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超番外編 「私がアイツでアイツが私で」

ただの気晴らし話で、本編とは一切合財関係ありません。

一日で書き上げたので、多分色々と変ですが、まぁ只のネタ話なのでお見逃しを。

 それはG・Wの明けた週の事だった。



「マジかよ……早苗、嘘だろ……」

「信じたくない気持ちは判るけど…信じるしかないじゃない、勇一郎」



 それは何時もと変わらない通学路の事。

 少しだけ変わっていたとすれば、姉さんが生徒会業務関連で瀬尾野先輩と学校に行くと、私たちより10分早く出かけた事位。


 久しぶりの姉さんの居ない2人だけの登校という状況に、嬉しさで気が緩んでいたのは認める。

 テンションが少々青天井紛いに上がりまくって、少々我を忘れていたのも認める。

 姉さんが居ないという事を喜んでしまった事が悪かったというなら、地面に頭をこすり付けて姉さんに詫びを入れたっていい。


 でも、少し位こうして2人っきりの通学を楽しもうと思った事は許されたっていいと思うのに、神様と言うのはどうしてこう悪戯好きなのだろうか。



 まさかこんな事が起こりえるなんて想像出来る訳が無い。




「「頭をぶつけた拍子に、お互い中身が入れ替わるなんて……」」







 私こと東条早苗は浮かれていた。


 何時もは姉さん、勇一郎と私の3人一緒の通学だったのに、今日は姉さんが居ないのだ。鬼の居ぬ間にという訳ではないけれど、久しぶりの2人だけという状況が、なんかくすぐったくて、気持ち良くて、ドキドキして、何時もより足取りが妙に軽かった。

 そんな感じで浮かれていたら、道に落ちてた空き缶に足を取られて引っくり返りそうになった。慌てて私の手を取って、その力強い腕で引っ張り上げようとしてくれた勇一郎にドキドキして、こけたという事を感謝してしまったことがいけなかったのかもしれない。

 このままこけてもいいかもね、なんて思った勢いのついた私のこけっぷりは、結局勇一郎の頑張りも虚しく共々倒れる事となった。


 こうなる直前まで覚えているのは、勇一郎が私を少しでもショックを和らげようとしてか、抱きしめようとしてくれた事だった。


 そうして引き寄せてくれようとした勢いと、倒れる勢い諸々が相まって、私と勇一郎は派手にもつれ合って、お互いの頭を強くぶつけながら歩道に倒れ込んだ。



「っつー! 大丈夫か、早苗」

「へ、平気。ありがとう、勇一郎」



 倒れこんだままお互いの顔を見て無事を確認する。

 頭を強くぶつけた割りに互いの顔には変な傷も痣も見受けられず、よかったと胸を撫で下ろしたところでお互いが気が付いた。


「へ、なんで俺の顔が目の前にあるんだ?」

「え、ちょっと。なんで私が目の前で喋って…?」


 行き成りの事に目の前に鏡があるのかとか考えてしまった。


「え、あ? 声が……ええ!?」

「何でこんな甲高い声で喋ってんだ、俺っ!」


 状況が何もわからず、ただ目の前に自分が居るという事に混乱が増すばかり。だけど、倒れ込んだまま目の前の自分を観察していて、見えた光景が頭の混乱を一気に沈静化させた。いや、沈静化したのは只の勘違いかもしれないけれど、ともかく目の前のとある事だけに意識が集中した。


「た、立って。っていうか立て! 早く立て!」

「な、え? 何?」


 こんな事を倒れたまま大声で言うあたり、やっぱり私も混乱から抜け出せては居なかったのだろう。目の前のこの状況から立ち直れない私?に、業を煮やしておもむろに大声でソレを口にした。


「見えてるから早く立てって言ってんのよぉ!!」


 猫がバックプリントされた、何とは言えない物がめくれて見えていた事を声を張り上げて指摘した直後、顔から火が出る程の羞恥心に襲われた。慌てて立ち上がると目の前でもたつく私を抱え上げ、その場を脱兎の如く駆け出していた。


