第十四話 「祭りの後」
やっぱり我が家のさなちゃんは世界一ィィィイイ!!
テンション大爆発状態を表面には出さず、あくまで心の中でのみ腕を振り上げ会心のガッツポーズを決める。今日はこの為だけに学校に来たと言っても過言ではない位に楽しみにしていたので、それが始まった途端、私の意識は全てそちら側に奪われていた。
「今年の赤軍は気合の入り方が前年とは大きく違うわね」
「ああ。3軍応援合戦の勝ちは赤軍だろうな」
着替え終わり、一心地付いた状態で応援合戦の最後を務める赤軍によるパフォーマンスを見ている由梨絵がそう感想を漏らす。青軍、黄軍も頑張っていたが、今回は赤軍に軍配が上がりそうな気配だったので、私もそれに同意した。
紅白のポンポンを両手にかざし、軽快な音楽に合わせた一糸乱れぬパフォーマンス。総勢40名からなるチアガール達が花咲くような満面の笑顔を浮かべながら、見事なチアリーディングを披露しており、その動きは見るものを引き付ける。
毎年各軍何れかがチアリーディングを行っているが、今年は前年、前々年に比べて動きが色々とアレンジされていた。といっても皆本職という訳ではないのでアクロバティックな動きは余り無い。それでも躍動感みなぎるステップや、アームモーション、特殊なジャンプは、演ずる生徒達の元気の良い掛け声と相まって華やか極まりない。
そしてその中に愛しの妹、さなちゃんが一際輝くような笑顔を振りまいている。
ああもぅ、なんでカメラ持ち込み禁止なんだと、内心歯噛みして現状を嘆いていた。そりゃ貴重品だし、盗撮の類とか、個人情報漏洩とか、そういうのを防止する為で仕方ないと分かってはいるけれど、こうして目の前の光景をさなちゃんに絞って残す事が出来ないのは歯痒くてたまらない。
目の前でパフォーマンスを披露してみせるさなちゃんは、誰よりも輝いている。
身内贔屓もあるだろうが、それを差し引いても40名の中で一番可愛いと言っても良いだろう。
赤のユニフォームが肌の白さを際立て、その小柄な体躯に少々あどけなさが残る愛らしい顔立ちが絶妙なバランスで成り立っている。それが懸命になってポンポンを右に左にと振り踊る様は、まるで子猫、子犬がじゃれるかのようで犯罪的なまでの可愛さである。犬種で言うならミニチュアダックスとか、ウェルシュ・コーギーとかそんな感じだ。
制服はちょっとカチッとし過ぎているきらいがある分、そんな学校の中、違う姿で踊るさなちゃんの姿はとても魅力的だった。後でこれを撮影している光画部からさなちゃんの写真を入手しておかなければなるまい。
それに時折見せるあの屈託無い、見る人を幸せにしそうな笑顔は最早兵器と言ってもいいだろう。姉さん、その笑顔に心を打ちぬかれて正直惚れそうです。
どうだ、勇。私のさなちゃんは!! と視線を赤軍用控えテントに向ければ、案の定身を乗り出すかのようにさなちゃんを凝視している勇が見えた。食い入るように見つめるその姿に、どうやら私があれこれ思い悩む必要はなかったようだと一安心した。
生徒会主導で行われた応援合戦。計画の途中で思わぬアクシデントがあり、頓挫も止むを得ないかと思われた。まぁ少々気が動転していたというのは正直ある。
あんな露出が高い衣装で踊れる訳が無いし、衣装が無ければ踊れない。生徒会が用意した予算で発注したものと別の物が上がってきたのは、ほとんど横領に近い行為と言うしか他なかった。だが、改めてもう一組用意する予算は無いし、かといって又任せる事は不安しか残らないのは目に見えていた。しかし漫研部部長の「材料は全て余り布とかストックしてある古着を使っていますので、予算はまるっと残っていますから。ちゃんと考えてますよ~」との緊張感の無い声が、応援合戦参加と漫研部存続を首の皮一枚で繋がせた。今度は衣装はレンタルに切り替えたので、余計な茶々は入らない……っていうか最初からそうしておくべきだったのは、今更後の祭りである。
ともかく、男性陣側は剣道部内の胴衣をお借りすることで事なきを得たが、私達2人分については予算枠内で整えられる衣装は刺繍など無い簡素な白衣、袴、刀、扇子位だった。流石にそれだけではと方々を当たり、何とか本日の格好まで漕ぎ付ける事が出来たのは生徒会皆の協力あっての事だ。
