第十七話 「延長戦後半」
何時もよりちょっと長いです。
最近読んだ本の記事の事だ。
それは「あざとさ上等! もてかわ女子仕草集! ~男はコレで思い通り編~」という、元男の身であった方から考えると、軽く頭痛を覚えそうなタイトルの特集だった。
詳細については割愛するが、要するに印象に残った者勝ちであるという物だった。
隙を作れ、甘えるのはいいが時には突き放せ、ギャップを作れ、彼だけに笑顔を振りまけ等々。そういう事を考えながら付き合わねばならぬと言うのは「女の子にとって恋愛とは戦争と同義なんだなぁ」と人事のように思った物だ。自身としては、こんな恋の駆け引きなんぞは御免被りたいものである。
でも、男からすれば仕草1つとっても全て計算ずくであるという事になるから、いざそれがバレた時の事を考えると逆効果ではないのかと思う。どう考えても幻滅されるのがオチではなかろうかと思うのだが、多分私の考え方が異質なのだろう。
他にも「苦しいときの支えとなれ。アドバイスを!」と書かれているかと思えば、「男の悩みにアドバイスは厳禁!」と、どっちなんだと首を傾げる物ばかりであった。
まぁ、そんな私にとって役に立たない内容はどうでもいい。
記事を見て思ったのは、さなちゃんと勇についてだ。
2人とも小学校の頃から何時でも何処でも一緒で、まるで2人で1人かのようだった。
喧嘩もするが仲直りは早いし、思春期男子特有の女子と仲良くしてるとからかわれるといった事だって、まったく意に介する事無く過ごしてきた。
更に、さなちゃんの事は俺が護る!と豪語してから、何時でもさなちゃんの事を気にかけている。さなちゃんも、そんな勇にすがるだけではなく、剣道で行き詰ったときに一緒に悩んで、学校行事や行楽などの楽しいことは一緒に笑って、そして悲しい時は一緒に泣いた。
そして何時の間にか手を引かれていたさなちゃんは、自らの意思で勇の隣に立ち、手を握って一緒に歩こうとしている。
2人には雑誌に載っているような、打算的なものが入り込む余地など無い。
だから、2人が添い遂げるのは最早大自然の摂理であり、決定事項なのだと私は思いこんでいた。
◇
フードコートでの昼食。
メニューは行楽地ならではの少々安っぽいと言えば安っぽい内容ではあっても、それが好きな人と一緒に過ごした後なら、何でも美味しく感じられると言うのは少々言いすぎだろうか。
併設されているテーマパークから聞こえる賑わいの声をBGMに、先ほどまでの買い物についてあれこれ花を咲かせながら食事が進む。
「千鶴子さんって、アクセとかつけないんですね」
「どうにも昔からその手の物に対しては、高いというイメージが染み付いていてな。貧乏性と言うやつかな。精々身につける装飾品として必要を感じるなら、髪留めとかその程度だ」
「でも今日つけてみたブレスレッドとか、凄く似合ってたと思うんですけど」
「まだ私には早いだろう。ああいうのは大人の女性がするものだ」
「そんな事は無いと思うんスけどね…」
勇一郎にもっとアピールする気で臨んだ今日の外出。しかし、結果は未だ勇一郎の意識が姉さんにのみ向いている事実を突きつけられて終わっている。
だから、どうやったら私に向けられるか。その手がかりとして、現在の勇一郎の好みが色々聞くに方向転換して臨んだ後は、概ね満足と言える結果を得ることが出来た。
ただ、その結果の殆どが姉さん基準だったという要らないオチはついたけれどね、ふふふ……。分かってはいても、やはり気落ちしてしまうのはしょうがない。
「私よりも、さなちゃんが買ったバレッタの方が良かっただろう?」
「早苗は髪留め集めが趣味だから、何か着けてないと逆に違和感が」
「いいじゃない、好きなんだし。3連リボンのバレッタ、かわいかったでしょ? 色違いの2個セットで500円以下でお買い得だったもん」
「梅雨時になると髪が湿気吸ってすごい事になるからって、絶対に取ろうとし無なかったからな、さなちゃんは」
余談ではあるけれど、「何か買うときは必要最低限で、安いものを」というのが私と姉さんの共通認識だ。昔の経験というか、お祖母ちゃんのお陰か、お金を使うこと自体に忌避感に似たモノが根っこにある。今ではかなり改善されたものの、何かを買うときは必ず安いものを探すようにしている。
でも、私だって年頃で色々と欲しい物はある。だから、アルバイトでもと思ったりもするのだが、大学生になるまではアルバイト禁止なるお達しが出ているので、今しばらくは脛をかじるしかない。そういった意味でもだけど、私達はまだまだ子供だ。
「梅雨は嫌いよ。くせっ毛だから余計うねるし広がるしで」
「毎朝私がブローを手伝っていた頃が懐かしいな。でも中学の何時位だったか? 失敗しながらも、さなちゃんが自分でやるようになったのは」
「2年になってからだよ。姉さんはいいわよね、綺麗なストレートで」
「私はさなちゃんの方が羨ましかったがな。綺麗な栗色の髪に緩やかなウェーブ。艶があって柔らかくて一日触っていても飽きない手触りだ。また結わせてくれると私としては嬉しいのだが」