 そんな私の頭の中で浮かんでいたのは、「人一人を抱え上げて走るなんて、こういうのって火事場の馬鹿力っていうのかな」という酷くどうでもいい事だった。







「ともかくだ。今日、学校は休もう」

「そ、そうね……私もそれがいいと思う」


 何時もの通学路から少し外れ、人目のあまりない所で状況を再確認し、お互い体が入れ替わっているという事実を漸く受け入れていた。最初は何時もと視線の高さが全然違う事に少しだけ新鮮な気持ちを覚えたけれど、次第に心に暗い影が落ちるのを止められなかった。


(こうして勇一郎の視点になると改めてわかるわ……)


 自分の胸元あたりまでしかない小さな自分の体。全体的に凹凸に乏しく、なんというか、前も後ろもストーンと一直線だ。顔はまるっこくて、どう贔屓目に見ても子供っぽい。鏡で見るのとは違う、まさに客観的に、改めて目の前に突きつけられる事実に、別の意味でショックに打ちひしがれてしまった。


「……早苗、頼むから俺の体で内股になって目をウルウルさせんな」

「うっさい! 色々ショックなんだから仕方ないじゃない!」

「いや、まぁそりゃ判るけど……」


 目の前の私は小さいくせに態度が妙に尊大で、腕を組んで私を見上げていた。


「しかし、休むのはいいとして、どうすっかな……ってか足元スースーし過ぎ。女子って良くこれで風邪とか引かねぇな……」


 スカートの端を摘まんでひらひらとさせながら、妙なことに感心している勇一郎。


「今はどうするかなんて思いつかないわよ……こけた時がこの状況の原因なら、同じことをすれば元に戻るかもって試したけど、戻らなかったじゃない」

「痛い代価を支払った割には、何も得られなかったよな……」


 2人して思わず黙り込む。こういう漫画的展開が自分の身に起こるなんて想像だにしなかったけれど、起きてしまったのだからと解決策を模索した。

 とりあえず定番の起きたときと同じ状況を試すというのは直ぐに実施してみたけれど、結局お互いが痛いだけだった。


 そうして少しの間お互い考え込んでいると、行き成り目の前で私の顔をした勇一郎が素っ頓狂な声を上げた。


「やべぇ……今日、母さん代休だって家に居るんだった!」

「なんだ。そんなの取り合えず私の家に居ればいいじゃない」

「いや、このまま休んだら絶対連絡行くだろ」

「あ」


 学校を休めば親に連絡が行くのは当たり前だ。あんまり体調を崩して学校を休むなんて事は無かったから失念していた。


「ってことは、このまま休んだら姉さんにも連絡が……」

「まず間違いなく、連絡が行くな」


 連絡が行ったら、姉さんがどう行動するか。そんなの判りきっている。


「家に居たら、絶対姉さんが飛んで帰ってくる……」

「そうだ。まぁ通学途中で急に気分が悪くなって休んで、俺がそれを看病していたという言い訳は成り立つだろうが、戻ってきたら俺と変わろうとする筈だ」


 確かにその通りになるだろう。前年の秋、受験勉強で無理が祟ったのか、私が珍しく風邪を引いて寝込んだ時なんかは、姉さんも一緒に学校を休んだ。


「この状態で千鶴子さんと2人きりなんて無理過ぎるっ! てか直ぐバレる!」


 風邪を引いたあの時の姉さんの動揺っぷりからすると、甲斐甲斐しく世話を焼こうとする筈だ。となると姉さんは片時も私の傍を離れようとしなくなる。そうなれば聡い姉さんの事だ。違和感に絶対に気が付く。


「……早苗、もし千鶴子さんにこの事がバレたら、どうなると思う?」

「心配してくれると思う。世話も嫌と言う位焼いてくれると思う。でも……」


 姉さんは何時だって冷静だ。どんな時も冷静に的確に対処する凄い人。

 でもそれは普通の事に対してのみだ。事、私の事になるとそれは通用しない。


「……勇一郎、戻ったら半殺しにされるかも」

「絶対そうなるっ!! 事故だったと理解されてても、お前の事となったら千鶴子さんは一切容赦しねぇっ!!」



『大変だったな、さなちゃん、勇。だが、さなちゃんの体を玩んだ、その事実は変わらん。であるなら……判るな?』



 脳裏に浮かぶのは、今は持つことをやめた薙刀を片手に、何時もと変わらぬ表情で仁王立ちする姉さん。ただしその背後にには、血涙を流す般若の面が浮かんでいる様がありありと想像できた。


