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愚者達の戦記  作者: 六三
皇国編
414/443

第318:決戦に向け

 外交官ドナトーニの調停により、ランリエルの後ろ盾を得てゴルシュタット王国は大改革を行いゴルシュタット王国連邦となった。ケルディラで孤立していたゴルシュタット王国軍には寝耳に水である。


「おい。俺のところはマインゲン王国軍になったらしいぞ」

「は? 王国軍?」


 そのような会話が彼方此方でなされた。国軍とは王家の直属兵と貴族の私兵の混成軍。それがこの大陸の兵制だ。今までマインゲン公爵家のマインゲン連隊と呼ばれていたのが、突然、マインゲン王国軍になったと通達されたのだ。中には連隊どころか大隊、中隊規模の部隊が王国軍と称する事になり現場は混乱した。


「じゃあ、ゴルシュタットから独立したってのか?」

「いや。やっぱり、ゴルシュタットのままらしい」


 各部隊の将兵達は状況に追いつけず、上層部も対応に追われた。


「王国軍だらけでは部隊の規模が分からんぞ」

「オルブリヒ伯爵の兵をネスラー王国軍の指揮下に入れようとしたのですが、オルブリヒ伯爵が、どうして我が家の方が兵が多いのに指揮権が向こうなのかと苦情が来ています」


 通常、軍勢はその国の地方毎に纏められる。だが、昔は王家を名乗ってはいても、現在では生活に困窮して領地を切り売りして小領主に落ちぶれている。という者も中には居る。今回、王家を再建したとはいえ領地が戻ってくる訳ではない。彼らよりも大きな領地を持つ貴族などいくらでも居るのだ。とはいえ、格という意味では王家が上となってしまう。その地方の軍勢はその地方の王家が率いる事になる。


 他にも、昔はその旧王家の家臣だった貴族が勢力を伸ばし、今では旧王家の方が仕えているような状況になっていたのを王国が再建され、気まずい雰囲気になった者達などもいるが、そんな細かいところまでは配慮できない。短期間に改革を行う必要があり、勢いで押し切りざるを得なかった。


「編成が終るのを待っていては、いつまで経っても動けません。戦時指揮系統の整備は後にし、補給物資の調達に関しては以前のままとして帰国を急ぐしかありません」


 誰の命令で動くかは置いておいて、飯は前に食わせてくれていた者から貰え。という事だ。その参謀達の意見にゴルシュタット王国軍総司令ヒューメルは渋い顔を作った。ベルトラムの愛弟子である彼は師の死に衝撃を受けたが、彼は良くも悪くもベルトラムの弟子である。


 ひとしきり嘆いた後は、

「死んでしまったものは仕方が無い」

 と頭を切り替える現実主義者でもあった。感情に任せてランリエルに戦いを挑むのは自殺行為。将来、どうなるかが見えぬ以上、戦力の消耗は避けるべきだ。今はランリエルの指示のまま動くしかない。生きていれば屈辱を晴らす機会もあるだろう。だが、戦闘指揮系統不備の軍勢を行軍させるなど軍人として恥だ。


「本国に戻るまで戦闘が起こる心配はありません。戦闘指揮系統が整備されていなくても問題はないはずです」

「行軍しながらの編成は困難ですが、計画は進められます。本国に到着してから、じっくりと編成しましょう」


 参謀達は懸命にヒューメルを宥めた。とはいえ彼らも内心うんざりしている。彼ら参謀は上から方針を示され、その方針に沿って現場レベルでの実行計画、策を考えるのが仕事だ。現在、彼らは、指揮系統の整備と本国への帰還計画の両方を指示され、その両立に苦慮している。その指示を出しているのがヒューメルなのだ。


「ヒューメル閣下は、それがどれほど困難なのか分かっておられんのか」


 命令には不満を口にせず黙々と遂行するというゴルシュタット軍人には珍しく愚痴を溢す者も多い。


 結局、参謀長が計画書を提出するのがヒューメルがそれを却下。翌日にも全く同じ計画書を参謀長が提出し激怒したヒューメルが、それをビリビリに破いたのを参謀長が拾い集めて退出。翌日、参謀長はビリビリに破られた計画書を張り合わせて再度提出し、流石のヒューメルも根負けして承認する事で収まった。


