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第二十二話 「女の戦い 第二幕」

よくよく並べてみたら時系列がちょっとおかしい事に気が付いたけれど、多分気の迷いだと思われるのでそのまま続行……ごめんなさい(つω;)

「結局、希望者含めて40人強の大所帯になったな」


 わら半紙で作った小冊子を数えながら、ふぅと肩の力を抜く。

 テスト前に相談された応援団企画の件についてが、ようやくひと心地ついた。

 つい先ほどまでOB会の方が来られていて、まとめた資料類一式を渡して説明し終えたところだ。

 最終的な行程案、宿の手配、移動手段の手配等、まぁ諸々と大変だったと言えば大変だったが、有能なお手伝いさんの助力あって無事にまとめる事ができた。


「女子部も含めれば50人超えたわね。女子部は女子部顧問の先生が助けてくれるから良いけれど、男子部含め応援団勢の方は大変そうね」

「その為に我々も同行するんだ。要所要所は男子顧問部の先生に任せればいいから、移動時等のフォローが確り出来ておけば問題ないだろう」


 有能なお手伝いさんとは、もちろん由梨絵の事だ。

 ほぼ事後承諾な事で巻き込んでやっ……手伝ってくれる事になった彼女は、不承不承ながらもこうして最後までキッチリと手伝ってくれた。

 まぁ、ちょっと高めのお菓子を奢る事にはなりはしたが、なんだかんだと言って、こうして真面目に取り組んでくれたのだ。素直に感謝しておこう。


「本当に由梨絵のお陰で助かった。ありがとう」

「そうね。誰かさんのお陰でそのフォロー用にと冊子作りまでしないといけなくなったけど。ねぇ」


 ちょっと睨むかのような眼つきで、抗議の意を表してくる。

 といっても、これが本気ではないという事は、私も由梨絵も理解した上でのやり取りだ。


 彼女も出会った頃は結構けんもほろろな態度だったが、こうして時間を重ねていく内に態度が軟化した。

 というよりも実はもともと非常に義理堅いというか、男気溢れると言うか、口癖が『面倒』な割りには凄く面倒見がいい事が判ったのだ。

 由梨絵の持つ雰囲気は少々特殊で、前の自分とちょっと似てたのかなぁと思うこともあったけれど、それは間違いだった。

 自分が回りに溶け込めないのに対して、由梨絵は良い意味で周りをよく見ながら、見つけた空いた隙間に自分を上手くコントロールしてするりとはめ込んでいる。その空いた隙間と言うのが実に神妙で、尽く物事の見えていない問題点をフォローする立ち居地に何時も居るのだ。

 その辺「何処かの誰かさんに感化されたからかもね」等と冗談めかして言うそんな彼女だからこそ、こうして隙間だらけの私と上手くはまったと言うか、本当に縁は異なものだ。あ、今は私は女だから用法としては間違いか…って、そんなことはどうでもいいな。


 そんな訳で私もちょっと呆れた風に言葉を返す。


「それはちゃんと謝っただろう。それに三つも食べたんだから十分だろう」


 三つもと言うのは、奢らされたケーキの事。デザートは別腹だとか、甘いものは別だとかはよく聞くが、流石に食べ過ぎだと思ったが当人はけろりとしていた。

 でも、こんな風に甘いものが好き、という女の子らしい面も併せ持っている。

 まったくいい女である。


「時間給になおしたら全然割に合わないわよ。ま、今日の最終確認で特に問題も出なかったことだし、帰りましょうか」

「ああ、そうだな」


 そういいながら由梨絵が席を立つ。


 友人として由梨絵が居るという幸せを改めて噛み締めながら、私も同じく席を立った。







「あ、来たよ、千鶴子せんぱーい!」

「瀬尾野先輩もいらっしゃいますね。こんにちは」


 玄関口で外履きに履き替えていると、元気の良い声が私達の足を止めた。

 声の方を見てみれば、さなちゃんと、そのお友達の佳奈美ちゃんと美和ちゃんが居た。


「こんにちは。さなちゃん、どうした?」


 3人とも部活には所属していないので、生徒会業務が終わるまで待っていてくれたようだ。何か事件か…と一瞬思ったが、切羽詰ったような雰囲気は感じられないので、そうではないようだと一安心した。

 そうしてちょっとモジモジしながら、一歩さなちゃんが進み出てきた。


「これから3人で水着買いに行くんだけど、姉さんも一緒に来て欲しいなって思ったから誘いに来たの」


 水着選びですと!