「ど、どうするの……私嫌だよ、病院に搬送される勇一郎を見るなんて」

「簡単に想像できるから言葉にするの止めてくれ……ってかさっきも言ったけど目をウルウルさせんな」


 身に起こるであろう事に身震いを隠せず、顔を蒼白にして両腕で体をかき抱く目の前の私。私もなんかこう、体の奥がキュっとなって思わず身震いしてしまった。


「学校は休めない。かといってこのまま学校に行っても、普通に過ごせる自信は無い」

「学校に行って気分が悪くなったって保健室に行くのは?」

「いつか千鶴子さんの耳にその情報は入る。そうなれば結果はさっきと同じだ」

「じゃあ、どうしたら……」


 余りの八方塞の状況に思わず頭を抱えてしまう。2人で頭を絞っても解決策は見出せず、時間は非情にもそろそろ学校に向かわないと遅刻しそうな刻限になっていた。


「ともかく早苗。無理は承知だが、時間を稼ぐ為にも学校に行くしかない」

「そ、そうね……あ、美和と佳奈美なら相談に乗ってくれるよ!」

「それはダメだ。絶対に誰にも言うな」

「え、でも……」

「2人に変に心配かけるのも悪ぃだろ。それに何処から話が漏れるか判らない。ってかなんか俺の精神がガリガリ削られそうなことになる気がするから止めてくれ……」

「わ、判った……」


 そうして私たちは改めて学校へと足を向けた。

 学校に向かう道すがら、どう学校で過ごすかを決めていく。


「ともかく今日は体調が余り良くないとか寝不足とか適当に理由つけて、休憩とかは机に突っ伏してろ」

「うん。勇一郎もそうしておいて。美和と佳奈美は私からそれとなく言っとく」

「あと、言葉遣いだが……まぁ何とか頑張れ。ってか俺のほうが頑張らないとだな」

「私は、俺って言う位なら何とかなると思う」

「最後に、これが一番重要なんだが……水分は極力摂るな。飯も同様だ」

「え、なんで?」

「お前、俺の姿でトイレ行きたいか? 俺にお前の姿でトイレに行って欲しいか?」

「あああああーーーーーーーーー!! 馬鹿っ! エッチっ!! 変態っ!!」

「ちょ、おまっ!! 折角人が忠告してやったのに、酷いだろ!」


 まだこの時は何とかなるなんて淡い希望を持って考えていたのだろう。

 人間、自分の考えが及びも突かない状況に追い込まれると、思考が働かなくなるという事を、学校に行って身をもって知ることになった。


 鈍い痛みを伴って。





「早苗~、本当に保健室行かなくていいのか?」

「そうですよ。無理してはダメですよ?」

「いや、本当に大丈夫だ……よ。心配かけてごめんね」


 少し離れた私の席で机に伏せている勇一郎を横目に、私も同じようなことをしていた。 美和と佳奈美が心配そうに私を覗き込んでいて、嘘をついている事が胸に刺さって痛かった。

 私の方は「寝不足だから、今日は休憩時間中寝てる」って事にしておいたら意外とあっさり放っておいてくれたのは助かった。けれど、私の周りで明け透けに色々と喋るのは何とかして欲しい。


「生方が寝不足ってのも珍しいよな。もしかして親に隠れてこっそりとエロイの見てたとか」

「東条さんと一緒に登校してる割りに手も繋がねぇんだから、そりゃ溜まるだろ」

「いや、ありえんだろ。って、待てよ? 今日は東条さん具合悪そうに臥せってるよな?」

「そうだな。なんだか体調が優れないけど休むほどじゃないって……」

「幼馴染。お隣同士。寝不足。体調不良。これらのキーワードが導く回答」

「なっ、ま、まさかっ!?」

「生方、お前まさか東条さんと……」

「な訳ある筈ないでしょうがぁぁぁぁぁぁぁ!!」

「だよな~」


 思わず吼えて注目を浴び、思い出したように「ともかくそんなんじゃないから。眠いからほっといてくれ」と机に再度突っ伏した。ってか男子っていっつもこんな話ばっかしてるのって呆れそうになったけど、私たちがどう見られているかというのも判って何かくすぐったかった。


