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第十九話 「姉であること。妹であること」

話進んでない……(´・ω・`)

「さなちゃん、そろそろ出るが忘れ物は無いか?」

「うん。戸締りも確認してきたし、大丈夫よ」


 一晩空けて翌日の目覚めは最高だった。心機一転というか生まれ変わったというか、ともかくこれ以上は無いほどに気持ちの良い朝だった。

 昨日は色んな醜態を晒した挙句、諸々なことに気が付かされ、そして今私がこうしていられる事が、最愛の家族と居る事がとても幸せな事なのだと思い知らされた。


 素直に話してみれば何のことはなかったのだ。

 相変わらずの己の近視眼に目を覆いたくなったけれど、何も間違ってはいなかった。

 だから、これまで通り私は私として生きていこう。


 ただ1点違うのは、私自身の事も考えながら生きていくと言う事だけ。


 こんな私でも大切に思ってくれている人が居るのだ。どうして私自身を蔑ろに出来るだろう。


 私自身の本当の意味での幸せ。


 あれだけ周りを振り回して得た物は、数は少なくとも何れも非常に重みのあるものだ。


 それは直ぐには見つからない物だろうけれど、千鶴子としての人生はまだまだこれからで、先は長いのだ。時間は十二分に有る。

 それに待ってくれると言ってくれたのだから、私は其れに応えなければいけない。

 周りの為にも。

 そして私自身の為にも。


 ただ、先が長いからと言って、日々をのんべんだらりと過ごす訳には行かない。

 気が付けばもう7月になっているのだ。

 変わりつつある季節に合わせる訳ではないけれど、私自身も変わっていかなければ2人に置いていかれてしまうだろう。


「おはよう御座います! 千鶴子さん! 早苗!」

「おはよう、勇」

「おはよう、勇一郎」


 玄関を開けてみれば、気持ちのいい挨拶が迎えてくれる。


 そう思わせてくれた2人と共に通う通学路は、何時にも増して清々しく思えた。









「2人とも、今日は本当にすまなかった」


 深々と指を突いて頭を下げる。


「私の身勝手で今日は2人に酷く迷惑をかけた。全ては私の浅はかさが招いた事だ」


 顔を上げ、改めて2人を正面から見据え、もう一度心からの謝罪の言葉を口にする。


「本当にごめんなさい。さなちゃん、勇」


 結局昨夜、家に帰った時刻は8時半を過ぎていた。

 さなちゃん達と別れたのが確か5時過ぎ位だったので、私は成次君に出会うまで3時間近くもグダグダと考えながら商店街とスーパー内をウロウロしていた事になる。

 数時間もウロウロして不審に思われなかっただろかちょっと心配になって来た。

 次に行く時、何だか気まずいなぁ……って今はそんなこと関係ないな。


 ともかくそうして家に帰ってみれば、怒られはしたものの、普段のように2人は迎え入れてくれた。


 そして改めて2人を前にして謝罪の言葉を口にしたけれど、その言葉を聞いて2人は怒るどころか、笑顔でそれに応えてくれた。


「ん~、今日は姉さんに謝られるような事も、迷惑かけられた事も何も無かったよ。そうだよね、勇一郎」

「ああ。それにもし何か謝るような事があるとすれば、俺のほうに有るくらいですよ。自分で誘ったのに、結局何をしたかったのか自分でも分かってなかったんですから」


 あれだけ雰囲気を曇らせてしまった私に対して、さも問題なかったと言い切る2人。

 その優しい言葉に思わず気が抜け掛けたけど、ここで有耶無耶にする事はできないし、してはいけない。


 自分自身しか見えていなかったこと。


 そして、私が私でなかったこと。


 自己中心になっていた事を謝るのは勿論だけれど、特に後者については、これは2人には何時か話さなければいけない事だ。

 けれど、今この時が正にその時だとは思えない。もっと私自身の中で明確にしてから、口にするべき事柄だ。

 私自身の幸せを考えると決めたけれど、それが何なのか、未だ明確に見えていない。

 何かを見つけて育つのは自分がするべき事だと私自身が言った以上、これは自身で答えを得なければいけない事なのだ。


 ただ、それを理解する事はそう遠く無いのではないかという予感はある。

 

