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愚者達の戦記  作者: 六三
皇国編
399/443

第303:普通の男

 ベルトラム・シュレンドルフ。リンブルク王宮にて乱心し自刃。その思わぬ事件は大陸全土に瞬く間に広がり、各国首脳部、要人達は唖然とした。その中でも、すぐに真実(少なくともルキノの主観においては)を得たサルヴァ王子は、自身のベルトラムの娘への異常な偏愛という分析が的を得ていたのを知ると共に、それが考えていたよりも更に大きなものであったと知った。


 反射的に自分はアリシアと娘の為にそこまで出来るか。そう自問してみたが、無意味な仮定であると苦笑を漏らして思考を停止させた。土台が歪んでいれば上の建築物もそれに合わせて歪むもの。土台が違うものを上物が同じに出来るか問うても無意味だ。


「それで、リンブルク国内は、どういう情勢だ? ゴルシュタットもだ」


 報告をしてきたルーベルトの部下に問うた。彼も諜報員。可能な限りの情報は集めて来ているはずである。


「は。リンブルクはクリスティーネ女王の元。ランリエルとの同盟を結ぶべく貴族達を取りまとめております。近くにウィルケス陛下のテッサーラの軍勢も居りますれば、これは間違いないかと」


 これにはシュバルツベルク公爵の力もあった。新体制での重要な地位を得る為、公爵はいち早くルキノに助成を申し出たのだ。ベルトラムとの格の差を思い知り手を組んでいた彼だが、ベルトラムに心酔した訳ではない。ベルトラムの体制に協力はしながらも、その上での影響力拡を目論んでいた人物だ。


 状況としては、ベルトラムからサルヴァ王子へと代わっただけとも言えるが、その体制下で重要な地位に立つ千載一遇のチャンスである。


「問題はゴルシュタットか」

「はい。リンブルクに退路を絶たれたゴルシュタット軍本隊は進むも引くも出来ずにおります。こちらから手を出さなければ、戦闘には発展いたしますまい。ですが、ゴルシュタット本国は遠く、全ての情報を集め切れてはおりません。今のところ、旧ゴルシュタット王家を支持する者達が声を上げ始め、内乱になりかねないという事しか分かってはおりませぬ」


 男は申し訳なさげだが、この短期間でそれを掴んだだけでも有益だ。


「確かに、ゴルシュタットはベルトラム殿が簒奪した状態だった。ベルトラム殿が亡くなれば旧王家の者達が黙っているはずもないか。とはいえ、旧王家の直系の男子は絶えているはず。貴族達が誰を担ぎ上げてくるか調べてくれ」

「はっ。畏まりました」


 道徳的。という観点で見れば、簒奪された旧王家を復興させるのが正道だろう。しかし、今はそれを無条件に唱えられる状況ではないのだ。ランリエルの立場としては、すぐさまランリエル側に取込み、対皇国戦線の一翼を担わせたいところ。


 それには、瞬く間という表現が必要なほど急速に混乱を収める必要がある。皇国との戦乱が収束してからゴルシュタットが安定してもランリエルに益はない。少なくともこの大戦においてはだ。


 それを考えれば、場合によってはベルトラム殿の長男である現国王オスヴィン・シュレンドルフに助成する事もあり得る。予測ではあるが、前国王の傍系の男子はかなりの数が居るはずだ。ゴルシュタット貴族達も一枚岩ではなく、有力貴族の数だけ担ぐ神輿も存在するだろう。


 反国王側の勢力を結集すれば現国王の勢力を凌駕するだろうが、一つ一つを見れば現国王を上回る勢力は居ない。という状況は十分にあり得るのだ。数ある反国王派の貴族達を納得させ纏め上げれば長期的には安定しても時間がかかりすぎる。時間だけを考えれば最大勢力に手を貸して他を黙らせる方が手っ取り早い。


「ところで、陛下にお仕えしたいという者をゴルシュタットから連れて来ております。上官であるルーベルトも、陛下のご判断を仰げとの事で御座いました」

「私に仕えたい? どのような者なのだ?」


 ルーベルトはサルヴァ王子の腹心であるカーサス伯爵の甥。伯爵も信頼している有能な男が判断を仰げと言って来るのなら、それは召抱えた方が良いという意味である。もし、不要と考えたなら取次ぎすらすまい。