結果、私の意図しない形で行われる事になった応援合戦演舞は、どう転ぶか想像が付かなかった。が、蓋を開けてみれば、見た目のインパクトはさなちゃんの可愛さには到底及びもしなかったのだ。事実ああして勇はさなちゃんの可愛さに目を奪われている。それは私も同じで、さなちゃんの一挙手一投足が深く心に刻み込まれていた。
(やっぱり私みたいなエセ女では、本当の女の子には叶わないな……)
私とさなちゃんは今年1年をかけて自身を磨きながら、互いにぶつかり合い、成長し合おうと約束した。そしてその記念すべきぶつかり合い第一回目となるこの応援合戦は、どう見てもさなちゃんの勝利だろう。私にはあんな純真無垢な笑顔を浮かべることは出来ないのだから。
そして一際大きな掛け声でポーズを決めて赤軍のチアリーディングが終了した。湧き上がるのは大きな拍手。
「妹さんも妹さんで、貴女に負けず劣らず凄いのね」
「だろう? やっぱりさなちゃんは……」
「それはいいから」
今のさなちゃんが以下に素晴らしかったを語ろうとするが、相変わらずの素っ気無い由梨絵の対応にしょんぼりしつつも、凄いとの感想に誇らしい気持ちが心に満たされる。
テントへ戻っていく参加者全員が全員、眩しくも清々しい、達成感による上気した笑みを浮かべている様は大げさに言えば感動的で、戻っていく間、私も惜しまない拍手を送った。
その中で額に汗を浮かべながらさなちゃんが魅せる清々しい笑みは、思わずドキっとしてしまうほど輝いていた。
ちなみに漫研部だが、私の指示不足もあったので厳重注意だけで事を済ました。さなちゃんにその被害が及ぶようであれば容赦はしないのだが、あの部長も私と同じく今年卒業でもあるし、好意的に解釈すればあくまであの暴走は“善意”であった訳だから。
だが、今後私の任期間では絶対に協力を仰がないがな。
組織を運用するというのは楽しくも在るけれど、難しいものでもあると改めて痛感した。
そんな割とどうでも良い教訓と、さなちゃんの勇姿を得て、昼の応援合戦は終了した。
◇
思わず耳を塞いでしまいそうになるほどに深くビリビリと肌を叩くように響く太鼓の音が、物理的な質量を持っているかのように見ている人を圧倒していた。
その深い音の中で舞う姉さんの姿は、一言で言うなら圧倒的だった。
格好は言うに及ばず、長い黒髪の姉さんに巫女服はとても似合っていて、見るものを捕らえて離さない。切れ長の瞳で見せる流し目は、白刃閃かせ舞う姿に相乗され、より一層勇壮に、そして蠱惑的だった。こういうのを正に眼力と言うのだろう。目は口ほどにものを言うという諺があるけれど、今の姉さんはそれを体現するかのようだった。
そして気が付けばあっという間に5分が経過し、姉さん達の演舞が終了した。呼吸を忘れていたかのように深い溜息が思わず出る。何とか姉さんとぶつかれそう、なんて考えた事を後悔しかけ、慌てて頭を振ってそれを追い出した。
(姉さんが凄いとか、そんなの判りきってた事じゃない)
ネガティブな思いで心が一杯になりそうな自分を心の中で叱責する。何をするにしても相変わらず姉さんが凄いのは昔からそうなんだ。今更驚くような事じゃない。それに私ももう少ししたらあそこで同じ様に踊るんだ。もっと集中しないと……。
「さ~な~え~おりゃっ!!」
「うひゃう!」
不意に脇腹をくすぐられて頓狂な声が上がる。何事かと周りから注視され、慌てて何でもありませんよと言う風に頭を下げ、事を起こしたであろう友人に向き直った。
「何するの、佳奈美!」
「眉間、皺寄ってるよ。スマイルスマイル!」
「まったく、佳奈美さんってば……でも、その通りなので私も失礼して」
「あ、やだ美和までっ…ひゃっ!」
考えが顔や行動に出やすいとは良く言われるが、今もその通りだったのだろう。それを見かねたのだろう2人が私をつつき始めた。悶絶する事1分程、ようやく2人の悶絶突き地獄から開放された。
「……美和まで一緒になってするなんて思わなかった」
「だって、それじゃ私だけ除け者じゃないですか」
「うむ。苦楽は共に味わってこそだな」
