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愚者達の戦記  作者: 六三
皇国編
435/443

第339:脱出

 フレンシスの登場に、アルベルドと数名の騎士が彼女の居る部屋へと慌てて入った。


「王妃様。どうしてこのようなところに。早くお逃げ……」


 フレンシスの登場に驚いた騎士がとっさに逃げるように叫んだが、その逃げ道がないのが問題なのだと気づき言葉が途切れた。


「いえ。大丈夫です。この屋敷には外部に繋がる隠し通路があるのです。私は、その隠し通路を通って来たのです」

「本当で御座いますか!」

「た、助かった……」


 騎士達が思わず歓声を上げた。しかし、今まで黙っていたアルベルドが冷静に指摘する。


「その隠し通路は、王宮の外にまでは繋がっていないだろう? その後はどうするのだ?」


 フレンシスが、裏庭の異変にすぐに気づいたとしても、隠し通路の外側の入り口が王宮の外ならば、かなりの遠回りになる。こんなにすぐここに来れたのなら、入口は屋敷から遠くないはずだ。


「は、はい。裏庭の大きな垣根の下に、この屋敷に繋がる隠し通路があるのですが、外には城門から出る必要があります」


 よく見ると、垣根を通って来たからだろう、フレンシスの衣装はところどころ破け、小枝が絡まったところまである。


 そして、隠し通路の入り口は、この屋敷の2階からだけではなく、1階にもあるし、何なら王宮内の全屋敷の全階層にある。その代わりに屋敷から脱出する程度の長さしかない。ちなみに、北ロタのルシアンはドゥムヤータからの侵攻時に、城外まで続く隠し通路を利用していたが、それは仮想敵の違いが理由だ。


 皇国の衛星国家は外敵に攻められるより、少数によるクーデターの方が可能性が高いと想定し、どこで襲撃されても、その場の襲撃さえ回避できれば良いという発想なのに対し、ルシアンが使用した北ロタ辺境の城は外敵の侵略を想定して、入り口は1個所でも城外にまで逃げる必要があるのだ。


「分かった。その隠し通路はどこにある? この部屋の中なのだろう?」

「はい。この柱の中が梯子になっていて、それを降りれば地下の通路に繋がっております」


 フレンシスは、そう言って小さな赤いレンガを組み合わせた円柱形の柱に右手を掛けた。そのレンガの柱の中に知っていて気を付けて見れば分かる程度に1つだけ他より色の濃いレンガを左手で上にずらし、右手で右に押すと、音もなく円柱の柱が回転し、人が通れるほどの入り口が出現した。


「よし。この中は一本道なのか?」

「はい」

「分かった。ならば私が先に行こう」


 アルベルドはそう言うと、護衛の騎士達に顔を向けた。


「お前達は敵が来たらある程度、防いだ後、降伏して、私は……」

 とアルベルドはそう言いながら部屋を見渡す。

「そこの暖炉の煙突を登って逃げたとでも言ってくれれば良い」


 実際、煙突はかなり狭く人の胴が何とか通るくらいの穴の大きさしかない。登るには困難そうだが、部屋の中にアルベルドの姿がなく、他に外に通じる個所がないなら調べるしかない。その分、時間が稼げるはずだ。


「ですが、陛下と王妃様のお二人だけでは危険ではありませんか」

「いや、敵は多勢。見つかれば多少の護衛が居たとて防ぎきれない。確かに、その場の敵がたまたま少数という可能性もあるが、それよりも、まずは見つからないように私達2人の方が案全だ」


「で、ですが……」

「問答している時間がない。いう通りにしてくれ」

「は、は!」


 騎士はそう答えながらも語気は小さい。ここまでアルベルドに従っている以上、彼の忠誠心は篤いのは間違いないが、その忠誠心を誰かに知っておいて欲しいという欲求もある。アルベルドを逃がす為とはいえ、そのアルベルドを裏切ったという態になる。そして、アルベルドがこのまま死んでしまっては、自分は裏切り者の汚名を被ったままとなる。