「ベルトラム殿にお仕えていた者と申しております」

「ほう。ベルトラム殿にか……」


「はい。ベルトラム殿から諜報活動を任されていたと」


 興味深げな顔だったサルヴァ王子の表情がピタッと固まった。数秒の沈黙の後、サルヴァ王子が口を開く。


「つまり……。それは散々、私やカーサス伯爵、貴公の上官を出し抜いて来た者。という訳か?」

「さようで御座います」


 欲しい! 反射的にサルヴァ王子がそう考えたのも無理はない。戦いとは軍勢を集めて合戦を行えば良いという単純なものではないのだ。特に多国間の戦争は、さらに複雑に利害が絡み合う。


 如何に有益な情報を得るか。それが政戦両略の勝敗を左右する。その貴重な情報をもたらす、この大陸で最も優れた集団の一つが、向こうから転がり込んで来た。


「すぐに連れて……。いや、少し待て」


 言いかけたサルヴァ王子は、ルーベルトの部下を待たせたまま思考に没頭した。ルーベルトの部下も気にした様子もなく黙って待っている。彼も諜報員の一員。重要な決断であるとは分かっている。


 喉から手が出るほど欲しい者達だ。しかし、素直に信じて良い話なのか? それが重要だ。


 ベルトラムは確かに死んだ。それは間違いない。ルキノの目の前で死んだのだ。実は生きていたなどはあり得ない。ならば、その者達が新しい主人を得ようと考えたとしても不思議ではない。しかし、それ以外にも、いくつかの選択肢があるはずだ。


 ベルトラムの仇を討とうとは考えないのか? 彼らはベルトラムの手足となって働いていた者達。ならば忠誠心から、主人の仇を討とうと考えても不思議ではない。ただ、これは除外しても良いかもしれない。


 カーサス伯爵やルーベルトからの報告では、彼らは諜報活動、裏仕事の超一流の者達であり、目的の為ならば、どのような手段も辞さない。逆に言えば精錬さや情とは無縁の者達。とはいえ、あくまで技能を売るにしても信頼関係は必要。その信頼を得る為にベルトラムが生きている間は忠実に仕えていても、死んだ後まで忠誠を尽くすという考えとは無縁。さっさと次の主人を探しても不思議ではない。


 後、考えられるのは、どうしてランリエルなのか。という事だ。皇国。すなわちアルベルドに仕えるという選択肢もある。


 しばらく思案していたサルヴァ王子だったが、結局は、話を聞いて見なければという結論に達した。無駄な思案だったようにも思えるが、話を聞こうというのも、仇討ちはなさそうだという結論があればこそだ。


 一度、退出したルーベルトの部下が連れて来た男の顔を見た瞬間、サルヴァ王子は、まるで瞳に靄がかかったような奇妙な感覚に襲われた。目の前にいる男の顔に視線を向けているのに、その顔を認識出来ないのだ。少し目をそらして視線を戻すと、こんな顔だったかと初めて見る顔に感じる。


 とにかく普通だ。現実には普通の男など存在しない。どんなに無個性と思われる男ですら、何から何までは普通ではない。やはり、何かが人とは違うものだ。しかし、目の前の男は、想像上の普通の男を具現化したかのように目鼻立ちは勿論、動作に至るまで普通だ。歩き方に癖はなく、どういう風に歩いているか描写してみろと小説の大家に命じても、普通に歩いているとしか描写出来まい。目の前に居るのは現実には存在しない普通の男だ。


 これだけでも、目の前の男は只者ではない。そう値踏みするサルヴァ王子の目の前で普通に歩いてきた男は普通に跪いた。優雅でなければ粗野でもなく、おかしいところもない。何の印象も持ちようがない男だ。


「陛下に、お目にかかれ光栄に存じます。ベルトラム・シュレンドルフ閣下にお仕えしていたダーミッシュと申します」


 口上も普通である。勿論、大陸を二分する一方の勢力の首班を前に普通に振舞えるのは尋常な胆力ではない。ましてや現時点では、まだ’敵対勢力’の一員であるのだから。


 だが、サルヴァ王子は、その普通の口上の中に一つ引っかかるものを感じた。


「ダーミッシュとは姓なのか? 名なのか?」


 こういう場合は、基本的には姓を述べるものだ。特に敵対勢力の一員だった者が降ろうというのだ。言葉遣いに丁寧過ぎる事はない。


「はっ。我が一族は、代々、首領はダーミッシュ。とだけ名乗るのが決まりなので御座います」

「ほう。なるほどな」


 納得したように頷いたサルヴァ王子だったが、だとしても生れ落ちた時から首領だった分けでもあるまい。話の筋からすればダーミッシュというのが一族を表す呼称だが、それを姓と考えるのが当然。そして首領になる前に呼ばれていた名前もあるはずだ。その名と姓を繋げて名乗れば良いだけの話である。


