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英雄の心がわり  作者: 酔夫人(旧:綴)


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薄紫色の始まり(2)

診療所の入口は家人が使う玄関とは別にあり、入口の扉には青色の布が結んである。この青色の布を外せば、診療が始まったという合図になる。


けが人も病人も時間に構わず休みなく出てくる。でも治癒師だって人の子、休みが必要。けが人や病人は青色の布がついていない診療所に運ぶ、これがヴェルナの町のルールだ。


リリアンナが青色の布を外すと、外で待っていた患者たちが診療所の中に入ってくる。待合室は直ぐにいっぱいになった。



「今日はどうしましたか?」


アンから引き継いだこの診療所は、アンの時代からここに来ていた患者と、港の口コミでやってきた患者でいつも賑わっている。


この国では、有事に備えて医師や治癒師を町単位で管理している。


この国は長く戦争を起こしていないが、戦に巻き込まれることはある。国として情勢を掴み、国のどの地域が他国の戦禍に巻き込まれるか予想し、国は必要に応じて他のエリアから医師や治癒師をその地に派遣する。


だからこそ、医師・治癒師は管理されている。


どの町にどれだけの医師・治癒師がいるか、その稼働状況を町単位で管理している。医師・治癒師を国の資産とする考えにリリアンナは反対しないが、その厳格すぎる管理体制にリリアンナは息苦しさを感じてもいる。


例えば、治癒師の診療報酬は町が払い、その額は使用した魔力量に応じて事前に決められた報酬が支払われることになっている。


これは、誰でも病気のときに安心して治療を受けられるようにするためだ。ただそのために住民は、本人の健康状態に関係なく一律の保険料を払っている。


感染拡大を防ぐためには有効な手段だとリリアンナにも分かっている。感染症は、場合によっては街ひとつを亡ぼす。特に、このヴェルナは船乗りや旅人が病を持ち込む可能性があるため、彼らの場合は港の管理事務所に申請し、治療費は町が肩代わりするシステムになっている。

 

このシステムを作り上げるのに対し、個人の不満を吸い上げていてはキリがないと当時の役人は考えた。だからこそシステムは完璧、しかし個人の感情は一切反映されない、完全に数字だけを見たルールになってしまっている。

 


「アンナ先生、首飾りがチカチカ光っているよ」


治療を終えた女児の言葉に、リリアンナは首から下げた治癒師の資格証を見た。その視界の端で、女児の母親がほっとした表情をしたのがリリアンナには見えた。


治癒師の資格証は魔力測定器を兼ねており、事前に本人の魔力量が登録されている。


治癒師は常にこの資格証を身につけて診療を行い、魔力の使用量が八割を超えたところで資格証が警告としてチカチカ光りはじめるため、治癒師はその患者を最後にして今日の診療を終わりにしなければいけない。


それがルールだ。


このルールにより、朝から並び続けたものの治療をしてもらえないこともある。だから魔力量が多い治癒師や、使用魔力量を減らすことに長けた治癒師の診療所は人気がある。


(アンだったらもっと長く診察できたのだけれど)


医術を学んだアンの治療は魔力使用量が極力抑えられていたため、アンの診療所は診療時間が長くて人気があった。その時代を知っている人たちが、診療時間の短さに不満を抱いていることを知っている。


ルールだから仕方がない、その感情で割り切れないものはある。


リリアンナも薬草の知識を使って使用魔力量をセーブして診療を行う治癒師として住民には認知されている。だから、ギリギリでも娘を診てもらえたことに母親は安堵した。これから違う診療所に行くにしても、すでに今日の診察は終わりになっている診療所が多いからだ。


(だから、この時間が一番つらいわ)

「申しわけありません、本日はこれ以上の治療ができません」


待合室でリリアンナが頭を下げる。チカチカ光る資格証の効果もあって、それで大半が諦めてくれるが――。


「先生、うちの子の治療を……診るだけでも……お願いします」


病気やケガは命に係わるため、診療所に来た者は「診てくれるだけでも」と訴える。この母親のように“子ども”に対する情に訴えてくることも多い。リリアンナも同じ子を持つ母親だ。できるなら診てあげたいという気持ちがある。


(でも……)

「申しわけありません」


ひとり例外を作ってしまったら、このルールによって効いている抑えがなくなる。それが分かっているから、リリアンナは例外を認めることはしない。


このルールが、治癒師を守るためのものであることもリリアンナには分かっている。


治癒師に多いトラブルは、魔力が枯渇するまで治癒魔法を使ってしまうことだ。


魔法を使い過ぎて魔力が枯渇した場合、魔力の回復に一年近くかかる。その間に魔法を使おうとすると生命力が削られて治癒師の寿命が縮まる。医師・治癒師を管理する上で重要なことは実働可能数を減らさないこと。魔力量は八割まで、リスクマネジメントの観点からの八割ルールだ。


しかし、この八割ルールを超える事態は発生する。重傷患者への治療や、急な感染症拡大への対応などである。そのために各診療所には緊急用に魔力回復ポーションも支給されている。


携帯している魔力測定器の測定値はリアルタイムで役所に送られていること、それを超えての診療はルール違反であることは患者側も知っている。しかし、緊急用に魔力回復ポーションがあることを患者側も知っている。


「お願いします、お願いします。どうかこの子を……」


”緊急かどうか”を決めるのは治癒師本人。それを分かっているから、患者も情に訴えてくる。


「申しわけありません」


魔力回復ポーションを飲んで治療しろとは患者は言えない。だから、リリアンナは患者の要求に気づかない振りをして、鈍感を装って診療を断る。仕方がない。これが決まりだ。


(ルールは守らなければいけない)

 

 ◇


「お母さん、おしごと、おわり?」


熱で赤い顔をした赤ん坊抱えて別の治療所に向かう先ほどの母親を見送ったリリアンナは、エアハルトの声にふり返った。


寂しかった、我慢していたと描かれているエアハルトの顔を撫でる。


二人で生きていくためにはお金が必要で、そのために仕事をしなくてはいけない。一日に何時間もエアハルトを一人で過ごさせてしまっていることに、リリアンナは申しわけない気持ちになる。


自宅の一角が診療所で、エアハルトは家と診療所を自由に行き来することはできる。患者もそれを受け入れているし、常連の患者はエアハルトを可愛がってもくれている。


それでも、エアハルトはそこにいることが赦されているだけ。母親を呼ぶエアハルトの声に、治療中のリリアンナが応えられないことは多い。


馴染みの患者さんには通いの使用人を薦められるが、自宅に他人を入れることをリリアンナは躊躇っていた。

 


 ドンドンドンッ


治療所の扉を叩く音。


急な音に吃驚するエアハルトを部屋の奥に行かせると、リリアンナが警戒しながら扉を開けた。

ここまで読んでいただきありがとうございます。

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