第324:いい加減な人々(3)
この大陸に、第二夫人、第三夫人という制度はない。デル=レイの前々王(フレンシスの父)は30人を超える娘を作り、その母は複数だが、彼女達は愛妾であり妻ではなかった。
その反対にタランラグラは一夫多妻制で男に甲斐性があれば、いくらでも妻を持てる。なので逆に妾という考えがない。ノエーミアの父親がランリエル役人に妻を嫁がせたいのだがと相談した時、役人は
「妾でなら貰って貰えるかも」
と、遠回しに結婚など不可能。と伝えたのだが、では、妾とはなにか? と再度問われ
「奥方が居る男が、奥方とは別に作る女だ」
と説明したのである。
妾という概念のないタランラグラの族長にしてみれば、ならば妾とは2人目の妻だ。と受け取っても止むを得まい。だが、実際に妻が居なくとも妾を持つ男はいるし、アレットもそのつもりで、妾でも良いというノエーミアを選んだのだ。しかし、いくらでも妻を持てるタランラグラからすれば妻がいないのに、妻以外の女を作る意味が分からない。
なんとなく状況を面白がっていたアレットだが、ちょっと不味いぞ。と考えだしていた。しかも彼女は、この異国から来た女性が、ここでの生活をする覚悟で来たというならば、ここに置いておけば良いとも考え始めていた。
「妾でも良いっていうのはリュシアンが別に奥さんを持とうとした時に2番目になっても良いかって事で、今は奥さんが居るわけじゃないんだよ」
「後から来た女が1番目になって私が2番目になるというのはどういう事ですか?」
一夫多妻の基本は奥さんを平等に扱うというものだ。なので1番目、2番目はあまり重要ではない。だからこそ正妻が来れば2番目に降格というのは理解し難かった。
「なんか面倒なんだけど、その1番目の奥さんっていうのには、その奥さんの実家が偉い人の方が都合が良いのよ。面倒が起こった時に助けて貰えるからね」
ノエーミアが眉を僅かに潜めた。自分の実家が偉くないと言われたも同然だが、彼女が重要視したのは別の事だ。
男なら助けられるのを考えるより、自分の力でどうにかすべきだ! と、戦闘民族タランラグラの女ならば、そう考えても良さそうなのもだが、実際、タランラグラの戦士達は助け合いを重要視する。生活が過酷過ぎて1人で立ち向かうなど不可能だからだ。なのでノエーミアが感じたのは別の事だ。
「では、2番目の妻の実家は、助けてくれないのですか?」
けち臭い。とノエーミアの呆れ顔が物語っていた。実際に口に出さないのはタランラグラには、その言葉がないからだ。その意味では、もしかするとノエーミアも初めて浮かべる表情かも知れない。
ちなみに、民族ごとの多少の訛りがあるとはいえ、この世界の言語は基本的に統一されている。その理由としては、この大陸の地形が比較的どこもなだらかで民族を完全に隔離するような天然の難所がほとんどなく、昔から民族間の交流があったからと考えられる。それでも、他の大陸から脱出して流れ着いたタランラグラ人が、同じような言葉を使っているのは不思議だ。
それには諸説あるが、はるか昔、複数ある大陸の1つの民族が他の大陸を征服した為に言語が統一されたのではないか。というのが一般的だ。証拠は見つかっていないが、他に考えようがない。として、この説が有力なのである。
「私が2番目の妻としても、父は私の夫を助けるでしょう。タランラグラの民は身内を裏切ったりはしません」
本来、助けないのと裏切りは必ずしも同一視できないが、助け合うのが当然のタランラグラ人にとっては助けないのは裏切りだ。
「分かりました。私は1番目か2番目かは気にしませんが、貴方達が気にするなら、そうしてくれていいです」
なんとなく投げやりな言葉だが、実際、ノエーミアにすれば後から来た方が1番目になるのが不思議と思っただけで、拘っているわけではないのだ。
リュシアンは、この流れを不味いと感じていた。断るはずだったが、2番目でも良いから妻になるという話になって来ている。だが、実際、断る理由が無くなって来ているのも事実。