「という事は私は2人を今度気が済むまでくすぐって良い訳ね?」
「おぅ! どんと来いだ!」
「あんまり激しくされないのであれば……」
悪乗りした2人に冗談で言葉を返すと、更に冗談で言葉を返された。ちょっと頬を染めて「優しくして下さいね?」と恥ずかしそうに口元に手をやる美和が可愛い。ってそう返されるとは思わなかった。
「美和~。それすっごい“本気と書いてマジと読む”っぽいんだけど…」
「ふふ、そうですか? そうなら主演アカデミー女優賞が狙えるかもしれませんね」
「美和が佳奈美に毒された」
「早苗、それは酷いよぅ」
3人から笑い声が上がる。まぁココまで来たら流石に判った。2人とも緊張している私を解そうと色々としてくれているのだという事に。でもそれを口にするのは野暮だろうし、確かにそのお陰で何だか肩の力が抜けたのは事実だ。
私は姉さんと勝負する事も心に決めたけど、今を楽しもうとも心に決めたのだ。1人では心細くても、3人一緒なら、どんな結末になっても笑っていられるだろうと思わせてくれた2人が居るのだから。
「舞台裏で頑張ってくれる2人の分もあわせて、悔いの残らないように頑張ってくるね」
そう言うと、2人ともにっこり笑って肯いてくれた。
そのお陰か、始まった本番で、私は会心の出来と自負できる程に一切のミスが無い、練習の成果を出し切ったチアダンスを披露する事が出来た。
「カッコ良かったぜ、早苗!」
「素敵でしたよ、早苗さん!」
みんなと一緒に何かやったという事実による心地よい達成感と、何故か沸き上がる感動を胸に控えテントまで戻ってくると、満面の笑みを浮かべた美和と佳奈美に出迎えられた。感情が抑えられなくて、私は思わず2人に抱きついた。
なお、この後チアリーディング部部長に美和、佳奈美共々熱心にチアリーディング部に誘われることになるのは別のお話。
◇
「じゃあ、皆の健闘を祝って!」
「怪我無く終わったことを祝って!」
「かんぱーい!」
「「「「かんぱーい!」」」」
五人の声がリビングに響く。
体育祭お疲れ様でした夕食会。勇のご両親発案の元、こうして入学式と同じ様に生方邸に集まって料理をみんなで囲んでいる。今日は運動量も多かったし、ちょっと位は多めに食べないとということで、平素より並んでいる料理の数が多い。何時もなら多いかもと思ってしまうが、体は正直なもので先ほどから空腹を訴えている。
今回私が作ってきたのは野菜たっぷりシーザーサラダ。以前作ったラタトゥイユと同じく、野菜を切って作ったドレッシングをかければ出来上がりという、色合い的には華やかだけど実は超お手軽お料理です。まぁ生徒会は体育祭終了後も後片付け等の指揮を執ったりとやる事があったので、遅くなってしまったから仕方ない。
それよりも今回はさなちゃんが作った鶏もも肉レモン煮の方が大受けだった。ほんのりレモン風味の甘辛な味は疲れた体にもピッタリで、鶏肉大好きな勇の好みにも沿った非常に愛溢れるお料理なのだ。夕食会開始から早速勇が手をつけて『美味い』と言いながらご飯と一緒にモリモリかき込んでいた。
やっぱり作った料理をおいしそうに食べられる事は作り手としてこの上ない喜びで、それが近しい人であるなら尚更である。「落ち着いて食べなさいよ」と口調は怒っているが嬉しそうにさなちゃんが笑っている。
おじ様に勺をしながらその光景を見て、胸中で『よくやった、勇! そのアクションは高ポイントだ!!』と喝采を上げた。いつもなら「千鶴子さんの作ったヤツ、どれっスか?」なんて聞いてくるのに、即さなちゃんの料理に手を着けて美味いと言うなんて……どうやら今日の勇は出来る奴のようだ。成長したんだねぇ……姉さんは嬉しいわ。
ちなみに余談ではあるが、体育祭の結果は青軍との僅差で赤軍勝利に終わった。まぁ結果よりもその過程に意味がある今回の催し物は、閉会式において前年の何かダルそうにしてた顔や疲れの表情が目立ったのに比べると、笑った顔の多かったことから成功といえるだろう。
まぁ……今日と同じお疲れ様でした会が、後日生徒会にて行われるのだけが懸念事項として残っているが、そんな事は今日は忘れておこう!