 制服の時は見せてくれなかったのに、どういう風の吹き回しなのか、今回は一緒に見立てて欲しいらしい。「駄目、かな?」なんて小首を傾げながら尋ねてくるさなちゃん。

 全然OKですよ、ええ。っていうか断る理由等何処にも無いが、私も誘ってくるというのが少し気になって考えてみて、『あ、なるほど』と直ぐに答えは見つかった。


 今回の応援団遠征を勇を振り向かせるための勝負とさなちゃんは捉えているんだ。


 敵情を分析した上で、勇に渾身の水着姿を披露しようと言う訳か。何ともいじらしいではないか。


 その心意気やよし!である。


「水着って、もしかして応援派遣時の自由時間に海水浴に行くつもりなの?」


 さなちゃんの質問に由梨絵が質問を返す。そういえば、由梨絵に話すのをすっかり忘れていた。さなちゃんの水着姿も気になるが、由梨絵の水着姿も非常に興味がある。

 あのけしからん我侭ボディの由梨絵がどのような水着を選ぶのか。冬桜では残念ながら水泳の授業はプールが無いため存在しない。1年、2年とも夏に2人で遊ぶ機会はあったが、インドア方面ばかりだった。

 これは誘わざるを得ないだろう。


「ああ、大会終了翌日の市内散策は自由参加だっただろう。丁度直ぐの場所に海水浴場があるので行くつもりなのだ。ということで由梨絵も…」

「嫌よ」


 速攻断られた!


 ふふふ。断られるのは予想の範囲内だ。

 体育祭の時もそうだが、由梨絵は基本人前に出たがらないので、そう来るだろうとは思っていた。理由は言わずもがな、その体形故に視線を集めてしまう為である。

 まぁ元男としては、世の男性陣の気持ちは痛いほど判るし、見ないという選択肢はあり得ない。が、確かに欲望をギラつかせた衆目の中に由梨絵を放り込むのは、ライオンの檻に生肉を放り込むようでなものだ。友人としてそれは忍びない。

 だが、一生海水浴と無縁というのも、それはそれで人生味気ないだろう。折角高校最後の夏休み企画なのだし、楽しい思い出は沢山あるべきだ。私自身が楽しくある為には、周りも楽しくならないと。


 という事でネゴシエイト開始だ。


「由梨絵、泳げないのか?」

「泳げるわよ。ただ行きたくないだけよ」


 わかるでしょ、みたいな目線で訴えかけてくるが、そこは敢えて気が付かない振りをして話を続ける。


「じゃあ一緒に行こう。由梨絵と外出するときは大概インドア的なものばかりだったし、こういうのもたまには良いだろう?」

「嫌」

「そんな取り付く島すら見せないことを言わないでも。高校最後の夏休みなんだ。こういう機会なんて滅多にないのだし、一緒に楽しもうじゃないか」

「駄目ったら駄目」

「そんな子供がお菓子をねだるわけじゃないんだから…」


 むぅ、一筋縄ではいかないか。

 では少々搦め手を…と思っていると、思わぬ援護射撃がさなちゃん達から上がった。


「瀬尾野先輩も是非行きましょうよ。あたし水着とか選ぶセンスとか無いから、先輩にも見立てて欲しいです!」

「私も一緒に来ていただけると嬉しいです。東条先輩からお聞きしてますよ、ファッションとかお化粧とか凄くお詳しいって!」


 そういえば何度か2人が泊まりに来たときに、化粧品やら下着やらの話になって、私の知識ではなく由梨絵のお陰だ、と言ったのを覚えていたようだ。確かに何にしても、高校になってから私が女であろうと決意したにあたって、由梨絵に幾度と無く助けてもらっている。


「私も瀬尾野先輩と一緒に行ってみたいです」


 さなちゃんからも同意の声が上がる。

 ナイスアシストだ、3人とも!

 雰囲気が由梨絵も行け行けという状態になってきた。これなら余計な搦め手を使わなくても、この雰囲気を後押しするだけでいけそうだ。


「千鶴子、貴女余計な事を吹き込んで……」

「事実なんだし、隠す事でもないだろう。事実私も助けてもらったじゃないか」

「後で変な噂がついてきたの忘れたの?」


 由梨絵が小声で私に非難の声を浴びせてくる。

 まぁ確かにそういう噂もあったが、今回に限っては遠隔地だし、誰かに言い触らされる事も無いだろう。それに人の噂なんて日が経てば自然と消滅するものだ。

 ともかく搦め手云々より、現状を利用して断り辛い雰囲気を作って由梨絵を参加させるために、彼女らの発言に乗りかかろう。


「3人ともああ言ってくれているのだし、頼りにされるのはいい事じゃないか。それに後輩があんなに要望しているのに無碍にするのか? 自分で前に自分で言っていただろ。『生徒会としても生徒側の要望に協力してあげなきゃ』って。これも立派な生徒からの要望だぞ」


