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愚者達の戦記  作者: 六三
皇国編
428/443

第332:間隙

 皇国軍とランリエル軍との戦いは、皇国軍の攻勢が続いていた。


 元々の兵力差は2倍。ならば皇国軍はランリエルの2倍までの損害なら、不利にはならない。そして、ランリエル側に予備兵力が無くなればそこで勝負は決する。その考えの元、ランリエルより損害が多数になることを覚悟しての攻勢だ。


 そして、ランリエル側が皇国軍に2倍の損害を与えられるのは、よほど反撃が上手く行った場合のみ。多くの場合で2倍の被害には程遠く、時にはランリエルの方が被害が多い事すらあった。


 特に左翼に位置するベルヴァース王国軍に攻撃が集中した。元々、最強部隊を右翼に位置する慣例がある。それを迎え撃つ左翼のベルヴァースへの攻撃が激しくなるのは当然と言える。


 勿論、3万のベルヴァース王国軍が、ランリエル側の戦線の左翼全体を担っているわけではない。厳密には、最左翼の3万の軍勢で担当できる範囲だ。皇国軍は、そこに戦力を集中した。


 どれだけ兵力を投入しようとも、戦線の幅が限定されるなら戦闘に参加できるのは、その一部。その後方で手持無沙汰な遊兵が出来てしまうのだが、皇国軍は、開戦当初ランリエル側右翼が行ったように、戦線を伸ばしランリエル側左翼を包囲するかのように動いたのだ。


 これならば戦線は長くなり、投入した軍勢は遊兵を作ることなく戦闘に参加させることが出来る。ベルヴァース王国軍も皇国軍が戦線を伸ばしたのと同じだけ戦線を伸ばすと兵の層が薄くなり過ぎるため、そのようなことはしない。戦線ごと左側に移動していき、右隣のランリエル軍にも戦線を切らさないように同じく左に移動してもらう。そのようにして全体的に戦線を左に左にと伸ばし、どうしても間隙が出来るところはランリエル軍の予備兵力で埋めるのだ。


 しかしそのようにしても、どうしても対応は後手に回る。皇国軍が戦線を伸ばしたのに気づいてから右隣のランリエル軍に連携を要請し、その承諾を受けてからベルヴァース王国軍は動かなくてはならないのだ。その間は、やはり層を薄くしてでも戦線を伸ばすしかない。戦線を伸ばして皇国軍の行く手を阻まなくては、後背に回り込まれてしまうからだ。背後に回り込まれるのは戦線に取って致命的。必ず阻止しなくてはならない。


 そのためベルヴァース王国軍の消耗は、他のランリエル軍に比べ大きかった。


 ベルヴァース王国軍総司令テグネールは、前総司令である名将セデルテ・グレヴィにして、百回戦して百回戦とも負けないが、勝つことも出来ないと言わしめた守りに固い軍人だが、それでも、この事態を前に、戦線の維持に限界を感じていた。


「負傷者が続出しております。指揮系統にも支障をきたしている部隊がではじめております」

「そうか」


 副官からの報告に、テグネールは短く応え目を閉じ小さく息を吐いた。戦いとは意外に死者が出ないもの。そうとも言われるが、やはり負傷者は多い。そして軍勢の被害を死傷者と、死者と負傷者を一纏めにされるように、怪我を負って戦闘に参加出来ないのなら戦力としては死者と負傷者との差は存在しない。


 そして軍を機能的に動かすには指揮官が必要だ。指揮官が死傷すれば、その指揮官の配下の兵達が烏合の衆と化す。戦闘が一息つけば、他の部隊の指揮下に入るように軍を編成するが、それにも限界がある。本来、数名の兵を率いる権限と能力しかない下士官に数十名の兵を付ければ、数ほどの力を発揮できないのは当然だ。


「ランリエルの総司令部に援軍を要請せよ。我が軍が担当する戦線を短くし、負担を減らしてもらわねばならぬ」


 戦力が低下したのなら、担当する戦線も短くすれば良い。とはいえ実はこの要請は2回目。しかも皇国軍からの攻勢が続けば、同じことの繰り返し。根本的な解決にはならず問題の先延ばしでしかない。しかし、現実的に他に手立てがない。


「はっ!」

 と副官は司令部の天幕を出て行った。要請書を作成し、それを持ってランリエル皇国軍総司令部へと向かうためだ。同格以下への要請なら伝令でもかまわないが、格上への相手には副官が直接行く必要がある。