「姉さんに任せると、髪の毛触ってばかりで時間かかっちゃうからダーメ」
「昔は『姉さん結って~』ってお願いしてくれたのに、手のかからない子に育って姉さんは寂しいわ」
「そこは喜んでよ、姉さん」
懐かしむような笑いが出る。久しぶりのこの和気藹々とした、空気はとても心地よかった。まるで昔の、何も考えずただ遊んでいた時のように。
でもそれは私と姉さんだけで、目の前の勇一郎にとっては何か違ったものを感じさせたのだろう。
「まぁ、そうッスよね。昔とは違いますよね……」
それが勇一郎にとっての何かキーワードだったのか、小さく呟き神妙な顔つきになると、今日姉さんに話したかったであろうことを切り出してきた。
「いきなりですが、今日誘った本来の目的の話をしてもいいですか?」
「大丈夫だが、こう人の多い場所でもいいのか?」
「構いません」
「そうか。さなちゃんも構わないな?」
「うん」
行き成りではあったけれど、午後は勇一郎の為に時間を取ろうと2人で決めていたので、慌てることなく勇一郎に向き直った。勇一郎はそんな私達の回答を受け一度瞑目した後、剣道の試合に挑む時の鋭い目つきで姉さんを見据えて問いかけた。
「千鶴子さん、今、好きな人いますか?」
◇
なん……だと……?
和気藹々とショッピング談義に話をしていたら、暴走した車に突っ込まれた気分でござる。いや、それは勇に失礼だ。
行き成りの話題変化についていけず、思わず手に持ったコップを取り落としそうになった。
「それは、もしかしなくともアレか? 異性としてという意味でか?」
「そうです」
驚きに震えそうになる声を何とか押さえ勇へ問い返すが、どう取っても他に解釈のし様がない程にど直球に返事を返された。
(なんでこんな事を聞いてくる? どういう思惑があってだ? ああ、もしかして私が告白を受けているという事を何か心配してくれているのか?)
「多分あれだな。最近私が告白を受けているという話からなのだろうが、そういうのは全てお断りしている。そもそも行き成り見ず知らずから好きですと言われて、じゃあ付き合いましょう、なんて事が成り立つ事自体おかしい。確かに好意を寄せられると言うのは悪い事ではないのだろうが……」
安直に考え思わず言葉を捲し立てるように口にしたが、それは単に話を逸らせなくなるだけだった。
「いや、そういうんじゃないです。普通に好きな人がいるんですかって聞いてるんです」
そう言ってじっと私の目を見詰めてくる勇。
(只の相談事だろう。うん、私は関係ない、そうに決まっている。考えたくない。考えたくないが……でも、もしかして…)
『生方君、貴女の方が気になってるみたいよ?』
いつか言われた由梨絵の言葉。
もしそれが正しいならば、この流れは非常に拙い気がする。
だって、そうだろう? 勇はさなちゃんの事が好きな筈。
それが何でわざわざ呼び出してまで他人の恋愛を気にする必要があるというのだ。それは相手が何かしら恋愛に関係することで、私に対して思う事があるかもしれない、と考えられなくも無い。
例えば実は私の……こ、こここ事が…す、すす好きだとか。
でも、今まで私の事を好きとかそういう振りを、さなちゃんに対してならともかく、私には微塵も見せていなかった勇なんだぞ? どうして今になってこうなる?
動揺しつつもどこぞの五つ星物語の乙女達並に頭をフル回転させ、今までの事を顧みる。
例えば最近であった事といえば剣道大会で応援に行ったこと……は関係ないな。さなちゃんや他の友達とも行ったのだし。
ではその前となると……応援合戦か? いや、それも無いだろう。だって私に対しての感想なんて一つしかなかったのだし。さなちゃんの方をしきりに褒めてた位だ。
じゃあ一体なんだ?
これが私の思い込みなら只の自意識過剰の痛い人で済むのだが、今が男友達同士で聞く軽いノリとは雰囲気が全く違うのは、勇を見ればその手に経験が無い私でも嫌でも分かる。
確かにバレンタインイベントなんかはチョコ送ったりしてたよ、お隣同士だし。さなちゃんが毎回気合入れるからそれのお手伝いで作ってただけだし。おじ様と勇2人にあげてたから別にこう、特別なとかそういう意味合いは無い筈だし。
たまの調理実習とかで作ったお菓子なんかは、余れば勇にあげたりしてたけど、お菓子なんて別にあげても問題は無いだろう? 良くある光景じゃないか。
夏祭りも3人で出かけて楽しんだりもしたけど、それも良く有る話の筈だ。3人出回った夜店や、時間を忘れて見た花火大会は綺麗だった。
クリスマスだって一緒にパーティーしたりしたけど、ご近所付き合いとしては普通のはずだ。お互いにプレゼント交換みたいなことをしてたのだって普通だろう。
あ、そういえばクリスマスプレゼントで、手編みのマフラーと言う定番アイテムを作ってみたことがあったな。でもあれは私が高校1年の時の話で、姉たる者、さなちゃんが何時作りたいと相談してきても良いように練習も含めた1回だけだ。それに、おじ様にもおば様にも渡したぞ?