 そうちょっと意地悪く指摘してやると、苦虫を噛み潰したような表情を由梨絵が浮かべる。ふふ、揺れているな。ではもう一押しだ。


「それに私だって由梨絵と夏の楽しい思い出を作りたいんだ」


 そう心から思って満面の笑みを浮かべて由梨絵を見つめる。

 無論本心からだ。

 さなちゃんたちからも、羨望に近い眼差しが向けられる。


 4方から期待の眼差しを向けられること数十秒。吊り上っていた眉がへにょんと下がった。


「まったく、わかったわよ、わかりました。もう」


 諦めに近い笑みを浮かべ、参加の言葉を口にする由梨絵。

 その言葉を聞いて、3人からも喜びの声が上がる。


「はぁ……こんな事なら最初に嗾けるんじゃなかったわ」

「何のことだ?」

「なんでもないわよ、なんでも」


 はぁと大きく由梨絵が溜息を漏らす。


「あの、ご迷惑でしたでしょうか?」


 さなちゃんがそれを見て申し訳なさそうに聞いてくる。


「大丈夫だ、さなちゃん」

「それ、貴女が言う台詞じゃないでしょ。まぁ、私が決めた事だから、千鶴子の言う通り気にしなくていいわよ、早苗君」


 やっぱりなんだかんだと面倒見が良い、そんな態度に思わず自然と笑みがこぼれた。

 そうして水着を買うため、5人でお店へ足を向ける事となった。







 やって来たのは電車で二駅先の駅ビルの水着売り場だ。さなちゃん達がどうも事前に調べていたようで、水着売り場では特設コーナーが開かれており、結構な賑わいを見せていた。


「早苗、早苗、これなんてどう?」

「え、三角ブラタイプなんて無理無理っていうか露出激しいよ!」

「じゃあこの段々フリルが着いたのなんてどうですか? 色もピンクで可愛いですよ!」

「もう、2人とも私の事よりも自分の選びなよ~」


 店に着くや否や美和ちゃんと佳奈美ちゃんが、さなちゃんを引っ張りまわしてあれこれ水着を選んでいる。

 仲良き事は良い事だ、うん。

 そんな仲の良いやり取りを横目で見つつ、私と由梨絵も売り場の中を軽く見て回る。カラフルな水着が多種多様にディスプレイされ、思わず圧倒されそうだった。


「千鶴子はどうするのよ?」

「わ、私はワンピースタイプで良い…ぞ」

「はい、駄目。折角のそのスタイル、活かさないでどうするのよ」


 こちらもこちらで目の前の水着と格闘中だが、早々に出した案に対して駄目出しが出てしまった。由梨絵によってワンピースタイプのコーナーから引き摺られ、ビキニタイプのコーナーへと連れて来られた。


 実は水着の事を深く考えてなかった。


 ぶっちゃけた所、競泳用水着のような、よく学園漫画にあるデザインのシンプルなもので大丈夫だろうと思っていたのだが、どうにもその案は駄目らしい。それであれば衆目の中に出てもいいかと思っていたが、由梨絵先生から「何も判ってないわね、あなた」と指摘されてしまった。


「いい、千鶴子。水着と言うのは、勝負下着とほぼ同等と言ってもいいくらいに重要なアイテムなのよ」


 恒例の由梨絵先生による講釈が始まる。


「水着は自分の体を晒すもの。普通の服とは違って、体のラインがそのまま出るの。つまり自分の体形に合わせた物でなければ、ちぐはぐな格好が出来上がってしまうのよ。衆目の中、いかに自分らしさを引き立たせるか、言ってしまえば、どれだけ男の目を引くか、センスが試される物なのよ」


 水着は、人前に肌を晒すもの。


 つまりは下着同様の姿で人前に出るようなもので、お腹とか背中とかずばっと丸出しなのである。


 迂闊だった。


 言ってしまうと、その姿を想像しただけで、非常に恥ずかしくなってしまった。


 下着の時にも、あれだけ恥ずかしい思いをして学習した筈なのにこの体たらく。情けない限りでは有るが嘆いても仕方が無い。素直に由梨絵先生のお言葉に従った方がよいだろう。