 でも、今日のように誰かの助けを得なければ、答えを得られない事もあると思う。


 だからこそ、2人には今日の事を正しく謝罪しなければいけない。

 そう心に強く想いを乗せ、2人の気遣いの言葉に感謝しながらも言葉を続けた。


「2人とも優しいな。だけど、駄目なんだ」


 私の言葉にきょとんとした表情を浮かべる2人。


「私は2人に、とても大きな嘘をついてきた。嘘というのは表現として違うかもしれないけれど、ともかくその嘘が元で2人に対して自分の思い込みだけで行動し、結果、周りに対して酷い事をしてきた事に気が付いたんだ。それも私自身が、その行動を、意味を、そして私の事をきちんと考えていなかったままで」


 言葉にすればするほど口が重たくなっていく感覚に囚われてしまう。やはり自分勝手な私を2人が本当に受け入れてくれる筈が無いと。でも、それだけの事をしたのだからと怖さで噛み噤んでしまいそうな口を動かした。


「だから、ちゃんと謝罪の言葉を受け取って欲しい」


 うつむき加減になりかけた姿勢を正し、改めて正面から二人を見据える。


「本当の私は、とても利己的で、手の着けられない人間だった。周りに対してどれだけそれが迷惑かを考えていなかった。全て自分の思惑なのに、それが周りにとっても良い事だと思い込んでいた。周りの為になると思っていた。私は、自分の事だけしか見ていない、自分に良かれと思える事しかしなかった、他は何も見ていない最低の人間だったんだ」


 ああ、言ってしまったと心の中で後悔が首をもたげる。

 この言葉で2人に呆れられてしまう、嫌われてしまうと言う恐怖が口を閉ざそうとする。だけれど『それは絶対に駄目だ』と心に鞭打って、私の想いを口にし続けた。


 私が信じ貫いてきた『さなちゃんの為に立派な姉となる』という想いを否定しない為に。

 『姉となる事は千鶴子になる事と同義』であり、千鶴子がちゃんと今ここに生きているという事を否定しない為に。


「でも、間違っていたとしても、それは私自身がしたことに変わりは無く、受け止めなければいけないことだ。自分に良かれと思った事だとしても、私が貫いてきた信念だけは間違いは無かったのだから。そしてそれを理解した上で、私はこれからも『私』であるという事をもっと大切にしなければいけないと気付かされた」


 私の勝手な言い分を、2人は黙って聞いてくれている。そこに呆れの色は無く、寧ろ見守るような温かさがあった。

 どうもまだ駄目だな……本当に自分勝手な事ばかり言っている。

 気が急いているのは自身でも理解できているけれど、なんとか伝えたくて口を動かすも、出てくる言葉は支離滅裂だ。


「多分、いやきっとこれから2人には色々と面倒をかける事になるだろうし、怒らせるような事もしてしまうと思う。だからそんな時は遠慮せず、私を怒って欲しい」


 そして最後に私は卑怯な事を言う。

 言葉として全体を通せば本当にちぐはぐで、殆ど意味不明な内容だ。

 けれど今の私の偽らざる本心だった。


「ただ、なぜそんな嘘をついたままなのかという明確な理由は、まだ話す事ができない。さっきと言っていることと真逆で、本当に自分勝手ですまないが、私の中でもっと整理してから伝えたいと思っている。だから、謝罪の言葉は言わば私の自己満足に過ぎない。だけれど、どうしても言っておきたいんだ」