 とはいえ根本的な解決にはならないのには違いない。副官が居なくなった司令部の天幕で椅子に腰かけたテグネールは思案にふけった。そこに天幕に入って来る人の気配を感じた。


 その気配にテグネールは慌てて身体を起こす。司令部の天幕に無言で入ってくるものなど、万一の敵が放った暗殺者か、さもなければ思い当たるのは1人しか居ない。暗殺者ならばもちろんだが、そのもう1人の人物でも急いで起きなければならない。


 そうして起き上がったテグネールは、天幕に入って来た人物が暗殺者ではない方だと確認した。


「これはルージ殿下。いかがなさいましたかな?」

「いきなり来てごめん。戦況がどんな感じなのかちょっと聞きたくて」


 そう言ってルージ王子は笑みを浮かべた。笑顔を見せるような話ではないはずだが、この王子は人と対峙する時に無意識に笑みを見せる。そしてよほどひねくれた人物でなければ、悪意のない笑みを浮かべる相手に悪意を持てないものだ。


「こちらの被害が多いので、戦線を縮小する必要があるとランリエルに援軍を要請しました」

「それって、ちょっと前も言ってなかった? まだ要請してなかったの?」


「いえ。それはすでに要請しております。今回は2度目の要請となります」

「そうなんだ」


 そう答えたルージ王子だったが、しばらく思案するような表情をした後、改めて口を開いた。


「やっぱり、良くない状況なの?」


 ド直球の質問に冷静沈着なテグネールも一瞬返答に困るほどだ。しかし、それでも次期国王陛下に対し返答しないわけにはいかない。言葉を選びつつ説明する。


「戦いが長引いておりますので、致し方ない状況です。戦力が消耗しているのは我が軍だけではなくランリエルのすべての戦線に言える事で御座います」

「でも、僕たちの戦線は縮小しなくちゃいけないんだよね?」

「それは、そもそも戦力に比べ、ランリエルの部隊より受け持つ戦線が長かった為です」


 実際、ベルヴァースが受け持つ戦線の長さが、ランリエルの部隊と同じ戦力比ならばまだまだ余裕があっただろう。ただこれは、サルヴァ王子がベルヴァースを冷遇したのではなく、結果的にそうなっただけと言える。


 戦場も無限の広さがある訳ではなく、展開できる戦線の長さは決まっている。その中で、ベルヴァースとコスティラに対し、彼らの戦力で常識的な布陣で担当すべき戦線を任せたに過ぎない。その結果、ランリエルは戦力に比べて短い戦線を担当することになり予備戦力に余裕が出来た。


 問題は、今までの常識以上に戦闘が長引いている事だ。拠点への攻撃ならともかく野戦が何日も続くなど今までには無かった。


「でも、このまま続けば、やっぱり僕たちの軍勢はつぶれちゃうんじゃないの?」


 意外にも、思いの外食い下がるな。とテグネールは思った。ルージ王子は素直な性格で、こちらの説明にはすぐに納得してくれると考えていた。そして、王子の懸念はテグネールも危惧していた。


 以前、ランリエルが負けると予想したテグネールである。その根拠は2倍の戦力の相手に勝てるわけがない。という至極もっともなものだったが、実際、その通りの状況だ。何の決めてもなく戦い続ける現在の戦況では、日々、敗北に向かっているとしか思えない。


 とはいえルージ王子にそう答える訳にはいかない。しかし、テグネールに現状を打破する策はない。ならばこのような状況を作った調本人に責任を取って貰うしかない。


「なに。殿下の兄君であられるサルヴァ陛下には、何か策がありましょう。サルヴァ陛下が何の策もなく決戦を挑むわけはありませぬからな」


 実際、テグネールにしても、それしか活路を見いだせない。ただ、サルヴァ・アルディナの奇策とは戦術で戦力を覆すような魔法めいたものではない。いかにすれば、主戦場での戦力が敵を上回ることが出来るか。という、至極まっとうなものだ。今更、どんな策があるのかとはテグネールには想像も出来ない。


「そうなのかな……」


 どうすれば皇国軍に勝てるか。それはルージ王子にも分からない。分からないからこそ、納得するしかない。ともいえる。ルージ王子もしぶしぶという感じで頷くと、天幕を後にした。