 それによくよく考えたら、これはさなちゃんとの勝負なのだ。

 手を抜いてはさなちゃんにも勇にも失礼になる。

 ちゃんとしなければならない。そう思い気分を変え、一言一句逃すまいと由梨絵の言葉に耳を傾けた。


「あなたの場合は腰周りがしっかりくびれてるし、脚も長いし、胸の形もほぼ理想的な形をしているわ。色も白いし……なんだか言っててムカついてきたわね」

「いや、そこでムカつかれても困るんだが……」

「ともかく、あなたの場合は体形がしっかりしている分、無駄な装飾を避けてシンプルに行きなさい。アクセントがワンポイント入ったようなものが合いそうだから、この辺りかしらね……」


 不承不承の体を見せていた筈なのに、いざ物選びになると途端に目つきが変わる由梨絵に思わず微笑ましい笑みがこぼれる。


 しかし下着の時にも思ったが、種類多い上にカラフルで、選べといわれてもホイホイと選べる気がまるでしない。男の時はトランクスみたいなので楽なのに、女になると本当に選択肢が増えすぎて困るわ……。

 服装については知識が有る程度増えたと思っていたけれど、これはこれで覚える事が多そうだ。


 どこから手を出すべきなんだろうか、そう思案に暮れているところで、由梨絵が数点見繕ってきたものを手渡された。


「という事で、これを基本に自分で選んでみなさい。後、アンダーも必要だからね」


 渡されたものは、所謂ビキニタイプのものだった。正確にはバンドゥビキニというらしく、ブラが三角の形状をしておらず、横長なものだ。チューブトップといった方がいいだろうか。そのほかにも似たようなビキニタイプのものを数点渡される。


(しかし、これで人前に出るのかぁ……もし成次君とかが見たら、どう言うだろうか)


 手渡された水着を体に当ててみて、ぼんやりとそう考える。


 ……ん?


 なんでここで成次君が出てくる!? 相手は勇だろ!


 だが一度思い出すと、普段は全く気にした事の無かった事が次々と頭に浮かぶ。

 

 つい最近、前後不覚に陥った私を成次君は助けてくれた。

 その時の感覚をなぞるかのように握られた手をじっと見つめると、不意に彼にまつわる色んな記憶が蘇った。


 顔を赤くしながら私に告白してきたときの事。

 勇の様子を伺いに部室に行った時の真剣に指導する姿。

 地区大会優勝時に見せた子供っぽいような笑顔。

 応援団の練習の時に魅せた真剣な表情。

 そうして最近するさり気無い会話。


 そして泣いてしまったあの日、私の手を引っ張って強引につれて歩いたときに見えていた大きな背中。



(…あ…れ、なんでこんなにドキドキしくるんだ!?)



 お前意外と馬鹿だなぁと、優しく頭に載せられた、ゴツゴツはしているけれど、とても暖かかった彼の手。



 毛細血管が全部開いたかのように、体中が熱くなる感覚に囚われる。



 ……はっ!?


 何考えてんだ、私!?


 頭に浮かんだ考えを振り払うように頭を振ると、ともかく手にした水着を持って試着室へ飛び込んだ。


 顔が赤くなって、それを見られるのがなんだか恥ずかしい気がしたから。







 しかし水着かぁと、試着室で服を脱ぎながら考える。


 そりゃぁ男の時は、女の子と2人で海に行くなんて想像くらいしたことはある。

 だが、あくまでそれは男としての目線から、相手の着飾る様を楽しみにするというものだ。こうして逆の立場に立つなんて事になるとは夢にも思わなかった。


 勇はどう思うんだろうか。


 さなちゃんと勇を振り向かせる勝負は継続中で、さなちゃんが気合を入れている以上、私もちゃんとさなちゃんとぶつからないといけない。となれば、下世話な言い方をすれば、私を見て情欲が湧くような姿になれるようにならないといけない訳だ。


 目の前にある水着を見て、ちょっとした不安が胸中に溢れ出る。


 だけど、下着姿を前に見られたときに粟を食って平身低頭していたのを思い出して、勇になら見せてもいいか、とそこまで気にしなくても大丈夫と水着に袖を通した。

 それが家族に対する思いなのか、男に対してなのかは判らなかったけれど。


(まぁ、どんな感想を抱かれても、楽しんでそれが記憶に残れば良いか)


 そう結論して、どうにか水着を着け終えた。



「どう、だろうか?」



 試着室から顔を出し、由梨絵を呼んで試着したのを見てもらう。

 とりあえず身に着けてみたのは、柄の無い白のバンドゥビキニ。ブラは片方に黒のラインが一本入ったワンポイントと胸元部分で捻ったようなデザインだ。パンツの方も白だが、サイドに細めの黒の飾り紐が別でついたシンプルな物だった。

 チューブトップはぴっちりとする服だから、それと同様に胸の部分が苦しいかと思ったけれど、意外と伸縮性があって窮屈感じはしない。むしろ持ち上げられるようにしっかりと包み込まれて、なんか1カップ上がったような感じだ。


