※そうして彼女は動き出す
このことを伝えるべきか、とメイアは悩んでいた。
気のせいではない。
「明らかにおかしいわ……」
前から彼女のことが気になっていた。
ユラという名前の、気が弱そうな自分と年がそう変わらない女性。
たぶん彼女を一度見たことがあった。見間違えでなければ、メイアが実験を受けるために移動した先にいた女性だ。
……あの時、彼女はこんこんと眠っていた。物音に起きる様子もない。
実験をしていたイドリシアの魔術師は「有望そうなのですがね」と渋い表情で言った。
「最初の処置は越えたのですが、精神的に不安定で……。死にたいと言って暴れていたので別な処置をしたのですが、その後は眠ったままですので、おそらくは失敗かと」
それを聞いて、胸が痛んだ。
もっと早く自分が決断していたら、気づいていたら、彼女は犠牲にならなかったのだろう。
できれば助けてあげたい。だけど眠ったままというのなら、もう……とメイアは数秒目を閉じた。
「もう彼女を最後にしてください。他にはもう召喚はしていないのですよね? 私はきっとうまく融合するでしょうから」
「確かにあなた様なら……。イドリシア王族には、精霊の血が混ざっているといいますからね」
魔術師はメイアの前にうやうやしくひざまずいて言った。
「どうか我々の悲願を叶えて下さい、姫。国の再興とまでは言いませぬ。でもせめて、我々の聖域と精霊が守られるように」
その魔術師は、うつむきながらも肩を震わせる。
「侵略され、親族を殺されながら国を脱出しても、まだ耐えられました。けれどイドリシアの民にとってそれだけは耐えられないのです。アーレンダールでお育ちの姫には、理解しがたいかもしれませんが」
そうして顔を上げた魔術師の目は血走っていた。
「悪魔と言われようとも、これだけはやめられぬのです。この国に落ち伸びた民の大半が同意したこと。そして同族も何人も身を捧げても失敗を続け、それゆえに『精霊と体質が合う人間』を召喚して犠牲にしてきました。この責めは、いずれことが成った暁には我々の命をもってあがないます。だから姫……」
メイアはアーレンダールで育った。母の行状ゆえに隔離されて生きて来たため、世界について教えてくれるのは母とイドリシアからついてきた侍女が主だった。
だからイドリシアの民にとって、精霊こそが信仰の対象であることも承知している。
たとえメイアの未来を閉ざす選択をした人でも、メイアにとって人生の基本となるものを教えたのはその母と、母の侍女だった。
「わかっていますよ」
だからメイアも計画を止められなかった。
そして諌めることもできない。彼らの気持ちを理解できたし、メイアにはそんな力はなかったからだ。
それに止めた所で、メイアの監視の届かないところで再び計画を実行するのは目に見えている。なら、メイアが魔女になればいいだけだ。どうせ自分には、このままゆっくりと一人で朽ちて行く未来しかなかったのだから。
……彼女がユラだったとしたら、とメイアは思う。
「彼女が助かったのだとしたら、魔女になる素質があるということ? いえ、むしろもう魔女なのかしら」
無事を喜ぶよりも、メイアの心に不安がよぎる。
ユラのことは、やけに気になった。
不可思議な魔法の品を作れるというユラ。一見、かわいらしいだけの明るい女性にしか見えない彼女が、なぜ気になるのか最初はわからなかった。
後から、どうもリュシアンが気にかけているらしいことがわかったけれど、でも最初はそんなことは関係なく彼女のことが頭に引っかかっていたのだ。
だから、リュシアンに保護されている彼女への嫉妬などではない、と思った。
でも今回のことだ。
フレイに魔力のことで協力を求めていたから、安心していた。
期待通り、フレイは魔石をメイアに届けてくれた。近くに隠れ潜むイドリシアの者達が出て行っては、派手な戦闘になって、よけいに騎士団を警戒させることになる。それを避けるためにフレイに頼んだのだ。
魔石を持ち続けていれば、少しずつメイアの中に魔力は取り込まれていく。時間はかかってもこれで次に進めると思っていたのだが。