初詣だって確かにお祖母ちゃんから頂いた振袖で一緒に行ったことだってあるけど、さなちゃんも一緒だったじゃないか。
……あれ?
ここに至ってふと嫌なことに気が付いた。
もしかして私、尽くさなちゃんの邪魔をしてきた??
生暖かい汗が背中を伝う。そういうイベント事は、本来ならば恋人と2人でやってこそのものだろう。でも私の記憶の中では、そういったイベントは常に3人で行われている。ということは私はお邪魔虫を延々と続けてきたことになるのか。
ノゥゥゥゥゥゥ!!
思わず心中にて頭を壁に打ち付けのた打ち回る。
私はなんてことをし続けていたのか。4月頭にさなちゃんが倒れたのは、その前日の事だけに限った話ではなかったのだ。あの時も理由はどうあれ私は間に割り込もうとした。結果さなちゃんはオーバーフローを起こして倒れた訳だが、塵も積もれば何とやら。さなちゃんが嫉妬の心云々とか、何ドヤ顔して私は語ってたんだ。
私の今までの人生が全てさなちゃんのお邪魔であったかもしれないという事実に、いよいよもって死にたくなってきた。そして行動を共にしていることで、実はさなちゃんを見ていたのではなくて、勇は私を見ていたかもしれないなんて……。なんという今更であろうか。
ぬぉぉ!我が妹の愛と安らぎは、私の死でもって償わなければ取り戻せんのかっ!?
いや、だが未だそうだと決まった訳ではない。自意識過剰は控えるんだ!
考えろ、考え続けろ、脳みそを絞れ、私!
今この場で最善なのは、勇の口からクリティカルな言葉を発せさせない事だ。なら、不自然にならないようにコレ系の話題から他に逸らせば…ってそんな話そう都合よく思い付く訳が無い。でも、やっぱり只の相談事で、私が云々は関係ないかもしれない。
そうして私が躊躇している間に、勇が更に踏み込んできた。
周りの声がスローになって聞こえる中、勇の声だけがハッキリと耳に淀みなく響く。止めさせなければと思うのに、私の口からそれを止める言葉も、行動も、何もすることが出来なかった。
そうして、勇の口から導火線に火をつける言葉がハッキリと告げられた。
「実は俺、好きな人がいるんです」
それって、さなちゃんの事よね? よねぇぇぇぇ!?
◇
気分は正に断頭台に首を差し出した囚人の気分だった。
目の前で勇一郎が姉さんに告白しようとしている。
これを死刑宣告といわずして何と言うだろう。
勇一郎の言葉を受け、顔を真っ赤にする姉さん。あたふたと言葉を並べ立てるも、勇一郎の真摯な姿に声すぼみ、何も言えず勇一郎を見つめている。私達を包む空気は段々と静かになり、自分の心臓の音だけが嫌に響いて聞こえていた。
確かに勇一郎からの誘いという点で訝しい所はあった。勇一郎は昔から即行動という直情型タイプだったのに、『3人一緒だから大丈夫だろう』なんて甘く考えていた結果が今の体たらくだ。
見ていられない。
心が痛くて。
でも逃げ出すことは出来ない。
それは事実であれば受け入れなければいけないことだから。
「実は俺、好きな人がいるんです」
そうして断頭の刃が滑り落ち、首を刈り取るその瞬間、後方からかけられた声によって刃が止められた。
「お! 早苗に生方じゃん!」
「こんにちは~!」
その声が聞こえた途端、周りの喧騒の音が帰ってきた。振り返ってみてみれば、ニコニコと手を振りながらやってくる美和、佳奈美が視界に入った。
「凄い美人さんと可愛い子連れてる人が居るって、よくよく見てみたら早苗なんだもん。髪形お団子にしてるから、パッと見判らなかったよ~」
「こんにちは、東条先輩。それに生方君も」
「あ、ああ。こんにちは、美和ちゃん、佳奈美ちゃん」
「こんにんちは、2人とも」
突然の登場者に威勢を削がれたのか、気の抜けた風な挨拶を返す勇一郎。姉さんは姉さんで安堵した風に胸に手を当て、大きく息を吐いていた。それは私も同じで、回りに知られぬよう浅く嘆息した。
私はメールで知っているけれど、2人は然も偶然に会ったかのように私達の席までやってきた。手には買い物の成果であろう色々な買い物袋が提げられている。
ニコニコとした2人の表情から真意は判らないけれど、多分近くで話を聞いていて機転を利かせてくれたのか、それとも本当にフードコートで思わずバッタリなのかは判らないけれど、この乱入に私は内心で海よりも深く感謝した。
「偶然だね。2人も出かけようかって言ってたけど、まさかシーサイドラグーンに来てたなんて」
「全くだよ。私達も早苗たちが出かけるって聞いてたけど、行き先が被るなんてさー」
「3人で来れたらいいねって佳奈美さんと話をしてましたけど、こうして会えるなんて結構凄い偶然ですよね?」