 本心を言えば、あの敵に取り囲まれた状況でアルベルドに従った時点で死は覚悟してた。だったら、今ここでアルベルドと共に死に、後世までその忠誠心を称えられたかったのである。


 とはいえ、そのアルベルドの命令には従わざるを得ない。


「畏まりました」

 とすべての騎士達が命令に服した。


「では、死ぬなよ。どうやらあの女に嵌められたようだからな。私の名声は地に落ちた。私の為に命を落としても誰も褒めてはくれまい」

「へ、陛下……」


 アルベルドの言葉に騎士達は感激し、この方の為ならば一生汚名を着て生きる事なっても悔いはない。勿論、アルベルドに取っては計算された言葉だ。だが、誰もアルベルドの心の中までは分からない。


 客観的に見れば、アルベルドは間違いなく名君。戦の上手さはサルヴァ・アルディナには劣るが、そもそもそれは王者の役目ではない。王者として、臣下への集信力、政治力、そのすべてがサルヴァ・アルディナに勝っていた。


 本来、王者の役目ではない戦で敗れた。にもかかわらず、それも計算の内のはずだった。


 サルヴァ王子は、自国の戦闘継続能力の限界を理解し、全兵力の大半をアルデシア王都を占領するバルバール王国軍に押し付けて兵力を減らし、戦闘継続能力を伸ばすという奇策を行ったが、それでもアルベルドが万全の体制でデル・レイ王都を防衛していれば、ランリエル軍が王都を攻略するのは難しかった。


 しかし、こうなってはまともに防衛は出来まい。アルベルドが王宮から脱出に成功し、皇国軍を率いて改めて王宮を固めるリンブルク兵との戦いになればどうなるか。王宮はまさに城中の城。一朝一夕で落とせるようなものではなく、そこにランリエル軍が到着すれば王都防衛どころではない。


 アルベルドが隠し通路に入ると、下に降りる梯子があった。入り口の横には火が付いた松明がかけてある。フレンシスがここまで来る時に使った物だ。


 梯子と言っても松明で片手が塞がっても危なくないように、かなり足場が広くしっかりしている。アルベルドも難なく降りていく。フレンシスがその後に続いて隠し通路に入り、裏側から隠し扉を閉じて、裏側から留め金となっていたレンガを操作した。これで向こう側からは、隠し通路の存在は分からない。


 梯子を下まで降りると、その後はまっすぐな一本道だ。アルベルドは、隠し通路を進みながら、その後の対応に考えを巡らす。


 デル・レイ王都で防衛しランリエル軍を撤退させるのが最上だったが、こうなってはやむを得ない。デル・レイ王都は放棄し皇国側の国境付近の城に籠って防衛するしかない。皇国本土がランリエルに侵されるような事態にでもなれば、副帝としての権威は地に落ちる。フィデリアによる虚言により、デル・レイでの権威は失墜したが、皇都にまでは及ぶまい。


 フィデリアの虚言が効果を発揮したのは、デル・レイの者達が崇拝するフィデリア本人から聞いたというのが大きい。皇都の者達に、フィデリアがこのような事を言っていた。などと伝聞で伝わったとて、何ほどの事があろうか。


 王宮外の軍勢と合流すれば、すぐにデル・レイ王都から退去するべきだろう。無駄に留まっても王宮に籠るリンブルク兵との間に無駄な戦いが発生するだけ。ランリエルとの戦いにも理は微塵もなく、その戦いでデル・レイの非戦闘民が巻き添えになれば、無駄に名声に傷が付くだけだ。


「あ、もうしばらくすれば、外に通じる出口があるはずです」

「そうか」


 アルベルドが短く答え、しばらく更に進むと、フレンシスの言う通り、昇る為の梯子が現れた。


 梯子の真下まで来ると、アルベルドがフレンシスに松明を差し出す。


「持っておいてくれ」

「あ、はい」


 アルベルドが、そう言ってフレンシスに松明を渡すと梯子を上り始めた。梯子を上り切ったアルベルドは頭上の鉄の板を押すと、屋敷にあった出入り口のように複雑な仕掛けはなくあっさりと開いた。野外の地面に出口がある以上、雨風にさらされるのは当然であり、錆などの所為で肝心な時に開かない事を考えれば複雑な仕掛けは付けられない。


