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愚者達の戦記  作者: 六三
皇国編
406/443

第310:接触

「お察し致します」


 サルヴァ王子の副官代理ベルトーニが神妙な顔で言った。サルヴァ王子は机の前で文字通り頭を抱えている。王子の正式な副官は今でもウィルケスである。ウィルケスはテッサーラ王のままサルヴァ王子の副官なのだ。


 王国から皇国成りしたランリエルの課題は、如何にランリエル皇国の権威付けを行うか。であった。権威とは人に認められてこそ存在しえる。いくら皇国と名乗ろうとも周囲がそれを有難がらなくては自称でしかない。元々、数ヶ国を従えるランリエルだ。配下の国々は皇国成りへの大使を派遣し祝辞を述べたが、内心、今までと何が違うのかと考えていた。明確に、ランリエル王国とランリエル皇国との違いを表す必要があった。


 その権威付けの一つが、部下を無造作に国王にしてしまう。というものであり、更に、その王を部下にする。ランリエル皇帝は気軽に国王を任命し、仕事を命じる。今後は、配下の国々の国王は難しくとも、王子、王族を徐々にランリエルの役職に就ける予定だ。当然、その恩恵も十分に与える。財政の一部を任せ、袖の下が金銀で垂れ下がるようにしてやっても良い。公僕という言葉などなく、役人はその職務によって付け届けを受けるのが当然の時代だ。


「是非とも我が国の王子を陛下のお傍に」


 初めは強制的であっても、その恩恵を求め彼らの方から求めるようになればしめたものだ。配下の国々の王族はランリエル皇帝の部下。それが明確になる。


 もし、グラノダロス皇国皇祖エドゥアルドが現在に存在しサルヴァ王子の友人であったなら、それは下手をすれば他国に国を乗っ取られるぞ。と忠告するだろう。しかし、王子は反論する。


「一王族。一民族に我が国の政治、軍事を任せれば乗っ取られるかも知れないが、複数の王族。民族を参加させれば、どれか1つが飛びぬけようとしても他がそれを許すまい」


 それは目指す世界の違いといえる。エドゥアルドが一強の皇国の建設を目指したのならば、王子は均衡の皇国を目指していた。その均衡に向け、リンブルクもその一角に納めんとしていたサルヴァ王子だったが、今、頭を抱えていた。


「せめて……。どうして、この大戦が終わるのを待てなかったのか」


 それが王子の正直な心境だ。リンブルク女王クリスティーネ。そしてリンブルク王ルキノが、廃嫡された前国王の息子であるフリッツ王子に王位を譲ると言い出した。


 リンブルク王ルキノが復権しシュバルツベルク公爵らもそれを支持した。リンブルクは安定し、あの方面はゴルシュタットに注力できる。そう想定していたにも関わらず、この政変である。しかも、サルヴァ王子に無断でだ。


 ルキノが王子に相談しなかったのは、ランリエルの後ろ盾でリンブルク王の権力を取り戻したのに、それを放棄するのは反対されると考えたからだ。反対されるなら黙ってやってしまおうという理屈だ。責任ある大人の振る舞いとは言えないが、フリッツ王子に王座を譲る際にはくれぐれもランリエルとの友好を保つようにと説く積もりだった。つまり、国王が変るだけで大勢に影響はないと考えたのだ。


 ルキノ。そしてクリスティーネには国王、王妃という地位が自分に相応しくないという考えがあった。クリスティーネにしてみれば父から与えられただけのものであり、ルキノに至っては盗賊に襲われていた女性を助け妻としたら国王になった。という御伽噺も真っ青な展開だ。そして、2人とも、そのような’恩恵’を受けるいわれがないという潔癖の持ち主であった。


 ルキノにしてみれば、その恩恵を返上しようという行為に正当性を感じ、フリッツ王子には言い聞かせるのでサルヴァ王子には迷惑がかからないと考えていた。しかも、義父であるベルトラムが亡くなったのを悼む気持ちの有無はともかく、情勢的にベルトラムを排除したのは紛れもない功績。それが独断での行動の無意識の免罪符となっていた。少年小説風にいえば、村を救った騎士が礼も受けずに黙って去っていく。という心境に近い。


 しかし、サルヴァ王子にとっては、たまったものではない。確かにルキノの生真面目な性分を買ってはいた。しかし、どんな長所も時には短所となる。今回は、それが極端に出てしまった。


 確かにフリッツ王子がランリエルに友好的ならば、大きな問題にはならないかも知れない。恐らくはならないだろう。しかし、多少なりとも問題にはなる。多くのリンブルク貴族を懐柔しルキノとクリスティーネを中心とした政権を支持するという承諾を得たところだ。しかし、全ての交渉には条件というものがあり、もっと利益を得られる条件を求めていたが、しぶしぶ承諾した。という者も多い。


 その条件に不満を持つ者達からすれば、ルキノとクリスティーネを支えるという条件だから承諾したのであって、フリッツ王子とシモンならば話は別。再交渉の絶好の口実を与えてしまう。しかも、フリッツ王子の即位を拒絶する正当な理由が存在する。拒絶する理由が多ければ多いほど交渉を優位に進められるのだ。