賢い人は詐欺にあわないと思われがちだが、実際に詐欺にあうのはある程度、頭が良い人とも言われる。おかしい事を言われれば論破してみせると相手の話を聞いてしまうからだ。詐欺集団にしてみれば相手を騙す文句は考え抜いている。論破されて失敗しても、それを糧に反論を考え、次の獲物には論破されない回答を作る。それを繰り返すのだ。中途半端に頭が良い者ほど騙されるのである。詐欺集団にとって一番の苦手は、話も聞かずにとにかく要らん。という相手だ。
勿論、ノエーミアは嘘でリュシアンを騙そうとしているのではないが、リュシアンはとにかく嫌だ。を通す男ではない。理詰めで反論できなければ否定しづらいと感じるのは事実。こちらの断る言い分が、全て問題ない。問題があっても覚悟の上。となると断れない。
しかし、そうは言ってもタランラグラ人の娘を置くのは、実際、躊躇する。どうにかして断らなければと言葉を探すリュシアンにアレットが耳打ちした。
「なんか、断るのも面倒になってきたし、後から正妻を作っても引いてくれるって言ってるんだから貰っておけば?」
こいつ……。自分で蒔いた種なのに面倒になってきたから貰えとは! なんていい加減な女だ。
とはいえ、この時代の結婚観を考えればノエーミアが異国の娘という事を除けば、アレットの言い分も珍しくはない。人間とは自分の事を棚に上げるもので、自分は好きな相手と結ばれたいと考える一方、この時代は、結婚は周囲がお膳立てをするものという認識もある。
「俺の息子がいい歳なんだ。どこか嫁に来てくれるってところはないかね?」
「それだったら、隣村のなんとかいう者の娘が年頃らしいぞ」
「じゃあ、話を付けに行くか」
「おう。行って来い」
そのような会話の後、親が相手の親と話を付けて当人同士が全く知らない間に結婚が決まる。というものが当然のように行われるのだ。今回の話とて、貴族という事で形式を整えているだけで根本は同じだ。そもそも恋愛感情などなくて嫁に貰ってくれ。じゃあ、来てくれ。で、この事態になっているのである。
恋愛感情などなくても条件さえ折り合えば嫁に来て貰う。というのが当然なのだ。時には、紹介したのが権力者であった場合、断りたくてもその者の顔を立てる為に結婚する。という事すらある。
「まさか俺の顔に泥を塗るのではないだろうな」
「いえ。とんでもありません」
と結婚するのである。
それは庶民でも貴族でも程度の差はあれ同じである。子の結婚は親が決めるのが当然であり、それどころか、時には目上の者の面目を保つために結婚が決まる。
このような世界に生きる者として、結婚する相手は自分で選びたいと考える一方、紹介で結婚するのも当然。という意識もある。しかも、確かに妾で良いというならば断る理由も特にない。
残る問題は、要するにリュシアンが意地になっているという事だけとも言える。その意地も特に重要な主義主張が元なのではなく、知に自信がある者にありがちな言い負かされたくないという子供っぽいものでしかなく、そのあたりがディアスが言うところの彼の青臭い部分でもある。
リュシアンも、どうにかして、この劣勢を覆したいとは考えているが、問題があるのは分かっていてその覚悟で来た。という者に取り付く島がない。ならば、航路を変えるか。航路を変えればたどり着く島も見つかるかもしれない。
「なるほど。貴女に覚悟がおありなのは分かりました。ですが、それも貴女のお父上に命じられて。お父上のいう通りにしなければ、という覚悟なのではありますまいか。貴女、ご自身がこの地に嫁ぎたいという何かがあるのですか?」
これは痛いところを突いたはずだ。見たところタランラグラでは家長の力は絶対。自分の考えで嫁ぎ先を決めるという考えはないはず。間違いなく答えに詰まる。ならば
「貴女、ご自身が望まぬものを私が望むわけにはいかない」
と断ればいい。形としては相手の意に従うのだ。反論は不可能だ。
