疑問は薔薇とともに増える
焼きたてのケーキは、布巾に包んでも温かい。
それを蔓編みのカゴに入れて、私は急いで部屋へ向かった。
ソラの召喚は、召使いさんとか、ベアトリスさんとかに見られるわけにもいかない(説明できないもの!)。
なので、眠ったフリをして早々にお引き取り頂いた上で、ゆっくりとソラと話す時間を作るつもりだ。
ここ数日、王宮の厨房あたりと喫茶室を足しげく行き来していたおかげで、誰の付き添いもなくても一人で部屋には帰れる。
どうせならと、私は近道をしようと考えた。
庭を突っ切った方が、部屋に早く着くのはわかっているのだ。
ぐるりと庭の端をめぐる回廊から、庭に降りる。
そうして歩き始め、もうすぐ自分の部屋の近くに差し掛かるころのことだった。
前をちゃんと見ていたと思ったら、目の前に突然生垣が迫っていた。
「え?」
見間違え? ぼんやりしていた? と足を止める。
足元を見ると、どう考えても石の敷かれた小道はその先へ続いているのだけど、生垣の薔薇が茂って前に進めない。
「…………」
よくわからないけど、迂回しよう。
そう思って薔薇が茂った場所を回避して進んだのだけど、その先で腕が薔薇に引っかかった。
幸い、とげがあまりないバラの蔓だったみたいだけど、慎重に外して、それから気づいた。
バスケットの中、ケーキを包んでいた布巾がずれてる。
しかもケーキが一部、かじったみたいに欠けていた。
「は!?」
入れる時にはまっさらだったのに! いつだれがつまみ食いしたの!?
驚いた私は、ふいに鼻をくすぐったケーキの香りに横を向いて……絶句した。
「な……な……なっ」
薔薇の蔓が、ケーキのかけらを持ち上げて、赤い薔薇の花の中心に押し込んでいた。
ていうかそれ、本当に薔薇!?
なんか花びらが口みたいに動いて、ケーキもぐもぐしているんだけど!
「ば、バラがケーキ食べてるぅぅ!?」
思わず叫ぶと「見つかった!」と言わんばかりにケーキをぱくついていた花がこちらを振り返り、静止した。
そのまましばし、私は花と見つめ合った。
どう考えていいかわからない。
ていうか、これ、ケーキを食べられるんだから、薔薇じゃないってこと? え、王宮に薔薇型のなんか怪しい生き物がいるとか、ますます意味がわからないんだけど。
そもそもこの薔薇らしきものって、まさか。
「魔物……?」
そんなばかなと思いつつも、つぶやいてしまう。
だけど疑いが確定できないのは、その怪しい薔薇に精霊がくっついていることだ。
葉の形に花冠をかぶった精霊が、薔薇の蔓が掴んでいたもう一個のケーキの欠片から、一つかみずつケーキを分けてもらっている。
私が作った紅茶入りケーキなので、精霊のおやつになっている状態だから、精霊が食べてもおかしくはないのだけど。分け合ってるってことは、この薔薇も、精霊?
「大きな薔薇型精霊って……いるの?」
精霊のことについては詳しくないから、よくわからない。
困惑している間に、薔薇はケーキを食べ終わり、葉や花が近くの生垣に逃げるように引っ込んだ。
残ったのは、二口分くらいが欠けたケーキだけ。
庭の小道も、遮っていた薔薇がいなくなったので、まっすぐに道が見通せるようになっている。
「薔薇の精霊って……こんなの、いるの?」
精霊のことがますますよくわからなくなる。
これはもう、まとめてソラに聞こう。
「でもケーキかじられたんだよね……。魔力を込めたらなんとかなるかな?」
不安だけど、呼び出しに使えるのはこのケーキだけだし、まずは試そう。だめならまた明日作るしかない。
私は急いで部屋に戻った。
「おかえりなさいませ」
庭に面した掃き出し窓から帰還した私に、ちょっと目を見開いてベアトリスさんが言った。
「驚かせてすみません。少し近道できるかと思って、庭から帰ってみたんです」
正直にそう言えば、ベアトリスさんは納得したようにうなずいた。
「たしかにその方が部屋までは近いかと思います。ただ暗くなるお時間には、お気をつけくださいませね。王宮内とはいえ、色々思うところがある人間がいる状態ですし」
「はい、ありがとうございます。久々にお菓子を作って疲れたので、今日は早く寝ますね」
私はそう応じて、早々に就寝すると話しておく。
「こちらに到着後、息つく暇もなく喫茶室の運営もされていますし、お疲れですものね」
理解してくれたベアトリスさんは、就寝の準備を手伝ってくれた上で、早々に部屋から引き揚げてくれた。
「さて……」
部屋に人がいなくなって、おそらくベアトリスさんも遠ざかっただろうという頃合いを見計らい、私は寝台からむくりと起き上がる。
今の内、早々に召喚しておこう。
「深夜に起き出して物音立てるより、寝入りばなにもう一度起きて何かやってるらしい方が、外に音が聞こえても不審な感じがしないものね」
なにせ私の部屋の外には、見張りの騎士さんがいらっしゃるのだ。陛下の命令で、保護のためについていてくれているからこそ、私がおかしな物音を立てたら、すわ異常事態かと部屋に確認しに来るかもしれない。
そんな時は「寝つけなくて起きてましたー」と言える方が、私としても言い訳がしやすくていい。
私は部屋のテーブルに置いていたバスケットの布巾を取り、ケーキに魔力を込める。
「ん……MPいくつあればいいかな。まずは1000ぐらい?」
ささっと込めてみると、ケーキがふんわりと燐光を発し始めた。
そこで、かじりかけの部分がどうもみっともない気がして、端っこを切ってみる。そこに、どこにいたのか、緑色の花のリースを首にかけたゴブリン姿の精霊が飛びついてきた。
画面を開いてみれば、
《おやつくれる? くれるの?》
食いしん坊さんだったらしい。
「ソラを呼んでくれるならあげるよ」
伝えると、ゴブリン精霊はグッジョブ!と親指を立てた右手を突き出し、ケーキの切れ端を持ち上げてテーブルの上で踊り出した。
《今日もおやつがいっぱいだ》
《素敵なおやつ》
《最高のおやつ》
《魔力がいっぱい栄養いっぱい!》
踊っている精霊が、ふっと姿がぶれるようにして二匹、三匹と数を増やしていく。
やがて十数匹にまで増えた精霊が、テーブルの上のケーキを囲んでくるくると回った後、ぶわっとケーキが光り輝き――。
まぶしさに顔をそむけた私は、その声に振り返る。
「久しぶりだね、ユラ」
「久しぶり、ソ……」
名前を呼ぶ声が止まってしまう。
いつも通りの声なのに、ソラの姿が以前とまた変わってしまったことに、衝撃を受けて。
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