 そうして一呼吸置いて、私は改めて頭を下げた。



「だから、本当にごめんなさい。さなちゃん、勇」









 家に帰ってきた姉さんは、明らかに何処かで泣いてきたように目を赤くしていた。

 指摘するか一瞬迷ったけれど、無理をしているような感じはなかったので敢えて黙っていた。

 そして大切な話があるからと、私と勇一郎を居間へと招き入れ、自分が自己中心的な所為で私達に酷く迷惑をかけた、自分は最低だったと謝ってきた。


 どうにも今日の事が何かしらの切欠で、色々と姉さんなりに葛藤があったのだろう。


 だけど、言っては悪いけれど、今更だと思ってしまった。

 姉さんの言う迷惑と言うのが、私が思っている物と合致しているかは判らないけれど、姉さんの行動で迷惑がかかったなんて本当に今更だ。


 入学当初は色々と悩ませられた。だけど、少し煩わしいと思っても、それで姉さんが嫌いだと思ったことは一度も無い。

 むしろ私自身に色々と気が付かせてくれる物だったから、感謝こそすれという奴だ。この場合は終わり良ければ全て良しって方かな。


 確かに今日の後半の雰囲気は気まずいものが多少ならずあった。

 けれどそれが全部姉さんの所為かと言えば、そうじゃない。

 私だってやってた事は子供っぽかったし、勇だって自分で腰が引けたからと言っていた。


 迷惑なんてお互い様だ。


 でも、家族を大切に、とりわけ私を大切にしてくれている姉さんの事だ。きっと姉さんの中でどうしても許せない事があったのだと思う。それは勇一郎に対しても。

 ただそれが『姉さん自身を大切にする』という事にいまいち繋がらなかったけれど、何となく、ようやく姉さんが本当の意味で同じ土俵に立ってくれたのだと理解はできた。


 それに最低だったと自分を責める姉さんを認める気は無かった。

 どれだけ今まで私達の為に頑張ってきたかを知る私にとって、それは曲げる事ができないことだ。

 姉さん自身が何と言おうが認められない。

 もし他人がそんな事を言うならば、私は本気でその人を有無を言わさず殴ってでも否定する自信がある。酷く乱暴な言い草だけれど、それだけ私にとって本気で許容できない事なのだから。


 だから目の前で頭を下げる姉さんに、それを非難する言葉なんて一切浮かばなかった。

 変わりに言葉として出てきたのは、非難でも罵倒でもなく、なんでもない言葉だった。


「そういえば前に私も同じ様なことで姉さんに謝った事があったね」


 思い出すだけでも恥ずかしいその記憶も、今は笑って話せる記憶になっている。これも姉さんのお陰だ。


「その時も、私が悪かった、姉さんが悪かったって、2人して自分が悪いって」


 あの時のやり取りを思い出してふと笑みが浮かぶ。まぁ、その後の提案の方が衝撃が大きくて、殆ど有耶無耶になったけどね。

 でも、あの時の出来事だって、結果的には私にとってはプラスだったんだから。


「だから姉さんが言うように、迷惑をかけたとか、そんなのは気にする必要はないと思う。だって迷惑をかけたって、酷い事をしたって姉さんは言うけれど、そんな事は無いし、そういうのって家族だもん。当たり前だし、お互い様だよ。ね、勇一郎?」


 そうして笑って言って見せれば、隣の勇一郎も同じ様に言葉を返してくれた。


「そうですよ。俺なんか始終迷惑かけたい放題じゃないですか。ちょっと違うかもしれないですけど、ご飯ご馳走になったりとか、試験の時だって見てもらったり。今日だって俺の我侭聞いてくれて、楽しんでもらえなかったのは悔やまれますし、そもそも事の起こりは俺じゃないですか。けれど、俺もそこから得た物があるから、早苗の言う通りですよ」

「そうそう。私も今日があったからこそ得た物だってあったの。だから、姉さんは“今のまま”でも良いと思う」

「俺も、そう思います」


 多分姉さんは自分が全て悪かったと思っているのだろう。

 だから私はそれを否定した。

 悪かった事も、良かった事も、大人になろうと足掻いて居た事も、そして自分が周りに迷惑をかけた事も、私と同じだったのだから。


 そして、ふと、改めて思った。

 何もかも似てない様で居て、その根っこは同じ。

 やっぱり私達は“姉妹”なのだと。

 お互いが居て、始めて自分を意識できる大切な家族なのだと。


 姉さんが居て、本当に良かったと。


 だからその気持ちは、考えるまでも無くはっきりと口から出た。


「それに、今の姉さんが居てくれたからこそ、私は今ここに居るし、居られるの。だけど前に姉さんが言ってくれていたように変る物もあるって判ってる。だからね、姉さん。あまり自分を責めないで。何時か話してくれるなら、私はずっと待っていられるから」


 そう言って姉さんの手を取って強く握った。


「だって私は、姉さんの妹だもの」


 姉さんはその私の言葉に少しだけ驚きの表情を浮かべた後、泣き笑うような顔で呟いた。



「ああ、そうか。本当に私は馬鹿だったんだなぁ」



 言葉と共に、すっと一筋の涙が姉さんの頬を流れた。


「ね、姉さん?」

「千鶴子さん!?」


 思わぬ姉さんの反応に私と勇一郎から慌てた声が上がる。何か泣かせるような事を言っただろうかと不安に駆られたけれど、その杞憂も姉さんの次の言葉で霧散した。



「ありがとう、さなちゃん。勇」



 そう言葉を返す姉さんの顔は、今まで見た事が無い位、実に晴れやかだった。







 


