鉛色の裏切り(3)
その拍子に、柄の剣飾りがリリアンナの手を撫でた。
(これ……)
その剣飾りは、イグナシオと婚約したときにリリアンナが彼に贈ったものだった。
この国では婚約をしたときに互いに指輪を贈り合うが、相手が騎士である場合は剣を握るのに邪魔になるため剣飾りを贈る習わしだった。
この習わしに則って、イグナシオからリリアンナには彼の瞳の色である紫色の宝石がついた指輪が贈られた。そしてリリアンナからは、リリアンナの瞳と同じ黄褐色の宝石のついた剣飾りを贈った。
イグナシオはとても喜び、魔導具を作る部署に行って剣飾りに絶対に切れないように素材を強化する魔法を付与してもらった。そして付与を重ね掛けができる魔導具師が隣国にいると聞き、イグナシオは隣国に行って高額を払って防汚の効果を付与してもらっていた。
この状況でも新品同様の剣飾りに、その滑稽さに、リリアンナは冷たい笑いが浮かんだ。
(これをつけた剣をぶら下げて愛する『彼女』に会いにいく。ふふっ、当たり前になりすぎて、どうでも良くなったのは私と同じね)
愛情がなくなれば、剣飾りに込められた心も不要なものになって、ただの飾りとなる。それだけのことだと、リリアンナは思った。
リリアンナは剣飾りに魔法で火をつけて、燃えないことに眉をしかめると、風魔法を同時に展開して炎を白色まで練り上げていった。真っ白な火球の中で剣飾りが燃え、飾りについていた宝石はドロリと溶けていく。
ゴトッ
剣飾りを焼いた白い炎は、剣の刃を焼き切り、剣の半分が床に落ちた。リリアンナは思わぬ事態に、嬉しそうに笑った。リリアンナにイグナシオの剣は重過ぎたからだ。半分以下の重量になり、扱いが楽になった剣をリリアンナは構えてみせた。
そんなリリアンナを、イグナシオはジッと見ていた。
「俺を、殺したいほど憎いか?」
「ええ」
真実だったから、リリアンナは即答した。
「それなら……」
「それより……」
声が重なった二人の、その次の行動は異なった。
イグナシオは両腕を広げて構えの姿勢を見せ、リリアンナは――。
「子どもを守れない私自身が憎い。だから、私はこの子と一緒に死ぬ」
リリアンナは剣をくるりと回し、刃を自分の首筋に当てた。
「やめろ!」
「なぜ?」
リリアンナはなんでイグナシオが止めたか本気で分からず、首を傾げた。その拍子に剣の刃が首に当たり、リリアンナの血が剣を伝った。でも、リリアンナは痛みなど感じていなかった。
イグナシオに、言ってやりたいことがあった。
「この世界にだって、あなたの思い通りにならないことはあるのよ?」
「リリッ!」
イグナシオの母親は、彼が幼い頃に夜盗に襲われて亡くなった。
襲われたときに彼女は夜盗から暴行を受け、見つけた遺体には痛々しい痕が無数にあり、イグナシオの父親は母親のためにその姿を見ないでやってほしいとイグナシオに懇願した。母親の最後の姿を見られず、きちんと見送れなかったとイグナシオが悔やんでいたことをリリアンナは知っていた。
だから、リリアンナは強くなろうとした。
同じ理由でイグナシオを悲しませまいと、攻撃魔法と剣を身につけた。それでも万が一のときはあるかもしれないから、そのときは自害するつもりで人体についても学んだ。
だから、リリアンナは自分の体のどこをどう切れば一瞬で死ねるかを分かっていた。
イグナシオのために身につけた技術の全てを披露する相手がイグナシオであることに、その皮肉に、リリアンナは妙な喜びを感じていた。
そして、リリアンナが首を切ろうとしたとき――。
パアンッ
思いがけない音にリリアンナの手が止まった次の瞬間、肩に走った痛みにリリアンナは顔を歪めた。
次の瞬間、リリアンナの視界は大きく回った。立っていたイグナシオが、横になった。
(何が……)
そうリリアンナが思ったとき、イグナシオの左手に小さなの筒があるのがリリアンナに見えた。そして、リリアンナは思い出した。城にいる魔導具師たちが対魔物用に開発した新たな武器。睡眠効果のある玉を火薬で発射するものだが、着火に火魔法が必要なので一部の騎士しかそれを携帯していなかった。
実物を見たのは初めてで、この状況なのにリリアンナは「あれが」と感心していた。
イグナシオの唇がゆっくり動くのを、リリアンナはぼうっと見ながら、思った。
(私は、魔物か……)
それが、最後に思ったことだった。




