表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
愚者達の戦記  作者: 六三
皇国編
439/443

第343:狂人の都

 デル・レイ王国は、ランリエルからの要望で、皇国との和平の仲介を行う。その使者が到着したグラノダロス皇国皇都での初めの反応は、怒り、だった。


 デル・レイでも、皇国とランリエルでは格が違う。それは理解し、誇りでもあったが、実際、ランリエルの大軍が迫っている。その威圧により、デル・レイでは、皇国本国より一段意識が低くなっていたかも知れない。己の事で精いっぱいだった。とも言える。


 ランリエルに降伏するなど皇国の衛星国家としての誇りが許さない。それよりは、仲介を頼まれた。という立場の方がまし。そうは思っていても、皇国本国がどう思うか。までは考えが至らなかった。


「ランリエルなどという、元は辺境の一国であった者が増長し、我が皇国と和平だと! 同格にでもなった積りか!」


 確かに和平。とは、同格の者が行うものだ。勿論、相手の体面を考慮し、和平とは名ばかりの降伏というものもあるが、今回、戦いに勝ったのはランリエルである以上、サルヴァ王子もその積りはない。


 尤も、ランリエルの戦争継続能力が限界である事を知っているアルベルドが、もし生きていれば、

「降伏ならば、喜んで受け入れよう」

 そう平然と答えただろう。


 現実として、もはやアルベルドが居ない皇国では、ランリエルの大軍が戦闘できるものとして対処しなくてはならない。


 しかも、時を同じくして、皇国に不利な報告がもたらされた。


「皇国軍に包囲されていたアルデシア王都に籠城するバルバール王国軍の救援に、アルベルド副帝の軍勢を破ったランリエル軍が出現。常時、偵察は怠っていなかった為、奇襲を受ける事はなかったが、それでもアルデシア王都を包囲した体勢で迎え撃つことは出来ず、撤退。皇国本国に向かったが、後ろから迫るランリエル軍に恐怖した多くの兵が四散。本国にたどり着いた兵は半数以下とのこと!」


 撤退中に命の危機を感じた恐怖に駆られて兵士が逃げる。よくある事だ。そして、民を招集して兵にする場合、何食わぬ顔で故郷に戻ってくるものだが、この大陸では兵士のほとんどは職業軍人。それゆえ、一旦逃げてしまった以上、面目を失い罪に問われる為、故郷には帰れなくなる。


 勿論、国内に元軍人などが放浪していては治安の悪化を招く。それ故、しばらくすれば「逃亡した者も罪には問わぬ」と恩赦されるのだが、それでもそう簡単に許しては戦の時に逃亡者が続出してしまう。そこそこ生活に苦労するであろう期日が経ってから恩赦するのが慣例だし、そもそも逃亡したという不名誉は残るので、恩赦が出ても故郷に帰らない者もいる。


 結果、四散した兵はすぐには戻らず、デル・レイから戻って来たアルベルドが率いていた皇国軍の敗残兵。アルデシア方面から退却してきた兵。それらを合わせてもランリエル軍に対し劣勢だ。


 この状況に皇国内部で意見が対立した。


 まず軍上層部の者達を中心に以下のような意見がなされた。


「この皇都は東西3ケイト(26キロ)の巨大な城塞。数でランリエルに劣ろうとも、陥落する恐れなど微塵もない。和平など突っぱね、迎え撃てばよかろう」


 理のある現実的な意見だが、政治を官僚から反論がなされた。


「大グラノダロス皇国が、敵を恐れて皇都まで敵を迎え入れるなど、笑止千万! 皇祖エドゥアルド陛下に申し開きできぬわ!」


 現実を見ぬ虚栄の発言。と、ばかりとは言えない。この者の意見もある意味現実的である。


 巨大な帝国をまとめ上げるには、現実以上の虚構も必要だ。確かに、目の前の危機を乗り切る為ならば、皇都で迎え撃つのが確実だが、皇国の権威が落ちれば、将来的な統治に支障がでる。短期的視野と長期的視野との対立だ。