体育祭の話を肴に料理とお酒が進み、一層食事の場が賑やかになる。10人11脚走は実は成功率が3割切っていたとか、勇一郎が部活対抗リレーで剣道着ながらも2人抜いたとか。さなちゃんのお友達が作ってきたデザートが凄く美味しかったとか。
楽しい話題が続く中、いよいよ話が今日のメインに及んだ。
「そういえば、早苗ちゃんも千鶴子ちゃんも応援団に参加したんですって」
「ほぅ。どんな事をやったんだ?」
少々赤ら顔になったおじ様が上機嫌で応援合戦の内容を聞いてきた。おば様も興味津々という風にこちらを窺っている。
さて、どう話すかと思っていると、以外にも勇から言葉が発せられた。
「早苗の方はチアリーディングやってたよ。ほら、アメフトとかの試合で合間にポンポンもってラインダンスみたいなのしてるだろ?」
「ああ、あれか」
「早苗ちゃんチアガール姿、さぞ可愛かったでしょう? 勇、どうだったの?」
その時、電流走る!
いや、走らないけど。おば様の何気ない感想を促す言葉に、私の中限定でニュータイプ的にピキーンと来た。これはおば様からの確信犯的なアシストだ。
私達姉妹の第一回戦。それを知ってか知らずか、その感想を勇の口から聞けるよう促したのだ。私達から「どうだった?」なんて促すよりも、おば様達から話を振ってもらう方が自然だ。しかも話の振り方が絶妙である。「可愛かった?」なんて聞かれて可愛くないなんて答えるはずがない。いや、男としてそんなふうに答えちゃアカン。
さぁ勇よ、今日のお前は出来る子だ。きっと『この』回答も私の期待を裏切らないはずだ。さなちゃんも「おば様ってば」と困った風に笑いながらも、目は確りと勇をターゲッティングしているから準備万端だ。
そして発せられた言葉は、私の期待通りだった。
「早苗、確かに可愛かったぞ。頑張ってた成果が出てたみたいだし、ほんとよかったよ。見てて凄いって思ったぞ」
真剣な顔をして、さなちゃんを見ながら答えを返した勇。
(Yes!!)
その光景に思わず心の中で両手を挙げ、喜びを表現した。
(なに? 今日の勇は。出来る子所どころじゃない。すごく出来る子だよ!)