「はぁ…、やっぱり素体の差ってやつかしらね。悔しいけれど」


 なぜかこめかみを指で揉むような仕草をしている由梨絵。

 悔しいって、そんなこと言われてもなぁ。


「千鶴子先輩、早速着てみたん……うわぁ。なんか白に黒が刺し色で入ってるだけで、清楚っぽくもあり、大人っぽくもあって…いいなぁ」

「凄いです、東条先輩……大人っぽいです。黒髪とも相まってなんだか、お嬢様みたい」


 さなちゃんの水着選びに奔走していた筈の美和ちゃん、佳奈美ちゃんたちもやって来て、私の姿を見るなり感嘆の声を上げている。そうまで言われると悪い気はしないんだが、勇に通じるかなぁ……。

 そう姿見に映る自分を見ながら、気恥ずかしい気分は拭えないにしろ、後輩達から褒められて、まんざらでも無い気持ちになった。


「私も着てみたよ」


 そうしていると横の試着室からさなちゃんが顔を覗かせてきた。考え事をしながら着ていたので、隣に入ったのに気が付かなかったようだ。


「って、姉さんも試着して……ずるい」


 カーテンの間から顔だけ覗かせて、半目でこちらを見つめてくるさなちゃん。

 目線の先は私の胸元に注がれている。まぁこればっかりは成長によるものだから、ずるいと言われて苦笑しか浮かばない。それにさなちゃんはまだまだ成長期でこれから十分に期待できるのだが、今はそれよりも重大事が目の前にある。


 そう、さなちゃんの水着姿だ! ひゃっほぅ! 私気になります!


 2人で水遊びなんて小学校以来だろうか。

 どんな水着姿を披露してくれるかを考えただけで、私の気恥ずかしさとかは消し飛んだ。


「さなちゃんのはどんなタイプのを選んだんだ?」


 焦る気持ちを抑えながら、さなちゃんに水を向ける。

 皆の視線がさなちゃんに集まると、頬を上気させて顔を引っ込めてしまった。ああもぅ、そういう仕草も可愛いなぁ。


「えっと、私は……」


 ほんの少し間を置いて、おずおずとしながらもカーテンを開け放たれた。



 そこには女神がいた。



 さなちゃんが着ていたのは、ブラの肩紐を首後ろで止めるホルタータイプのビキニ水着だ。

 白地に鮮やかなピンクの綺麗なローズプリントグラデーション。ブラにはたっぷりフリルが施され可愛らしさを演出しつつも、胸元が少し大きめ目に開いている。

 パンツのサイドにも同じ様なフリルタイプの大きなリボンが着けられ、引き上げるようなブラが控えめなバストを強調し、さなちゃん自身のあどけなさと水着の可愛さ、セクシーさが見事に絡み合い、魅力を存分に引き出していた。


 YES!


 ああ、さなちゃんの姉で本当に良かった!

 女に生まれ変わって本当に良かった!

 男の時だったら、絶対にこんな状況にお目にかかることなんて無いのだ。ビバ、女子!

 しかし可愛いにも程が有りすぎるぞ。っていうかホント何だこの可愛い生き物は。

 どうかな?、と手を後ろに回して、ちょっと前屈みなポーズをしてみせるその姿は、カタログなんかに載っても遜色ないほどバッチリ決まっていた。


 ああ、神よ。楽園はここにあったのですね! と意味不明な事を思いつつ、この姿のさなちゃんとキャッキャウフフと水遊びできると想像しただけで、応援団準備の疲れなど一瞬で吹き飛んだ。


「早苗それすっごい似合ってる! 可愛過ぎるよ!」

「ですね! ですね! フリルが似合ってて、とっても愛らしいです!」

「そ、そうかな?」


 それを見た佳奈美ちゃんたちも、同様に感想の声を上げている。


「早苗君もだけど、ほんとあなた達って反則よねぇ」


 何が反則なんだかわからん感想を由梨絵が漏らすが、そんなこたぁどうでもいいんだよ! カメラで今直ぐ撮影したい!