やって来た2人に私も驚きを隠せないかのように話しかける。少々早口になってしまったが、多分自然に話せたとは思う。私のすっ呆けた会話に合わせてくれる2人が天使に見えた一方で、こうしてワザとらしく話している私自身が酷く惨めで滑稽に思えた。
多分横槍を入れられた形になる勇一郎としては気分のいいモノじゃないはず。それが本来なら呼ばれていない筈の私が起因しているなら尚更だと思う。でも、突き付けられる覚悟はあったつもりなのに、いざ目の前でそれを受け入れるほどの心の強さが、今の私には無かった。
偶然に出会えた喜びを装い、今日の服装についてと幾らでも出る話題に逃げる。
情けないことこの上ない。
そうして、会話がひと段落したところで、顔色も落ち着きも取り戻した何時もの姉さんが話しかけてきた。
「そちらは2人で買い物か?」
「はい! 夏はこれからが本番ですから色々と。東条先輩は?」
「私達も似たようなものだな。今はお昼をかねて休憩中だ」
「そうでしたか。ちょっと買いすぎちゃって、私達もここで休憩してたんですよ」
「両手の荷物を見れば判る。どうやら今回はタイミングが被ったようだが、次回はぜひさなちゃんも誘って行ってくれ」
「もちろん! 未だメインの買い物は残してありますから!」
屈託無く姉さんと話す美和とは対照的に、佳奈美は会話に参加してこない勇一郎を見て慌てて声をかけていた。
「そういえば生方はさっき声かけた時、真剣な表情してたけど……あ、もしかしてまずかった?」
状況に流されるままのように少し呆けていた勇一郎だけれど、声をかけられてようやく自分を取り戻したようだ。少しうつむき加減だった顔を上げ、会話に参加してくる。
でも顔には先ほどまでの真剣さは無く、なんとなくバツが悪そうに視線を泳がせていた。
「いや、ちょっと……なんと言うか将来的な話と言うか、悩みと言うか、これからその話を……」
「もしかして進路? もう生方は進路について考えてるのか! すげなー」
「そんな大層な話じゃなくて……」
「ってことは千鶴子先輩に相談してたのか」
「それはすみませんでした。そんな大切なお話をされていたのにお邪魔してしまって」
「ちょ、2人とも止めてくれ! そんなんじゃないからさ!」
勇一郎の言葉に美和と佳奈美が頭を下げる。流石に座ったまま女子に頭を下げられると言う行為に居た堪れなくなったのだろう。慌てて席を立ち上がって2人の顔を上げさせてた。
本当に大丈夫だからと言う言葉に、2人は少し安心したように軽く笑った後、改めて私達に向かって頭を下げた。
「早苗、先輩、生方。突然割り込んじゃってごめんなさい。あたし達はもう行きますので」
「皆さん、本当に済みませんでした」
「街中で友人に声をかける事は悪い事ではない。さなちゃんもそう思うだろう?」
姉さんの問いかけに、裏を知っているだけに思わず言葉が詰まりそうになる。でも、別に声をかける事は悪い事ではないからと、私も其れに同意した。
「じゃ、また月曜に学校で!」
「今度は皆さんで来ましょうね」
そうして一礼して去っていく2人を見ながら、助かったと、今そんなことにならなくて良かったと、勇一郎が失敗してよかったと胸を撫で下ろしていた。そんなこと絶対に考えちゃいけないはずなのに。
都合の良い自分に思わず自分を引っ叩きたくなったけれど、そんな事さえ出来ず、私は腰を落として座ってしまった。
再度席につきはしたもの、なんだか私から声を上げるのが憚られ、少しの静寂の後、再度勇一郎が会話を切り出してきた。
でも、その声には先ほどまでの真摯さは無くなっていた。勇一郎にしても、今の状態で先ほどの会話を再度持ち上げる事に何かしら抵抗を覚えたのだろう。それでも改めて口にされた質問は先ほどとは違う内容で、表情は真面目そのものだった。
「進路って言えば千鶴子さんはどうするんですか? やっぱそのままエスカレーターですか?」
今までの話の流れを無視した問いに驚いたのか、姉さんは暫く勇一郎をじっと見ていた。そして勇一郎の表情から何となく質問したのではなく、何かしら意図があって聞いてきたのだと思い至ったようで、改めて居住まいを正すとしっかりと勇一郎を見据えて話し始めた。
そういえば、私も姉さんがどうするのかは聞いていない。
でも大学には進むとは聞いていたから、てっきり付属大学に進むのだと思っていたので特に気にした事は無かった。
「2人にはまだ進路について話したことは無かったな。夏休みに入ったら直接言うつもりではあったのだが……」
そう姉さんが前置きして続けた言葉は、私の予想とは全く違うものだった。
「一応冬桜大学は受けるが、県外の大学へ進学するつもりだ」
「県外って……それじゃ?」
「ああ。来年の春、受験に成功すれば私はここを離れる」
姉さんが、家を出て行く?