 出入口を塞いでいた鉄の板は、表面を膠で土を張り付けているだけの薄い物で、女子供だけで脱出する事も想定され重くはない。アルベルドはそれを軽く浮かせて外を視線を向けると、フレンシスが言った通り、垣根の中のようで小さい木々の姿が見えるだけだった。


 アルベルドは音を立てないように土を張った鉄の板を横に除けると、音を立てないようにゆっくりと外に出来た。出入り口が見つからないように大きな垣根の中の為、こちらからも外がほとんど見えないのが難点だ。


 ここまでの通路のように垣根がない場所がある訳でもない。万一の場合に、隠し通路が存在すると知る者だけが、強引に垣根をかき分けて出入り口にたどり着くように想定されていたようだ。実際、フレンシスは強引に垣根をかき分けてきたのだ。


 垣根をかき分けて出た瞬間、リンブルク兵に見つかるなど御免こうむりたいものだが……。いっそ、リンブルク兵が追跡を諦めるまでここに隠れてるか? いや、部屋に残してきた者達の誰か1人でも、本当に裏切れば隠し通路の存在はばれるし、どこを探しても居場所が分からないなら、部屋の彼方此方を破壊して、隠し通路の入り口を見つける可能性もある。


「松明を捨てて、昇ってこい」

「はい」


 フレンシスは、言われた通りに梯子を昇って来た。アルベルドは、改めて鉄の板を出入口を塞ぐと、外の気配を探りつつ、半分、無意識のまま鉄の板の上に土を被せていく。尤も、鍛えた騎士が持ち上げられないほどの重量となれば、かなりの量の土が必要であり、外に出るまでの間にそこまで土を盛れるかと言えば確実ではない。あくまで時間を無駄にするくらいなら、という気休めだ。


 外の様子を伺っていたアルベルドだが、やはり、外が見えないなら限界がある。とにかく、人の話し声などが聞こえない事を頼りに、外に出る事にした。


 そう決意したアルベルドは、小枝が折れてフレンシスが通って来たらしき個所から垣根をかき分けて進み始めた。敵に見つからないかとの緊張もあり、バキバキと小枝が折れる音が、アルベルドの耳には実際よりも大きく響いく。


 ちっ。と、アルベルドが小さく舌打ちを漏らした。


 大グラノダロス皇国の副帝ともあろう者が、小枝が折れる音に戦々恐々とする。この屈辱を必ず晴らして見せる。確かに自分が甘かった。少年の頃、フィデリアに憧れていた。その彼女を手に入れようと手段を択ばなかった。


 しかし、その彼女の夫を亡き者にしながら、彼女を手元に置いていた。彼女にそれは知られていないと思っていたが、あの様子なら感づいていたのだろう。


 今まで、政治、軍事の事ならどんな小さな事にも目を配り、配慮していたにも拘わらず、女に足をすくわれるとは。あまりにもの失態だ。


 皇国に戻れば、フィデリアを反逆罪に問い処刑するしかあるまい。そうなればユーリはどうするか? 対外的には自分の息子という事になっている。ならばユーリは死罪には出来ない。ユーリにまで罪を問うならばフィデリアとの共謀の証拠が必要だろう。


 ただでさえランリエルへの対応に手を取られているところに面倒な。


 フィデリアの元々の計画では、ランリエルとの戦いに勝利したアルベルドの精神的油断を突くはずだった。思いがけず、皇国軍が敗北したので、アルベルドの意識がランリエルに向いているところへの精神的な奇襲を敢行した形になったのだが、それはアルベルドの知るところではない。


 そのような事を考えながらも小枝をかき分けて進み、垣根の外に出た。フレンシスの言った通り、建物の影となっており、人目には付かなかった。


「大丈夫だ。こっちに来い」


 彼女を置いて行くという選択肢もあるが、自分の命だけが助かれば良いと逃げるのではない。皇国で再起を計る為に逃げているのだ。ここで妻を置いて逃げれば名声に傷が付く。


 傍に来たフレンシスを背に隠し、建物の陰から外の様子を伺う。出口が人目がないところにあるのは良いが、それは城門からも遠い事を意味する。要するにアルベルド達が居るのは、裏庭の屋敷の裏側だ。