次に会った時、ユラから持っている魔石と引き合うものを感じた。
ほんの一瞬の違和感を確認するために、彼女の手に触れた。
その時に感じた魔力量に、メイアの違和感はさらに大きくなったのだ。
あり得ない魔力の量を感じた。
フレイよりも多い、ということぐらいしかわからなかったけれど。十分におかしい。
だってユラは、紅茶という飲み物を作るぐらいしか魔力が使えない上、戦闘能力が皆無とフレイに聞いていたからだ。
メイアは悩む。
フレイに話すべきだと思うが、どうもフレイはこの騎士団に居続けたことで、彼ら寄りの思考をするようになっている。メイアが魔女になることも、あまりいい顔をしていない。ユラについて話しても一笑に付す可能性はあった。
それでも……と思い、メイアは彼に会って話しをすることにした。
明日には迎えの人々が来てしまう。それからではフレイに接触するのは難しくなるだろう。
夜、合図を受けてフレイはやってきた。
ユラはもう眠り、医師も既に就寝したのは、酒を飲んでいたらしい仲間と戻って来た声が聞こえたのでわかっている。
外で話すのも、内容に気を付ける必要があった。だからだろう、フレイは窓からメイアが寝泊まりする部屋にやってきた。
「女性の部屋を訪問する時間ではないんだけど、許してほしい」
「いいえ、私が呼んだのですから」
やや申し訳なさそうにするフレイに、メイアは懸念を話した。
「やはりユラさんは、融合実験を受けた人なのでしょう?」
「メイア、一体何を……」
フレイは彼女のことになると、どうも歯切れが悪い。面倒をみているらしいので、そのせいだろうけれど。
「隠さなくてもいいのです。やっぱり私、実験を行っていた場所で彼女のことを見ていますわ。それに今の彼女の魔力量が多すぎるの」
「……魔力量?」
さすがのフレイも眉をひそめた。
「魔力を手に入れたからか、わかるの。彼女の魔力量はたぶん、あなたよりはあると思う」
「魔力が安定しないはまだしも、量となると別なスキルでもないと……医師ではなく、司祭じゃなければわからないはずでは」
フレイは信じたくないようだ。メイアも気持ちはわからなくはない。普段のユラを見ていたら、彼女にとんでもない魔力量があるなど、想定できないだろうから。
「彼女はお茶を作るのと、少し魔法が使えるぐらいしかできないはずなんだ」
「それでも、私の感覚は間違っていないのです。信じてくださらないのですか?」
近寄り、フレイの手を握る。
「まだ、私のためにと誓ってくださった時と同じ気持ちがまだあるのなら、信じてください。私は、あなたやイドリシアの人々に嘘をつくことはありません」
フレイは一瞬瞳を揺らがせた。
不安がメイアの心をよぎる。
イドリシアの人々を守るために出来得る限りのことをしたメイアを、彼は守ると誓ってくれた。でももう、その気持ちは薄れてしまった?
騎士団内のことはフレイに頼るしかない。けれど彼が協力してくれないのなら、メイアは手を出しにくいのだ。
リュシアンは敏い。そして精霊を動かせば彼に気づかれてしまう。だからこそ行動を起こすのなら、彼から離れるしかないし、別な人に依頼するしかないのだ。
フレイは、たぶんユラに親近感や友情を感じているのかもしれない。共に討伐にも出ているようだから、仲間意識のある相手を疑うのは辛いだろう。
ならば、とメイアは思う。
「次の行動を越えたら、私はこの地を離れられます。それまででいいのです。ユラさんが私たちのことに巻き込まれないように見ていてください」
彼女を守る方向に言い方を変えると、フレイも納得してくれたようだ。
フレイはその場にひざまずいて、メイアの手に口づけてくれた。
「いいや、君を信じる。彼女については気にかけておこう」
メイアはほっとした。
これで万が一にもユラも魔女になりつつあると確定したなら、フレイに動いてもらえるだろう。
本当は……と思う。
リュシアン。彼が自分に協力してくれたら。
そう思うけれど、今は仕方のないことだ。無理に押して、忌避感をメイア自身にまで感じるようになられては困るのだから。