確かに姉さんは勉強も出来るから、大学なんて選り取り見取りなのだろう。
姉さんは一つ箇所に納まるような人では無いと、心のどこかが納得している。あれだけ秀でた人ならば可能性は山のようにあるはずで、姉さんがなりたい物になれないなんて想像などできなかった。
でも、あれだけ家を大切にしていた姉さんが、まさか今、家を出るなんて考えられないことだった。
「さち枝お祖母ちゃんが残してくれたモノを残して、というのはかなり後ろ髪を引かれるのも事実だ。だが、私自身学んでみたいものがある以上、両立を図れないならば、私は自分の学びたい道を進む。これはさち枝お祖母ちゃんから言われていた事でもある。家に固執して自らの進む道を狭くすることは許さない、とな」
「冬桜大学じゃ、千鶴子さんが勉強したいことって駄目なんですか?」
姉さんのその言葉は勇一郎にとっても想定外だったのだろう。慌てるように姉さんに問いかける。
でも、どうやらこの事は姉さんの中ではもう確定事項なのだろう。こんな顔をしながらいう事を姉さんは、過去一度も前言を曲げたことは無い。
「確かに学ぼうと思えば場所はどこだって良い筈だろう。だが、私は一度ここから出なくてはいけないと思っている。自分の為にもな」
「自分の為?」
「そうだ。私自身、今の環境がずっと続けばと思う。こうして3人で出かけて、買い物をして、食事をして。いや、続けようと思えば続けられるのだろう。でも、もう決めたことだ」
解けて水だけになったコップを、珍しく一息に飲み干す乱暴な所作で姉さんが話し終えた。
「勇は、今、進路について悩んでいるのか?」
「俺も迷っているんだと思います。どうしていいか、よく分からなくて……」
「そうか……だが未だ勇には時間がある。考えておくことは無駄にはならないから、今から確り悩んでおくと良い」
そうして午前とは全く違う空気の中、朝言っていた映画の造形展などを周って今日の外出は終了した。
結局、何だか色々とありすぎて、朝出かけ際に思い描いていた外出とは酷く違う結果に終わった。それが私の所為なのか、それとも何か他の所為なのか。
手にした買い物袋が、やけに重たく感じた。
◇
早く、家に帰りたい。
心にぼんやりと浮かんだのは只それだけだった。
それはどう考えても現状からの逃げであったけれど、その誘惑に抗う程の胆力が今の私には無かった。今日は私自身の認識確認を目的としていた筈なのに、勇の一言であっさりとそれは瓦解した。
いや、勇の所為じゃない。
私の所為だ。
もっと私が考えて事を起こしていればこんな事にはならなかったのだ。
私はさなちゃんと勇が一緒になると、それが真実だと信じて疑いもしなかった。だから安易にさなちゃんと勇を取り合うようなことを提案した。目が曇っているとかそういうレベルではない。結局前の自分のように私は周りを何も見ずに、聞きたいように聞き、見たいようにしか物事を見て居なかったのだ。そのツケが今のこの様だ。
私は理解してしまった。
勇は多分私に対して好意を抱いている。
無論、ただの好きという訳では無い。
男女間における好き嫌いに分類されるべき好意だ。
正直そう理解して私自身が、嬉しいのか、困っているのか、悲しんでいるのか全く理解できない。
どうして彼が私の事を好きになってくれたのかわからない。
勇は私の本当の姿を知らないし、知らせてはいけない。それで彼がどれだけ傷付くか想像するだけで震えてしまう。それはさなちゃんに大しても同じだ。
帰りの電車、行きとは違って席に座ってこうして帰途についている。
私の隣に座るさなちゃんは疲れたのか私の肩にもたれて目を閉じている。
勇も、あれから口数少なく、午後はお世辞にも心の底から楽しいお出かけと言うことにはならなかったのは明白だ。どう考えてもあんな中途半端では、心中モヤモヤして外出どころではないだろうが、私としてはその後お昼の事についての言及が無かったことに、助かったとホッとしている。
だけど、勇の心を玩んでしまった。
人の心の落胆が自分の安堵に繋がるなんて酷い話だ。だから謝罪という訳ではないけれど、目の前で外をボーっと見ている勇に言葉をかけた。
「勇。迷い悩み足掻く事は1つ大人になった証拠だ。といっても私がそう思っているだけだから、信憑性は無いかもしれないが」
突然の私の言葉に、驚いてこちらを向く。
逆に私は陽が紅くなり出してきた外を見ながら言葉を続けた。
「子供は無邪気だ。自分が何を間違っているかの判断がつかず、行ってからそれを周りから諭され、怒られる事で学習していく。だが、大人は行為を行う前に、それがどういう結果をもたらすかを考える。最近改めて思ったことで、人の事を言えた義理ではないのだろう。それに私自身、十全に大人では無いしな……」