(そっか。私と勇一郎ってそういう風に見られてるんだ……えへへ、ちょっと悪くないかも……)


 そうして昼休み。


 何時もなら3人で一緒にとる昼食を辞退して、勇一郎と2人で校庭の隅っこに隠れるようにして顔を突き合わせていた。


「美和ちゃんも佳奈美ちゃんもすっげーいい子だよなぁ……」

「当たり前じゃない。私の友達なんだから」

「それだけに心配してくれるのを見るとすっげー良心が削られる……」

「それは私だって同じよ。やっぱ2人には話そうよ」

「いや、今更後には引けねぇ……」


 やっぱり休んでた方がよかったかもしれないと思ってしまう。だけど姉さんにバレるリスクと比べると、まだ学校の方が低いように思えた。美和と佳奈美には今度何処かでお茶して、何か奢ってあげよう。そう心に決めた所で、改めて今後の方策を話し合った。


「お互い頭突きして戻らなかったし、後は……良く判らんな。こんなことなら漫画とかもっと読んどきゃ良かった」

「漫画基準で物事考えてどうするのよ。でもこんなこと漫画でしか起こりそうに無いし……となると、思い当たることが幾つかはあるんだけど」

「どういう方法なんだ?」

「えっと、一緒に手を繋いで寝るとか。一晩経つと元に戻るとかよくあるパターン」

「一応試してみるか?」

「昼休みに校庭の端っこで手を繋いで寝るなんて出来ないでしょ。家に帰ってから試しましょ」


 額をつき合わせて戻れと願う。両手を繋ぐ。抱きしめる。顔から火が出そうに恥ずかしくもあったけど、なんか役得だと内心喜びつつ色んなことを試したアレコレは、結局どれも現状を打破する事は無かった。

 まぁ自分の体が勇一郎という事で、その喜びは素直に喜ぶことが出来ないものだったけど、それでもやっぱり嬉しかった。


(こんな夢みたいなことなのだから、少し位大胆になってみてもいいよね?)


 そんな何時もだと起こりえないことばかりしていた事と、普通では考えられない状況が、多分私の思考を奪っていたのだと思う。目の前でいくら注意しても胡坐をかいて座る勇一郎(私の体)に、私は1つの提案をした。


「他にはなんかねぇのかなぁ」

「えっと……あるけど、これはちょっと」


 ワザとらしく口篭る私に、勇一郎は体を乗り出してくる。


「何だ、言ってみろよ。ここまで来たらもうなりふり構ってられねぇだろ」


 真剣な表情をして見つめてくる勇一郎。私の顔だけど。でも瞳の力強さはまぎれもなく勇一郎そのものだ。だから、私はそうして見つめてくる勇一郎を見つめ返して、熱に浮かされるように言葉を継げた。


「それじゃ……えっと……き、キスするの。ほっぺとかじゃ……ないよ?」

「き、キス!? んなっ!?」


 私の言葉に驚いて乗り出した身を仰け反らせる勇一郎。見る見る顔が赤くなっていくが、私も同じく顔に血が昇っているのが判る。でもそれが何故か心地よい。


「ほら、魔法は王子様のキスで解けるとかよくあるじゃない」

「ば、馬鹿なこと言うなよ! そんなの出来る訳ねぇだろ!!」


 身を仰け反らせ後ずさる勇一郎。姉さんの事で動揺することは良く目にするけれど、私の事で動揺してくれているという事が、なんだかとても嬉しくて、私は這う様に勇一郎に近付いた。


「私とじゃ……嫌?」

「嫌とかじゃねぇだろ! ってか相手は自分だぞ?」

「別に私は気にしないよ。ちゃんと勇一郎だってわかってるもん」


 一歩近付くと二歩後ずさる。


「おま、自分で何言ってんのか判ってるのか?」

「うん」

「ちょ、落ち着けっ! な、落ち着けっ!」

「大丈夫、私は落ち着いてるよ」

「嘘だっ!! いや、落ち着いて下さい、早苗さん!? なんか目が変に据わってますよ?」


 そうして壁際まで追い込んだ。


(そういえば前、勇一郎は姉さんにあんなことしてたっけ)


 何時かの光景を思い出し、胸がざわつくのを感じた。だから私は勇一郎の腕を取って壁に押さえつけた。か細い腕は今の私の腕力に敵う筈も無く、がっちりと押さえ込むことが出来た。