 まあ、それだけ一族の掟が厳しいという事なのか。もしかすると、特殊な一族であると相手に印象付ける為の演出という可能性もある。相手が相手だけに疑い深くなっているサルヴァ王子は、名乗り一つにも無意識に意味を見出そうとしてしまう。


「ベルトラム殿の諜報活動を担っていたそうだな」

「はい。その通りで御座います。他国への妨害工作なども命じられておりました」


「ほう。たとえば?」

「そうですな。珍しい任務といえば、他の国の田を不作にした事が御座いました」


「不作に? そのような事が人為的に出来るものなのか?」

「はい。百姓は実った苗から翌年に蒔く種籾を取っておきます。それを蒸して殺した種籾とすり替えるので御座います。彼らなりに厳重に保管してはおりますが、所詮、百姓のする事。我らには造作もありませぬ。すり替えれば見た目では全く分からず、しかも、全てすり替えるのではなく生きた種籾もある程度残すのです。百姓達は芽の出が良くないと不審に思いながらも、出ている芽もあるからと他の芽が出るのを待っている間に時期を失い、気付いた頃には手遅れ。収穫に大きな痛手となるのです」


 この時代、種籾をある程度育てて苗にしてから田植えをする農法は発明されていない。種籾をそのまま地面に蒔いて芽が出るのを待つのである。確かに、その種籾が死んでいるのか判断するのは難しいだろう。地味だが、表立って敵対していると悟られずに敵国の国力を削るには有効な手段だ。


「なるほど。しかし、貴公ら、それほどの業を有しながら表に出る事は考えぬのか? 特に今のような戦乱の世なら、一国の王位はともかく、ある程度の地位を得るのは難しくはあるまい」

「ベルトラム様も、同じように感じていらした様子で御座いました。もっとも、ベルトラム様は私どもに、それを問う事はなさいませんでしたが」


 サルヴァ王子の問いには答えていないが、それが、聞くなという返答であるとサルヴァ王子は察した。サルヴァ王子にとっても興味本位で問うただけ。相手が答えたくないのなら次の質問に移るまでだ。そして、今の問答で分かった事がある。この者を相手に回りくどい腹の探りあいは無用だ。本質を外した質問は時間の無駄だ。


「ベルトラム殿が亡くなり、新たな雇い主を求めて私の元に参った。それは分かる。だが、ならば皇国のアルベルド殿でも良かったのではないか? なぜ、アルベルド殿ではなく私なのだ?」


 現在の戦況は、ゴルシュタットが無力化されたとはいえ、まだ、皇国が有利。ゴルシュタットをこちらに寝返らせて、やっと五分。そのような情勢である。


 もしかすると、サルヴァ王子に面会を求めておきながら、アルベルドにも打診して天秤にかけている。その可能性もあるが、今、それを問うのは薮蛇だ。こちらがそれを疑っていると知れば、信用されないと考えて、それこそアルベルドへと追いやってしまう。


「それには、いくつかの理由が御座います」

「うむ」


 サルヴァ王子が軽く頷き、先を促した。


「まず、ベルトラム様が皇国ではなくランリエルに付く。そうお考えであった節が御座いました。私は、あの方の判断を信頼しておりました」

「そのようには見えなかったがな」


 直接、ベルトラムが亡くなったのはランリエルと敵対したからだ。それが、ランリエルに付く考えであったとは不思議な話である。


「実を申しますと、先ほど申した不作にした国とは、他でもない皇国で御座いました。その時は、間違いなくランリエルに御味方するお考えであったと」


 ベルトラムに雇われていた間は守秘義務があるが、死ねばそれも無効となる。そう考えているらしい。自分が雇ったとしても、自分が死ねば同じように暴露されそうだが、自分が死んだ後を考えても仕方ない。次の指導者。おそらく自分の息子になるだろうが、それに引き継ぐ間もなく死なぬように気を付ければ良いだけの話だ。