「そんな事は無いと思います」
勇は独白のような私の言葉を受け、それをはっきりと否定してくれる。だけれど、それは上辺の私だけを信じてくれているからだ。多分この言葉も今を取り繕うだけ。
「ともかくそれは自分の行動に責任を取ることに繋がっていく。だから迷い悩み足掻く事は、順調に大人になっている証拠だよ。勇は変わった。もしそれを不安に思っているなら、自信を持つといい。小さな頃から傍に居たんだ。勇が変わったかどうかなんて直ぐにわかる。きっとさなちゃんも同じように言うだろう」
勇からの好意を自覚したことで自分の何処を好きになったのかと考えて、そしてさなちゃんや勇が変わっていく様を見て、今更ながらに2人との違いをハッキリと自覚した。
私は千鶴子として生きようとしていたのではない。
千鶴子と言う見た目が整ったハリボテを、一生懸命作っていただけなのだと。
だから簡単に揺れる。
そう。それは中身はそのまま、前の自分のままだから、だ。
千鶴子として生きることに対して、今更ながらに亀裂が入る。でも塗り固めて出来たハリボテを今更壊すことは出来ない。
「千鶴子さん……なんか、すみません……」
「何も謝ることは無い。今日の事は総じて私の所為だ」
「そんな事!」
「静かに。さなちゃんが起きてしまう」
声を荒げそうになる勇を、ここで始めて見据えて言葉を続ける。
勇は未だ何か言いたそうにはしていたが、私の言葉をうけて静かに座り直した。
「勇、今は問い返さず聞いて欲しい。もし迷っているなら、おじ様やおば様、そしてさなちゃんを頼るんだ。私は人の指針となれるような、出来た人間ではない」
「ち、千鶴子さん……」
私の情けないばかりの人生観でも、1mm位は勇の足しになるかもしれない。そう思っての言葉だったが、結局の所自己弁護ばかりの、言い訳だらけの言葉になってしまった。
そしてそのまま、多分私は言わなくても良いことを口にした。
「私のようになっては駄目だ、勇」
その後、列車が私たちの街に着くまで、誰も口を開くことは無かった。
◇
駅からの岐路は、私と勇一郎の2人だけだった。
姉さんは夕飯の買い物をしてくると言って、有無を言わさず1人で行ってしまった。本当は夕飯を何処かで食べようかと言う話だったけれど、3人が3人ともそんな気分ではなく、結局こうして家路についている。
そんな中でも勇はゆっくりと私の歩調に合わせて歩いてくれる。それがなんだか心苦しくて、私は沈黙に耐え切れず意味の無い謝罪を口にした。
「ごめんね、勇一郎」
「突然何だよ」
「だって、本当は姉さんだけを誘いたかったんだよね。私が居てもお邪魔なだけで…」
そこまで言った所で、ぽんと何時ものように勇の手が私の頭に載せられた。
その手付きは、何時もの優しい、私の好きな手付きだった。
「早苗、俺、変わったか…?」
出し抜けにかけられた問いだったけれど、私は前もって答えを用意していたかのようにハッキリと勇一郎を見て答えた。
「変わったよ。高校に入ってから特に。凄く眩しく見えるくらい」
私のその回答が意外だったのか、驚いた風に一度だけ私を見ると、また前を向いて歩き出した。私もそれに並んで歩を進める。
「本当はさ。今日、勢いに乗って千鶴子さんに告白してもいいかも、なんて思ってた」
私に言って聞かせている風ではなく、誰かに聞いて欲しい、そんな風に勇一郎が話しだす。
「でも、一歩踏み出したはいいけれど、その後が情け無い事に踏ん切りがどうしてもつかなくて、結局別の話を持ち出しちまった。カッコ悪ぃなぁもう」
「そんなこと無いよ」
私の否定の言葉に、軽く頭を振って勇一郎が固い顔をして言葉を続ける。
「だって一番踏ん張らないといけないところで腰が引けたんだぜ? 実際、気にはなっていたことだったんだ。何時か聞いてみたいと思っていたことでもあったから、聞けたことは良いんだけどさ。でも、千鶴子さんは県外に行くって言った。結局、自分が相手にされていないというのが良く判ったよ……」
多分電車の中での言葉が勇一郎にそう思わせたのだろう。
私はあの時、起きていた。ただ、自身の中で考えがグルグルしていて、なんだか2人の顔を見ることが出来なかったから寝たふりをしてしまった。そのくせ、今こうして姉さんが居ないのを良い事に、勇一郎の弱みに付け込むようなことをしている。
でも、今の勇一郎には言葉が必要だと思ったから、彼の為の言葉を一生懸命つむぐことだけを考えた。口先だけでも良い。どうにかして勇一郎の不安を取ってあげたかった。
「最初から何でも思い通りに出来るなら、誰も練習しないし、失敗もしないよ。姉さんだって薙刀の取り回しで頭にぶつけてたことも有るし」
「そりゃ子供の時の話だろ」