 食い入るようにそうさなちゃんを見つめていると、「どう? 姉さん」と私に感想を求めてきた。

 んなもん最早言うまでも無いが、言葉にされると嬉しさも違うものだ。だから、何とか今の私が感じる情動を言葉にしようと思ったが、いい言葉が思いつかなかった。


「ああ、凄く可愛いぞ。さなちゃんにぴったりだと思う」


 あれこれ考えたが、結局出た言葉は酷くシンプルなものになってしまった。

 あれだけ日頃勉強しているのに、この語彙力の無さに情けなくなってしまう。でもこんな風に相手を褒めるようなシチュエーションなんて経験が無かったので、仕方ないだろう。それにしてもほんと可愛いわぁ。


「私も早苗君に良く似合っていると思うわ」


 由梨絵もニッコリと笑いながら水着姿を褒めている。


 そんな周りからの賛辞が恥ずかしかったのか、顔を真っ赤にして試着室のカーテンを閉めてしまった。


「わ、私はこれにするね」


 でもさなちゃんの中では十分な手応えがあったのだろう。他の水着姿も見たかったのが心残りでは有るが、十二分に目の保養になった。


「私もこれでいい」

「あら。他のは試さなくてもいいの?」

「ああ。十分だ」


 もう…喰ったさ。ハラァ…いっぱいだ。

 主に視覚的な意味で。


 こうして私とさなちゃんの水着選びが一先ず終わり、次に佳奈美ちゃん、美和ちゃん、そして由梨絵達の水着選びとなった。







 さて、佳奈美ちゃんと美和ちゃんの番である。


 佳奈美ちゃんは元々競泳水着を着たかったらしいのだが、さなちゃんによって却下されたそうだ。まぁそりゃね、私が言えた義理でも無いけれど、海水浴で競泳水着ってのも野暮ってもんでしょう。


「私ってどんなのが似合いますかね、瀬尾野先輩」

「そうね。貴女は凄くスラっとしていて、胸が少し小さめだから……」

「そりゃ先輩に比べたら誰でも小さいですよ…」


 ごもっともな意見である。

  

「私の事はいいから。ともかく体系的にスポーティな感じでいくのが良いんじゃないかしらね。とすると、こんな感じかしら」


 そうして手にとって来たのは、ブルーのスリーピース水着と、同色のボーイッシュな感じのキャップだ。

 ブラには白のラインが一本描かれ、ちょっと長めのフロントリボンがついている。アンダーはジョギパンデザインで、サイドにブラと同じ様な白のライン。キャップには錨をモチーフにしたようなデザインの白いプリントが入っていた。

 確かに元気のいい佳奈美ちゃんには似合いそうなコーディネートだった。


「瀬尾野先輩、私はちょっとおなか周りが…それに脚も短いし…。なのでタンキニにしようと思ってるんですが」


 美和ちゃんは確かにちょっとふっくらした可愛い子であるが、それ故に体のラインは余り強調したくないらしい。私個人の感想から言わせて貰えばそんな事は無いと思うのだが、やはり女性の細かな心の機微というものは複雑なようだ。


 しかし流石由梨絵と言うべきか、っていうか何処からそんな情報を得ているのか不思議で仕方ないが、美和ちゃんならではの水着の選び方を披露している。


「タンキニは確かに体のラインを隠せるけど、ビキニタイプのほうがいいわよ。人間の視覚的なもので分割錯視ぶんかつさくしっていうのがあるのだけど、肌の色と水着の色で色の分割線を体に作る事で細く見える効果が有るのよ」

「ホントですか!? なるほど…」

「それに脚のほうだけどVラインを少しきつめのにすれば、これも同様に脚が長く感じられるように演出できるわ。だから体形に自信がないからってタンキニで隠しちゃうよりも、ビキニタイプの方が断然貴女向きだと思うわ」


 で、手にして持ってきたものは、さなちゃんが選んだのと同じホルタータイプの水着だ。

 パステル系のやわらかいグリーンをベースに、所々に咲くピンクのハイビスカスが可愛らしい。縦ラインを強調するかのように、ブラと肩紐、パンツにもフリルが施されている。上下にボリュームを持たせる事でおなか周りと差を作り、視覚的に細く見えるようにできるそうだ。パンツも総丈がすこし長めではあるが、Vラインが他のものより結構きつめである。


「わ、私に似合うでしょうか。今まで着た事ありませんから…」

「あたしもビキニなんて着たこと無いから…それに、千鶴子先輩、早苗を先に見ちゃったからプレッシャー感じちゃうよね」


 手渡された水着を手に戸惑う2人。

 先に水着姿を披露した事で胆力でもついたのか、さなちゃんがグイグイと2人の肩を押す。


「ささ、2人とも。百聞は一見にしかず、試す前から諦めない。ほらほら」


 ささっと着替えを終わらせて出てきた私達と入れ替わるように、さなちゃんが2人を試着室へと押し込んでいく。


「用意できたー? 開けるよー?」

「ちょ、もうちょっと待って!」

「だ、駄目です、早苗さん!」


 そうして待つこと数分。


「へへっ、なんか自分でも驚いちゃった」

「わ、私もです。凄い…なんだか自信出そうです」


 入る前のおっかなびっくりな表情とは打って変わって、顔に喜色を湛えたで2人が出てきた。


「ねぇねぇ、早苗! どうかな!」


 その場でくるりと人回転してみせる佳奈美ちゃん。

 少し日焼けしたような肌に鮮やかな青が良く栄えて、更にアクセントの白のラインが海と雲のようだ。少し斜めに被ったキャップは、ベリーショートの髪形と相まって少年のような印象を持たせている。少々肩が広い彼女だったが、胸元にあるリボンが目線を引いて目立つ事無く、実に夏らしい、快活な水着少女となっていた。