「嫁ぎたいと思った事はありません。父が、リュシアン伯爵の元に嫁ぐように言ったので来たのです」
思いの外、すんなりと答えたのは意外だったが、その内容は想定通りだ。もっともリュシアンは本当は准伯爵なので、そこは間違っている。
ならばと、リュシアンが予定通りの返しをしようと口を開く前にノエーミアが言葉を続けた。
「ですが、この地に留まりたいと思います」
リュシアンが意外そうに目を丸めたが、アレットの口元は綻んでる。
「なになに? もしかして、リュシアンに一目ぼれとか?」
と口を挟む。
「いえ。そういう訳ではないのですが」
「え。じゃあ、なんでよ」
「せっかく、苦労してここまで来たのですし」
「うんうん」
「今更、帰るのは面倒くさい」
その返答に目を丸くしたアレットだったが、すぐに噴出し笑い出した。
「そうだよね。せっかく来たんだし、帰るのも面倒くさいよね」
と笑い、リュシアンに顔を向けた。
「帰るの面倒くさいんだって」
とまた笑う。
リュシアンが頭を抱えた。まさか、この女まで、いい加減だとは。ブランと雰囲気が似ているのでブランと同じく堅物かと思ったら、とんでもない女だ。
アレットは笑い続け
「もう、結婚すれば?」
と大爆笑だ。
別方向から攻めて突破口を開こうとしたリュシアンだが、思わぬ落とし穴に落ちて出鼻を挫かれた。論破しようと意気込んだその気が空振りした感じだ。気勢が削がれ、論破しようという気が薄れてくる。
要するに、リュシアン自身が、断るのを面倒くさいと思いだしていた。
「ね? もう、いいでしょ?」
とアレットが言い、更に顔を近づけ耳元で囁いた。
「今なら、私に押し切られたって事にしていいからさ」
ならば知者としてのリュシアンの面子は立つ。頭の良さなら圧倒的にリュシアンだが、人生の賢さならばアレットが上。リュシアンもそれは認めざるを得ない。どんなに頭が良い男でも、母親には頭が上がらないのに似ている。
「分かった。貴女をここにお迎えしよう」
リュシアンがノエーミアに顔を向けて言った。正直、妻にするというのは、やはり躊躇する。とはいえ、妾にするというのも、本人が分かっていないとはいえ失礼な話の気がする。その結果、曖昧な表現となった。
「はい。よろしくお願いします」
落ち着いた表情でノエーミアが頭を下げた。頭を上げた後、リュシアンを見つめる表情も引き締まり、先ほど、面倒くさいから帰らないと言った女性と同一人物とは思えないほど、しっかりとした印象を受ける。
「一つだけ確認させて下さい。貴方は私の容姿については何も仰いませんでした。私の容姿は気にならないのですか?」
確かにリュシアンは彼女の容姿に付いては一言も発していない。彼女からすれば、断るならば、そこを言ってくるかと思っていたので意外だったのだろう。
「勿論、気にならないと言えば嘘になります」
「では、どうして、それを仰らないのですか? それを理由にされれば、私にはどうする事も出来ません」
確かに容姿を変えることは出来ない。変える事が不可能な事を理由にされてはなすすべが無い。相手の申し出を断る確実な方法は、相手にはどうしようもない点を突くことだ。
「一応、お聞きしますが、貴女の国の男の容姿は私の国の男と同じなのですか?」
「いえ。勿論、違います」
「ならば、容姿について、お互いどうこう言っても仕方がない。貴女の表現を借りれば、貴女はそれを分かっていて来たはずだ。私が、それを理由に断ることは出来ない」
その答えにノエーミアが白い歯を見せて、ここに来て初めて笑顔を浮かべた。
「どうやら、貴方は思っていたより賢い人なのですね」
その言い草にリュシアンは絶句した。アレットは大声で笑う。
リュシアンは、アレットが笑いながらノエーミアに屋敷の案内をするのを呆然と見送った。
この女は不味いかもしれない。確かに猫科の動物を彷彿させる容姿はブランに通じるものがある。だが、内面は、いい加減なところを含めてアレットに似ているのだ。




