第314:アルデシア王都篭城戦
アルデシア王都では、ブランが幾人かの女を逃がしてやっている間にも皇国の攻撃は激しさを増していた。バルバール王国軍は幾重にも作り上げられた防御区域を放棄しつつ皇国軍に損害を強いており、軍勢の消耗率ではかなりの優位だ。バルバール将兵達も自らの優勢を感じ余裕がある。
「これだけ被害が多くては皇国の奴らも、もうすぐ引き上げるかもしれねえな」
「外を見ろよ。転がっているのは奴らの死体ばかりだぜ」
兵士達は無邪気なもので、素直にその優勢を喜んでいる。尤も、目先の戦果だけにはしゃいでいるのではない。いくら損害が少ないとはいえ敵は数倍。皇国軍に攻められ続ければ敗北は必至。だが、それでも兵士達の未来は明るい。
軍事的に敵を打ち破るということを除いて、攻城戦で防御側が勝利するにはいくつかのパターンがある。1つは敵の補給が持たず引き上げざるを得なくなるまで耐え切る。もう1つは、割に合わないと思わせるほどの損害を与えることだ。現在のバルバール王国軍と皇国軍の損害比率は2倍を超える。4万近いバルバール王国軍に対し皇国軍は10万近くを失う。100万を号する皇国軍ですら非現実的な計算だ。兵法書にも、勝っても損害が大きければ結局は勝った側の国が滅びると戒めている。
兵士達は、割に合わないだけの損害を皇国軍に与えているとの自信があるのだ。大軍に囲まれているとは思えぬほど、バルバール王国軍の雰囲気は明るい。
ブランと同じく兵士達からの信頼が篤いグレイスも、きわめて明るく振舞っている。彼は、その猛将という呼び名からは想像も出来ないほど自身の立ち位置。役目というものを計算する男だ。このバルバール王国軍の明るい雰囲気もディアスの演出によるものと察している。
戦場ではブランに切り落とされた左腕に手綱を引っ掛ける義手を付けている彼だが、酒場では、何と先が杯になった義手に付け替える。そこまでして酒を飲みたいのかというものだが、勿論、それも演出の1つだ。
「腕がなくなってかえって良かったってもんだ。これで杯を手放さなくてすむ」
その豪快な台詞に兵士達はグレイスへの畏怖を益々強くする。グレイス将軍は片腕を失った事など微塵も気にしていない。勿論、武勇にも影響はないはずだ。なぜならばグレイス将軍だからである。素朴な兵士達は理屈ではなく感覚でそう信じた。
女達もブランと同じようにグレイスに群がる。しかし、ブランのように頻繁に女を逃がしたりはしない。ブランより優しい優しくないという話ではなく、彼が軍人として私情を挟まないからだ。
「なに。皇国軍なんぞ追い払えばいいだけだ。逃げる事はない」
逃がして欲しいとさりげなく訴える女ににべもない。尤も、内心では兵士達のように楽観視していない彼だ。その彼が女を逃がすのを拒むのは非情にも思えるが、ディアスほど徹底していないにしても彼にもバルバール王国軍はバルバール王国とその民を守る為にある。という意識はある。当然、女達より国と民だ。
下手に女を逃がすと兵士達に不安を与え、ひいては国と民に被害を与えかねないとなれば女を逃がすわけには行かない。逆に言えば、本来は北ロタの武将であるブランはバルバール王国がどうでも良いので女達を逃がしていると言える。
とはいえグレイスにも抜け道はある。偶然にも、その抜け道を突いた女は幸運だった。
「実は、私には重い病の子供が居るのです。その病を治すには大金が必要で……」
「そいつはいけねえな。ぼっちゃんだか嬢ちゃんだか知らねえが、ママが居なくて寂しがってるだろ。早く帰ってやりな」
盗みを働いて逃亡中の女の苦し紛れの嘘に、グレイスが思わぬ反応を示し女の方が戸惑ったほどだ。しかし、女も只者ではない。
「ですが女の身では無事に村に帰る事も出来ません……。帰られるものなら……。ミリア……」
咄嗟に涙を流して思いついた名前を呟く。グレイスにして見ればわざと乗ってやっているので女の演技に失笑するのを堪えるのが大変なくらいだが、その後も女に話をあわせて逃がしてやった。