「なるほど。しかし、結局は、ベルトラム殿は皇国と手を組んだのであろう? やはり、考えた末、皇国に分があると見たのではないのか?」

「ベルトラム様は、ご判断を誤るという事がないお方で御座いました。ランリエルと手を結ぶべきとお考えであったのなら、それが正しいので御座いましょう」


「そうは言うが、ならば、その時は珍しく判断を誤ったのではないのか?」

「判断を誤ったのではなく、おそらくは……ご息女であるクリスティーネ様が、陛下の副官でルキノ様とご結婚なされたのが原因で御座いましょう」


 娘の結婚で一国の方針を変節したのか! サルヴァ王子は絶句すると共に、やはり。とも思った。ベルトラムの娘への情愛は確かに異常だ。そして、この男。ダーミッシュが言うように確かにベルトラムは自分と手を組む意思があるのでは。そうサルヴァ王子も感じていた。だからこそベルトラムの裏切りを見破れなかったのだが、そのベルトラムの変節が、まさか娘が理由とはサルヴァ王子にも推測するのは不可能だ。


「なるほど。貴公もベルトラム殿のご息女への執着を見抜いておったという訳か。そして、ご息女が絡むこと以外のベルトラム殿の判断に誤りはない筈というのだな?」

「左様で御座います」


「で、他には、どんな理由がある?」


 ダーミッシュは、いくつかの理由と言った。


「ベルトラム様のご命令で、サルヴァ陛下は勿論ですが、アルベルド陛下についてもお調べ致しておりました。その結果、アルベルド陛下にお仕えするのは難しかろうと判断したので御座います」

「なぜだ? アルベルド陛下も中々の御仁。貴公らの能力を知れば、喜んで召抱えるのではないか?」


「はい。アルベルド陛下も能力的には優れたお方であると存じております。主人であったベルトラム様も、サルヴァ陛下と共に、自分より知においては優れているだろう。そう申しておりました。しかし、我らはあくまで道具で御座います。使う者が居て、初めて存在価値を示せるのです。その点、ベルトラム様は理想の主人で御座いました。私どもを道具として信頼して下さっておりました」

「なるほどな。ご息女の事はともかく、ベルトラム殿は偉大であった。そういう訳か」


 アルベルドは有能だが、ベルトラムほど部下を信用しない人物。ダーミッシュはアルベルドの人柄をそう判断したらしい。軍隊には憲兵などの兵への警察というべき組織があるが、諜報員に対しての監視組織は存在せず、彼らからの報告を信用するしかない。確かに使用者に信用して貰えなければ十分な活動は出来ない。


 実際、諜報活動を任せた以上は彼らを信用するしかないのだが、簡単に割り切れるものではない。もしかすると裏切られているのかもと考えてしまいがちだ。その点、考えても答えが出ぬ事を考えても無駄。そう断ずる賢者ベルトラムは、ダーミッシュにとっては、彼が言う通り理想の主人であった。


 サルヴァ王子は、政戦両略ではベルトラム・シュレンドルフを倒せなかった。ベルトラムを倒したのは、クリスティーネだ。ベルトラムが亡くなった日の謁見の間での様子を詳細に聞いたサルヴァ王子は、そう判断していた。クリスティーネが与えた傷が実は致命傷となっていた。それを知らぬサルヴァ王子だが、それでもクリスティーネの存在から、ベルトラムがほとんど自滅していったのを感じていた。


 ベルトラムに娘への執着という不具合が存在しなければどうなっていたか。自分は、ベルトラムを倒しえなかったのではないか。娘への執着がないのならば、皇国と組まずランリエルと敵対する事もなかったという話を別にすればだが。


「要するに、私の方がアルベルド殿よりも仕えやすい。そう判断したという事か?」

「はい。その通りで御座います」


「今後の参考に、なぜ私の方が仕えやすいと判断したのか。その理由を知りたいものだな」

「閣下のランリエル陣営には、カルデイ帝国のギリス様、バルバール王国のディアス様をはじめ、数多くの敵国だったお方が参加なされ重要な役目を担っております。ならば、私共も重用して頂けるかと」


 確かにギリス、ディアスは、共にかつてサルヴァ王子を敗北寸前まで追い詰めた者達。それが、今では両者共にランリエル陣営の一翼を担っている。この男とて、今まで散々サルヴァ王子に煮え湯を飲ませて来た自覚があるのだろう。しかし、苦しめたからこそ能力を認められるというなら、これほどうってつけの身売り先はあるまい。


 アルベルドも、敵だったからとて能力ある者を重用しない訳ではあるまいが、そもそもアルベルドはダーミッシュの一族の能力を実感していない。ベルトラム・シュレンドルフにお仕えしていた。と売り込んだとしても、どの程度かと値踏みから始めなければならない。


