕胎は手術ではない。体を正常の状態に戻すのが治癒魔法であり、妊婦に治癒魔法を使うと胎児は母体に吸収されて”正常の状態”になる。


だから妊婦に治癒魔法を使ってはいけないのだが、このノクティラの魔女はそれを利用して”安全な堕胎”を貴族に提供している。

 


(いま、この馬車はどのあたりを走っているのかしら)


リリアンナは貴族令嬢だが、旅に慣れていた。外務大臣をしていたリリアンナの父親リアンは、国内外のどこに行くにしても必ずリリアンナを連れていったからだ。


リリアンナと父リアンは二人きりの家族だった。


リリアンナの母親は体が弱く、リリアンナを産んですぐに亡くなった。そんな娘に寂しい思いをさせまいと、そして自分も幼い娘と離れがたいと、父リアンはリリアンナをあちこちに連れ回した。


それに難色を示した人もいたようだとリリアンナは聞いているが、リリアンナは父リアンがやってくれたことが嬉しかった。おかげでリリアンナは寂しいと思ったことがなかった。外国から王都に戻って、三日後また違う外国にいくハードな日程でも、「お父様と一緒なら」とリリアンナは喜んでついていった。


(馬車の走り方からして舗装された道路だとか、あの頃の経験がこんなところで役に立つなんてね。ご令嬢には必要のない知識だ技術だとお父様は言っていたけれど、この状況に天国にいらっしゃるお父様はどう思っているかしら)


そんなことを考えながら、リリアンナは舗装された道路の揺れを感じていた。


国の中心である王都ウナリア。そこを起点とした舗装路はいくつもあるが、王都からトレッシア領に向かうのは、トレッシア領都のシフォンに向かう一本だけ。


王都からシフォン経由してドゥヴァリス領の都フレイルへと続くこの街道は、ドゥヴァリス公爵であるイグナシオがトレッシア侯爵家の嫡男ドミトリオス・トレッシアに嫁ぐ妹セレニアのために整えた街道で、ドゥヴァリス街道とも呼ばれている。


(まだドゥヴァリス街道を走っているなら、王都を出てそんなに日はたっていないわね)


王都からノクティラ修道院に、単騎で駆けて続けても一週間はかかる。王都からシフォンまでは馬車で三日、ノクティラ修道院に行くにはシフォンの少し手前で街道をそれて北部に向かう必要があるが、その道が険しい山道のため馬車では二週間はかかると見てもいい。


リリアンナの記憶では、街道をそれてノクティラ修道院に向かう道を半日ほど進んだところに宿場町があった。ここから先は険しい山道になるため、ほとんどの旅人がこの宿場町で休憩をする。夕方を過ぎたらここで宿泊、日中でもここで馬を代えて物資を補給することが常識となっている。


(町に立ち寄らず通過すれば、絶対に悪目立ちする)


公爵夫人の腹の子を堕胎するための旅である以上、この馬車は目立ってはいけない。少しでも不審に思われ、馬車の中を確認されたら、中に縛られた公爵夫人が転がっているのだ。大騒ぎになる。ドゥヴァリスと英雄の名前で口を塞ぐのは難しいレベルの醜聞だ。


(まだ、間に合う。馬車は必ず止まる。逃げるチャンスは必ずくる)


イグナシオがいないこの状況は返ってよかったとリリアンナは思った。目立つ一行にしないために付いている護衛の騎士は最低限であろうし、最悪誰かに見つかっても護衛騎士はリリアンナに攻撃をすることはできない。あの筒にさえ気をつければ、リリアンナに勝機はある。


ただ、問題はリリアンナが妊婦であるということだった。


安定期に入ってはいるものの、山間部を抜けて、ときに出没する魔物と戦いながらの逃走は、どう考えても妊婦に相応しい行動ではない。


(誰かに匿ってもらうことも難しいわよね)


世間の認識では、リリアンナは英雄イグナシオが溺愛する妻だ。夫婦喧嘩だと思われるのがオチで、何か上手いことを言ってリリアンナとイグナシオの間を取り持ってイグナシオに良い印象を与えようと思う人のほうが多いとリリアンナは思った。


対イグナシオになると、リリアンナの味方はほとんどいない。


(……セレナ様)


その数少ない味方がリリアンナの頭に浮かんだ。

タイトルの「赤錆色あかさびいろ」は深く渋い赤褐色で、時間と風化が織りなす美しさを宿しています。単なる赤ではなく鉄が酸化して生まれる錆の色に由来し、自然の摂理や記憶の堆積を感じさせる色彩です。

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