この一件で勘の良い女は、グレイス将軍は搦め手を攻めれば落とせる(実はグレイスの方が積極的に落ちに行ってるのだが)と見抜いた。兵士達の中にはおせっかいにも女に騙されていやしませんか? と忠告する者もいるが、グレイスにしてみればそんな奴の方が煩わしい。
「病気の子供が居ねえなら、それでいいじゃねえか」
グレイス将軍は何と度量が広いのか。兵士達は持てはやしたが、グレイスにしてみれば適当に受け流したに過ぎない。
ディアスの計画通りグレイスとブランの二枚看板で皇国軍と優勢に戦いつつ篭城生活を楽しんでいたバルバール王国軍だったが、如何にディアスといえど皇国軍の全てを読みきれるものではない。特に純粋な軍略にはみ出る政治まで含んだ大戦略となるとディアスの守備範囲外だ。
増援はないものの副帝アルベルドから前線に対して、アルデシア王都攻略の命令書が改めて届いたのである。
「被害が大きい為、攻勢を弱めて長期戦を具申しようかと考えていたところだったのだが……」
アルベルドからの命令書が副官から発表された後、王都攻略の指揮を任されている皇国のパラシオス将軍は困惑を隠さない口調で呟いた。皇国においては皇帝は絶対。それに準じる副帝も絶対のはずだがパラシオス将軍は幕僚達をよく纏め密告の心配はない。
ちなみに軍議には王都攻略に参戦している各衛星国家の将軍達は呼ばれていない。作戦の方針は皇国軍が決定し衛星国家の将軍達にはそれを通達するだけ。衛星国家の総司令クラスならば軍議にも参加させる事もあるが戦線が大陸全土に広がり、しかも、他に遅れて戦場となったアルデシア王都攻略に各国の総司令は派遣されていないのだ。
「ですが、早急に。という内容ではありません。意見具申も可能なのでは……」
幕僚の1人がパラシオスを援護した。命令書にも定型となる文言があり、その言葉によって早急に、確実に、優先してなど意味が変わってくる。今回の命令書にはアルデシア王都への攻勢を強めよ。と記されていたが、これは必ず落とせ。という意味であって早急にではない。それならば直ちに攻略せよ。と記されるか、明確に期日を指定されてくる。
その意味では最終的に必ず落とせるというのならば長期戦を選びたいという意見具申をする余地はあるはずだ。
「それは分かっている。問題は長期戦で確実に落とせるかではない。実は、無理にこちらを落とすまでもなく、ランリエル本隊と対峙している我が軍が勝利すると考えていた。我が軍はバルバール王国軍を逃がさぬように遠巻きにさえしていれば良いとな」
「確かにランリエルが先に敗れるならば、多くの被害を出してまでこちらを落とす必要はありませぬ」
彼らの認識が甘い訳ではなく国力を比較すればそう結論を出すのが順当だ。ドゥムヤータはディアスとの駆け引きによりランリエル側に付いたが、それもチュエカ率いるバンブーナ王国軍に封じ込められている。
「しかし、そうなるとアルデシア王都を落とせ。という命令を果たせない。という訳ですな……」
「そうだ」
傍から見ればランリエル自体が敗れれば、その傘下たるバルバール王国軍は降伏するだろう。それのどこが問題なのかと思われるが、実際に命令を受けた彼らからしてみれば大問題。攻撃を命じられたにもかかわらず攻略出来なかった。そうなればパラシオスと幕僚達は無能の烙印を押される。
勿論、パラシオスも非情ではない。将兵の被害の多さに多少の非難は覚悟で意見具申しようとしていたのだ。しかし、改めて攻勢を強めよとの命令書が届いては多少どころではない。将軍として死活問題だ。
「武人として、それは出来ぬ」
パラシオスは断言した。幕僚達も決意を込めた表情で頷く。言うまでもなく今までより積極的な攻勢に出る。当然、兵士達の被害も増えるが、彼らに自分達の名誉の為に兵士達を犠牲にするという意識はない。
作戦。それを遂行する時、彼らの中で兵士は’戦力’というものに姿を変える。兵士達が命を失うのは戦力の消耗であり、新たな兵士の増員は戦力の補充である。
