魔女という存在は
標的は私だ!
危険を感じて思わずしゃがみこんだ私の周囲で、盾の魔法と共にいた精霊達が大騒ぎして、その光をなんとか遮ってくれる。
「がんばれ!」
「光になんか負けるな!」
「闇、やみがほしいいいい」
「土ががんばる!」
そうして光が消え去り、私を憎々し気に見つめるメイア嬢と視線が合った。
「魔女は二人もいてはいけない。あなたはもう、静かに眠るべきなのよユラ」
「ちょっ、死んだ扱いですか!?」
思わずツッコミを入れてしまう。
だけどメイア嬢はわけがわからないという表情をした。
「あなたは一度殺されたと聞いたわ。魂を精霊のものにするために。なのに人として普通に生活できるわけがないのよ。私のように、精霊の血を引いているのではないのだから」
それとも、と彼女は一拍置いて首をかしげる。
「精霊が、体の記憶に左右されて人間だと勘違いしているの? リュシアン様の側にいようとしたり、フレイに懐いているのは精霊だからと思っていたけれど、恋をしていると勘違いしていたの?」
メイア嬢の言葉に、私は血の気が引いた。彼女は、私を人だとすら思っていないの?
「精霊だと聞いたから、リュシアン様の側にいても仕方ないと思ったわ。精霊王の剣を持つ人だもの。リュシアン様もそのつもりでいるのだと考えたの。でも人のつもりだったのなら、不愉快だわ」
衝撃を受けた私に、メイア嬢が何かの魔法を発動しようとしている。彼女の周囲に黒い球体のような精霊がいくつも現れ始めた。
あれは冥界の精霊。
冥界の精霊は、悪いものでも良いものでもない。
ただ彼らは、冥界に属し、死と空間を越える存在。その知識が私にはあるのだけど。
「そうか……」
魔女スキルに冥界の知識があるのって、まさか、一度殺されそうになったから?
え、私本当に死……。
その時、メイア嬢の周囲にあった黒い球体が切り裂かれた。
精霊の悲鳴に耳を塞ぎそうになる中、メイア嬢に剣が突きつけられる。
横にいたミタスの掲げた杖で、剣は止められたものの、その瞬間に発生した突風が吹きつけ、メイア嬢も私もよろめきながらなんとか耐えた。
でもメイア嬢は剣の持ち主を見て、一歩退く。
信じられないと言うように、美しい表情がゆがんでいる。
「リュシアン様」
まっすぐに切っ先を向けている剣は、装飾用かと思うほど優美な、蔦が絡む意匠に宝石まではめ込まれた剣。
持っている人間は、冷たい表情をした銀の髪の人だった。
私も息をのむ。
メイア嬢を攻撃したのは団長様だった。
「精霊は死を怖がらない。消滅することは、彼らにとって死ではないからだ」
団長様がミタスの杖を払い、剣を掲げる。
「ユラは人だ。それは長く接している私だからこそ理解している。そして魔女の基準が精霊の魂を分け与えられることなら……お前は魔女ではないメイア・アルマディール。精霊を融合したわけではあるまい?」
「そんな。私だって、禁術を受けた身です! ただ私の魂は元から精霊に近いから、禁術に死を必要としなかっただけで!」
「魂が精霊に近いというならば、私に従うはずだ。私に敵対するな。精霊に近い者ならばそうせずにはいられないだろう」
メイア嬢は口を半開きにしたまま、信じられないものを見るような目を団長様に向けていた。
聞いていた私は、「あれ?」と思う。
私そんなに団長様に従っていたっけ。するとそれを察した団長様が、私に言う。
「お前は根本的には、私に反抗したことなどない」
そうかもしれない。納得した私の様子に、メイア嬢の瞳が揺らいだ。
「私……は……」
「できないのならば、お前は魔女ではない。魔力を受け取る器だけを広げられたのだろう。それでも十分に危険な術だったのだろうが。ユラのように、剣で胸を刺されたわけではあるまい?」
「刺されては……いませんが……」
メイア嬢は困惑した表情になる。
「そんな重大な要素が違うのに、同じ術を受けたと思っていたのか?」
団長様の言葉に、私は目を丸くした。
「え、私と同じ禁術を受けたわけじゃないの?」
メイア嬢は、受けた術の様式がちょっと違うだけで、同じ術をほどこされたのだとばかり思っていた。
だったらなおさら暴走するよね?
魔力を大きくしただけの人に神を呼ばせるって……魔女ほど魔力の器が広がらないってことで。魔力量が少ないメイア嬢は、神を呼べば確実に死んでしまう。
「その男は偽者の精霊王の剣を与えられた者ですよ、メイア様。我が精霊王こそが正しい存在。火竜もほら、精霊王様には抵抗などできませぬ」
ミタスは笑みを浮かべて頭上へ視線を向けた。
「火竜さん!?」
上空にいた火竜さんが、黒い靄にとりまかれて墜落していく。
森のどこかに落ちて、地響きが私のいる場所の地面をも揺らした。
黒い竜が雄たけびを上げ、ふっとその姿が小さくなってゆったりと降りてくる。
近づいてくるその姿は、まるで……。
「ソラが、もう一人?」
黒髪のソラがもう一人いる。黒い衣をまとっているから、違うとわかるけれど。
もっと言うなら、団長様が三人いるみたいでなんか怖い。団長様も、偽者のソラを見て不愉快そうに顔をしかめていた。
「さあメイア様。神を呼ぶため泉へ!」
ミタスが呼びかけ、団長様に術をしかける。
地面から湧き上がる黒い靄に、団長様が足をとられた。
フレイさんとイーヴァルさんは、そんな団長様を攻撃しようとする四人の黒ローブの相手をしていた。
精霊の盾の魔法のおかげで攻撃は受けていないみたいだけど、ミタスの方まで手が回らない。
……って、そうだ。私!
人を操れるって言っていた。紅茶という形で私の魔力を口に入れた人達のことを。
「操る、操る……」
私はメイア嬢を見つめて止まってと願う。
でもメイア嬢は足を踏み出した。
願うだけじゃだめなんだ。私はすぐにその足が動かないように……彼女の中にある魔力が止まる様子をイメージする。
すると、メイア嬢がはじかれたように私を見た。
彼女はもう、一歩も前へ進もうとしない。
「まさか、ユラ……あなたが」
メイア嬢は私がしたのだと気づいたようだ。その表情に戸惑いがあった。
私は成功したことにほっとしながら、メイア嬢に言った。
「今ならわかります。本当は……あなたが魔女ではなかったってことが」
メイア嬢に私のようなことはできない。
しようとしないのがその証拠だ。
魔女が人を操れるというおとぎ話を知っているメイア嬢は、私が彼女を操ったことで心に揺らぎが生じたのだと思う。小さく息を飲んだ。
「私は知っていたんです。魔女がいずれ現れて、世界を壊してしまうことを。でも私が魔女なら問題は起こらないと思ったのに、魔女が起こすだろう出来事が次々起こって……」
はっとしたように、ミタスと対峙する団長様が私に視線を向けた。
すぐ向き直ってしまったけれど、もしかしたら団長様はずっと不思議に思っていたのだろう。私の行動を。
そうだよね。気をつけていたつもりだけど、何かを知ってるみたいな行動をしてしまったこともあるから。




