それは後悔ではなくて2
びっくりした。
でも手首を掴まれていと、牽引されている気持ちになるからだろうか。どう言っていいのか迷う。
これたぶん、人に見られたら恥ずかしい。私の年齢では、さすがに子供のふりはできないし。勘違いされる前に、離してもらわないと……。
「あの、フレイさん」
「嫌じゃないなら、このままでいてくれないか?」
そう言われると、嫌とは言えない。
嫌がるという行動をするのは気が引ける。それに嫌悪感なんてものはない。
ただ守ってもらうような場面ではないから、戸惑う。一体どうして?
疑問をかかえながらも数秒そのままでいたら、フレイさんが口を開く。
「役目を外されたことを、話しただろう?」
「はい……」
「……改めて考えたんだ。君のこと、自分のことを。団長が俺から役目を外されたことは、そういうきっかけになったかな」
私はハッとする。同じ気持ちになったことがあるから。
団長様に言われたことで、私は進んで魔女になろうと決めた。自分にとって必要なものが何なのかが、わかったような気がして。
「俺は確かに君に近づき過ぎた。今でも君の行動に不安を感じる気持ちは消せなくてね。それがただ、守れなかったことへの後悔だけなら、君には謝るべきかなと……昨日から考えてた」
「謝る、ですか? フレイさんがそんなことをする必要は……」
私が悪いのだ。それしか方法がないとしても、フレイさんを驚かせたことは間違いないのだから。
でもフレイさんは首を横に振る。
「君みたいな行動をする人が、世の中にいないわけじゃない。それでいちいち傷つくようじゃ、騎士なんてやっていられない。というか、今までもずっとそのつもりだったんだ。助けようとした相手が死ぬことだって、何度もあるんだからね」
吐息をつくように言ったフレイさんは、そこで足を止める。
「ずっと前……自分を犠牲にして誰かを助けようとした人達を、何人も見てきた。まるであの時の君みたいに、自分を投げ出して誰かを救おうとする人を」
フレイさんの視線は、夕暮れの朱に染まりつつある空に向けられている。
昔のことを思い出しているんだろう。
「そういうことが続きすぎて、だんだん何も感じなくなって。もう仕方ないことなんだ、って思うようになっていった。でも、俺達とは無関係でいられたはずの人が、同じように自分の人生を捨てるようなことをして、俺や知り合いを助けてくれた。さすがに関係のない人間まで犠牲にして、何も感じないままではいられない。彼女のことが女神みたいに思えた」
語る口調から、その『彼女』に対してとても恩義を感じているのがわかる。
確かに関わりのない人に救われたら、神様みたいに思えるだろう。
実験をされていた場所で、殺されかけた時の私も、助けてくれた団長様が神様に見えた。そして拝んで呆れられた。
フレイさんにとって『彼女』は、たぶんそういう存在なんだと思う。
「それからどうにか、彼女が犠牲にならないようにと思って行動してきたんだ。そのために彼女の側にいられなくても、それは仕方ないと思っていたし、役に立つならそれでいいと」
フレイさんは真摯な声音でそう語り、それから私に視線を移す。手首を握ったまま。
「君は……保護されるべき立場だった。君が殺されかけていたと聞いた時も、そう苦しいとは思わなかったんだ。でも俺が安心した隙を突かれたせいなのかな。久しぶりに最初の時みたいに衝撃を受けて、昔のことを思い出してたまらなくなって……」
フレイさんは自由な右手で私の肩に触れる。
「どうにか、今度こそ守りたかったっていう後悔を、君を助けることで晴らそうとしていた部分があったんだと思う。ずっと申し訳ないと思っていたんだ。昔、俺を助けてくれた彼女が被った責任は、自分が被るべきもので……だけど俺が矢面に出ることはできなかったから」
フレイさんは苦笑いする。
話してくれた内容の全てを理解できたわけじゃない。でも、おかげでフレイさんが謝りたかった気持ちが理解できた。
昔、フレイさんが誰かに庇われて助かり、相手が死んだことをとても後悔していて。同じようなことを私がしたから、過剰に不安になっていたんだと、そう言いたかったんですね。
それなら私が言えることはただ一つだ。
「やっぱり、フレイさんが私に謝る必要はないと思うんです。後悔をしないようにしたいって思うのは自然なことですよね? 私だって目の前に、お祖母ちゃんと似た人がいたら、引っ込み思案で何もできなかった頃のことを思い出して、今度こそは役に立ってみせたいとか、できなかったぶんまで優しくしてあげたいとか思いますから」
上手く言えただろうか。
不安になったけれど、私なりの言葉で伝えるしかないと思う。
そしてふと気づいて、手首を掴んだフレイさんの手に触れる。フレイさんはきっと、これを話した時に私に嫌がられたりするのが怖くて、掴んでしまったのだとわかったから。
年上の人なのに弱いところが見えた気がして、少し可愛いと思うなんて、私は変なのだろうか。
「私、フレイさんが後悔したおかげで優しくしてもらえました。一人っきりになった上で、わけのわからない状況に遭った後も、慣れない場所で生活を始めた私には、ありがたかった。とても感謝しています。だから悪いことじゃなかったって、思ってもらいたいです」
そう言うと、フレイさんはぼんやりと私を見た後で、ほっとしたように穏やかな笑みを見せた。
「君にはかなわないな……。か弱さが不安で、君のことを気にし始めたわけじゃないんだって、今ならはっきりとわかるよ。それも、君と離されたからなんだろうな」
また口説き文句みたいなことを言い出すフレイさんに、私は笑って言おうとした。
……ねじまき人形みたいに、面白い動きをするからですよね? と。
でもその前にフレイさんが、私の肩から右手を離し、掴んでいた私の手を持ち上げる。
一体何をするのかと思えば、手の甲に、フレイさんが腰をかがめるようにして口づけたのだ。
「……え、あの……っ!?」
それ以上の言葉が出ない。
今、見間違えじゃないくて、フレイさんの唇が私の手に触れた!?
それに手の甲にふれた、くすぐったいようなやわらかな感覚は……。
思わず手を引きそうになったけれど、フレイさんがそれを許してくれない。
「嫌?」
むしろ上目遣いにそんなことを聞いてくる。
「そ、そういうわけではないですが……なっ、どうして!?」
思わず尋ねてしまった私に、フレイさんは楽し気な表情になる。
「君に感謝と、少しでも今のうちに印象付けて置こうと思って」
「感謝とかいりませんよ!? それは必要ないですけど印象って?」
私にはちんぷんかんぷんだ。本当にどうしてこんなことをするの?
フレイさんはゆっくりと姿勢を戻して、でも繋いだ手は決して離さないまま言った。
「もっと他にも、君に聞いてほしいことがあるんだ。だけど今はまだ君に対して、俺は誠実とは言えないだろうから……。次こそ君を守れたら、聞いてほしい。それに団長にも、役目を外されただけで、君と話すのは別にいいと言われているからね」
よくわからない宣言をしたフレイさんは、そのまま私の手を引いて城まで帰ろうとした。
「あの、さすがにこれは人に見られたら恥ずかしいです」
そう言ってようやく手を離してもらえたけれど。
フレイさんと別れた後、まだくすぐったいような感覚が消えない気がして、つい自分の手の甲に触れては、頭をかきむしってしまった。