「ほら、大人しくしてて。今の私は勇一郎の体なんだから、暴れたって無駄だよ」

「女の言う台詞じゃねぇ! ってか落ち着け! 素数数えろ! ヒッヒッフーだ!」

「優しくするから、ね?」

「だからそれは女の言う台詞じゃねぇぇぇぇぇ!!」



 視界が私の顔だけになっていく。

 遠くに聞こえている昼休みの喧騒が、段々と聞こえなくなっていく。

 聞こえるのは早鐘の様に打ち鳴らされる心臓の音と、どちらのものともつかない荒い呼吸音。



(ゆーちゃん……)



 そうしてゆっくりと顔を近づけて、きつく閉じられた今の私の目尻にうっすら涙が浮かんでいるのに気が付いた。

 

「なーんてね。びっくりした?」


 押さえつけた両手を離し、ワザとらしく笑って両手を振る。


「…ば、馬鹿野郎! 何てことするんだ、お前は!」

「馬鹿って酷い事言わないでよ。って体は男だから野郎でも合ってるのね」

「そんな事を言ってるんじゃない!」

「いいじゃない。それに前、姉さんを壁に押さえつけてキスを迫ってたのは何処の誰だったかしらねぇ~?」

「ばっ!? あ、あれはだなぁ! 千鶴子さんが心配で!!」


 じゃれ付く時間は終わりとばかりに昼休み終了の予鈴が鳴る。

 まるで何事も無かったかのように立ち上がると、後ろで抗議の声を上げる勇一郎を置いてさっさと校舎に足を向けた。


 疼く心を見ない振りをして、私は笑った。







「お、終わった……」

「何とかね……」


 性も根も尽き果てる程の緊張を孕んだ本日最後の授業を終え、2人して重い足を引きずるようにして帰路につく。


「ところで勇一郎。あんた5限目の体育、体操服に着替えてたわよね?」

「し、仕方ないだろ? 先生が見学でも着替えろって言うんだからさ」

「見たでしょ?」

「お、お前だって着替えてたろ!?」

「男と女じゃ価値が違うのよ。それに体育後の着替え、美和と佳奈美と一緒に更衣室行ったわよね?」

「目をつぶってた!! 2人が着替え終わるまで目つぶってたっ!!」

「はいはい。嘘はいいから。顔真っ赤にしてバレバレなんだからね」

「っく…確かに一緒に着替えたよ。でも本当に2人の方は見なかったからな。ほんとだぞ!」

「ま、信じてあげる。でも何処かで必ず2人には奢ってもらうからね」

「へいへい……すみませんでしたよ」


 美和、佳奈美には終日ずっと心配させっぱなしだったが、うまく誤魔化せたようだった。最後は送ろうとしてくれたけど、私が送るから大丈夫と言えば、2人からナイト役を確り果たす様にと仰せつかった。

 そうして何とか家に帰り着き、改めて私の部屋で2人膝をつき合わせていた。

 無論話はどうやった元に戻るかだけど、まったく解決の糸口は見出せないでいた。ネットでそういう話を調べてみたりして、解決方法を探ってみても、どれもこれも似たり寄ったりで、光明すら見出すことが出来なかった。


「しっかし、ほんとどうすっかね……」

「勇一郎、だから胡坐禁止だってば」


 私の注意に組んだ足をだらんと投げ出して座りなおす。


「一応寝るって方法、試してみる?」

「まぁそれ位しか後は無いだろうけど、眠たくねぇしな……」


 家に戻ったことで緊張していた気分が途切れた所為か、急に不安に襲われた。

 その不安が口を突いて出るのを止められなかった。


「もし、このまま戻らなかったらどうしよう……」


 私が勇一郎として生きて、勇一郎が私として生きる。

 そんなのは考えられない。考えたくも無い。

 私は私として生きていたいし、まだ何もしていない。


 思わず視界が滲む。


 滲んだ目を見せまいと思わず下を向いた私の頭に、ぽんと手が載せられた。


「大丈夫だ。俺が何とかしてやるよ」

「勇一郎……」


 根拠も何も無いのに断言する勇一郎の言葉は、湧き上がった不安を一瞬にして消し飛ばした。姿形は変わってもやっぱり勇一郎は勇一郎で、昼間の浅はかな行いを私は恥じた。


「んな情けない顔すんなよ。任せとけって!」

「ごめんね、勇一郎。ありがとう」


 ぐすりと鼻を鳴らす私を、勇一郎は何時ものように撫でてくれた。「ごめんとありがとう、一体どっちだよ」と笑いながら私の頭を撫で続けてくれるその優しい手付きは、私の大好きな屈託の無い笑顔を幻視させた。


