エリック王子の秘密 2
エリック王子は、迷いなく森の奥へ歩いていく。
目的地がちゃんとある人の進み方だ。
「やっぱり秘密の会合とかかな……」
だとしたら、元老院側が何を考えているのかとか、こっそり聞くことができるかもしれない。
問題は、私の隠密能力だ。
「姿を隠す魔法って、使えないんだよね……」
魔法そのものはある。けれど私を拉致した犯人達が瞬間移動に使ったような、冥界術の一種なのだ。姿を現さずに動けるのは幽霊だけ、とか。この世界ではそういう法則で魔法の設定が作られているらしい。
そんなわけで、人や動物を殺さないと使えない術なので、使いたくない。
がんばって自力でなんとかするべく、足音を立てないように、草を踏んだ音にすら注意しながら進む。
どうしても遅れがちになってしまうけれど、見失わなければいいとだけ念じて追いかけると、やがて人工の小川の近くに出た。
はて。エリック王子は、川原でぼんやりとしたいとかポエムを作りたいなんていう趣味の人なのだろうか。
と思ったがちょっと違った。
エリック王子は、小さなじょうろを持っていた。
(王子がじょうろ?)
こんな森の中に庭なんてないのに……と思ったら、川近くの薔薇が群生している場所にしゃがみこんで、ちょろちょろと水やりをしていた。
「そろそろ咲ぎそうだなおめ、よすよす」
「…………?」
どこかの方言なんだろう。耳慣れない訛りに私は驚く。
エリック王子はうなずきつつ水やりをした後は、何かを撒く。
「そら、もっと大ぎぐなれよ。ああ、こっちにもやっておぐが……」
エリック王子は、近くに群生している赤薔薇の方にも何かを撒く……ってことは、肥料?
もう一度じょうろに水を汲みに行った隙に覗くと、エリック王子がいた場所には、可愛い黄色のつぼみをつけた薔薇が植えられていた。
植えられてから、けっこう年数が経っていると思う。
そこそこの大きさになっていたし、横には挿枝で増やしたのだろう、一回り小さな同じ種類の薔薇が一列に並んでいて、綺麗に剪定もされているのが遠目にもわかった。
(これは……ようするに……)
エリック王子、こんなとこで薔薇を育てて楽しんでるの?
「なんで隠してるんだろ」
王子なら、堂々と薔薇を育てたってよさそうな気がするのに。むしろ貴族のお嬢様方が「優雅な趣味をお持ちなのですね」とときめいたりするんではなかろうか。
「しかし、しゃべってる内容がなまってるのは、もしかして故郷の言葉?」
王族筋の遠縁から養子に迎えたというのだし、どこか訛りの強い地方で生まれ育った人なんだろうけども。
エリック王子は薔薇を見つめて、満足そうに微笑んでいる。
なんか楽しそうだな。
というか、喫茶室に来たりした時の、すかした感じの笑い方よりも自然な気がするんで、こっちがたぶんエリック王子の素なんじゃないだろうか。
だとしたら、元老院側には立っていても、いい人なのかもしれない。あの国王陛下の容姿なんだし、きっと養父を裏切ったりはしないと思うし。
それに誰かと陰謀の打ち合わせとか、そういうこともなさそうだ。
退散しようとした私は、そろそろとその場から離れようとした。
でも隠れていた木から離れたところで、
「!?」
突然、薔薇の首飾りをした精霊が私の顔に張り付いてきて、目の前が見えなくなる。
驚いた瞬間に足に何かが引っかかって。
「うひゃあ!」
声を上げてその場にすっ転んでしまった。
うう、地面についた手がちょっと痛い。魔法で治せるからいいけど、精霊はなんだって急に目隠しなんてしてきたの? と思ったら。
「見ぃたぁなぁ~~!?」
エリック王子の声に、地面に手と膝をつけた状態のまま振り返る。
目を吊り上げてこちらに歩いて来ようとするエリック王子の姿に、私は慌てて立ち上がった。
「あ、あの、何のことやらさっぱり!?」
「うそをつけ! こんな近くにいて、今まで僕に気づかなかったわけがないだろう!」
「全く、さっぱりとわかりませんでした! あ、森の木々に溶け込んで見えなかったとかじゃないですかね?」
「明らかに服の色が目立つだろう!」
たしかに。今のエリック王子は黄色系の上着をお召しでいらっしゃいました。この言い訳には無理があったようだ。
「でも薔薇には同化して見えるのでは」
「貴様。やはり僕の薔薇をしっかり見ていたんじゃないか!」
しまった。口がつるりと滑った。エリック王子を見ていないのなら、黄色の薔薇にも気づかないはず。それ以外の薔薇は真っ赤でした……。
「あの、さようなら!」
逃げるが勝ちとばかりに走り出そうとしたら、あっという間にエリック王子に腕を掴まれてしまった。
しかも無理やり振りほどくわけにもいかない。魔法を使ったら魔女だっていう疑惑を深めるだけになるし、腕力はへなちょこなので敵わないのだ。
「逃がさん! 口外しないと約束させるまで……。いや、お前の弱みを白状しろ! さもなければ口先だけの約束など信用ならん」
「弱みとか言いたくないですよ!?」
「本当にお前が魔女かどうか答えろ!」
「魔女じゃありません!」
嘘だけどそう叫んでおく。
「信用ならん!」
「何で疑うんですか!?」
とっさに私はそう尋ねていた。
口から疑問が出てしまってから、これはいい機会かもしれないと思えた。元老院の人達といい、このエリック王子といい、証拠もないのにどうして私を疑い続けるのか。勢いあまってエリック王子が白状してくれたら幸いなんだけど。
エリック王子は私を憎々し気ににらみつけた。
「魔女は恐ろしい存在だと聞いている。国一つぐらい造作もなく滅ぼせると。もしお前のような小娘が魔女だとして……、そんな奴に力を持たせたままでは、危険……くっ……」
エリック王子が急に呻いて、その場に膝をついた。彼の肩に乗っている薔薇の首飾りをした精霊が、心配そうに茶色の髪を撫でていた。
「具合が悪いんですか?」
精霊が気遣うぐらいだ。本当に気分が悪いんだと思う。
どうしよう。誰か呼んで来た方がいい? だけどエリック王子は私の腕を離してくれないし。
と思ったら、
「ウガアアアアアアア!」
怪獣のような声が響いて、エリック王子がはっとしたように顔を上げる。
そして私の横を、ものすごい勢いで赤茶けた色の生き物が通り過ぎた。
まもなく空中で静止し、こちらを振り返ったのは……。
「火竜さん!」
間違いない。子犬サイズの火竜なんて、アーレンダール王国には一匹しかいないはず。
でも、なんで王宮に来てるの!? と思ったら。
「エリック殿下、お久しぶりですね」
その人の声ではあまり聞くことがない敬語。
でも尋ねられたエリック王子は、はじかれた様に私の腕から手を離して、私の背後を凝視していた。
私もそちらを振り返る。
白銀の髪が夕陽の色に煌めいていた。
顔こそ無表情なものの、腕を組んで立つ姿からは、いら立ちのようなものを感じる。ちょっと怖い。けど、間違いない。
そこにいたのは、数日前に離れたきりの団長様だった。
11/2に第三巻発売です。よろしくお願いいたします。