「勇一郎、私達は未だ子供なんだよ。変わったっていっても、幾ら背伸びしてもそこは変わらない。重要なのは失敗したことを悔やむより、これからどうするか、でしょ?」
「俺達は未だ子供で、これから……か」
私の言葉に何か思う事があってくれたのか、横目で見れば少しだけ表情を崩してくれていた。
「……すまないな、早苗。愚痴っぽくなった」
「一体何年幼馴染やってると思ってるの? 勇一郎が何か悩んでるかなんて、直ぐにバレるんだからね」
「そんなに今日の俺、判り易かったか?」
「さっきも言ったでしょ、何年幼馴染をやってきたって。そんなの一目瞭然。何時もはTシャツにジーパンだけなのに、下ろしたてのズボンとかプリントTシャツとか気合入ってたし」
「うわぁ……バレバレとか恥ずかしいことこの上無いんだが」
「別に良いじゃない。私だって見栄えは気にするもん」
「でもな。やっぱ、そんな風に取り繕っても、今の俺じゃ千鶴子さんに追い付くどころか、視界にすら入れてもらえない。てんで駄目だよなぁ……」
勇一郎の悩みは姉さんに直結している。だからそれを解決することは、私の首を絞めるのと同義だ。
でも、なんだか今は私が強く引っ張ってあげないといけないと、そう思えて口から出任せを続けている。出任せと言うよりは、自分が出来ていないことを偉そうに語る、人の威を借りた状態だ。でも、もし仮に地獄があって、この事で舌を抜かれても、私はそれでいい。
だから私は勇一郎の前に回りこむと、彼の両手を取って確りと見上げて言った。
「私は間違っていないと思う。昔からこうと決めたら其れに向かって突き進む。そんな勇一郎が、私は今も昔も“大好き”だよ」
「……でも、それじゃ遅い事だってあるだろ」
「悩むのは良い事だって姉さんも言ってたけど、確かに私もそれには賛成する。でも、勇一郎は下手に考え込むよりも行動で示してきたじゃない」
「そうだったか?」
眉根を寄せた勇一郎を見据え、握る両手に力を込めて私は言葉を続ける。
「高校の受験だってスポーツ推薦がいくつもあったのに、冬桜を受験するって言い出してそれを実現して見せた。周りからは学力的に不安が残るからって止められたのに、結局受かって見せたでしょ。私は勇一郎が冬桜を受験するって言い出したとき、落ちるなんて一つも疑わなかったよ」
「早苗……」
「全国大会で一位になるって言い出した時だって、私は勇一郎なら達成できるって思ったよ。それに間違って指摘されたら、勇一郎は素直に受け入れてきた。私達は15歳っていうのはどう足掻いても変わらない。なら下手に背伸びするよりも、今の私達のまま、勇一郎が信じるままで行けば良いと思う」
何だか言っていて、まるで自分の事のように思えてきた。やっぱり勇一郎も私と同じ様に15歳でまだまだお互い子供で、それでも何とかしようと足掻いている。一度言ってしまったからか、勇一郎から弱音のような言葉が次々と出てくるけれど、私はそれを全て蹴飛ばした。
「早苗は俺なんかよりずっと考えて、変わろうと努力していて……そうして変わったよな。なんていうか大人っぽいよ」
「そう言ってもらえるなら嬉しいかな。私も自分では頑張っているつもりでも、それが不安になることはあるもん。多分、今の勇一郎と同じだよ」
「いや、本当に変わったよ。この間の応援合戦だって、今までのお前だったら参加するようなことは無かった筈だし。本当に見ててすげぇって思った。変わったって思った。千鶴子さんだって、凄いとしか言いようがない程だった。2人とも、何時の間にか大人になってる。俺だけ子供だ」
――俺だけ子供だ。
この台詞を聞いて、変わったと思っていた勇一郎が、とても身近なのだと、手を伸ばせば未だ手が届く所にいるのだと判った。確かに姉さんのほうを向いてはいるけれど、それでも届かないなんて事は無いと。
歩調を合わせて歩いてくれないと、振り向いて手を伸ばしてくれないと届かない距離があると思い込んでいたけれど、それは私の思い込みだったのだ。
だったら一緒に思い悩めば良い。
口から出任せの中から、自分が取るべき最善策が見えた。
「勇一郎!」
「な、なんだよ。行き成り大声出すなって」
こんなに握ったら痛いんじゃないかと思う位、勇一郎の手をギュッと握る。暑い中お互いの手が汗ばむけれど、それを不快とは思わない。少しでも目線を合わせようとして、つま先立ちまでして私は勇一郎の顔を見つめ訴えた。
「勇一郎は勇一郎。私は私。姉さんは姉さんだよ。それに私から見れば勇一郎だって凄く変わったって最初に言ったでしょ?」
「俺はそう思えないんだ……それに、姿形だけが変わっても駄目だろ」
「ううん、きっと内側が変わったから外側も変わったんだよ。確かに今の勇一郎は少しいつもと違うけど、高校に入ってからの勇一郎は本当に変わったよ」
「……そうか?」