「うん、凄く似合ってる! 青がすっごくマッチしてて凄くカッコイイよ!」

「えへへ、ありがとう!」


 帽子のつばで顔を隠すように照れる様は、ボーイッシュ系でまとめているとは言え、やはり女の子で可愛らしいかった。


「私はどうですか?」


 手を前で組んで内股加減で立っている美和ちゃん。

 こちらは由梨絵の言ったとおり、かなり体形の印象が変って見えた。

 上下の水着でボリュームに大きく差を持たせている事で、胴周りは太っているなんて見えない。

 また元々豊かな方の胸も、フリルで隠されていて逆にこう艶かしいというか艶っぽく見える。パンツの方も他の皆と比べてカットが深めだ。あしらわれている短めのフリルが、ちょっとしたスカートのように見えつつも脚が長く見える。

 そこへ更に由梨絵が「これ履いてみて」と手渡した踵付きのビーチサンダルを合わせれば、スタイル抜群の美少女となった。


「美和、絶対これだって。タンキニなんかで隠しちゃもったいないくらい、すっごく大人っぽいよ!」

「ありがとうございます!」


 3人が喜ぶ様を見て思わず頬が緩む。由梨絵を見てみれば、自分の見立てが間違っていなかった事に笑みを浮かべていた。


「喜んでもらえたようで何よりだわ。2人とも良く似合ってるわよ」

「ああ、本当に2人とも良く似合っている」


 満足げに小さく肯いて、由梨絵も感想を漏らす。


「ありがとうございます、瀬尾野先輩! テンション上がってきたー!」

「本当にありがとうございます。私、体形がコンプレックスだったんですけど、本当に目から鱗でした!」


 流石は由梨絵先生。

 一目で似合うアイテムを見抜いてくるとは。

 目に見える形で理論が実証されれば、私もこういう事ももっと勉強しないといけないなと思わされた。


 こうして4人とも満足行く品定めが出来たところで、本日のメインディッシュとも言うべき人物へ声をかけた。


「では次は由梨絵だな」


 由梨絵を見れば、先ほどまでの表情など何処かに消え、懊悩の色を浮かべていた。


「ねぇ、私は海水浴には着いていくけれど、水着にならなくても良くない?」


 はっはっは。今更何を仰る兎さん。

 そんな体付きをしていて水着を着ないなんてもったい……じゃない、水着を着ないで海に行く事を海水浴だなんて言わない。それに興味があるのだ。あ、男としてじゃないからね。

 あのダイナマイツボディの由梨絵がどんな水着を選ぶのか。

 まぁセンスのある由梨絵だからどんなものでも着こなせるだろう。だがあのインパクトの塊がどうなるのか、非常に気になるのだ。


「ここまで来て往生際の悪い。それにこの雰囲気で水を差すなんて、あまりにも無粋だろうし、下級生達も期待しているんだ。

 それに私自身も期待している。毎回毎回由梨絵には教えて貰ってばかりだから、今回のもいい勉強になったし、これから由梨絵が選ぶであろう水着も勉強させてもらおうと思っている」


 興味の方が俄然強いのだが、敢えて勉強と言うことで手を抜かないでと暗に釘を刺す。


「はぁ……まったくもう」


 何度目になるやら、同じ様な台詞をつきながら、由梨絵は諦めたように水着を物色し始めた。


「私は見ての通り胸が大きいから、ホルターネックだと首に負担が掛かるの。ワイヤー入りだとカップが合わないと潰れた様になってみっともなくなるから、それも合わせてワンピースも不可。だから極力シンプルなデザイン、色は引き締め効果を狙ってビビッドカラーか黒、ブラはアンダーが太目の肩紐タイプのビキニで選ぶしかないわね」


