メイアの戸惑い
「何もかも、準備できております。心配はございません」
ミタスにそう言われた通りだった、とメイアは思い返していた。
人質代わりの花嫁としてタナストラに行くことになった当初、メイアは戸惑った。
アーレンダールからの人質として赴くのなら、名目が結婚とはいえ、行動がかなり制限される。それではイドリシアへ行くことも、神を呼ぶことも全くできなくなる、と思ったからだ。
しかし到着してからのメイアは、特に不自由することもない。
落ち着いた色調の家具で満たされた広い部屋を王宮の中に与えられ、召使いや侍女がつけられたものの、庭へも自由に行き来できるし、望めば城下へ遊びに出ることも可能だと言われた。
それどころか婚姻相手だというタナストラの王族は、メイアが魔女だと知っていて迎えたらしい。
タナストラの王宮へやってきた初日に、当の結婚相手にそう言われたのだ。
焦げ茶巻髪でメイアより一回り上のタナストラの第三王子は、とても嬉しそうな顔をしていた。
「あなたと縁を結ぶことができてよかった。魔女の力があれば、他国を威圧することも可能です。力を示せば、侵略を推進する我が父を止めることもできますし、これ以上の戦争も避けられる」
メイアは彼の話に目をまたたいた。
このタナストラの王子は、戦争を避けようとしているらしい。
「タナストラの方は、もっと戦争を求める方ばかりと思っておりました」
驚きすぎてこぼれた言葉に、タナストラの王子が苦笑いする。
「我が父のように、国土を広げたがる者が今のタナストラの王族には多いですからね。他国の方にそう思われるのは仕方ない。
私や賛同者は繰り返す戦で疲弊していく民のためにも、父上達を止めたいが力がなかったのだ。しかし力のなさは、あなたのおかげで払拭できる」
タナストラの王子は、メイアの両手を握った。
「母方の故郷を滅ぼした国の人間と結婚するのは、様々に葛藤があろうと思う。だが、同じことを繰り返さないためにも、どうか協力してほしい」
結局、彼は一切甘い言葉など口にせず、メイアの「協力する」という言葉を嬉しそうに受け取って立ち去った。
一方のメイアは、自分の容姿に一切言及しなかったことに驚いていた。本当に、魔女の力だけを必要としていたのだと感じて……少し嬉しくなる。
メイアは今まで容姿しか褒められたことがない。
メイアの出生が複雑だったため、あまり他人と交流も社交もできなかったからこそ、それ以外の特徴を知っている人がほとんどいなかったせいだ、ということはわかっている。
事情を知っていたリュシアンでさえ、メイアの容姿しか褒めなかった。
彼のことを思い出して、メイアは切ない気持ちになりかけたが……。
「メイア様」
従者の一人として控えていたミタスに語りかけられ、メイアの意識が現実に引き戻される。
タナストラの王子が退出した後、しばらく考えに沈みすぎていたようだ。
ミタスは一見、どこかにいそうな壮年の痩せた禿頭の男だ。今は使用人に扮した衣服を着ているが、辺境地ではいつも魔法使いらしい長衣を着ていた。
「ミタス。あの方は、あなた方から全てを聞いているのですか?」
仲間に引き入れた人物なのかと言えば、ミタスはにっと笑う。
「全てではございません。タナストラの王族は、敵であることに変わりはありませんからな。
特にあなた様に関しては、イドリシアには元々魔女と呼ばれる存在がいて、そのメイア様に支えられて寒く厳しい環境でも移住先で暮らしていられるのだと、偽りを教えております」
なるほど。メイアの力は生まれつきのものだ、という嘘をついたわけだ。
「我らイドリシアの悲願の達成には、タナストラの王都を滅ぼすことが必要。その準備が整うまではあのような者も利用せねばなりません」
ミタスの言葉にメイアはうなずく。
イドリシアを無事に取り戻すためにもタナストラの弱体化は必要だ。そのために王都は焼き尽くさねばならない。イドリシアを再建している最中に、また襲撃されては困る。
それにしてもミタスは、どうやってタナストラの人間を操ったのか。メイアは疑問に思う。
王族にも取り入るなら、多くの内通者の協力が必要だろうに。