「か、かわ……ゆ、勇一郎もお世辞言えるようになったのね」
「いや、凄かったって。ダンスとかも皆息ぴったりだったじゃん? 相当練習したんだってのが見てて良く判ったし。ほんと凄く良かったぜ」
「そ、そうかな……でも美和とか佳奈美が確りサポートしてくれたから……」
更に追い討ちで効果は抜群。さなちゃんを真剣に見つめながら言ったのが言葉の信憑性を高め、返した回答もしっかり見ていた事が判って、実にディ・モールトベネ(非常に良しッ!!)である。さなちゃんもやはり感想を聞くまでは不安だったのだろう。安心感と照れの入り混じった今の表情は堪らないほどに可愛過ぎて、それを見て勇もなんか優しい顔になっている。
「そっかぁ。おじさんも見たかったなぁ」
「学校の光画部が撮影したものと、イベント撮影に来られていた業者の方からの写真が、来週末から購入できるようになりますから」
「それは楽しみね、あなた」
ほっこりした雰囲気が場を包む。私の顔も思わず緩みかけるが、まだ安心は出来ない。何故なら“私の”話題が未だだからだ。そう思っていると、見計らったかのようにおば様からの問いが来た。
「じゃあ勇、千鶴子ちゃんはどうだったのかしら?」
今日のおば様はアシスト王だ。先ほど勇からさなちゃんについての回答があったからなのだろう。私についての事を、私達では聞き辛い事をポンと勇へ投げつけた。
だが、私の心中としては緊張の局地だった。
私達の事を勇から聞くのは公平性として申し分ない。私の方は華やかさよりもインパクト重視系の剣扇舞もどきだから、感想は被らないのでさなちゃんの印象を打ち消すようなことは無いだろう。そもそも私の演舞後にさなちゃんのチアリーディングが在ったのだから、印象としてはさなちゃんの方が大きいはず……しかし、私が演舞を行っている時の勇を見ている訳ではないから不安が残る。だが、本当に今日の勇は出来る子で、私の不安も次の言葉であっさりと消えた。
「あ、えーっと千鶴子さんの方は神楽舞? みたいな感じのだった」
「神楽か。役柄は?」
「あー、巫女?みたいな格好だったけど、役とかあるの? 俺良く知らなくて……でも、ほんと……凄かったよ」
思わず内心で安堵の溜息が漏れる。
私の評価はちょっと考え込んだ上で、あっさり凄かったですの一言だった。
(よし! 私の印象はどうやら薄かったらしい。さなちゃんの、あのチアガール姿は可愛い過ぎて悶絶必死物だったからそのインパクト強すぎて、私の方は記憶が飛んだんだな、きっと)
さなちゃんと競い合い成長しようと言う気持ちに嘘は無い。実際今回の事だって、私が出来うる限りの範囲では手を抜いてはいない。が、心の何処かに後ろ暗い気持ちというか、自意識過剰というか、『もし私の方を誉めそやされたら』という懸念を抱かなかったかと言うと嘘になる。
由梨絵に言われた『勇は私のほうが気になっているかもしれない』という言葉が心の何処かで引っかかっていて、衣装の一件で一瞬心の片隅でホッとしたのも、また事実なのだから。
だがそんな私の下種な思惑など、成長著しくも睦まじい2人にとって何の意味もなさないのだろう。どうやら方向性として今の状態を維持できれば、予断は許さないながらも私の目的は達成できそうだった。
「神楽舞というより剣扇舞の真似事だから役はないんだ、勇。だから知らなくても当然だ。体育祭は毎年行われる恒例行事だが、やはり毎年なのでどうしてもやらされ感があるからな。なので自主性を上げる為、率先して“やってみせる役”も必要だろうというのと、生徒会のイメージアップが今回の発端だ」
「自主性を上げるとか、イメージアップとか、今の高校生徒会はそんな事も考えているのかぁ。千鶴子ちゃんは大人になったなぁ」
「いえ、まだまだ私は子供で、本当に教わる事ばかりです」
一安心した為か、思わず饒舌に体育祭の話を続けた。といっても裏方の話ばかりで、あまりこういう場で語るべき事ではないのだろうけれど、意外にもおじ様が話しに乗ってくれて、組織運営談義に花が咲いてしまった。おじ様も苦労が耐えないらしい。