「そういえばそろそろ期末になるが、2人とも準備はもう始めているか?」

「うん。佳奈美と美和とまた勉強会しようって話してる」

「俺はちょっと……。夏の大会に向けて部活に気合が入っている所為か、まだ手をつけてないです」

「準備は早いに越した事は無い。今更に言わずとも判っているとは思うが」

「はい! 今日からでも始めます!」

「まぁ2人とも中間は問題なさそうだったし、気を抜かないようにな」


 通学路の会話もいつも通りだ。

 こうして普通である事は何にも代え難い。

 だけど、表面上はいつも通りだとしても、変わった事は確かにある。


 それに対しても、しっかりと目を向けなければいけない。

 

 勇に対して保留にしている事項にも、一応私なりのけじめは着けたつもりだ。

 昨夜の話し合いの後、少し個別に話したい事があると、勇を見送る為に一緒に外へ出た時に切り出した。


「勇」

「はい」


 家から漏れ出る薄明かりの中、確りと勇を見つめて私から切り出した。


「今日の事、何度も言うようだが本当にありがとう」

「何もしてないですよ、俺は」


 はにかむ様に頭を掻きながら、それでも真っ直ぐとこちらを見つめてそう答える勇。

 その真摯さがあるからこそ、さなちゃんに相応しいと思っていた。

 それは今も変わらないけれど、彼のその真っ直ぐな視線には別の感情が乗っている事も知ったのだ。

 それがさなちゃんの幸せ、もしかしたら私の幸せに繋がる事になるかもしれないのだから、その真剣さに私は応えなければいけない。


 見慣れている筈の顔なのに、見つめていると何故か鼓動が早くなる。


 そんなざわつく胸に手を当て一呼吸置いて、私は今の気持ちを言葉にした。


「それでだ。今日私に好きな人が居るかと聞いたな」

「え!? あ、まぁ……その……」


 私自身がはぐらかしたそれを今切り出されるとは思っていなかったのか、一目で分かるほどに動揺しだした勇は、照れとも気まずいともなんとも言えない顔をした。

 だけれど、それはほんの僅かの間だけ。直ぐに真剣な眼差しを取り戻し、改めて私を見つめ返してきた。

 だから私もそれに応えるよう、真剣に彼を見返し言葉を続けた。


「それについてだが、今の私には意中の人というのは居ない」

「そうですか……」


 私の回答は彼にとっては落胆するもの以外の何物でもないのだろう。

 少しだけ肩が下がるのが見て取れた。


「正味な所、そんな経験が無いから、そういう感覚が判らないというのが本当のところだ。だが、今は想像できないにしても、何れ私にもそういう人が出来るのだろう」

「……はい」


 勇の声のトーンが目に見えて先ほどとは変わっていくのが分かる。本当はこんな思いはさせたくは無いけれど、言っておかなければならない事である以上仕方がない。


「だから、もっと見てみるよ。今は判らないにしても、きっとそういう機会は訪れると思う。ただ、それを待つのは何か違うと私は思う。だから色々と見てみようと、そう思うんだ」

「千鶴子さん、それってどういう……」


 私の言葉の真意が計りかねるのか、不安げな表情が勇の顔に浮かぶ。

 

