第313:篭城の町
大地に無数の屍が折り重なる。軍旗が打ち捨てられていた。大半が、グラノダロス皇国と、その衛星国家の将兵だ。
アルデシア王都を占領したバルバール王国軍は不要な民家を打ち壊して防塁とし、貴族の屋敷など拠点に適した建物は補修して王都全体を要塞と化した。守る為だけではない。敵に損害を与えるようにだ。
アルデシア王都には町全体を囲む城壁は無く城下町の中央に王城があるという構造だ。守るだけならば、その王城に立て篭り城壁に兵を並べて迎え撃てばいい。しかし、ディアスはある事を危惧した。
自国の城に立て篭もるのとは違い、自国に隣接すらしない遥か遠い国まで遠征し敵の城に篭る。自国で篭城するのとは精神的な負担が段違いだ。その重圧に兵が持たないのではないか。
「それで城の外で戦うようにしたのですか?」
そう問うたのは、既に士官として正式に参謀の1人として従軍している従弟のケネスだ。バルバール人としては小柄なディアスより一回り大きな身体を持つ彼だが、それでも他の軍人達に比べれば線は細い。故に尊敬するディアスと同じように知略を持って勝利する将を目指しているが、まだまだ道は遠い。
ディアス1人が作戦を決めている感の有るバルバール王国軍だが、一から十までディアスがやっていては身体、いや、頭がいくつあっても足りない。ディアスが指示するのは作戦の大枠と特に配慮しなければいけない部分のみ。部隊への編成や指示、損害の補填計画などは参謀達の仕事である。
「ああ。日の当たるところで皇国軍に優勢に戦う。兵達には精神的に余裕を持たせたい」
城下町は壊した民家を積み上げて防塁とし道を封鎖しているが、ところどころ封鎖していない箇所もある。皇国軍が攻めてくれば建物の屋根から矢を射るのだが、皇国軍もそんな場所は反射的にすぐに通り過ぎようと進める場所を進む。しかし、進みやすい道の先は行き止まり。待ち構えていたバルバール王国軍の挟撃にあうのだ。
先頭の皇国兵は慌てて引き返そうとするが、矢に追い立てられて進んでくる味方と鉢合わせ大混乱を起こす。組織的に対抗できずに背後から迫るバルバール兵に散々に打ち破られ矢の雨を掻い潜りながら敗走するのである。
「優勢に戦っている。そう兵士達に思わせたまま城まで引き上げられれば、敵国での篭城の心理的圧迫にも耐えられるだろうから」
ある程度は。とは、あえてケネスには言わなかった。
ディアスはアルデシア王都を十数層の区画に分けて防衛計画を練った。まず初めの区画に皇国軍を引き込んで損害を与える。しかし、皇国軍もそれで諦めずに再攻撃を仕掛けてくる。それでもこちらが優勢に戦いを進められるが、徐々に追い詰められていくだろう。そこで死守するのではなく損害が大きくなる前に次の区画に退却するのだ。
退却は計画通り。その上層部の言葉も、通常ならば、そうは言っても本当は敗走なのでは? と兵士達に疑われるものだ。だが、実際にこちらの被害が少ないのは兵士達自身がよく知っている。優勢に戦っているという心理のまま篭城に移行すれば、篭城も計画通りと受け取るのだ。兵士の士気にも配慮するのも名将の条件である。
「それに、あの2人が居るのは大きい。彼らが居れば負けるはずが無い。そう思う兵士は多いからね」
「グレイス将軍とブラン将軍ですね」
ブランとの戦いで片腕を失ったグレイスは手綱を引っ掛ける義手をつけて訓練をしているが、それも途上。以前のようにはまだ馬を操れない。しかし、馬を使わぬ市街戦ならばその懸念はない。
グレイスの武勇も兵士達から見れば衰えたようには見えなかった。勿論、本当に片腕で以前と変らぬ武勇を有しているかと言えば、少なくとも現時点ではそこまで復調はしていない。今回の戦いでは追い討ちをかける場面が多い。圧倒的有利な戦いでそう見えるだけ。ともいえる。それでも兵士達がグレイス将軍健在なり! そう信じるならばそれでいい。