まぁ内容も内容だったし、体育祭で疲れたのか、珍しく勇もさなちゃんも言葉少なだったが、そうして穏やかに夕食会は終了した。
だけど、穏やかに終わったと思ったら、最後の最後でまだ私のターンは終わっていないぜとばかりに、妙なオマケが付いてきた。
◇
「あの!」
さて玄関を開けて中に入ろう、と言うところで少し大きな声で呼び止められた。
「ん?」
「なに?」
振り替えって見れば、真剣と言うより、切羽詰まったかのような表情をした勇一郎が家に戻らず立ち尽くしていた。さっきまでの雰囲気から、いきなり変わった勇一郎に驚きを隠せず問い返す。
「ど、どうしたの?」
「あ、いや……その…だな」
珍しく口篭る勇一郎にふと先ほどの夕食会が思い出される。
確かに見た目はいつも通りだったし、食べてる量もいつも通りで外見上は変わらなかった。
でも、姉さんに対する感想が言葉少なだったのは気になった。いつもなら姉さんの事をべた褒めしそうな筈なのに、凄かったの一言でその話題を終えてしまった。更にその辺りからの勇一郎の表情の変化も気が付いていた。話には参加しているけれど、何かしきりに考え込んでいる目を勇一郎はしていたのだ。
それが気になって、それとなく「どうしたの?」と小声で聞いてみたが、「なんでもねぇよ」と頭をわしゃわしゃっとされてしまった。つい何時もの癖でそちらに話の流れを持って行ってしまい、その場では何だか有耶無耶になってしまっていた。まぁ、勇一郎だって話せない事はあるだろうし、夕食会は始終穏やかな雰囲気だったから、あの場で聞かなくてもと思っていたのだ。
だから夕食会が終わった後、たった10mちょっとをいつも通り家の前まで送ってくれたから、このまま今日が終わると思っていた。だけど、勇一郎から発せられた言葉は、チアリーディングの感想を直に聞けて浮ついていた気分と、その余韻を吹き飛ばすモノだった。
その言葉は、私など眼中に無いかのように、じっと姉さんを見つめて放たれた。
「今度の日曜日、俺と付き合ってください」
……え?
日曜日に? 付き合う?
…………え?
突然の勇一郎の言葉に、一瞬にして思考力が奪われた。今までの楽しかった気分が一気に消え去り、心の中が真っ白になってしまう。そんな情けない私とは対照的に、姉さんは普通に応対している。
「今度のとは30日か? 何か買い物か?」
「30日で合ってます。買い物とかそういうんじゃないんですが……」
「付き合うのは構わないだろうが、目的が判らないのでは何とも言いようが無いな」
いや、姉さん、明らかに目的はデートでしょう。っていうか何でそんな淡々としてられるのよ……。
思わず四散しそうになった思考力をかき集めて考える。
妹の目の前で姉をデートに誘うとか、状況としてはちょっとアレだけど、休日に男女2人で出かけたいなんて言うのは十中八九そうとしか思えない。
そも、私と姉さんが勇一郎に振り向かれるように互いに競い合うのは、あくまで2人だけの話であって、勇一郎にとっては入学当初から姉さんしか見えていないのだから。大方今日の姉さんの応援合戦の様を見て中てられたに違いない。
「まぁ遊び半分、本題半分と言った所で…本題はその時に言うんじゃ駄目ですか?」
「いや、駄目ではない」
「じゃあ、OKですか?」
「ふむ……」
ここに来て、私は今回の姉さんとの初戦において、圧倒的大差で負けたのだという事実に思い至った。食事中、勇一郎が言葉少なだったのは、これの事だけを考えていたからなのだと。昔から時に周りが見えなくなるほどの集中力を見せていた勇一郎だ。きっと夕食の事なんて何一つ覚えてないに違いない。私の作った料理を真っ先に食べてくれて『美味い』といってくれたのだって、きっと上の空だったんだ。
否定的な意見ばかり心に浮かび、背中に冷たいものが走る。
そうして数瞬の沈黙の後、姉さんから放たれたのは止めの言葉だった。
「判った」
「ありがとうござます!」
その返事を聞いた勇一郎が浮かべた表情は、先ほどまでの緊張感が消え去った破顔一笑といえる清々しいものだった。
