喫茶室、本格始動。
今日から喫茶店は本格始動だ。
午後、お昼を食べたらすぐに開店する。
お客様が入りやすいよう、中の様子を見やすいように扉を大きく開け放っておいてもらうと、さっそく今日の当番らしい、アネーヴェ伯爵夫人が来ていた。
「ごきげんようユラさん。今日はお友達を連れてお邪魔するわね。後から遅れてくる人もいるのだけど……」
「お待ちしておりました、アネーヴェ伯爵夫人。何名様でしょうか?」
「席は四つあればいいわ」
嫣然と微笑んで言う彼女は、私より年下の可愛らしいご令嬢を二人連れている。ということは遅れてくるのは一人のようだ。
「ではこちらのテーブルへどうぞ」
窓から薔薇園がよく見える席へ案内して、まずは注文をとる。
アネーヴェ夫人は、紅茶を初めて飲むらしい令嬢のためにもと、まずは普通の紅茶をオーダー。
ケーキとクッキーもほしいとのことで、お菓子は召使いさんにサーブをお願いし、私は三人分の紅茶を淹れてテーブルへ運んだ。
「どうぞ。お好みで砂糖やミルクをお使いください」
「ありがとう」
こんな美人に艶っぽい笑顔でお礼を言われて、私までドキドキしてしまう。同席していた令嬢二人も、アネーヴェ夫人に見とれている様子だった。
まずはお茶とケーキに手を付けてから、アネーヴェ夫人は令嬢二人に尋ねる。
「先ほどのマクスウェル子爵の嫡男はどうだったかしら?」
「……第一印象はそれほど悪くはありませんでした、アネーヴェ様」
黒髪の大人しそうな令嬢が下を向きつつそう言うと、金髪巻き毛の令嬢がそんな彼女を横目で見つつも、はきはきと答えた。
「私は押しが強すぎるように感じましたわ」
二人の意見を聞いたアネーヴェ夫人はうんうんとうなずく。
「他にまだ二人、会う予定がありますから、ゆっくり見比べるといいわ」
不思議な会話に私は首をかしげる。
そうこうしている間に、喫茶室をちらっと覗いていた貴婦人が二人、ご入室。
召使いさんが案内してくれて、お茶のオーダーをもらって淹れている間に、アネーヴェ夫人が待っていたもう一人がやってきていた。
二十代くらいの青年が一人だ。
彼の分のお茶を運んでみて、私にもようやくアネーヴェ夫人のやっていることが理解できた。
年頃の男女を引き合わせていたらしい。
ということは、先ほどの子爵の嫡男とやらは、喫茶室ではなく王宮に来ていたところを見かけて、引き合わせたのかもしれない。
私は「なるほどこれが貴族のお見合い……」と興味深く見ていた。
近くにいた貴婦人達も、ちらちらとそちらに注目している。
そして青年が席を立った後、アネーヴェ夫人が私に声をかけてくれた。
「今日もおいしい紅茶をありがとうユラさん。おかげで場も和んで、話題にもなって助かったわ」
なるほど、紅茶はこの世界では珍しいから、この喫茶室に来ることも、紅茶を飲んでみることすら話題になるわけだ。時候の挨拶をした後、何を話していいのか……という場合にも有効だろう。
「お役に立てたようでなによりです」
どういう形であれ、紅茶を飲んでおいしいと思ってくれたのであればそれでいい。
アネーヴェ夫人がしていたのも、ホテルのラウンジでお茶を飲みながらお見合いするのと同じことだしね。
「明日からもっと忙しくなると思うわ。がんばってね」
「明日からですか?」
どういうことだろうと首をかしげていた私だったが、翌日、それは現実となった。
次の日。
喫茶室の中は、開店と同時に6つ用意したテーブルが全て埋まった。そのほとんどが貴族令嬢。
一人の貴婦人が、必ず三人ほど、十代半ばの令嬢を連れてきていたからだ。
同じような集団が六組、喫茶店に着席した後は、やや遅れて一人二人と貴族の男性がやってくる。