翌日から皇国軍の大攻勢が始まった。ディアスの構築した防御陣地に撃退されても後退せずに波状攻撃を続けた。バルバール王国軍にしてみれば地の利のある戦いを繰り返すだけだが、それは皇国軍も承知の上。3倍の被害を受ける代わりに2倍の速度で攻略する。というやり方だ。
パラシオスから本国へは長期戦への意見具申ではなく消耗した戦力の補充を求める使者が向かった。衛星国家の将軍達も祖国へと同じように使者を送った。
この攻勢に今まで余裕を持っていたバルバール王国軍将兵も不気味なものを感じた。確かに損害を比べれば自分達が優勢。それは地面に横たわる皇国軍兵士の死者の数を見れば一目瞭然。だからこそ不気味なのだ。
「あいつら何を考えてやがる。死ぬのが怖くないのか?」
セルミア王都でリンブルク将兵はこれを超える無謀な突撃を繰り返し消耗したが、それは城壁を挟んでの攻防。ここでは市街戦を行い直接、矛を交えている。圧倒的に不利でも突撃を繰り返す敵を同じ目線で目撃するバルバール兵に動揺が広がった。
「慌てる事はない。このアルデシア王都の攻略が遅々として進まないので本国から突き上げを食らったんだろう。それで上が無理な突撃をやらせているのさ。兵士達には気の毒な話だよ」
ディアスはほぼ正確に看破し幕僚達にも兵士達に説明して動揺を抑えよと命じた。だが、先が見え過ぎる男だ。それで兵士達の動揺を抑えきれないのも予測できた。理由はどうあれ敵の攻勢が強まり、後退の速度が速まったのが現実なのだ。
「さて。どうしたものかな?」
「後退の速度が速まって兵士達が不安に思うなら、ある程度持ち堪えるようにすればよろしいのではないですか?」
ディアスの呟きにケネスが応じた。前線の為、勤務時間などというものは明確ではないが、それでも夕食時以降は暗黙の了解で意識は職務から離れる。参謀部付けのケネスも職務を離れた家族としての口調だ。
「それはそうなんだが、そうすると皇国兵の必死の突撃にまともに付き合う事になるからね。それはそれで兵士達が動揺してしまう」
「なるほど……」
端的に言えば、余裕ある戦いで兵士達に余裕を持たせるのがディアスの策だ。それが余裕ある戦いをすれば後退速度が速まり兵士達が動揺し、後退速度を維持する為、こちらも必死で戦えば余裕はなくなる。皇国が、そこまでこちらの意図を読んで攻勢を強めたのではないだろうが、確かに八方塞だ。
「仕方がない。最後は派手にやるか」
それから数日後、皇国軍の快進撃が始まった。今まで通り3倍の被害を覚悟で侵攻する皇国軍だったが、この日は明らかにバルバール王国軍の抵抗が少ない。
「罠か?」
「だとすると、我を誘い込んでの奇襲でしょうか?」
王都郊外の本陣で首を傾げるパラシオスの疑問に幕僚の1人が答えたが、素直に頷けない。そもそもディアスが構築した防御陣地自体が、そのような罠の詰め合わせなのだ。皇国軍としては、それが分かっていても侵攻せざるを得ないので被害が大きくなっていたのだが、今になって多くの陣地を放棄して多少、罠を大規模にしたところで放棄する罠の数に対して割が合わないのではないか。
「もしかすると我らを一網打尽に出来る罠がなるのでは……」
「しかし、そんなものがあれば今までに使っていよう。それにどんな策で我らを一網打尽に出来るというのか」
このような場合、真っ先に考えられるのは火計であろう。特にこのような市街戦では逃げ場を失い多くの被害が予想される。だが、火を付ければ良いと言うものではなく条件がある。
「今日は我らの側から敵に向かって強風が吹いています。今、町に火を付けようものなら火は我らではなく彼らを燃やし尽くすでしょう」
「ふむ……。いや、しかし、そうか!」
渋い顔だったパラシオス将軍が、はたと手を打った。
「どうしたのです? パラシオス将軍」
「なに、単純な話だ。今まで苦戦していたので、我々は苦戦するのが当たり前と思い込んでいたのだ。敵に向かって強風が吹いているのなら、我らの矢は威力を増し、敵の矢は力を失う。侵攻が上手く行って当然ではないか。どうも相手があのディアスという事で慎重になり過ぎたようだ。如何にディアスとて風向きまで思うようには行くまい」