 カチャカチャとあれでも無いこれでもないと、水着を引っ張り出しては見て収めを繰り返している。


「どういうの選ぶのかな、瀬尾野先輩」

「黒の三角ビキニタイプなんて着たら、あっという間に取り囲まれそうですよね」

「先輩は素が凄い分、シンプルなのを選ぶんじゃないかな」


 何時の間にか着替えたさなちゃん達も、興味津々と由梨絵の水着選びを見守っている。

 そうしていくつか見繕った後、数着を持って試着室へと向かった。


 で、幾つか試してみた後、「これかしらね」という声と共にカーテンが開け放たれた。



 ……。



 全員が全員言葉を失った。


「なんというか……凄いとしか言い様が無いな」

「くっ……早苗。あれが持てる者の真の姿なんだよ。羨ましいよね…」

「佳奈美、ここまできたらもう羨ましいとか、そういう次元を通り越してるよ」

「なんだか東条先輩とは違った溜息しか出ませんね…」


 出てきた由梨絵を見て、それぞれが口々に感想と思しきものを口にする。


「な、なによ。変かしら?」


 私達の態度を訝しく思ったのか、不安げな言葉を口にする由梨絵。


「いや、変という事は全く無い。ただ、その何と言うか、とても似合っているんだが、どう言葉にしたらいいのか迷ってな」


 私の言葉に皆一様に首を縦に振る。


 目の前に現れた由梨絵は、白黒ドット柄の三角ビキニタイプを身に着けていた。

 私達が決めたような水着についていた、フリルやらリボン等のワンポイントは一切無く、肩紐が2本組みなところが特徴といえば特徴といったものだった。

 だが、そんなものよりも目が行くのが、やはりその胸だ。

 余計な装飾がない分、はっきりと目立ってしまっている。

 アンダーで確り固定され、肩紐によって引き上げられたそれは理想的な形を形成し、またこれも見事なI型谷間を作っており、ブラのフロント部分がはち切れそうだ。


 それは胸というにはあまりにも大きすぎた。

 大きく、分厚く、重く、そして大雑把過ぎた。

 それは正に巨乳だった。


 よくわからんが、そんな言葉が頭を過ぎる。


 ともかく見た瞬間脳内坊主達による大法会が速攻始まったくらいに、誰もがムラムラ来るほどの脅威であったのだ。


「由梨絵…おまえがナンバーワンだ」

「それ褒めてるの?」

「無論褒めているに決まっている」


 視界から来る圧倒的な情報量に直視するのを耐えかね、視線を外しながらそう評す。


(これはちと早まったかも知れんな)


 下着姿で何度も見た事はあったが、水着もそれと同じと考えていた。

 先ほどの自分と同様に。

 だから由梨絵の水着姿を興味本位だけで見てみたくて誘ってしまった。それがどういう結果を招くか想定せずに。


 これはマジでヤバイ。

 かつて無い位にヤバイです。


 どうしてこんな重要な事を失念していたのか。

 見目も麗しく、更にスタイルも良ければ絶対に起こり得ることなのに。


 あまりの考え無しに『だから!お前はアホなのだぁーッ!!』と誰かから突っ込まれても、何も言い返せない。


 どう考えても由梨絵目当てにナンパ野郎共が寄ってくる事になるのは明白だ。

 そしてその余波で高確率で私達にも声が掛かるだろう。


 あの時軽い気持ちで引き込んでしまったが、悔やむといっては語弊が有るかもしれないが、ともかく決まったことに対して悩むのは止めだ。


(当日は身辺警護が必須だ。勇を元々誘う気では居たが、男手1人だけではどうにもならんだろうな)


 海水浴場で起こり得ることは、もう手に取るように想像がつくので、それに対応する方法を考えなくてはならない。

 皆一様に可愛かったからこそ、全員の身の安全を確実に確保する。

 それが巻き込んでしまった者の責任だ。


「瀬尾野先輩、今日から師匠って呼ばせてもらってもいいですか!?」

「わ、私もです! 是非今後も私達を指導して下さい!」

「私も教えて欲しいかも……」


 さなちゃんたち3人は服飾に対しての知識も然ることながら、あの圧倒的なものに、最早崇敬の念しか沸いてこないのだろう。

 目をキラキラさせながら由梨絵に迫って、なんだか突拍子も無いことを言っている。

 まぁ確かに何か拝めば御利益がありそうな気がしないでもないが。


「ちょ、2人とも何興奮してるの!? ってか千鶴子、何とかしなさい! 早苗君も賛同してないで何とかして頂戴!」



 助けを求められているが、私の頭の中はこれからの対策に一杯一杯だ。



 どうやら一波乱ありそうだと、じゃれ合う4人を見ながら思考の海に沈むのだった。

描写力が欲しいっ!

本当に難しいですよねぇ……。

ということで多分次回は本当に水着回だと思います!

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