「そうなの! 自分では変わってないと思っても、周りから見たら変わってる。さっき勇一郎が私が変わったって言ってくれたみたいに、ね。大丈夫だよ、私達はきっと変っているし、変わって行ける」
私の言葉に説得力なんてものは皆無だ。勢い任せ。でも、そこに何かを感じ取ってくれたのか、ようやく勇一郎が大きく溜息をついた後、寄せた眉根を崩して、いつも優しい顔に戻ってくれた。
「なんだか立場が逆転したな。お前の事を護ってやらないとって、思ってたのに」
ゆっくりと私の手を、勇一郎が握り返してくれる。
「ふっふっふー。あまり私を甘く見ないで頂きたい。私は、姉さんと、勇一郎、それに美和、佳奈美と一緒に並んで歩きたいの。後ろにくっついて歩いてたら同じものが見れないもの」
自然とこぼれた笑みと言葉に、勇一郎も笑って応えてくれた。
「そっか……よし! 俺も負けてられねぇな!!」
「うん。頑張れ、勇一郎! 私も頑張るから!」
何だか酷くあっさりとではあるけれど、ついさっきまでの暗い雰囲気は何処かに消え失せていた。
再開した家路への歩みの中、改めて思う。
勇一郎の頑張るは、私にとっては本当は望まざる方向だ。何度も言うように、勇一郎は姉さんの事が好きなのだから。
でも、大人になろうと足掻いて、目に留まろうと必死になって粋がって、結局自分が子供だと認めて、勇一郎と私が同じだと理解して、初めて今までの空回りも無駄ではなかったと思えた。私だけではなかったのだと。だったら、それでもいいかと思えた。
そしてなんとなく、姉さんが自分の為に県外に出るといった事が、こういう事なんじゃないかなって思えた。それが思い込みだとしても、何となく一つでも姉さんと同じ目線が持てたような気がして、嬉しさがこみ上げる。
そうして一緒に歩いていると、ふと、勇一郎が変な鼻歌をしているのに気が付いた。
多分私がしている鼻歌だろうというのは容易に想像がついた。でも、何時も勇一郎が言っていたように、聞く分には悪くは無いと思う。
だから真似されて恥ずかしいと思うより、一緒の気分を共有できたという事が嬉しかった。
そうして2人して変な鼻歌を歌いながらの家路はあっという間だった。
何時ものように家の前まで私を送ってくれたところで、ふと思い出したように勇一郎が声をかけてきた。
「そういえば頑張るって、チアリーディング部に熱烈に誘われてるんだってな。入る決心でもついたのか?」
全く見当違いも甚だしい言葉に、思わず笑ってしまった。けれど、これが私の好きな勇一郎なのだ。しっかりしていて、コッチが落ち込んでるときは敏感なくせに、肝心なところで鈍感で。
だから私はもっと勇一郎を好きだと言おう。
どんな勇一郎だって好きだって言おう。
姉さんに勝つとかそういうんじゃなくて、もっと私の気持ちに素直になろう。
「ばーか。違うわよ」
「へ?」
玄関の鍵を開け、その場で振り返ると呆けた勇一郎にビシリと言ってやった。多分意味として通じてはいないのだろうけれど、それで十分だ。
「鈍感勇一郎! 私だって女の子なんだからね!」
「は?」
案の定、私の言葉に呆けている。もしかしたら今言えば、なんて考えが一瞬でも浮かんだけれど、きっと今じゃない。
「それじゃ、お休み。また明日から頑張ろうね!」
だから、それだけ言うと反論を許さないかのように私は家の中に駆け込んだ。
「おやすみ、早苗! 又明日な!」
後ろ手に閉めた玄関越しから、勇一郎の声が聞こえる。
何時もの挨拶の筈なのに、それは特別な挨拶に思えた。
まとまってないですよねー。ですよねー。はふぅ。
次回は千鶴子メインかなぁ。
本気でジャンルコメディ詐欺な気がしています。
コメディにしたいのに、キャラがそうさせてくれないの!ビクンビクン!
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2013/6/24 誤字脱字そのほか色々修正。ご指摘多謝です。
幕間
「絶対嫌われた……」
「後でちゃんと謝れば許してくれますって」
「許してくれないよぅ…だって絶対駄目なシーンに突入したんだよ?」
「会話の流れ上、確かに重要な所でしたから……と言いますか、私が先に立った筈なのに佳奈美さんの方が先先突っ込んでいくんですもの。ビックリしました」
「ああでもしなかったら、あの後で絶対早苗が泣くって思えて、勝手に体が動いてたんだよ……絶対あんな無茶苦茶なお節介はしないつもりだったのに……はぁ」
「ともかく2人でちゃんとメールも電話もしましょう? あとは月曜日にちゃんと顔を合わせて謝ればきっと許してくれますよ」
「ぐす……そうかなぁ……でも生方も許してくれないよ……」
「その時も一緒に謝りましょう。ねっ?」
「美和~」