「使えぬ隠し通路だな」

「す、すみません」


 アルベルドは愚痴を言ったが、想定する使用状況が違うのだから仕方がない。少数の襲撃からとりあえず避難する為の隠し通路なのだ。王宮を警護する兵がすべて敵。などという状況は想定されていない。


 とはいえ、城門を通過しなければならない現実は変わらないが、どうすればリンブルク兵に見つからずに城門までたどり着けるのか。アルベルドが思案していると、遠くで鬨の声が聞こえてきた。


「どうやら、外の兵達が城内の異変を察知したようだ。城門での戦いが始まったようだな」

「それでは、助けが来るのですか?」

「いや。そう簡単には城門は破れまい。しかし、防衛の為に城門に兵が集中すれば、それだけ動きやすくなる」


 とはいえ、城門を目指しているところに、その城門に兵が集まるから動きやすくなるとは皮肉なものだ。


 こうなれば敵の裏を突いて、屋敷に戻るか。奴らは俺が屋敷から脱出したと思っている。屋敷の中は逆に手薄……。馬鹿々々しい。冷静になれ。敵は1人や2人ではないのだ。目ぼしいところから人が居なくなるはずはない。


 裏をかこうと思うな。奇をてらうな。極、当たり前に行動すべきだ。重要なのは、その当たり前の行動をする為の、正しい状況認識だ。


 自分が脱出しても裏庭の屋敷には敵兵は残っている。本宮殿は言うまでもない。すでにフィデリアが戻っているだろうし、彼女の護衛は勿論、常駐の警備兵が居る。そこに城外の兵が攻めてきた。


 城兵が向かうのは正面の城門と搦め手の城門。そこへ向かう道中にも兵は居る。正面と搦め手の門同士も、お互いに救援をしあう為に兵の行き来はあるだろう。ならば、城壁からロープでもたらして外に出たいところだが、城壁とて外から梯子で昇られないように兵が守っているはず。


 ちっ! 城外の兵が城内の異変を察知して攻撃を開始して捜索の手が薄くなるのは良いが、脱出という意味では状況が悪化しているではないか。状況的には、夜になるまではここで待つべきだが、それも隠し通路を見つけられる可能性を考えれば最善とは言えまい。


 物が見え過ぎる者ほど、結論は様子見になりがちだが、様子見をしていられる時間はない。


「やむを得ないな……」

「どうするのです?」

「着いて来い」


 せめて、この場からは移動して別の建物には移動したい。普段、王宮内では彼方此方でお茶会が開かれ、その準備の為の小屋がある。取り合えず、そこの1つに入る。


 そう方針を決めたアルベルドは、フレンシスを後ろに一気に駆けた。お茶会の場所などフレンシスの方が詳しそうだが、そこは抜け目のないアルベルドだ。王宮の中は詳しく頭に入れていた。迷うことなく一番近い小屋に滑り込む。


「とりあえず1つか……」


 呟いたアルベルドは、次の瞬間には周囲の気配を探っている。敵兵の気配がないのを確認して次の小屋へと進んでいく。そうして城壁に近づき、隙を突いて上に昇るしかない。兵士の移動はあるだろうが、逆に、常に移動しているものでもなく隙はあるはずだ。そう考えいくつもの小屋を伝って、ついに城壁から一番近い小屋というところまで来た。


「あと少しか……」

 呟き、小屋を出た。フレンシスを従え走っていると、後ろから

「貴様! このような時に女を連れてどこに行くつもりか!」

 と呼び止められた。リンブルク兵だ。


 ちっ!

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[良い点] アルベルドが主人公格なのはわかるけどフィデリアが哀れ過ぎて1ミリも同情出来ない [気になる点] 皇国編は読んでるだけでもしんどい [一言] めちゃくちゃ面白い タイトル回収し過ぎでたまげる…
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