幕僚達も、それもそうかと頷いた。一番懸念される火計の心配はなく、万一他の罠があっても、そもそも多くの被害を覚悟の侵攻計画(兵士には気の毒だが)だ。結果的に罠などなく、順調に侵攻できるのならそれこそ問題ないのだ。
皇国軍は次々と陣地を落とし、バルバール王国軍は後退を続ける。だが、もう少しで王宮に到達するというところで前方に火の手が上がった。
「やはり罠だったのか?」
「いや、しかし、この風向きでは……」
皇国軍の幕僚達が予想した通り、この風向きでは皇国軍に目立った被害はない。バルバール王国軍が火を付けるのだからバルバール王国軍が居る場所が火元なのは当然であり、そこからバルバール王国軍に向かって燃え広がる。皇国軍は燃えていく火の手を追うようにバルバール王国軍を追い詰めていく。
「まさか。あのフィン・ディアスがこのような不手際をするとはな」
「もしかすると実行しているのは他の者なのでしょうか?」
「かも知れんが、それでもディアスともあろう者が、よくそんな者に作戦を任せたものだな……」
前線からの報告に首を傾げるパラシオス将軍と幕僚達だが、相手の不手際で味方が有利になっているのは事実。このまま攻勢を続けよと命じた。だが、その半刻後、彼らは思わぬものを眼にした。
「あの煙はなんだ?」
突如、とっくに占領した王都の郊外に近い陣地付近から火の手が上がったのである。強風は占領した陣地から王宮に向かっている。
「馬鹿な……」
幕僚達が口々にそう呟く間にも、あちこちから火の手が上がり、瞬く間に燃え広がる。
城下は、民家を壊した瓦礫と貴族や商人の屋敷を拠点として迷路のようになっている。バルバール王国軍から拠点を奪った後は自軍が動きやすいように瓦礫を撤去していたが、不要な場所にまで手を回す余裕はない。撤去したのは主要な道ばかりであり、瓦礫で埋められた路地裏などをわざわざ掘り起こしたりはしないのだ。
ディアスはそれを見越していた。路地裏を完全に瓦礫で埋めたかのように見せて、実は坑道になっていた。出口のところも埋められて隠されていたが、バルバール兵は、そこを打ち破って皇国軍の背後に出たのである。
勿論、たまたま皇国軍に掘り崩された箇所もある。ディアスは、この策を実行に移すと決めてから、用意した坑道のどれが使えるかを調べて火を付ける場所を吟味しつつ、風向きが敵からこちらに向くのを待っていたのである。確かにディアスとて風向きは変えられないが、風向きが変わるのを待つ事は出来るのである。
皇国軍の背後に出たバルバール兵は敵には眼もくれず火を放ち、皇国兵が迎撃に来れば坑道に潜って一目散に逃げた。追って来た皇国兵に対しては坑道を崩して防ぎ、後ろを炎で遮られた皇国兵は引き返す事も出来ずに蒸し焼きとなった。
元々、王宮の周りには他の建造物はなかった。ディアスが王都を要塞化する時に作った瓦礫も、この策を考慮し王宮まで火計の被害が及ばないように計算されていた。そもそも城下の拠点は王宮に引き上げるまでは有効だが、王宮での篭城となれば逆に敵の拠点となる。初めからそろそろ篭城、という時には燃やし尽くす計画だったのだ。
それを敵を引き込むことにより派手にやった。というのが真相だ。王宮に追い詰められた時期は早まったが、最後に大打撃を与えた事により、兵士達は全てディアスの計算通りと受け取った。
バルバール王国軍の4倍と言われた皇国軍だ。広大な城下町を兵が埋めており、炎に巻き込まれて逃げ場を失った。その多くが命を落とした。この一戦でバルバール王国軍全軍に匹敵する被害を出したのである。
ただディアスの計算とは違った事がある。もう少し皇国軍が警戒し城下を兵で埋めるような事はしないと考えていたのだ。想定より皇国軍の被害が大きかった。これでは、降伏する時に許して貰えないかも知れない。