淡い望みだったというのは理解はしているつもりだったけれど、こうして突き付けられれば否応無しに理解してしまう。勇一郎の心の中はまだ姉さん一色だという事に。それはそうだ。数ヶ月程度でいきなり姉さんの牙城を突き崩すことなんて出来はしないのだし、そもそも勇一郎の中での姉さんは、きっと神聖不可侵なのだから。
「何時に勇の家に行けばいい?」
「あ、その日部活は休ませて貰うつもりなんですが、一応顔は出そうと思うので駅で待ち合わせにしてもらえると助かります」
「そうか、10時位か?」
「はい、それで構わないです」
目の前で空気のように扱われて話の内容がどんどん決まっていく。早く家の中に入ってしまって耳を塞ぐべきなのに足は動かず、姉さんと勇一郎の一言一言がやけにハッキリと耳朶を打った。
そして今更私の存在に気が付いたのだろうか、姉さんがこちらを振り返り、私に声をかけた。
「さなちゃんもそれでいいな?」
何私に確認してるの? ああ、そっか。今回の勝ちとして妥当かどうかって事を聞いてるんだ。
「いいよ、なんでも」
別に聞かなくてもいいのに態々聞かれた事が惨めな気持ちを呼び起こし、思わずぞんざいな返事をしてしまう。だが姉さんはそんな事を気にした風でもなく微笑んで見せたのだ。
(完敗…だね)
認めないといけない事は認めるべきだろう。悔しいし悲しいけど、私は今回は負けたのだ。先ほどまでの軽やかだった足取りは、まるで錘でも着けたかのようにずるりと引き摺る程重たかった。そうして重い足を引き摺るように玄関扉まで来て、次に聞こえた台詞が何もかもを吹き飛ばした。
「では今度の日曜日は久しぶりに3人で外出だな。楽しみにしてるぞ、勇」
「「…え?」」
え、ちょっと待って。何でそんな話に? 一体何処にそんな話の流れがあったの? 思わず振り返った先には、同じく呆気に取られた表情を勇一郎が浮かべている。
「それじゃ、勇。おやすみ。ああ、まだ外で話すなら声を落としてするんだぞ」
呆けた私達を他所に、姉さんは軽く一礼して家に入っていく。えも言われぬ妙な空気が辺りを支配する。呆けた勇一郎と目が合うが、お互い言葉は出なかった。
「ちょ、待って姉さん!姉さんってば!」
何とか自分の混乱を立て直し、勇一郎におやすみの挨拶すら忘れて、慌てて姉さんの後を追いかける。後に残してしまった勇の事が頭を過ぎったが、今はとにかく姉さんを止めなければと後を追った。
その後の事はあまりにもごたごたとし過ぎていて正直説明しきれないが、結論として、結局3人で出かける事になってしまった。なんだかなぁと思わないでもないが、そうなってしまったのだから仕方ない。
まぁ敢えて言うなら、言葉でも物でも、忘れ物はダメ。ゼッタイ。
想いだけでも、勢いだけでも駄目だという見事な一例として、後々まで私と勇一郎の共通の合言葉となったのだった。
下手に考えて喋ると、大概想定外の事に対処できなくなりますよね。
ということで両手に花?展開でございます。
少し無理やりすぎたかも。
――――――――――――
閑話
「なんで、なんで3人で行くことになったんだ……?」
「お、俺、ちゃんと千鶴子さんに言ったよな」
「どうして……いや、確かに千鶴子さんは早苗を大切にしているから、2人だけで外出が心苦しかった……のか?」
「ってか何で俺その場で直ぐに訂正しなかったんだよ!」
「でも、楽しみにしてるって笑ってた千鶴子さんに、今更早苗は駄目なんてこと言えるか?」
「言ったら、なんか殺されるかもしれん……」
「なんで……こんな…ことに……って」
「そういえば俺、ちゃんと千鶴子さんと2人でって…言ったっけ……?」
「……! あああああああああああ!!」
「言ってねぇぇぇぇぇぇえ!!」
「今度の日曜日、俺と付き合ってください、としか言ってねぇぇ!!」
「誰とって一番肝心な事言ってないじゃんかぁぁ!!」
「2人が居るときに言ったら、そりゃ対象が2人って思われても……あああああああ、何やってんだ俺ぇぇぇ!!」
「勇ちゃん!夜遅いんだから静かにしなさいっ!!」