 これには、他に方法がないという事もあったが、ヒューメルの武人としての面目を保つ為に参謀長が気を利かせて一芝居打った。という面もあった。ヒューメル自身は、戦時指揮系統が整備されていない行軍など最後まで認めたくなかったのだと評価された。


 ゴルシュタット王国軍、もとい、ゴルシュタット王国連邦軍が帰還するとなれば、彼らを引き止める役目だったコスティラ王国軍とベルヴァース王国軍はお役御免。コスティラとしては兼ねてから領有を主張しているケルディラ領の確保の為、軍勢を留めて置きたいという思惑もあったが、ランリエルにしてみれば、今はその許可を出せる状況ではない。


「コスティラ王国軍、ベルヴァース王国軍は直ちにランリエル本隊に合流せよ」


 その命令を受け、一応はゴルシュタット王国連邦軍の反転追撃を警戒しながらもコスティラ、ベルヴァース両王国軍はランリエル本隊と合流すべく出発したのだった。


 最短距離を進むならば真っ直ぐに南下すべきなのだが、若干、西寄りに進路を取りリンブルクを経由した。これは補給の為と内外には説明されているが、実際はリンブルクに対しての示威行為である。


 これに先立ち以前より駐留していたテッサーラ王国軍は退去している。テッサーラと合わせた方が総数は多くなるので効果があるという意見もあったが、ランリエル側の戦力が居なくなったと思ったら数を増して再度やって来る。という方がインパクトがあるのではないかと考えられたのだ。更に、他の諸事情もある。


 シュバルツベルク公爵の尽力によりフリッツ王子の国王即位が確実になっているリンブルクだが、ごたごたがあった所為で若干の緩み、端的に言えばランリエルを侮る雰囲気がある。それを大軍を駐留させる事により引き締めるのだ。最盛期ですら2万の動員が限度だったリンブルクの王都をコスティラ、ベルヴァース両軍併せて6万の軍勢が取り囲んだのだ。


「6万……」

「我が王都の人口よりも多いではないか」


 農業の生産能力が向上すれば向上するほど商業に割り振られる人口が増える。そして、商業が発達するほど人は大都市に一極集中していくものだが、この時代の生産能力では王都といえどそう人口が多くはない。リンブルク王都の人口は4万程度である。


 ランリエルの総兵力は話では聞いていた。しかし、百聞は一見にしかず。6万という軍勢をランリエルを侮りつつあった貴族達の目の前に突きつけてやる事により、彼らの精神に強烈な平手打ちを食らわしたのだ。


 ランリエルからは既に駐在大使が派遣されている。その大使館はまだ建設されておらず仮住まいだが、是非とも大使館に我が屋敷を提供したいという貴族が列をなした。今のうちに恩を売っておけ。という事もあるが、自分の屋敷を明け渡せば

「近くまで来たのですが、つい懐かしく足が向いてしまいました」

 と、頻繁に大使館を訪れる口実にもなる。ランリエル大使と昵懇になれば、いや、周囲がそう思い込みさえすれば、リンブルク貴族社会で一目置かれるのだ。


 ほとんどのリンブルク貴族がランリエルとの交渉を終えていたが、一部はもっと良い条件を引き出そうと粘っていた。その者他達は6万の軍勢を前にして慌てて交渉の場を設けようとしたが、完全に売り時を誤った。ランリエルに足元を見られ、元の条件よりも後退した者さえいた。人々は、欲をかくからだ。と嘲笑したという。


 フリッツ王子の即位に際して問題になったのはシモンの身分だ。元が侍女である為、今からでも名門貴族の養女になればどうかというあまり意味のなさそうな意見や、一旦、離婚してから名門貴族の養女になって結婚しなおす。という妙案なのだが愚案なのだか分からない意見まで出たが、結局はシモンの身分はそのままという事になった。