男性は必ず貴婦人に呼ばれてきた人で、貴婦人が『紹介する』という形で令嬢達はその男性と会話をするのだ。
「初めまして、叔母に珍しいお茶が飲めると呼ばれまして」と男性が挨拶すると、令嬢達が恥ずかし気に「私もです」と答える姿があちこちで見られる。
まるで……。
「集団お見合い……みたいな感じ?」
やや、女性の数が多すぎるけれど。でも雰囲気的にはそんな感じだ。
初対面の男女を、仲人の年長者が引き合わせるのだから、ほぼ昨日のアネーヴェ夫人がやったことを、複数の組で開催しているようなものだ。
「喫茶室をそういう方向に利用できる、とアネーヴェ伯爵夫人が広めたようですね」
私のつぶやきを耳にしたベアトリスさんが、楽し気な顔をしている。
「昨日、男性に引き合わせてみたのがとても好評だったようです。女性側も、信頼できる年上の女性に紹介されるので、おかしな男性が近づいてくるわけではないので、親子ともども安心できるようですし、人となりを知った上で選べば、結婚後のことも安心でしょう。
しかも王宮ですから。上手くいけば……家格が上の方に見初めてもらえる機会になりますから」
見初めてもらうには、見かけてもらわなくてはならない。
男性側も、どんなお嬢さんか知りたいのなら、垣間見るなりお茶に参加せねばならない。
しかし双方が満足できるようなお茶会をセッティングするのは大変だ。ましてや、見初めてもらおうとしている側は、階級差から相手を呼ぶことなどできないわけで。
そんな需要が、喫茶室へ行くという形で満たされたらしい。
「需要があれば、潰されにくくなるのでいいですね」
ベアトリスさんに返事をしつつ、私はちらっと扉の方を見た。
そこからたまに、男性貴族がちらちら覗いたりしているのだ。
何人かは、初日にいちゃもんをつけてきた貴族の中にいた人だ。見覚えがある。
でも何もしてこない。
沢山の貴族が利用したいと考えているのに、それを無理やり取りやめさせてしまうことができないんだろう。平民だったら蹴散らすのかもしれないけど、貴族同士ではいろいろしがらみというものがあるに違いない。
何よりも、主導したのがアネーヴェ夫人だから、らしい。
「なかなか良い調子のようね」
そのアネーヴェ夫人が喫茶室を覗きに来た。
「いらっしゃいませ、今席をおつくりしますので」
こんなこともあろうかと、庭にもテーブルを用意していた。
召使いさん達が素早く掃き出し窓を開け、庇屋根のついたベランダに置かれたテーブルと椅子をさっと拭いてくれたので、そこにアネーヴェ夫人を案内する。
その間、扉の近くで中を覗いていた男性貴族が、ほわんと見とれていた。
気持ちは私も痛いほどわかる。女性でも見とれてしまう方だから。そして彼女に幻滅されたりしたくないので、喫茶室に何も手を出せないのだろう。
「今日は他のお茶を頼もうかしら」
そう言って、アネーヴェ夫人がオレンジティーを注文してくれる。
お茶を淹れて戻ると、先に召使いさんに運んでもらったクッキーをつまみつつ、アネーヴェ夫人が言う。
「これだけお客が来るのなら、手を出しにくくなったでしょう。でもお客がいない時は気を付けてね」
「ご助力感謝いたします」
私は深々と一礼した。
さっきベアトリスさんが説明してくれたように、アネーヴェ夫人は元老院が手出ししにくくなるように、他の貴族を巻き込んでくれたのだ。
需要がある間は、喫茶室を潰そうとしたら他の貴族達の反発を招いてしまうのだから。
でも私が陰で困らされて、自主的にお店を閉めるとなれば別だ。だからお客がいない時間は気を付けるようにと言ってくれたのだろう。
そうしてアネーヴェ夫人がお茶の感想を教えてくれていると、ふっと夫人の視線が庭へ向いた。




