火竜さんのことも誤魔化しておきます
「では次に火竜について聞かせてもらおうか」
タナストラの隊長さんが、団長様に厳しい視線を向ける。彼にとっては、そちらが本題のようだ。
おとぎ話でしか聞いたことのない、実在も危ぶまれる幽霊並みの存在である魔女よりも、実際にいるとわかっている火竜の方が危機感をあおられるのだろう。
団長様がそれに応じる。
「長い話になるが……」
「それなら、もう一杯いかがでしょうか?」
ここで出さなければと、私は団長様にささやいた。
「ああ、いいだろう」
「他のお茶もあるので?」
司祭さんが少しわくわくした表情で言ったので、紅茶を気に入ってくれたのかもしれない。
「はい。ベースは同じですが、このお茶は色々と混ぜても美味しいものなんですよ」
私はワインやらはちみつやらを取り出し、追加でお湯をもらってお茶を作り始める。
「ほぅ、ワインか」
「お酒が好きな方には、この飲み方の方が好評なんです」
実はすでに、オルヴェ先生に試してもらっていた。先生もお酒が入るものならより好みだということで、試飲に協力してくれたのだ。
そのオルヴェ先生の好みを聞いた上で、男性でも飲めるようにはちみつは、ポットの中にほんのひとさじ。これでも十分に心がゆるくなる効果が出る。
そしてお湯で少し温めたワインを足す。心持ち多めに。
アルコールの香りと、くっと胃の中が熱くなる感覚が、ふわっとした気分になる効果と合わさると、アルコールのせいでそうなっていると錯覚しやすくなるのだ。
これぞ、《紅茶ワイン:気持ちが和む。MP回復200。スキル練度+30》のお茶だ。
ちなみに紅茶を淹れても、私は混ぜているだけだ。ワインを足した時に、ゴブリン姿の精霊が現れて、ポットをぽんぽんと叩いて去った。
「なるほど精霊がお茶に力を吹き込んでいるわけですな」
「そうなんです。おかげでこのお茶は、一緒に魔力も回復します」
言い添えると、タナストラの隊長さん達が自分の測定石を出してビフォー状態を確認し、それからお茶に口をつけた。
「おお、回復量が多いな」
「午前中に使った分が、かなり補充されている」
話し合うタナストラの騎士さん達は、すでに表情が柔らかくなっていた。
「しかも酒のせいか気分がいいな」
「それで、火竜の話はどうなんだ?」
タナストラの隊長さんが振った話に、ふわっと気分のお茶に口をつけたふりをした団長様が率直に答える。
「ひと暴れしたあの火竜は死んだのだ」
「死んだ……ですと? 火竜を殺すなど容易ではありますまい。そしてそちらが討伐した後でも、竜が空を飛んでいるらしき姿を見かけたと聞きましたが」
尋ねるタナストラの隊長さんは、けげんそうな表情ではあるけれど喧嘩腰ではなかった。ほわっとするお茶のおかげだろう。
「飛んでいたのを目撃されたのは、私の竜だろう」
団長様は当然のような態度で返した。
「火竜を討伐するのは苦労したがな、間違いない。ただその火竜が子連れでな。倒してしまったことを時々悔やんでいる」
ため息交じりに言った団長様は、そっと自分の肩に乗る火竜さんに目をやり、指先でその背に触れた。
「まさかそれは……」
「火竜の子供だ。我々が保護した」
団長様が返答すると、ものすごくいいタイミングで火竜さんが「きゅー」と鳴いた。
というか火竜さん、そんな可愛い声も出せたんですね……。おかげでイーヴァルさんが、顔を覆ってぷるぷる震えている。可愛さに悶絶してるんだろう。
しかしタナストラの人々は、イーヴァルさんの様子を見て『哀れな境遇になった火竜のことで後悔し、泣きそうになっている』と勘違いしたらしい。一斉に気の毒そうな表情になった。
「小さな火竜が、こんなに可愛らしいとは思いませんでした……」
なんてイーヴァルさんが言うものだから、なおさらそれが助長される。
「確かにこの小ささは……」
「親を亡くしたのか」
「火竜も子供だと、子猫のように可憐な鳴き声を出すのだな」
おそらく、通常時ならタナストラの騎士達もこんなに同情的にはならないと思う。時には戦わなければならない他国人の私達の言葉を警戒して、あまり真に受けないように心しながら、団長様の発言内容も吟味したんじゃないかな。
だけど今彼らは、この上なく心が緩んでいる。
あたたかな布団の中で二度寝している時に、人を疑い続けるのは難しい。
「我の演技に惑わされておるか……くくく」
火竜さんが悪役みたいなセリフをつぶやいているけれど、鳴き声は「きゅー」のままなので、しんみりとした雰囲気は壊れなかった。
そんな中、団長様がこちらの要望をそっと挟む。
「せめてこの子竜を、故郷へ帰してやりたいと思っている。しかし場所がイドリシアの近くにある火山だという」
情感を込めてくださいとお願いしたのに、とつとつとした言い方をするのが精いっぱいだったようだ。
団長様ってば、想像以上に大根役者だ。
イーヴァルさんに言わせた方が良かったかな? でもそれじゃ団長様がだんまりになって不自然だったし。
「火山なら、確かにイドリシアの側だな」
あ、やっぱりそうなんですか。土地勘があるフレイさんが、おおよその目星をつけてくれていたけれど、タナストラの人にもお墨付きをもらえると、その後の話が早くなる。
「なので王都へ向かう前に、この火竜を火山へ戻しに行くつもりだ。なのでこの子竜は故郷に帰ったと伝えてくれたらありがたい」
「……そうか、いいだろう」
話を聞いていたタナストラの隊長さんが、ほわっと微笑む。今まで難しい顔しかしていない人だったので、私は少々びっくりした。
見ればカップの中身は空になっていた。予想以上に紅茶の効果があったのかな?
「竜は精霊でもあるといいます。精霊教会としても、誰かに害をなさない子供であれば、自由にしてやるのが一番だと思いますよ」
司祭さんは嬉しそうな表情をした。
これで王都へ行く前に、寄り道をする大義名分が通ったわけだ。
何かあれば国境騎士団と精霊教会の司祭に話を通してある、と言えばいい。
私はちらっとフレイさんを見ると、彼が小さくうなずいた。
そうして私達は、急いで火竜さんを送り届けるフリをしながら、国境を出発したのだった。
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