「ならばどうせよと言うのか!」

「ランリエル軍の総勢が、今、皇国が揃えられる兵は我らより多いとはいえ、そのランリエルもデル・レイ、アルデシアと兵が分散しておる。その個々とならば我らの兵が勝っている。各個撃破すれば勝機はあろう」


 これも理のある意見だが、それでも危険性は高い。


「ランリエルも我らの動向は注視していよう。我が軍が分散した敵の片方に向かい進軍したとしても、もう片方が我が軍の側面を突こう。それをさせぬ間に敵を倒すなど、あまりにも楽観に過ぎる」

「戦いに絶対はない。勝つ保証がないからと戦わないというのなら、すべての戦いから逃げねばならぬわ!」

「程度というものがあろう! 勝つ保証がないと言っているのではない! 勝ち目が少ないと言っておるのだ!」


 現在の問題への対応を優先する者、将来を見据えて居る者。いくら将来を考えようと、現在、破綻すれば意味はない。とも言えるが、将来を捨てて、目先の問題だけ解決するのも短慮と言える。


 現在、皇国を支配していたアルベルドも亡くなり、現皇帝は幼い。まとめる者が居ない議論は収拾が付かなかった。これでは永遠に議論が続くかと思われたが、1人の女性の到着で風向きが変わった。


 そもそもこの状況の原因は、アルベルドの敗北と、そのアルベルドをフィデリアが謀殺した。という事なのだが、それの原因を今解明しても、ランリエル対策には意味をなさないと、その問題は後回しにされていた。


 勿論、

「なぜ、あれほどの大軍を擁していながら敗北するのか!」

 と憤る者も多かったが、

「今は、それを言っても仕方があるまい。現実に目を向けるべきだ」

 と、いさめる者も多かったのだ。


 だが、その事について説明したいと、アルベルドの妻であるフレンシスが皇都に到着したのである。むろん、初めは、今はそれどころではない。と後回しにされそうになったが、フレンシスが

「ランリエルへの対応にも関わりある話で御座います」

 と主張し、官僚や軍上層部の者達のまえで発言する事になったのだ。


「それで、アルベルド陛下がランリエルに敗北し、フィデリア様がアルベルド陛下を亡き者にした。その事について説明して頂けるとの事ですが、間違いないですかな?」


 フレンシスはデル・レイ王家の王族。敬意を払うべきだが、皇国の高位高官の者達は、衛星国家の王族より自分達の方が権力を持っている。と考える者も多い。その結果、敬語ではあるが威圧的。というもの言いだ。


 フレンシスは、その威圧に対し臆することなく答えた。


「実は、夫は……アルベルド・エルナデスは、ランリエルと通じておりました。数ではランリエルに勝るにも拘わらず、敗北したのはそれが原因なのです」

「ま、まさか。あの噂は本当であったというのか……」


 アルベルドがデル・レイで謀殺された、その理由は皇国本国にも伝わっていた。しかし、内容が内容だけに信じる者は少なかったのだ。しかし、その妻の口から出れば信じざるをえない。


「しかし、アルベルド陛下がなぜ……。ランリエルに内通する理由などないではないか。皇国の大軍を率い、ランリエルを滅ぼせば、アルベルド陛下の名は後世にまで語り継がれていたであろう」

「夫は……。それはいつでもできると考えていたようです。ランリエルとの戦いが続いている間、皇国では夫に権力が集中しました。そして、それが長引けば長引くほど皆はそれを当たり前に受け入れるようになるだろうと。ランリエルを倒すのは、逆らう者がいなくなってから。そう考えていたので御座います」


 驚くことに、フレンシスの語る内容は真実の片りんを含んでいた。確かにアルベルドは、皇国内での権力を強化する為にランリエルとの戦いを長引かせていた。それをなぜフレンシスが知っていたかと言えば、フィデリアがアルベルドを糾弾した時にばらまいた、アルベルドがランリエルと内通しているという偽の書状の内容による。


