私がこの世界に生まれた理由
「じゃあ、ゲームは」
「たまたま似たものがあったみたいだね。もしかすると、別の形でこの世界の記憶を覗き見た人間が作ったものかもしれないけれど」
ソラは、その世界でも魔女が世界を壊すことを知った。
そしてゲーム世界で遊んでいる人の記憶を垣間見て、自分達の方へ引き寄せることにした。
この状況を覆す突破口を求めて。
新しい発想で世界の未来を変えてくれるかもしれない、とソラは願った。
誰か、この世界と僕を助けてほしいと。
すると、ゲームの記憶を持つ魂が、ソラの呼びかけに反応した。
「その時に応じた魂を、僕は精霊にして隠すことにした。君の世界のゲームには『バグ』という概念があった。それを使えば偽者の精霊王には察知されないだろうと考えて、ゴブリン姿の『精霊であって精霊ではない存在』を造った」
だからゴブリン精霊の言葉がわかるのは、同じ世界の魂を持つ者だけになった。
「けれどいくらかは、君のように人になりたがった。そうして様々な時代に散らばって行った」
「時代?」
「魂は時空を超える。冥界術で空間を移動できるのはそのためだ。精霊達が別な場所へ一瞬で跳躍できるのも、魔力をまとっただけの魂という存在だから。君は望んだ過去へ行き、生まれる命に宿った魂だ」
「そう……か」
冥界術は死んだ魂に適応されるもの。
だから冥界術で長距離を瞬間移動しようとしたら、人を殺さねばならない。
そして魂だった私は、この世界に来て……ユラという人間になった。
「君が魔女を作る禁術の実験台にされたのは、偶然だよ。だけど精霊達はすぐに君は僕が招いた存在だとわかった。精霊達は君を守るために、代わりに魂を捧げた」
だから私は、人の心を失わずに禁術を乗り越えた。
そこでソラが謝ってきた。
「ごめんね。本当は禁術を使えないようにできればよかったけど、偽者に消されてしまいかねないほど僕は弱っていたから、何もできなかった」
ソラの声には強い悔恨の念がにじむ。
「それに人間でもあり、精霊でもある存在が必要だったんだ。そうでなければ、神呼びでは人の声しかわからない。精霊を含めた世界を構成する者の声を多く聞き、世界の全ての存在と繋がれば、間違いなくミタス以上に願いを実現させる力が強くなるから」
チャンネルは紅茶師の技の一つだけど、元々紅茶師のスキルは魔女のスキルがあったからこそ使えるものだ。
ある意味魔女の下位スキル。それを私は自分で作ってしまっただけ。
精霊達は、私の望みに応じてお茶を作るのを手伝ってくれていた。
「だからユラ。君が願いを言ってほしい。僕にできることは全てやったけれど、僕や精霊は願いを受け止める側だ。願いは君に任せる」
言い切ったソラに、私は……苦笑した。
今こうして世界とつながっているおかげで、私にはソラの気持ちがわかる。
彼はこの世界に私を連れて来たことや、助けられなかったことを後悔していて、私がこんな世界なんてと壊してしまっても仕方ないと思っている。
でも私が叶えたかったのは違う。
「君の願いに世界の声が染まれば、それが世界のルールになる」
そのために紅茶を広めてって言ったんだよ。
つけ加えたソラの言葉に、私はうなずき、声に出して言った。
「――ソラの偽者は、未来永劫いなくなること」
問題は、偽の精霊王がいることだ。
だからミタスは神を呼ぼうと考えた。メイア嬢も精霊王が味方についているから、自分達のしていることは正しいと信じた。
イドリシアの人の中にも、精霊王を呼び出して見せて信用させた人はいるはず。それができなくなれば、ミタスはもう世界を変えることはできない。
今後、精霊王としてソラを呼び出しても、必ずミタスの願いは拒否されてしまうから。
――いやだ!
