信じるために差し出されたのは2
――知られていた。
ショックを受けた私は、一瞬、逃げるべきかどうか迷った。
とても走れるような状態じゃないけれど。
何より、逃げてもどうしようもない。
そんなことを考えられる程度には、まだ冷静さが残っていた。まだ肩にひっついている、ゴブリン精霊さんのおかげで、多少落ち着いていられるんだろうか?
でも何を言ったらいいのかわからない。
団長様に相談できないし、ええと……。
「精霊が見えるなら、お前が我と戦うために精霊を使っていたのも、見えていただろうな」
冷静な火竜さんの言葉に、あ、と思う。
火竜さんと戦った時には、バレていてもおかしくはないはず。とにかく紅茶を作っているだけの能力ではないと、わかっていたに違いないのに。
「どうして……今まで、言わないでいてくれたんですか?」
フレイさんは知っていたのに、今まで黙っていてくれた。
むしろさっきの拉致犯達が現れなかったら、ずっと言わずにいたのかもしれない。
するとフレイさんが、小さく笑った。
「君は知られたくなかっただろう? それに俺は、君を守ると言ったじゃないか」
「や、そうですけど。でも、魔女ですよ?」
「でも魔女になったのは、俺の同郷の人間のせいだ。君のせいじゃない。むしろ俺は、君に贖罪しなくてはならない立場だ」
私は贖罪という重い言葉に驚く。
「むしろ君が、俺を許せないと言うと思った。自分を殺そうとした人間の仲間だとわかったら、俺のことも嫌うだろうと。でも、さっきのでもう隠せなくなったから……言っておきたい」
フレイさんは抱えていた私を一度離し、両肩を掴んで支える様にして、私の顔を見た。
「もし俺のことが憎いと思うのなら、彼らの計画を止めた後に、殺してくれてもかまわない」
真剣な表情のフレイさん。
私はすっと心が冷たくなるような気がした。
なぜそんなことを言うのかと思う。でも、フレイさんは責任を感じてしまっているんだろう。
フレイさんはただの貴族じゃない。さっきの話の通りなら、イドリシアで唯一生き残った王位継承者。王様みたいなものだ。
自分の国の人が、他国の人を誘拐して傷つけたとなれば……自分にも責任があると考えてもおかしくはない。
「でもそれは、フレイさんが生き残った王族だから……そう言っているんですよね? だってフレイさんは直接関わっていないですし、ずっと守ってくれていたじゃないですか。それなのに恨むだなんて……私には」
できない。というか恨む理由がない。
「フレイさんが責任を感じるべき国は、今はないんですよね? そして、ずっとフレイさんが領主みたいな形で管理していたわけじゃなかった、っていうことじゃないですか? その人達の情報が届かない場所で、騎士として仕事をしていたわけですから。だからフレイさんは、何もひどいことをしていませんし、責任をとる必要もないと思うんです」
こう思うのは、私が平民だからかもしれないけれど。
でも、側で彼らをまとめ上げて統治しているわけじゃないのなら、その行動を把握できなかったとしても、誰も責められないと思う。
「ただ一つ、早くイドリシアの人達のことを教えてくれれば……と思ったぐらいでしょうか」
フレイさんの口ぶりからしても、つい昨日、私が魔女だとわかったわけじゃないんだと思う。それなら、魔女を作り出した人達のことを教えてくれれば……と思ったけれど。
フレイさんは困ったような表情で、首を横に振る。
「君に対しても、上手く話せなければ、俺から逃げてしまうんじゃないかと思った」
何度となく、世間に魔女だとバレたら身を隠そうとか、他国に逃げようと思っていた私は、内心でギクリとする。
こうして逃げようもない状況だから、自分も大人しく聞いているのかもしれない……と。
「それに俺の方も、団長達にはまだ知られたくなかった。おそらく君は、魔女であることを団長に話しているんだろう?」
「…………」
否定できない。
特に精霊が見えるのなら、同じく精霊を見て会話ができる団長様が、沢山のプレイヤー役精霊を放置していたこともわかっているはずだ。
あれを見たら、団長様が知っているって一発でわかるだろうな……。
「団長がどういう理由で、ユラさんを保護しているのかわからなかった。そこで俺がイドリシアのことを明かして……情報を持っているとわかれば、俺を一度は疑って拘束しなければならなくなるだろう。それでは君を守れなくなる」
「そんな。団長様がそんなことをするわけが……」
「確証があるのかい?」
フレイさんに問われて、私は考えてしまう。
団長様が私を庇ってくれるのは、情が理由だと思う。魔女になったのは被害者になったせいだし。
そして私が、団長様達を助けるためにしか動いていない上、どう考えても陰謀を考えるのはムリな頭をしてるから。
でもフレイさんの場合はどうだろう。
敵と繋がりがある……いや、さっき思いきり相手を倒そうとしていたフレイさんのことだ。ほとんど縁を切ったようなものだと思う。
その状況でも、彼の素性を明かしたら……団長様もそのまま信じてくれるかどうかわからない。フレイさんの懸念は理解できる。
「団長様が……フレイさんを見逃してくれるかどうかは、わかりません……」
私はそう言うしかなかった。
「そうだろう? だから、この機会にイドリシアの人間だということだけ、伝えようと思う。君という目撃者がいたのだから、君が話を合わせてくれたら、この情報を上手く団長に伝えたい。協力してくれるかい?」
フレイさんは、団長様にずっと黙っているつもりではなかったようだ。
確かにフレイさんが急に、どこからか話を仕入れてきたと言うよりも、私が襲われたことで、敵の情報をいくつか知ったことにした方が自然だ。
情報を打ち明けてくれるのなら、と私はうなずく。
フレイさんは安心したように微笑んで、とんでもないことを言い出した。
「ありがとう。それに君が望むなら……いずれ魔女ではなくす方法を用意する」
「え……」
魔女ではなくなる方法!?
「そんな方法があるんですか!?」
思わ叫びそうになって、慌てて小声で尋ねた私に、フレイさんは微笑む。
「あるんだ。イドリシアの王族にだけ伝わる方法で……。だけど時間のかかる準備が必要で、やっかいなんだけど、そのためにも俺は自由な状態でいたいんだ」
なんと。フレイさんは私の状況をも救ってくれるつもりらしい。
ずっと魔女として追われる覚悟をしていた私は、ものすごくほっとした。
「魔女じゃなくなれるだなんて、嬉しい……」
泣いてしまいそうだ。
お茶を作れなくなるかもしれないけれど、死ぬまで隠れて暮らすというのもきっと辛い。何かあってバレたら、どんなに親しくしていた人からも距離を置かなくてはならなくなるもの。
その心配がなくなるというだけで、体の力が抜けてしまいそう。
フレイさんに迷惑になるから、ぐっとこらえるけれど。
そこで私は、魔女であることを止めさせなくてはならない人物のことを思い出す。
「フレイさん。もう一人、私以外に魔女がいるはずなんですが……。その人のことはわかりますか?」
私以外の被害者で、生き残った人。
その人についてフレイさんが情報を持っているのなら……、助けられるかもしれない。私ともども、魔女ではなくなる方法を使ってもらえるのなら。
フレイさんは暗い表情で一度きつく目を閉じる。
そして再び私を見て言った。
「その人物についても、情報を持ってる。それは、上手く団長に話すよ」