ミタスはイドリシアにおいて、祭祀を行う魔術師だったらしい。タナストラには人一倍恨みを持っていてもおかしくないのに。強い恨みを押し殺して、敵国の人々と交流ができるものなのか。
「わかりました」
なんにせよ、タナストラの人間を利用することにメイアも同意する。
その三日後のことだ。
メイアは第三王子に、西方の国境へ連れて来られた。
案内されたのは、丘の上に置かれた奇妙な鉄の構造物の中だ。
底は、大きな円形の鉄板だ。記号と文字が刻まれている。上に歯車のような構造物がメイアの背丈ほどの高さまで組まれていた。その中に一抱えほどのガラスの円筒が見える。
ガラスの円筒の中には無数の精霊が閉じ込められていて、立方体の薄紅色の大きな鉱石で蓋がされていた。
鉱石はわずかに明滅している。呼吸をするように。
「これは……」
「タナストラの精霊の愛し子の力を借りて、精霊を集めました。精霊が逃げられないようにあのガラスに閉じ込めてあります」
「閉じ込めて、どうなさるんですか?」
「精霊の力を、魔力として変換して利用するための装置ですよ」
第三王子が説明している間に、円筒の中にいた精霊が一匹、シャボン玉が破裂して消えるようにいなくなる。
代わりに光が発生し、薄紅色の鉱石に吸い込まれていった。
「これから、この兵器によって西に集まりつつある相手国の軍を攻撃します。そのための魔力をねん出するため、この構造物に組み込まれた術式を強化して精霊の消滅を早めているのですが……」
「そんな、やめてください!」
メイアは悲鳴を上げる。
イドリシアの血を引くメイアは、常に精霊の声を聞いて育ってきた。メイアにとって精霊は幼い頃からの友達のようなもので、心の慰めでもあった。
そんな彼らが、魔力の塊として扱われて消費されるなんてと、手が震え始める。
「そうおっしゃると思っていました」
第三王子は待っていたとばかりに、メイアに提案する。
「なので代わりに、あなたの魔力をあの石に込めていただけませんか? あと精霊十匹分もあれば足ります。魔女であるあなたなら……できるのではありませんか?」
「もちろんです」
メイアは即答した。
鉱石に手を触れたとたんに、魔力が手から吸い取られて行った。
魔力量が二万ほどともなれば一気に奪われるとメイアでも辛い。込め終わると倒れそうになり、付き従っていたミタスに支えられた。
「大丈夫ですか、メイア様」
「まだ、立って歩けます」
メイアの返事を聞いた第三王子は、「それでは、成果をご覧いただきましょう」と言って、メイアを移動させる。
そうしてメイアは、兵器の威力を目の当たりにした。
王子の部下らしい魔法使い達が、何かの呪文をとたえた。とたんに歯車や描かれた文字や図形が発光し出す。
やがて薄紅色の鉱石から、緋色の光が真っ直ぐに天へ走った。
―――イアアアアアアアアア!
「ひっ」
光が発されると同時に響いた嘆きの声に、思わずメイアは耳を塞いだ。それでも声の残響が頭の中を駆け巡る。
その間に、空には薄紅色の魔法陣が無数に展開され、拡散するように大きく広がったかと思うと、そこから炎が降り注いだ。
いや、炎をまとった岩だ。
遠くに黒く見えた人の集団ごと、大地が爆発とともにえぐられ、振動がメイアのいる場所まで響く。
土埃が舞い上がって辺り一帯が煙った。
そうして土埃が晴れた後に、十数キロ先の平原は、水が抜けた湖の跡のようになって黒々とした地面を晒していた。
人の姿は視認できない。
でも近くにいたなら、バラバラになった人が散らばる光景を目の当たりにしただろう。が、それが見えなかったことで、メイアは争いが未然に終わったという感覚の方が強く残った。
第三王子は微笑んでメイアに感謝した。
「あなたの力さえあれば、もう精霊を使う必要もない。感謝するメイア嬢」
強く自分の手を握る第三王子に、メイアの心の中の不安は消えていく。
これで西方の国は降伏し、タナストラは侵略戦争ではなく交渉の人員を差し向ける。これ以上、人が死ぬことはないのだ。
そう思い、メイアは微笑んだ。
「お役に立てて幸いです」