そしてブランは言うまでもない。
ディアスやグレイスのいうところの青臭いブランだ。逃げる敵に追い討ちをかけるのは抵抗があったが、自分達が囲む敵兵は4倍近い。
「数倍の敵に情けをかけてやる余裕も義理もないよ」
ディアスにそう言われ、確かに。と思い直した。とはいえ、それは理屈においてのみ。分かってはいるが気は乗らないのは事実。彼としては憮然としながら虎牙槍を振るっているのだが、人とは自分が思いたいように思うもの。
「このような戦。ブラン殿には、簡単すぎてつまらぬので御座ろう」
「虎将とはよく言ったもの。ブラン殿の咆哮一つで敵は逃げ散ってしまう。これではブラン殿も武勇を振るう事すら出来ぬ。強すぎるというのも考えものだな」
「そのような贅沢な悩み。わしも一度は持ってみたいものよ」
大皇国の衛星国家の王都である。かき集めた戦利品の中には酒などもたんまりあった。将兵達は、待機日に無料で振舞われる酒に酔いブランの武勇を褒め称えた。
「まあ、兵士達には精々気分よく戦って貰うよ。衣食住足りて礼節を知るというが、軍規だって同じさ。余裕があるからこそ軍規も守られるのさ」
軍規を守らせようと軍規違反に厳罰で臨めばどうなるか。確かに懸命に守ろうとはするだろう。しかし、意図的でなくとも軍規を犯してしまう場合もある。厳罰を恐れて隠そうとすれば、それが守りの不備ともなり、そこから防備が綻びる事もある。
軍規を守るのも重要だが、軍規違反を見つけるのも重要。ディアスはそれを含めて軍規を守ると考えている。軍規違反を見つければ、それを補うことが出来のだ。
それに兵法書にも、「ますます厳しくなるは窮するなり」とある。これは、敵軍に密偵を送って調べた時に、軍規が厳しそうならば、その軍勢は苦しんでいる証拠だ。という意味だ。逆に言えば鷹揚な雰囲気ならば、まだまだ余裕はあると示せる。
皇国軍も、こちらの内情を探っていよう。このバルバール兵の余裕ある姿を見れば、このままの攻め方では効果がないのかと迷いが出る。迷えば、それだけ時間が稼げるのだ。
勿論、その鷹揚さで軍規を守るという意識が薄れては本末転倒。何事も程度だ。
だが、実はバルバール王国軍将兵が感じているほど未来は明るくない。王都を区画した十数層の防御陣地を全て失えば王城での防衛となるが、そうなればまさに袋の鼠。
勿論、援軍無き篭城は自殺行為という言葉は嘘っぱちであり、実際、援軍が無くても持ち堪えた篭城戦など幾らでもある。特に今回は直接の援軍は期待できなくても、他の戦場で戦っているランリエル本隊の勝敗が決してもここの戦いは終わる。
だが、ランリエルが勝つという事があるのか? ランリエル本隊は皇国の攻撃に耐えているだけで、攻める余力は微塵も無いのだ。
以前は、バルバールの宿敵と思われていたにもかかわらず、いつの間にかグレイスと共にバルバールの二枚看板となったブランは、その日は待機日だった。余裕があると示す為、ディアスは将軍達にも休みを与えていた。勿論、ブランとグレイスが同じ日に休むことはない。
休暇など要らぬブランだが、自分が休まなければ部下も休めない。孤高の虎と称される彼だが、それは彼に並び立つ者が居ないだけで、彼の下には多くの者がいる。
篭城中にもかかわらず、外部から女も呼ばれて代金不要の酒場もある。このような危険な場所に女を呼ぶには多額の報酬が必要だが、衛星国家アルデシア王宮には財宝が山と詰まれ金は有り余っている。もし落城すれば元の木阿弥。湯水のように使うのに躊躇は無い。