 さなちゃんと競い合う事は継続する。

 と言うことは、私は勇を好きになる努力をしなければならないという事だ。

 こういった事は一方が好きなだけでは意味が無い事だし、何よりも相手にとって失礼だ。


 だけど、今の私がそうする事が出来るかについては不安しかない。


 というより、本当に私が男性相手に対して恋する事ができるのか自体怪しいのだ。

 そんなだから声にして誰かに言っておかなければ、私は曖昧なままにしてしまうかもしれない。


「だから……もう少し見守っていて欲しい」


 そうして出た言葉は、酷いお願いだった。

 勇は好きな人が居ると言って、私に話を持ちかけてきたのに、当の私は良く判らないからとりあえず保留にして欲しいと言っているのだ。

 その相手が誰か判っているにも拘らず、だ。


「何時かお願いした様に、見届けて欲しいんだ。私達がどうなっていくかを。そうすれば、ええっと…その、だな……多分、きっと色々な想いに応えられるかもしれない」

「…え!?」

「だからお願いだ、勇。酷く自分勝手な事を言っているのは承知の上で、改めてお願いする」


 下げた頭の角度はいつかと同じ様に最敬礼の角度。

 暗い地面が視界に入る事で、ふと心に不安が生まれる。


「少しばかりの時間を私達にくれないだろうか。そして、その時間内で変わるだろう私達を見て、勇自ら判断して欲しい。いや、してください」


 そうして得られた勇からの回答は、何時かと同じ様に「任せて下さい!」との気持ちの良い返事で、心に生まれた不安は直ぐに掻き消えた。



 そうなのだ。

 私が今まで行ってきた事は、どれをとっても私1人で行えた事ではない。

 こうして2人が居るからこそしてこれたのだ。

 例えば、私がまだ一年の時に勇と交わした約束。

 そんなことすらも私は忘れてしまっていた。



 そしてそれは、何も2人に限った話ではない。



「あら、珍しい時間に会うものね」

「おはよう、由梨絵。珍しく早いな」

「おはよう。たまたま目が覚めたから、気分転換というやつね。貴女が朝早く登校するのは気持ちいいと言っていたけれど、確かにその通りね」


 馴染みの通学路途中で出会った由梨絵だってそうだ。

 生徒会として上手く機能できているのも彼女の助力あってこそだ。

 それに言葉がきつい時も在るけれど、それは私を慮ってくれていたものばかりだ。

 こんな偏屈な私の友達。

 中身が伴っていなかった筈なのに、それでも友人として居続けてくれる。


「おはようございます! 瀬尾野先輩」

「おはようございます。瀬尾野先輩」

「おはよう。生方君、早苗君」


 それに由梨絵は私だけではなく、2人にとっても無くてはならない人なのだ。

 全てが2人にとって必要で、それは私にとっても同じ事。

 これも私自身が入学式の挨拶で自分で言った通りなのに。


 周りが私を形作って行く。

 私も周りを形作る一部になる。

 私は既に周りを構成する1つであって、欠けてはならない部品であり、周りからしてもそうなんだ。



 ハリボテを作ると表現したけれど、間違いではなかったのだ。

 それは千鶴子になると言う事なのだから。



 こうして私を形作るものは日々変化していき、そこに新しいものが加わる事で、それは更に形を変えていくんだ。



「早苗ー! おーはーよーうー!」

「早苗さん、おはようございます」

「2人ともどうしたの、こんな早い時間に」

「あ、いやぁその……」

「ふふっ、どうしても早く早苗さんにお会いしたかったんですよ。ね、佳奈美さん」

「う、うん! 早苗の顔を見ないと癒されなくってさー」

「私は癒されキャラじゃないわよ。ともかく、佳奈美、美和。2人ともおはよう」

「相変わらず朝から元気だな、2人とも」

「おうさ! 元気が一番! あ、生方、おはよー!」

「はい、生方君。おはようございます。そうですね。何をするにしても元気が一番必要ですから」


 新しく出来る友人。

 さなちゃんの友人であれば、当然私を構成する一部に繋がっていく。

 人との距離感だとか何だとか、ネガティブな思考なんて関係は無かったのだ。

 行いが関わりを生むのだ。

 その関わりのある人が、更に他と関わりを持つ事で輪が広がる。

 現に私は、千鶴子はそう心がけてきたじゃないか。

 心に浮かんだその考えは、千鶴子として生きる事の、もう1つ大切な面が垣間見えたようだった。


 そうして大所帯で賑やかに登校していると、私達一行を照らしていた朝日が校門前で酷く大柄な体によって遮られた。


「これはまた大所帯で、朝から元気だな」

「主将! おはようございます!」

「金剛寺君とまで出会うなんて、早起きって変わった刺激を受けたい時には良い方法なのかしら。珍しいわね、この時間帯で出会うなんて」

「ははっ、変わった刺激とはまた面白いこと言うな」