 偽の書状とはいえ、いや、だからこそ信憑性のあるものでなければならない。そしてリンブルクの将軍達が頭を悩ませた結果、ランリエルより遥かに強者である皇国の副帝がランリエルに内通するならば、外にはないだろう。として出した結論が、己の権力を強める為。であったのだ。


 フレンシスの証言が、フィデリアが示した偽の証拠と食い違えば、そこを指摘される。その為、フレンシスはフィデリアの主張に追従していた。


「しかもです。皇国内の有力貴族を自分の味方にする為、フィデリア様をその者達に……」


 そこまで言い、その場に泣き崩れた。アルベルドが有力貴族達にフィデリアを抱かせていた。その話も皇国に伝わっていた。それこそ、ランリエルに内通していたという話以上に、そんな馬鹿な。と思われていたが、それも事実であったのか。


 泣き崩れていたフレンシスは、キッと顔を上げると、燃える目を皇国の高官達に向けた。


「更にです! 前皇帝パトリシオ陛下の暗殺も、ナサリオ様の仕業ではなく、夫の仕業であったのです。ナサリオ様は、巧妙にその罪を着せられ、無実の罪で……。その為にフィデリア様があのような目に……」

「そ、そのような事まで……」


「どうか、アルベルド・エルナデスを罰して下さい。自身の夫とはいえ、あまりにも非道……、いえ、夫だからこそ許す事は出来ません!」


 しかし、その目を向けられた高官達は、アルベルドの所業に怒りながらも、返答に窮していた。


 大グラノダロス皇国の副帝。実質的な最高権力者が、本来なら遥かに格下の国と内通していた。しかも前皇帝を殺害し、その罪を兄である宰相に着せるなど。しかし、アルベルドを罰すれば、その罪を公表する必要がある。だが、公表できるのか? たった一人の男にグラノダロス皇国が振り回されたという醜聞をだ。このような罪を公表すれば、それこそ皇国の威信は地に落ちる。


 高官達は誰も口を開かない。今、口を開けば、その者が事態を収拾する責任者になる。だが、誰もそんな貧乏くじは引きたくはないのだ。


 口を閉ざす高官達に、フレンシスが更に続ける。


「どうかお願いで御座います。フィデリア様は、アルベルド・エルナデスの為、夫であるナサリオ様との結婚を無かったものとされております。それはあまりにも不憫。どうか、フィデリア様とナサリオ様との結婚を、改めて認めて頂け下されますよう」


 事実の改ざん。数年前の事であり、指摘されるまで忘れていた者がほとんどだったが、アルベルドは皇国の威光を背景に、民衆達にそれを実行させていた。現在、ナサリオとフィデリアが婚姻関係にあったという証拠になる物は、皇国内には紙切れ一枚も存在しないのだ。


 いっそのこと、アルベルドの存在を消すか! そう考えた高官も居たが、さすがにそれは無理がある。ここまで大規模な戦争を起こした片方の当事者の存在を消せるわけがない。だが、最大限、皇国の威光が傷つかないようにせねばならない。とは考えた。


「そして、できれば、私とアルベルド・エルナデスとの結婚を……無かったものとして頂けますでしょうか」


 高官達は互いの顔を見合わせた。戦いを率いたアルベルドの存在自体を無くすのは不可能だ。しかし、アルベルドという人物の皇国内の権威を下げる事は出来るのではないか。例えば、副帝であったという事実を無くす。そうすれば、皇国の副帝がランリエルに内通した。という汚名は免れる。


 ただ、問題がある。皇国と対決した、当のランリエルがどう出るかだ。ナサリオとフィデリアとの婚姻を無くした時、それは基本的に皇国内で話が済んでいた。どんなに他国が、いや、結婚していただろう。と言ったところで、当の皇国内にそのような事実を示す証拠は全くない。しかし、他国との戦いの記録は皇国内では完結しない。