 まず、フリッツ王子は事故とはいえ父王殺しだ。そもそもの廃嫡の理由でもある。そして、シモンにも問題がある。


「侍女だった者を王妃に迎えられぬ!」


 貴族社会。身分社会において、それは十分、正当な理由であった。勿論、貴族と庶民との結婚も珍しくはない。そのような場合には抜け道がある。結婚する前に、どこぞの貴族の養子になって貴族の身分を得て結婚すれば良いのだ。しかし、フリッツ王子は廃嫡となった時、これでしがらみはないと’侍女シモン’と結婚した。既に結婚しているのだ。養女となって貴族の身分を得てから結婚するという手段がもう使えない。


 ちなみにアリシアは庶民の出だがセルミアの男爵位を持つ。貴族の養女とならずに貴族になった特異な例だが、セルミア建国期といものを考慮すれば珍しくはない。建国する時に新たに貴族が生まれるのは当然でもある。


 王子にしてみれば、山積みしている問題の1つに回答し、それが正解だったにもかかわらず、採点の段になってから問題が変更されたに等しい。間違いではなかったのに不正解となったのだ。王子が頭をかかえるのも無理はない。


「既にリンブルク貴族達も知るところだ。今更、ルキノが王位に留まる。という訳にも行かぬであろう。本来ならそうしたいところだが……」


 ルキノとクリスティーネの意図はともかく対外的には王位を投げ出す行為だ。今更、取り消しても求心力は落ちる。今後、事ある毎に

「どうせ、また王位を投げ出すというのではあるまいか」

 と、信頼が揺らぎ、攻撃の的となる。


 やはり、こうなればランリエルはフリッツ王子とシモンの後ろ盾になる。それしか道はない。そうと決まれば、その道をどれだけ上手く舗装できるかが鍵だ。現在は、かなりでこぼこで砂煙が立つようなありさまだが、それを平らにし小石まで拾う。誰も難癖が付けようがないほどに仕上げなければならない。


「とにかくフリッツ王子の元に、ランリエルも王子の即位を支持していると新書を持たせた使者を送れ。他に、フリッツ王子夫妻の趣味嗜好も調べろ。リンブルクならばダーミッシュの者達が詳しいだろう」


 現時点では、そのダーミッシュの当主が未来の王妃の兄と知らないサルヴァ王子はそう命じたのだった。



 王子がシモンとダーミッシュの一族との関係を知らぬまま調査を命じた頃、そのリンブルクでは、その事実を知る人物が、その情報をどう活用しようかと思案していた。


 薄暗い部屋で机に両肘をつき、思案する時の癖なのか、今だけたまたまなのか、顔の前で自分の鼻を挟み込むように両手を合わせている。


「まさか、あの侍女が王妃になるとはな」


 人を遠ざけ、聞き耳を立てられる心配のないシュバルツベルク公爵が呟いた。かつてはベルトラムと権力を争った彼だが、ベルトラムとの格の違いを知り協力者となった。だが、絶対の忠誠を誓った覚えはなく、そのベルトラム体制下ですら自らの影響力の拡大を図っていた。


 クリスティーネが襲撃されルキノと結婚して帰ってきた時にも、ルキノの国王就任を支持し影響力の高めんとした。ベルトラムの娘であるクリスティーネが女王として1人君臨するより、リンブルク貴族である(と当時は信じられていた)ラルフ・レンツが国王になる方がゴルシュタットからの影響力が弱まる。相対的にリンブルク貴族が政策に関与しやすくなるのである。


 そして、今回もクリスティーネの帰国時にいち早く復権を支持した。主体性がない動きにも見えるが、それは彼が以前より老獪になったが故である。ベルトラムと正面からやり合い敗北した彼は、そのベルトラムのやり方を学んだ。


 どんな敵でも倒せる強者でも倒せない者がいる。それは味方である。如何に強くとも味方は倒せない。味方を倒す者が居たとしても、他の味方に見放され、いずれは滅ぶ。権力を持つ者と争うのではなく、権力を持つ者の懐に入り操るのである。


 その意味では戦術的に今回も先んじてフリッツ王子を支持する。他の貴族はここでごねてランリエルから譲歩を引き出そうとする者が多いようだが、それは目先の利益に目が眩んだ短慮。先んじてフリッツ王子の側に立ち反対する者を説得する立場を得る。そうなれば、説得した貴族を実質的に影響下に置ける。その者達を従えフリッツ王政権下での最大派閥を形成するのだ。


 問題はシモンである。


 あの侍女はダーミッシュとかいうベルトラムの部下の娘。そう名乗っていた。ベルトラムが死んだ後、あのダーミッシュという者はどうしているのか。どうにかして彼らを取り込みたい。それが可能ならば、あの侍女を通してフリッツ王子を意のままに操るのも可能だ。