軍隊の息抜きに女は必要だ。バルバール王国とその民を守る為ならば他国の民を襲撃する事も厭わないディアスである。ならば王都を占領した時にアルデシア女を捕らえれば良かったというものだが、ディアスはそれを禁じた。将来的に皇国への降伏も視野に入れているディアスである。回避可能な恨みを買う必要は無い。女を襲うのを禁じられた兵士達は不満に感じたが、外部から女を呼ぶのはそのガス抜きの意味もあった。
とはいえ、いくら金があっても死んでは元の木阿弥なのは女も同じ。それでも送り込まれるような女は訳ありなのは当然だ。今回の戦いで夫を亡くして他に生きるすべがない未亡人から、犯罪を犯して逃走中の女まで居た。
女を集める業者に金を与え、そのように集ませた女も日毎に金を貰うのだ。初めは王都を出るときに纏めて支払うと言ったが、女達はそれは駄目だと騒いだのである。金を貰う前に城が落ちたら、ただ働きじゃないか。とは、尤もな言い分だ。
ブランが部下と共にそのような酒場に入ると、女達が群がっている。ここで1ヶ月も務めれば金貨一袋。2ヶ月で二袋。彼女達からすれば人生を買えるだけの報酬だ。しかし、人は欲深い。
初めの1ヶ月で王都を抜け出した女は良かった。2ヶ月目で抜け出した女も大半は大金を得て、人生のやり直しが出来た。だが、その内の数人が野盗に襲われた。驚愕したのは襲った方だった。
「なんでこんな女が、こんなえれえ大金を持ってんだ?」
「おい。女! こんな大金どこで手に入れた!」
金を取り上げられた女は命乞いをしながら洗いざらい喋った。こうして、王都の外には金貨を抱えて出てくる女を待ち受ける野盗の群れが出来たのである。女を集める業者に退去する女達の身の安全を依頼したが、そもそも女で商売する者達に誠意を求めるのも心もとない。事実、出てきた女から金を取り上げ野盗の所為にする者もいた。
女達は逃げるに逃げられなくなるが、それを知らない新たな訳あり女も入ってくる。ここに来て、初めて大金を貰っても逃げるのが難しいと知るのだ。そうなれば女達の取る道は大きく2つ。まず初めに考えるのは’良い男’を作る事だ。
「落ちぶれて、こんなこんなところまで来てしまった女だけれど、貴方と会えただけでも今までの人生は無駄じゃなかった。これからの人生も貴方と……」
そう涙を流して兵士に抱きつく。兵士を護衛に金貨を抱えて逃げるのだ。
尤も、兵士達も逃げれば軍規違反。軍規に厳しすぎないディアスとて逃亡は話が別。それを甘くしては軍勢として成り立たなくなり極刑は当然。兵士達も死にたくはない。兵士達が逃げるのは逃げても許される状況になってから。つまり落城時だ。
落城のどさくさに兵士に連れられ王都を脱出。しかし、その混乱時に上手く男と出会えるのか。そもそも、男が戦死してしまっていたらどうするのか。なので予備として10人以上の男と言い交わしている女も居た。
とはいえ、落城するまで王都に居れば死ぬ可能性は高い。出来ればもう一つの方法を取りたいところだ。その方法とは、軍の上の者に取り入り、出て行くときに護衛をつけて貰えるように強請るのだ。
部下を私用で使うのも当然と考えられていた時代だ。部下に荷物を持たせて、これを妻に届けてくれ。と命じれば、はい。分かりました。と駆け出すなど日常茶飯事。この女を安全なところまで逃がしてやってくれ。と部下に命じれば、はい。分かりました。と元気の良い返事が返ってくる。
この場合は、女に要求される演技も変ってくる。軍の高官ともなれば家柄もよく妻子がいる者も多い。戦場で拾った女と一緒になるなど言語道断。貴方とやり直したいと言っても迷惑なだけだ。ある程度の情を通わせつつも後腐れのない関係。都合の良い女を通さなくてはならない。
「貴方といて楽しかったけど、そろそろ逃げようと思うのよ」
あっけらかんと言い。男も苦笑しつつ逃げる手配をしてやる。そういう関係が望ましい。