「他国から見れば、今更、慌しく対応する方が見苦しいでしょう。何の問題があるのかと鷹揚に構えるべきです」


 このシュバルツベルク公爵の意見が採用され、確かにと頷く者も多かったが、数少ない公爵に対抗しようとする者達は

「身分の低い者を王妃にしてやる方が恩を着せられるからだ」

 と陰口を叩いた。


 完全に存在感を無くしているルキノことラルフ王とクリスティーネ王妃だが、コスティラ、ベルヴァース両総司令を招いた晩餐会には、現国王夫妻として主宰を務めた。とはいえ既に退位が決まっている上に両者共に本来はリンブルク王家とは全く関係の血筋という2人である。退位しても影響力を発揮する。などという事は微塵も期待できない。


 王位を禅譲されるフリッツ王子が個人的に恩義を感じているかも知れないが、フリッツ王子自身がさほど力を持っていないのだ。国王にもかかわらずルキノに話しかける貴族はほとんどいなかった。そこにベルヴァースの総司令テグネールが挨拶に向かった。


「ラルフ王。お招き頂き、ありがとう御座います」

「今日は、存分に楽しんで疲れを癒して頂きたい」


 型通りのやり取りだが、周囲の者達は聞き耳を立てている。ラルフ王などどうでも良いがランリエル勢の重鎮テグネールは重要だ。


「陛下が以前、サルヴァ陛下の副官であった時にはお目にかかる機会がなく、私が総司令に任命された時には既に陛下は一軍の将となられてサルヴァ陛下の傍にはおらず、やはり、お目にかかる機会を得ませんでした。本日、やっとお眼にかかる事が出来、光栄に存じます」

「いや、私は過去を捨てました。今、ここに居るのはリンブルク人ラルフ・レンツです」


 サルヴァ王子の元副官と呼ばれ、それを否定もせずにリンブルク人と言い張るルキノに周囲から嘲笑が上がる。それはルキノの耳にも届いているが、貴族達にしてみれば聞こえるようにしているのだから当然である。ルキノは苦笑を漏らし、テグネールの温和な目元が、ほんの僅か、気付く者が居ない程度に鋭くなる。


「しかし、サルヴァ陛下の副官となり、その後は一軍の将として将来を見込まれたお方。リンブルク王位から退位なされても、サルヴァ陛下から、直ぐにでもお呼びが御座いましょう」


 聞き耳を立てていた貴族達の耳が更に立ったが、テグネールの声が少し大きくなった。


「ランリエルの影響下にある地域は西に広がっております。今回の事が収まれば、サルヴァ陛下は必ずやセルミア王都に大兵力を置いて西方の要となさるはず。また、いつまでもサルヴァ陛下がセルミア王と兼任なされるとも思われませぬ。ラルフ陛下が次期セルミア王となられるという噂もお聞きしております」


 勿論、全くの嘘である。今回の件でルキノに国王の資質がない事がはっきりした。有能無能の問題ではなく合う合わないの問題だ。一国を取り仕切るには清濁併せ呑むある意味鈍感さが必要だが、彼は潔癖すぎた。あり得るとすればセルミア王国軍総司令だ。


 国王主催の晩餐会といえば、いわば公式の場であり、その発言には責任が発生する。その意味ではかなり軽率な発言であるが、それだけテグネールには貴族達の態度が不快だった。彼自身が嘲笑された訳ではないが、まともな人間にとっては誰に向けたものであろうと嘲笑というものは不快である。


 そのテグネールの言葉に慌てふためいたのはリンブルク貴族達だ。リンブルクに全く縁のない退位したリンブルク王など全くの無価値。そう思えばこそ軽んじ嘲笑していたのだが、サルヴァ皇帝に重用されるというなら話しが違う。