 ダーミッシュが実は病で亡くなり代替わりしている事。その一族が既にサルヴァ王子の傘下に入った事を知り得ぬ公爵にしてみれば、当然の思案だ。


 問題は、どうやってあの者達と連絡を取るかだ。一番単純なのはシモンに取り次いで貰えばよい。しかし、その一番単純な手段が難しいのだ。


「何せ相手は次期王妃だからな……」


 リンブルクで権勢をふるう公爵である。面会を申し込めばフリッツ王子も喜んで応じてくれる。御内密な話が。そう言えば2人きりになるのは簡単だ。しかし、その妻と2人きりとなると……。


「まあ、無理だな」

 と、認めざるを得ない。


 とはいえダーミッシュの一族と連絡を取るにはシモンを介するしかないのが現実だ。何か手立てを考えねばならない。そして更なる問題は、その為に動かせる人材が居ないという事だ。


 勿論、公爵には部下は多い。しかし、次期王妃が実は諜報一族の一員。という重要機密を軽々しく漏らせるものではない。使える部下が居ないのだ。ならばやるべき事は一つ。


「着替えを持て。フリッツ殿下。いや、陛下にお会いする」


 鈴を鳴らし執事に命じた。国王に会うに相応しい衣装に公爵が袖を通している間に、フリッツ王子の元には面会を求める使者を馬車で出発させた。よほど気心が知れた中でなければ貴族社会の常識。ましては相手は王族。連絡なしにいきなり訪問するなどあり得ない。


 公爵を乗せた馬車がフリッツ王子の屋敷まで2000サイトの距離まで来た時に先行した馬車が止まっていた。王子が不在だったり、面会が断られたり、何か問題があれば止まるように合図があるが、特にそれもなくすれ違った。


 屋敷の扉を潜るとフリッツ王子の執事が出迎えた。執事といえば初老以上の男をイメージしがちだが、思いの外若い。特別、童顔というのでなければ20代であろう。


 その執事に案内され居間に入ると屋敷の主人であるフリッツ王子が待っていた。


「シュバルツベルク公爵。よくおいでなられた。ここでは公爵を十分に持て成す事が出来ず心苦しいが、それはお許し願いたい」


 確かに次期国王が住まうにしては小さな屋敷だ。それを自ら口にするのは本気で恐縮しているのか、どうせすぐに王宮に移り住む余裕か。王子があくまで居間で待っていたところから見ると間違いなく後者だ。


 フリッツ王子がこれからも軟禁されたままだったなら、王子も玄関まで足を運んで公爵を出迎えただろう。如何に妻との平穏な生活に満足していても、公爵と友好関係にあるのは何かと都合が良いと判断するはず。しかし、現在は力関係が逆転している。公爵の方こそ王子と友好関係を結びたいはず。王子はそう考えている。


 王座から遠ざかり隠遁生活に入ってから人物が落ち着いたと聞いていたが、思いがけぬ王座への道に多少浮かれているようだ。シュバルツベルク公爵は王子の様子からそう見て取った。ならば、こちらもそれに合わせるべきである。


「いえ。決してそのような。陛下にお会いし頂けるだけで、これ以上の持て成しは御座いません」


 公爵の返答に満足したのか頷くフリッツ王子の顔に笑みが浮かぶ。


 その後は露骨にならない程度に雑談に紛らわせて今後の支援と協力を申し出た。王子も快く応じる。公爵の思惑通りに話は進んでいるが、これをもって王子が御しやすい人物とみる事は出来ない。現状、後ろ盾が欲しい王子にとって申し出を断る選択肢はなく、一択しかない回答を持って優劣は決められない。


 そもそも今回の訪問は王子との面会が目的ではない。


「そういえば、シモン様はいかがしておいでですか? 双子をご出産なさったと聞き及んで降りますが、双子の出産はご婦人にも負担が大きいとか。心配していたのです」


 ここからが本題である。


「お気遣いありがとう御座います。幸いにも出産の負担も少なく元気にしておりますよ。今も双子の傍におります。よろしければ公爵も我が子の顔を見てやって頂けまいか」

「それは、ぜひ、お願いいたします」


 王子が鈴を鳴らして執事を呼び、シモンと赤ん坊を連れてくるように命じた。しばらくするとシモンと大きな籠を持った侍女がやってきた。籠には当然、男女の赤ん坊が入り、昼寝の時間なのか静かに寝息を立てている。


「これはシモン様。お目にかかり光栄で御座います」


 かつてシモンは公爵の命を受けてフリッツ王子に接近した。その後、シモンが実は二重スパイであり、公爵の動向をベルトラム陣営に流していたと発覚したが、王子に近づくようにシモンに命じたのは公爵自身。それを考えれば、公爵の態度は白々しいがシモンも当然のように調子を合わせる。


「シュバルツベルク公爵にお会いでき、私も喜ばしく思います」


 その後、公爵は双子の入った籠を覗き、お元気そうで何より、殿下に似てご聡明なお顔をなされておられる。等、定型分のような台詞を並べた後、お子様方にと用意していた産着をシモンに手渡した。


 カサッと、絹で縫われた産着にはそぐわない音が微かに鳴った。常人ならば全く気付かないであろう小さな音。これが本題だった。シモンならば、産着の生地に縫いこまれた手紙を察するはずだ。

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