勿論、バルバール将兵の多くはディアスの演出もあって楽観的な者が大半だ。最後まで守り切れると思っている。なので女がいくら逃げたいと言っても、本気で取り合わない。逃げる事はない。お前も存外、臆病だな。と大笑されてしまうのだ。女も、あまり何度も言うと、不吉な事を言うなと男の機嫌が悪くなるので引き際も重要だ。
ブランにはアレットという内縁の妻が居るのは有名である。そもそも宿敵グレイスとの一騎打ちも、そのアレットを取り合ってのものとすら言われている。女達が狙うのはブランの都合の良い女になる事だ。
「アレット様がいらっしゃらなくて、おさびしくありませんこと? よろしければ私が……」
あえて彼女の名前を出す事によって、彼女と争う気がない事を示すのだ。
ブランが酒場の席に着くころには、女達がブランの周りを確保している。部下達も仕方がねえなと苦笑を浮かべた。自分達に女が寄ってこないのを悔しがる反面、上官であるブランが、女もほっておかない男である事を誇りに思う気持ちもある。
ブランに群がった女達の中でも、一際、ブランに親しげに微笑みかける女が居た。他の女達も彼女には遠慮が見える。今のブランのお気に入りと目されている女だ。当初は、激しい争奪戦が繰り広げられていたが、今では、あわよくばとブランに色目を使うのが精々。ブランが一度、この女と決めれば他の女には目もくれないのを女達も理解したのだ。どうせ、少し待てば次の機会がやって来る。
この日も、並みの男ならば酔いつぶれるほどの杯を重ねた後、女と部屋へと向かった。他の者達もいる中で女と2人で部屋に向かうので何をしにいくのかは一目瞭然。それを気にする男ではない。
部屋では激しく女を抱いた。女の身体を傷つけるような乱暴さではないが、愛おしむというには程遠い。ただ性欲を満たす為だけのように性交というより交尾に近い。
何度も欲望をぶつけた後、ブランは女から離れた。女は身体中が弛緩したように横たわっている。ブランは窓に目を向けた。窓からは微かに月明かりが漏れている。女に眼を向けずに口を開いた。
「そろそろここを出て行け」
「どうして……なのです?」
「お前に飽きた」
僅かに女が身じろぎした。
「部下を付けてやる。生真面目な奴だ。お前を安全に送り出すように命じているが、道中が不安だと泣き付けば、お前が生まれた村まで送ってくれるだろう。気に入ったなら道中でたらし込め。いい夫になるはずだ」
「今まで……何人の女をそうやって追い出したんです?」
「覚えていないな」
「では、何人の女が出て行きたくないと言いましたか? それも覚えていらっしゃらない?」
ブランは答えず、窓に眼を向けたままだ。何人かは覚えてない。しかし、答えを持っていない訳ではない。
「私が、出て行かないといえば、どうします?」
それにもブランは答えない。
「乱暴に抱けば女に嫌われると思いましたか? 冷たい言葉を言えば嫌われると思いましたか?」
女は返答を待ったが、ブランが口を開きそうもないので身体を起こした。脱ぎ捨てられた衣服に手を伸ばし身につけ始める。
「大丈夫。出て行きますよ。私はね。全部忘れるんです。忘れて。お金を貰って。やり直すんです。だから、貴方の事も忘れます」
ブランは、自分に近づく女を遠ざけなかった。誘いには乗ってやる。周囲の者が考えるより、遥かに優しい男だ。ここを逃げ出す為に近づいて来ているのは分かっていた。金が欲しいだけの女ならばほって置いても良かったが、女達も命がかかっている。騙されてやるくらい何でもない。
しばらくは付き合ってやる。その間に抱いてもやる。アレットに操を立てるという考えはない。彼女に問うた場合の返事が予想できるからだ。
「彼女達は不安なのよ。自分を抱いても居ない男が、自分を助けてくれるなんて信じられないの。だから抱いてあげなよ」
ほとんど現実の声としてそれが聞こえた。