 彼方此方でこそこそと貴族達が会話を始めた。お互いの頭がくっつくほど寄せ合い囁く。


「ほんとにあの男……。あ、いや、ラフル陛下がセルミア王になると思うか?」

「う、うーむ。ないとは……言えまい」


 確かに、どんな事でも可能性は0ではない。0.0001%でも可能性は可能性だ。重要なのはどの程度の可能性かでる。


「しかし、確かにある程度の地位には就いて当然かもしれん。元々、将来を嘱望されてベルトラム殿との交渉を任されていた時にクリスティーネ女王を偶然お助けした。という話であったしな」

「つまり、リンブルク王を退位した後は、ランリエルの高官になるのは確実という事か……」


 少なくとも今のところ、ルキノ自身はサルヴァ王子の招きに応える気はないのだが、リンブルク貴族達は出世出来るのにしないなどあり得ないと考えた。実際、他国の王族を部下にする事によりランリエル皇帝の権威付けをする。というサルヴァ王子の計画からすれば、元国王のルキノが望めば任官は確実であり、元国王に低い地位を与えるはずもない。


 その後、ルキノの席にはお言葉を交わそうとする貴族の列が出来、その横に居たクリスティーネが嘲笑ではなく、純粋に堪えきれずにクスクスと笑い声を漏らしたが、貴族達は顔を赤くしならがも、それを丁寧に無視した。


 そして意外にもこの晩餐会にはルージ王子は出席していなかった。他国の王族が滞在している時に国王主催の晩餐会に招待されないなどあり得ない話だ。しかし、出席すれば立場があまりにもややこしく宮廷の式典を任されている官僚が白旗を揚げたのである。


「本来、王と王子では、王の格が上で御座いましょう。しかし、ランリエル皇帝の弟君であるのも事実。ならばリンブルク王よりも格を下げる訳にも参りませぬ」


 更にそこに、ラルフ王は今でもランリエル王国軍の士官なのか? という問題もある。サルヴァ王子に命じられてリンブルクに向かい。そこでクリスティーネ女王を助けてリンブルク王となった。その後はリンブルク人のラルフ・レンツと主張している為、ルキノとして正式に退任してもいないのだ。


 ランリエルの士官ならば、ランリエル皇族のルージ王子にルキノは跪かねばならない。しかし、リンブルク王がベルヴァース王子に跪くなどリンブルク国民、貴族は看過できまい。ルキノが国王として主宰する晩餐会にルージ王子の出席は複雑すぎた。しかし、招待しないのも非礼だ。


 結局、招待状は送るがルージ王子の体調が優れず出席は見合わせる。という政治的配慮がなされたのである。


 その後、次期国王と王妃としてフリッツ王子とシモンが紹介されテグネールとコスティラ王国軍総司令代理マスリュコフとも言葉を交わした。国王主催の晩餐会で次期国王夫妻として他国の高官と言葉を交わしたのなら、それは公式に全世界に通知した事となる。これでフリッツ王子とシモンの国王、王妃への即位は反故に出来なくなったのだ。


 晩餐会の5日後、ベルヴァース、コスティラ両軍はリンブルクを後にした。可能な限り早急にランリエル本隊との合流すべきという意見もあったが、戦況が膠着している現在では5日早くても戦局への影響は微々たる物だ。それよりもリンブルク貴族への威圧。純粋に将兵の休息。ルージ王子が体調を崩して晩餐会の参加を断ったという辻褄あわせ。などを考慮した結果、5日という日数を計算したのだ。


 リンブルクに立ち寄る為に西寄りの進路を取ったが、リンブルクから一直線にランリエル本隊に向かうと今度は皇国の勢力圏に近づき過ぎる。その為、今回は東寄りの進路を取った。一見、無駄のようだが、急がば回れを地で行くようなものでリンブルク安定には必要であった。リンブルクの安定はその先にあるゴルシュタットの安定にも繋がる。全体としては体制が整うのは早まったと見るべきだ。


 こうして、ついにベルヴァース王国軍、コスティラ王国軍はランリエル本隊と合流に向け動き出した。残るはゴルシュタット王国軍が本国に戻り、皇国軍を引き付ければ決戦も間近。決戦の時が刻一刻と近づいていた。

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