 言葉の表面だけ見れば酷い言葉のように思えるものも、然して気にした風でもなく彼は笑って応えている。


 金剛寺成次君。


 出会いも何もかもが突然だったけれど、人となりは昨日の行為や風聞で少なからず判っている、多分私の友人と呼べる人。

 朝日が似合う爽やかな笑顔を浮かべた成次君もまた、何時もと変わらず颯爽たる風姿で私達の輪に加わってきた。


 それを私達は普通に受け入れる。


「何、ちょっと昨日良い事があってな。折角気息充実した今を逃したくなくて、早めに着たと言うだけさ」

「ま、私と似たようなものね。遅くなったけど、おはよう、金剛寺君」

「ああ、おはよう、副会長」


 そして、その大柄な体躯が私の方へと向く。

 彼の声は今日の天気と同じく、曇りの無いハッキリとしたものだ。

 滑舌良く遠くまで響きそうなその声は、聞いている分には特に耳に障るとかそういう事は無いのだけれど……


「おはよう、東条。いい朝だな……って何で妹さんの後ろに回り込んでコッチを見てるんだ?」

「……うっ」


 彼の指摘に短い呻き声が漏れ、それと同時に一斉に皆からの視線が私に集中する。


 挨拶と同時に、早速私の挙動について突っ込みが入った。

 まぁ見るからに挙動不審ではある。

 彼の声が聞こえた途端、体が勝手にさなちゃんの後ろに回り込んでしまったのだから。

 その、だってね、仕方ないじゃないか。


 人様の前で泣くなんて滅多にするような事じゃないんだから、その時居合わせた人に顔を会わせ辛く感じるなんて、仕方ない事ですよね?

 受け入れるとは言ったけど、感情を勢いでぶちまけた相手なんだから。

 しかも心の整理は色々とついたとは言え、昨日の今日だし!

 ね!

 ね?

 ねっ!?

 誰か肯定してぇぇぇ!

 

「どうしたの、姉さん?」

「何やってるのよ、千鶴子」

「千鶴子さん?」


 そんな私の内心など声に出さねば誰に伝わる訳も無く、問いと視線の集中砲火を浴びて、流石にこれ以上無理かと観念し成次君の前に歩み出た。

 そして溜息ともつかない深呼吸を1つして、普段の私と変わらない様に心がけて口を開いた。



「おはよう、成次君」

「ああ。おはよう、東条」



 彼の只の挨拶がスッと胸に入り込む。

 昨日はまともに見れなかった、というより、まともに見えていなかった成次君の顔が視界に入ると、昨日の醜態が思い出され顔が紅潮するのを自覚するのと共に、何か心の奥底を、あの大きな手で鷲掴みされたような感覚に囚われ、彼の顔から視線が離せなくなった。



 少しだけ喧騒の混じった朝の静寂が、私達を包み込む。



 だけどその静寂は、小声では有るけれど皆の言葉にあっさりと崩れ去った。



「姉さんが名前……呼び…?」

「あれ、前まで主将の事は苗字で呼んでたような……え?」

「ふぅん……早起きしてみるものねぇ」

「美和っ、美和っ! チャンス到来かも!?」

「その結論はまだ性急かと……でも確かに割り込み辛い空気が…」



 挨拶を交わした私と成次君を取り巻くように見ていたさなちゃん達から、口々に何故か驚きやら何やら様々な声がひそひそと上がってくる。


 え、なにこれ?


 普通に挨拶したのに何でこんなざわつかれてるの?


「皆、どうかしたか?」

「何か私は変な事を言ったか?」


 成次君も私も周囲の反応にキョトンとしていたけれど、流石に皆の反応が気になって声をかけた。

 でも返ってきた返事は、何か皆、微妙に悲喜交々入り混じった表情で、どうでも良いという言葉だった。


「ううん。別に何も無いわよ、姉さん」

「何でもないっスよ。……ええ、何でも!」

「別に。ただ、ちょっと意外だったというだけよ」

「なんでもないですよ、千鶴子先輩!」

「はい。お気になさらないで下さい」


 どう見ても何か腹に一物があるような感じではあったけれど、表面上は何も変わりは無い……ように見える。

 だけれど、この妙な雰囲気と視線に変な居心地の悪さを感じて、私は踵を返すように1人学校へと足を向けた。


「と、ともかく。こんな所で立ち話していないで行くぞ」


 皆を置き去りにして、多少急ぎ足で校門をくぐり校舎へと急ぐ。

 殆ど逃げ出したような感じで、千鶴子である事を決意した一歩目が躓いたような気分に囚われる。



(全く、何なんだか……)



 私の後を追って皆着いて来ているようだったけれど、ひそひそ声は続いている。



 そんな心機一転の1日目は妙な始まり方だった。



 ただ、何故か、今の状況に自然と笑みが浮かんだ。


第二部完的な所でございます。

書き溜めていたのに、殆ど書き直してしまいました。

くどいというか、千鶴子が地味に酷いと言うか(笑)

とりあえずひと段落と言う事で、次回からテンション高くして行きたいと思います!

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