「あー、コホン。ところで、早苗」

「何、勇一郎」


 しばらく頭を撫でてもらって落ち着いた後、一日水分を殆ど取ってなかったのを思い出し、お茶を入れて2人でくつろいでいた所で勇一郎が真剣な表情で呼びかけてきた。


「非常に申し訳ないんだが、そろそろ限界だ」

「?」


 茶碗を静かに机に置くと、勇一郎は無言で下腹部を指差した。

 それが指し示す意味を頭が理解した瞬間、頭が真っ白になった。


「ええええっ!!」

「こればっかりは生理現象だ。どうしようもない」


 よくよく顔を見てみれば勇一郎は額に脂汗を浮かべている。

 相当我慢してくれていたのは見て取れたが、実際に事及ぶとなれば、それとこれとは話は別だ。


「なんでお茶飲んだのよっ!」

「一日何も飲まなくて喉渇いたんだから仕方ねぇだろ! それにお前だって人事じゃなくなるんだぞ!!」


 それだけ言うと、勇一郎は静かに立ち上がった。


「ちょ、何処行く気よ!」

「言わせんな恥ずかしい」

「だ、ダメに決まってるでしょっ!!」

「このまま小4夏の大停電の時みたいになれってのか?」

「それもダメぇぇ!!」


 私の制止を無視して我が家の聖域へと足を運ぼうとする勇一郎を、体を張って止める。しかし出物腫れ物は所嫌わずで最早我慢の限界と、ひ弱な私とは思えぬ程の力で勇一郎の体である私を部屋の入り口からどかそうとする。


「お前の体なんだぞ。無理させてどうすんだよ!」

「無理言わないでよ! そんな事したら絶対に許さないんだから!」

「じゃあどうするんだよっ!! いいから退けっ!」

「ダメっ! 退かないっ!」


 無論どうしたらいいかなんて決まっているけれど、そんなこと乙女として許される筈は無い。っていうかキスも未だなのに、幾らなんでも色々端折り過ぎ!

 どう足掻いても良い解決方法が思い浮かばず、心の中で思わず「助けて神様っ!」と声にならない叫びを上げると、悪戯好きの神様は更に事態をややこしくした。



「ただいま帰りました。さなちゃーん?」

「「!?」」



 ガサガサと買い物袋の音をさせながら、姉さんが近付いてくる。

 我慢の脂汗とは違う嫌な汗が全身からぶわりと噴出した。

 目の前の勇一郎を見てみれば、同じ様に額から汗を流し、目に涙を貯めながらフルフルと首を振っている。


 これぞ正しく前門の虎、後門の狼。


「勇も来ているのか? さなちゃん?」


 静かな呼びかけと軽いノック。

 今答える余裕など目の前の“私”には存在しないのだろうし、私も頭が真っ白で姉さんの問いかけに答える言葉など何一つ浮かばない。


 そして無慈悲にも、私の部屋の扉が開け放たれた。


「えっ?」

「うおっ!」

「きゃ!」


 私の体を押し退けるように踏ん張っていた勇一郎を押し留めるため、私は両手両足で扉を覆い隠すように立っていた。それでも押し込む力強さに勝てず、背を扉に着けて踏みこたえていた私は支えを失い、勇一郎と姉さんを巻き込んで、もんどりうって廊下へと倒れ込んだ。


「いたたた……さなちゃん、一体何……を……」

「も、もう駄目だ……おしまいだぁ…ってあれ、楽に……」

「ひっ! あ、えええぇぇぇっ!!」



 それは今朝の光景の焼き回し。


 よっぽど神様というのは意地が悪くて性根が腐っているのだと確信し、もう神様なんて信じないと、今この時心に決めた。




「なんで私が目の前に?」


続きません!(笑)

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