※騎士の見たものは
正直、魔女については不明確なことも多い。
だからこそフレイは、メイアが魔女になるだの、イドリシアの民が魔女を作り出そうとしていたことに、反対だったのだ。
「まさかこんなことになるとは……」
火竜に向かって行く騎士達や団長に、精霊の盾の魔法を発動したのはユラだろう。魔女ならばそれぐらいできて当然。しかし上級魔法までいつ覚えたのか。
それにユラを乗せ、自分がやったふりをして魔法を使わせた団長は、彼女が魔女だということを伏せた上で、ユラの思う通りに行動させようとしたのだろうか。
そんなことを考えていると。団長の竜の上に、精霊が現れた。
フレイは唐突な現象に、目を疑った。
遠目だから錯覚を見たのかもしれないと、フレイは二度も瞼をこすったぐらいだ。
でも見える。ウサギの形をしているあれは、氷の精霊。おそらくはこの山周辺に住んでいる者達だ。
中にゴブリン姿の精霊も混じっているが、それも氷の精霊だろう。
あのゴブリン姿の精霊の変種については、精霊に詳しいイドリシアの民でもよくわからないままなのだ。
数年前に増え始めて……それが、イドリシアが侵略された時と前後するので、その影響ではないかと言われていたが、会話ができない精霊なのでどうにも原因がはっきりしない。
他の精霊達も「わかんなーい」としか言わないのだ。
そして精霊達が自分でも精霊の盾をかけ始めたように見える。
そのせいでヴィルタの上は精霊の過密状態だ。ヴィルタも滞空しながら、困惑した表情を見せる。
そうして精霊達は――驚くことに、火竜に向かって行き、攻撃を始めたのだ。
「はぁっ!?」
思わず声が出てしまった。飛びトカゲに乗って離れているおかげで、近くの騎士にも聞こえなかっただろうが。
でもみんな、この異常事態には気づいている。
なにせ火竜が、姿を隠した敵と戦っているようにしか見えないからだ。
一匹でじたばたしている火竜の姿は、どこかこっけいだ。
フレイの隊の騎士達も、困惑した表情になっているのが遠目に見える。
「団長……あなたこれ、どう誤魔化すつもりですか……」
それを考えると、他人事ながらめまいがした。
とにかく精霊が戦い、火竜の防御が崩れた。すると団長は、表情も変えずにさっさと火竜を攻撃しろと指示をしてくる。
「もう、知りませんよ!?」
フレイは何も見なかったことにして、火竜に突撃をする。
火竜の方も黙ってはいない。ブレスを吐くが、フレイよりも火竜の側近くにいた精霊の、魔法の盾によって完全に防がれた。
「……効果が強すぎでしょう、ユラさん」
火竜のブレスをあっさり防げるあたり、半端なさすぎて笑いがこみ上げてきそうだ。
きゃっきゃと喜んでいる、ウサギ型とゴブリン型の精霊の影響もあるかもしれない。
そうして火竜にダメージを与え、紅茶も飲ませる……もとい、火竜の口に投げ込むことができた。
団長は、紅茶を飲ませることで、導きの樹の精霊の時のように契約を解除できると言っていた。
けれどユラを連れた団長が山頂へ降下したことで、それは違うとフレイは気づいた。
竜との契約を破るのに、おそらくはユラの魔力で相手の契約を壊すつもりなのだ。
「止めるべきか……それとも……」
フレイは迷う。
ユラが魔女だとバレてしまうのではないだろうか。それが心配だった。
けれど団長が認めていることを考えると、やらせるべきなのかもしれない。きっと、何か考えがあってのことだろう。
「俺も……やっぱりイドリシアの考えから離れられないんだな」
精霊の言葉を重視し、国の方針を決めてきた国イドリシア。だからこそ小国でも長い歴史を持ち、精霊の力を欲したタナストラ王国に侵略された。
あの時も精霊達は、逃げるフレイ達を助けてくれたのだ。
そんな精霊達を統べるはずの、精霊王の剣を持つ団長の言葉に、どうしてもフレイは従わなければという気持ちと、信頼を感じてしまう。
だからと地上へ降りつつも、離れて見守ることにしたフレイだったが。
精霊が騒ぎ出す。
ユラを守るように集まった精霊達とは別に、氷の精霊達がわちゃわちゃと駆け回り始めた。
『ユラがあぶないよ』
『竜はしかたないけど』
『ユラがあぶないよ』
一体何が……と思い、フレイは周囲を見回す。
そして山頂から少し下った場所に、精霊がいるのを見つけた。氷の精霊ではない。岩の精霊だ。
「リュシアン様!」
イーヴァルが団長の方へ駆けて行く。おそらくユラが、契約解除を始めたのだろう。契約の魔法に何か仕組まれていたのか、火竜の体から精霊力が漏れだして赤い光となって拡散していく。
そちらは団長に任せることにした。
今、自分がすべきはそれではない。
フレイは岩の精霊が何かをするかもしれないと感じ、叩き斬る。
「フレイ様!?」
岩の精霊によって、姿を岩に同化させることで隠れていたイドリシアの魔術師が、姿を現した。
「お前、何をしようとしていた?」
剣を降ろして聞いてみれば、魔術師は愛想笑いを浮かべて答えた。
「我々の計画を邪魔をしてきた者を排除するのです。さもなければ、メイア様のご覚悟が水の泡になります。ようやく邪魔者を見つけましたが、あの娘……生き残った実験体なのです。あのままでは彼女もいずれ、増えすぎた魔力を制御できなくなって、周囲を破壊しかねない」
魔術師は自信に満ちた表情で言い切る。
「王が魔女はただ一人だけ。他は存在してはならぬとおっしゃるのです」
「王? 大伯父上は死んだはずだろう!」
「今はそれを論議している時間はありません。邪魔をするのなら、フレイ様とて容赦はしません」
魔術師は既に用意していたのだろう、足下に描いた魔法陣に魔力を与えた。
このままでは、ユラが危ない。けれど魔法陣を壊すだけではだめだ。この魔術師を殺さなければ……。
フレイは覚悟を決めた。
ユラを。これ以上犠牲にさせるわけにはいかない。
そして剣を振り被った時――魔法陣の中から闇が浸み出した。
闇は魔法陣の中を円筒状に覆うようにして魔術師を飲み込む。
「……ひぎゃあああああっ! 王よ、なぜ!?」
魔術師の悲鳴に、フレイは戸惑う。
一体これは何なのか。魔術師は殺されたのか? 一体誰が、何の意図で。
ただわかるのは、圧倒的な魔力だ。
普通、魔力量というのは魔法で調べない限りはわからない。けれどここまで強さを感じる存在、そしてこの感覚をフレイは一度だけ経験していた。
変化はごく数秒のものだった。闇はすぐに引き、最後に数秒、闇色の長衣を着た人物の後ろ姿に変化する。
その姿もふいに消え、その場には何も無くなった。
「まさかそんな……」
フレイはぼう然と魔法陣の名残を見つめた。
あの存在を見たことがあった。一度だけ。
イドリシアの王宮深くで。王位継承権がある者は一度は経験するべきだという定め通りに、拝謁した存在。
「精霊王……」
でもあの漆黒の姿は何なのか。
わからないながらも、いつまでもその場にいるわけにもいかなかった。
振り返れば、火竜は小さくなりながらも存在し、ユラは無事に契約を解除することができたようだった。