私の決定に、誰かが叫ぶ。
偽者のソラの黒い手が、私の手に爪を立てるように掴んだ。
――消えたくない。
――消すな! 私こそがイドリシアの王となって、国を守るのだ!
――私が嘘を信じてたなんて認めない!
反発する声とともに、透明な木が夜の藍に染まっていく。
声の主が誰なのかは、なんとなくわかる。
そして彼らと彼女達の魔力が大きくて、藍色が広がっていくと世界の声がそれにかき消されて遠いノイズのようになっていった。
神呼びに魔力の大きさが要求されるのは、これがあるからだと私は気づいた。
魔力の大きさで世界中の声を抑え込めたなら、願いは大地に受け入れられたことになるんだろう。
「だめ。私がそう決めた」
断言して、自分の魔力を手から木へ向かって込める。
私の魔力が手を触れた所から広がる。木の幹が元のような白色に染まり始めた。
だけど相手はソラと同じだけの魔力量を持つ存在と、精霊術師としてソラの偽者を作るような魔力量の持ち主であるミタスに、万単位の魔力を持っているメイア嬢がいるのだ。
いくら二十万のMPがあっても押し返されそうだ。
なかなか白の色が広がっていかない。
だから、今まで神を呼んだ人達は命を捧げたんだ。存在を魔力に変えなければ、大人数でも世界に自分の意を通すのは難しかったから。
「二十万で……足りるかなっ……」
「大丈夫、手伝ってくれるよ」
ソラがそう言って、私に魔力を与えてくれる。
それ以上に……ふわっと一気にミタス達の声が遠ざかった。
――世界はこのまま存続すればいい。
――お茶をまだまだ売りたいんだよ!
――火竜ちゃんが家に帰れなくなるではありませんか! なんてかわいそうな!
――誰か一人だけに支配される世界なんていびつだろう。
――人に憐れまれるのはもう沢山だ! 早く住処で引きこもりたいぞ、我は……。
団長様、ヨルンさん、イーヴァルさんに、フレイさん、そして火竜さん。
他にもたくさんの人の声が聞こえた。
――紅茶おいしいね!
――今日もがんばろう。
色んな声と一緒に、私と同じ方向性の魔力が湧き上がって、世界の色を変えていく。
白に交じる桜色、赤、青、緑。
沢山の色が広がって夜のような藍色をじわじわと浸食していく。
私はソラの顔を見上げた。
お茶を――私の魔力を受け取った人を増やしたのは、ここに沢山の人を巻き込むためだったのか。
意見を増やせば、魔力を必要とせずに相手を押し返す力になる。魔力で抑え込む必要がなくなるんだから。
そして誰もが変革を望んでいない。せめてこの先もおだやかでありますようにと思っている。
誰もが本当は『このままの世界』の中で幸せになりたい、と願っているのだから。
「諦めぬ……」
はっきりとした声が、偽者の口から漏れ出た。
でもその声は偽者のソラとは違う。
しわがれた老人の……ミタスの声だ。
見る間に偽者のソラの顔が、ミタスのものへと変化した。
そして木に触れていない手で私の首を掴み、締めあげてくる。
「う……ぐ……」
ぎりぎりと器官がつぶされていき、息ができない。
でも苦しさに手を離せば、もう少しで世界を変えることができるのに、途中でダメになってしまう。
ソラがどうにかしようとしたが、ソラだってだめだ。私はソラの手をぎゅっと握って離さない。
だけど意識が遠くなる。
木に触れている手の感覚も遠くなりかけたその時――偽者の腹から、刃が突き出された。
ミタスの顔が苦痛に歪む。
その後ろに立っていた団長様が、無表情のままつぶやいた。
「そろそろ死者の国へ帰れ」
偽者のソラの手が、木から離れた。
藍色がぽつんと一滴落ちて広がり、そのまま様々な色の中にまじって消えた。
そして偽者のソラはみるまに藍一色に染まっていき――池の中にどろりと崩れ落ちた。