 そのころ皇国軍首脳部にも動きがあった。


「敵左翼に位置するベルヴァースの層が薄くなっております。叩くには良い頃合いかと」

 1人の参謀がそう進言したのだ。


 それを受けてアルベルドが口を開いた。


「ベルヴァースは以前も被害が大きく、層が薄くなった事があったな。確かその時はランリエルに援軍を要請して戦線を縮小したのだったな」

「はい。その通りで御座います」


 参謀が頷くと、それに対し将軍の1人が口を開く。


「ならば、今回もランリエルの援軍がやってくるのではないのか?」

「ですから、その援軍が来る前に叩くのです」


「しかし、援軍が来るまでにベルヴァースを崩せなければ、敵の新手の反撃にあい大きな被害が出るのでは」

「確かにその危険はあります。ですが、多少の被害は受けても良いという方針のはずです。今更それを危惧する必要はありますまい」


 その発言に将軍は眉をひそめた。確かにランリエルの2倍の被害を受けても良い。アルベルドからそう方針を受けて入る。だが、それは被害を少なくしようとした上での、やむを得なしにだ。本来、軍の被害を少なくするべき立場の参謀が、このような進言をするのは己の手柄を立てたいが為としか思えない。


 しかし、意外にもアルベルドは

「分かった。ベルヴァースに攻撃を集中しよう」

 と攻撃を承認したのだ。


「で、ですが!」

「勿論、ただ攻撃はせぬ。前回、ベルヴァースは援軍を要請すると同時に戦線を縮小させ、その間隙をランリエル軍に埋めさせていた。今回もおそらく同じだろう。ベルヴァースが戦線を縮小させランリエルが埋める、その間隙を狙う。ベルヴァースを分断し孤立させ叩くのだ」

「なるほど」


 将軍たちはアルベルドの作戦に感嘆し、作戦は実行された。


 ベルヴァース王国軍への攻撃が激しさを増した。


「ベルヴァースの被害が多くなっております。そろそろ戦線を縮小させるでしょう」

「うむ」


 副官とアルベルドがそのような会話をしていると、そこに将軍のオルギンがアルベルドに進言する。


「アルベルド陛下。ベルヴァースを叩くのは私にお任せ頂けませぬか」

「お主に任せるとして、その理由は? やりたいからとは言うまいな。お主に任せる理を申せ」


「我が軍には、バルベルデと申す者がおり、その武勇は、バルバールの猛将グレイス、ロタの虎将ブランにも引けを取りませぬ。ベルヴァースを叩くのに必ずや役に立ちましょう」

「バルベルデ……。聞き覚えのある名だな」


 そこに副官がアルベルドに耳打ちする。


「皇都でも名の通った武勇の士です。前回のランリエル攻めでは、オルギン将軍が参加しておりませんでしたので、バルベルデも参陣しておりませんでしたが、根拠なき大言ではないかと」


 副官の言葉にアルベルドが小さく頷いた。


「よかろう。ベルヴァースへの攻撃。貴公に任せよう」

「はっ! ありがたきお言葉。必ずやご期待に添いまする!」


 その後、ベルヴァース軍が戦線を縮小させる、その時を待っていた皇国軍はベルヴァース軍への攻撃を弱めた。その異変に、前線の者たちは気づいたが、それがなぜなのかは分からない。


「よし! 敵の攻撃が弱まっている内に戦線を移動させよ」


 これ幸いと軍を移動させる前線の兵士たち。その動きに遅れて気づいた総司令部のテグネールは青ざめた。敵と戦いながら移動すれば、当然、遅々とした歩みとなる。その前提の移動計画が、易々と移動出来てしまっては計画が狂う。


「敵の罠だ! ランリエルの援軍が埋めるまで、むやみに戦線を移動するな!」


 常に冷静沈着なテグネールが叫んだ。幾人もの伝令が急いで前線に向かう。しかし敵の攻撃を受け被害を出しながらの移動を覚悟していた兵士たちにすれば、攻撃が弱まるならば、その間にとっとと移動してしまおうと考えるのは無理もない。


 移動を静止しに向かった伝令たちだが、前線に到着したころにはすでにランリエル軍との間に間隙が出来ていた。そこに皇国軍が割って入った。


 ランリエル勢の左翼に位置するベルヴァース軍は孤軍となったのである。

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