 そして、さすが大グラノダロス皇国の高官達だ。頭の回転が速い者がいる。瞬時に、これを利用できないかと考えた者が幾人が居た。そして、さらにその中に、今、それを主導すれば、次世代の皇国を担う首領各になれるのではないか。と考えた。


 しかし、出る杭は打たれるという言葉もある。本当にやるのか!? と、自身に問いかけ、それでも恐れず踏み出す勇気のある者が居た。


「まったく! アルベルド・エルナデスが、前皇帝の弟という地位を利用し、現皇帝陛下の親書を偽造して副帝などと偽称し、更には軍勢を率いて、勝手にランリエルと戦った挙句に敗北するなど。残された我々には、良い迷惑で御座いますな!」


 1人の高官の突然の妄言に、多くの者が、何言ってんだこいつ。と唖然とし、少数の者が、先を越された。と悔やんだ。そして、この波に乗るべきと瞬時に判断する者もいた。


「それにしても、アルベルドを副帝偽称の罪で討ち取ったデル・レイはあっぱれで御座いますな!」


 確かに、前皇帝の弟で宰相であったナサリオの妻を、その義弟が蹂躙するなど皇国にとって汚名。無かった事に出来るならば、無かった事にすべきだ。アルベルドの死因から、フィデリアを蹂躙したという事実を無くす。


 こうして、高官達が次々に、こうであったら良いな。を叫び始めた。傍から見れば頭のおかしい者達なのだが、彼らは大まじめだ。


 もはや、証言に来たフレンシスすら放置されている状況だ。しかし、俯くフレンシスの顔には満足そうな表情が浮かんでいる。


 しかし、繰り返すが、問題はランリエルがどう出るかだ。狂言もそれを貫き通せば事実になるが、狂言がばれれば、それこそ狂人だ。


 数日後、皇国から和平と会談を受け入れる。との書状がデル・レイを介してランリエルにもたらされた。しかし、それを受け取り目を通したサルヴァ王子は、思わず噴き出した。


「どうなされたのですか?」


 問いかけるウィルケスに、サルヴァ王子は笑みを浮かべたまま、皇国からの書状を手渡した。その書状に目を向け読み進めるウィルケスは、初めは皇国からの書状を簡単に他人に読ませて良いのだろうか? と神妙な顔をしていたが、次第にその表情が怪訝なものに変わっていく。


「え……と。これは、彼らは本気ですか?」

「まあ、そうなのだろうな」


 皇国の書状は、要約すると、グラノダロス皇国皇帝の親書を偽造し副帝を偽称したアルベルド・エルナデスが、偽称した地位を利用して軍勢を率いて独断でランリエルと戦いを開始した。皇国としてはランリエルと戦う理由はなく、和平が望みなら話を聞こう。ただし、皇国領を寸土譲渡する事はなく、皇国の権利を譲渡する事はない。この内容で異論がないなら会談の応じる。というものだった。


「副帝が偽称ですか。今まで我々が認識していた事実とは、かなりかけ離れておりますね。まあ、皇国がこちらに譲歩しないという条件は、彼ららしいと思いますけどね」

「いや。よく読め。条件ではない、内容に異論がなければだ」


「内容? ……確かに、そう書いていますね。どういう事でしょうか」

「実際、条件など会談が始まれば、交渉次第でどうとでも覆せる。それよりも重要なのは書状の内容で、こちらもそれに合わせろ。という事だな。つまり、アルベルド殿が副帝を偽称し、勝手に戦った。というのをこちらでも公式見解としろ。と」


「なるほど……。それで認めるのですか?」

「勿論だ。我々にはどうでも良い事だからな。それで彼らの気が済むのなら、いくらでも話を合わせてやるさ。それに……」


「それに?」

「彼らの話に乗りつつ、こちらの都合の良い話を織り込む事も出来よう」


 サルヴァ王子は、そう言いながら人の悪い笑みを浮かべたのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