 そろそろ頃合か。採点が甘いかも知れないが、初めから能力については疑う余地はない。問題は、こちらに降りたいという、その言葉が信用出来るかどうかだった。


「なるほど。貴公の言葉。確かにもっともだ。貴公の一族を召抱えよう」

「はっ。ありがたき幸せ」


 感謝の言葉も普通だ。


「貴公の事だ。既に調べているであろうが、我が国ではカーサス伯爵が、ベルトラム殿に対しての貴公らの地位に就いておる。貴公らは伯爵の傘下に入る事となる。異存はあるまいな?」

「勿論で御座います」


 能力重視。という意味ならば、馴れ合い。外様差別と批判を受けそうではある。サルヴァ王子も能力重視の男ではあるが、物事には全て程度とバランスというものがある。いくらダーミッシュの一族の能力が卓越しているからといって、新参者を今まで尽くしてくれてきた者を差し置いて、いきなり重要な地位、ましてや、その者より上の地位に就ければ軋轢を生む。


「今まで尽くしてきたにもかかわらず、新たな者が現れれば、今までの奉公は全く無駄だというのか」


 そう不満を持つだろう。どんなに忠誠を尽くし労を惜しまず働いても、あいつの方が良さそうだから今からは彼を重用する。お主は彼の下だ。などとなれば、誰が忠誠を尽くすというのか。


 ダーミッシュは伯爵の下に就ける。後に伯爵よりダーミッシュの一族の方が能力と実績、そして忠誠心が上と周囲の者も認め納得するならば、いずれはダーミッシュを伯爵と同格。さらには伯爵の上に置く事もあるだろう。


 勿論、伯爵もそれに甘んじて受ける男でも、現在の地位に油断し将来の凋落を予見出来ぬ男でもない。ダーミッシュの一族が傘下に居る間に、彼らの技術を引き出して身につけ、彼らに劣らぬように自らを磨き上げるだろう。


「ところで、正直に言って、私は貴公と次に会った時に顔を覚えている自信がない。どうやって貴公と見極めれば良い? ベルトラム殿は、貴公の顔を覚えていられたのか?」

「私の知る限りでは、ベルトラム様も私の顔は最後まで覚えておいでではありませんでした」


 王子から見ても、全く隙の無いと思われたベルトラムだが、その彼でも、やはりこの男の顔は覚えられなかったのか。思わず親近感を覚え王子の顔に微笑が浮かぶ。


「しかし、ならばベルトラム殿は、どうやって貴公と判断していたのだ?」

「覚えられない顔ならば、私と判断していたようで御座います」


「なるほど。確かに貴公ほど顔が覚えにくい男はおるまい」

「いえ。実は、そうでもないのです」


「ほう。貴公の他にも、そのような者がおるのか? それは……大変だな。貴公ら自身、誰が誰だか分かるまい」

「そこは、一族の者だけが分かる印がありますので」


「たとえば、貴公の印は何かは教えては貰えるのか?」


 するとダーミッシュは薄く笑い、自らの右のこみかみを指差した。


「私は、ここに白髪が3本御座います」

「あ、ああ、そうか」


 サルヴァ王子が呆れたように言った。教えて貰っても、何の役にも立たなさそうだ。


「実は、一つベルトラム様にも、お伝えしていない事が御座います。新しく我が主人となったサルヴァ陛下にはお聞かせ致しましょう」

「ベルトラム殿にもな。それは、ぜひ聞きたいものだ」


「我が一族の長は、先代の長が亡くなれば世襲ではなく優れた技能を持つ者が選ばれるのですが、実際、一族の長の子が良き指導を受けられるのも当然。結果的に長の子が次の族長になる事も多いのです。実を申しますと私も先代の子で御座います」

「うむ」


「私が一族を継いだのは、つい1年ほど前なのです。先代の長が急な病で亡くなりましたので」

「ほう。それはお気の毒な」


 とはいうもののベルトラムにも秘密だった事とはなんなのかと、サルヴァ王子は焦れて来た。


「それがベルトラム様にも秘密にしていた事で御座います」

「はぁ?」


 サルヴァ王子は思わず気の抜けた声を上げた。


「それの何が秘密なのだ? そのような事、言わなくて……。まさか。そうなのか?」

「はい。ベルトラム様は、私が父から代替わりしている事に、お気づきになられなかったのです」


 ダーミッシュがにやりと笑った。その笑みも普通だった。

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