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愚者達の戦記  作者: 六三
皇国編
397/443

第301:賭け

 謁見の間。リンブルク王と二重統治者が一騎打ちを演じる。思いも寄らぬ事態だ。ベルトラムの精鋭も自分達の主人から剣を向けたという状況。その主人から一歩も動くなという一喝。何より、自分の主人が負けるはずがないという信仰にも似た信頼。それによって制止せずにいた。


 それはリンブルク騎士達も手出ししていないからでもある。リンブルク騎士が王に加勢するならば、彼らも即座に参戦する。リンブルク騎士への警戒は怠らない。


 確かにルキノの勝算は低い。だが、乱戦になれば数で負ける。リンブルク騎士達は、これに賭けるしかない。


 勝算があるとすれば、ベルトラムが冷静さを欠いている事だが、逆に言えば、それに付け込むしか勝ち目はない。


 ゴルシュタット騎士。リンブルク騎士。事態を見守っている。大臣。官僚達も本来はこの事態を収めるべき騎士達が傍観している以上、手の出しようがない。ハイトマンも苦痛に耐えながら見物人の一人と化しているが、この状況を作った一因であるベルトラムに剣を渡した格好となった彼は、あれはわざとだったと仲間に説明しようと心に決めた。


「すぐに済む」


 ルキノが妻に微笑み剣を抜いて進み出た。ルキノの挑発だ。ベルトラムはその言葉よりもクリスティーネへの微笑みに激怒した。ルキノが剣を構えるのを待たず踏み込んだ。ルキノがかろうじて受け流す。だが、続けざまに打ち込まれた。


 また受ける。何とか受け流しているが、攻勢にでる隙がない。いきなり防戦一方だ。


 ベルトラムは豪腕なだけの剣士ではない。技量においてもゴルシュタットで他に類を見ない戦士だ。人間である以上、鍛えなければ衰えるのは当然だが、全盛期ならば虎将ブランとも戦い得たであろう男。ルキノも一流の騎士ではあるが超一流には及ばない。


 ルキノがベルトラムの猛攻を耐えていられるのは、皮肉にも自分はベルトラムには勝てない。その認識ゆえだ。無理に攻勢に出ず、守りに徹しているからこそ耐えていられる。実際、剣を交えるのは、これが初めてであるルキノには知る由もないが、ベルトラムの剣筋がいつにもまして粗い。それもルキノに利した。


 今のベルトラムは、一撃一撃は鋭く重いものの文字通り一撃の連続であって、二撃目、三撃目との連携がない。ベルトラムが冷静ならば、誘いの一撃を受けさせたところに返しの二撃目でルキノの首を落としているだろう。


「くぅっ」


 受けきれずに肩に剣を受けた。肩当の丸みが衝撃を流す。その襲撃が通り過ぎ、剣を構えなおした後から打撃を受けた箇所が熱くなった。それが2箇所。3箇所と増えていく。深手はないものの打撃を受け続ければダメージは蓄積される。


 頭上からの斬撃をルキノが剣で受けた。その重さに思わず膝が崩れる。不味い。その思った瞬間、さらに上からの斬劇。それも受けたが、膝が衝撃を吸収しきれずに片膝をついた。続けざまの斬撃。ベルトラムの剣は重いだけではなく早い。


 呻き声すら上げる余裕はない。ルキノは縫い付けられたように動けず耐えるしかない。ベルトラムの重い斬撃の音が謁見の間に響いた。


 差が有り過ぎた。決闘を見守るハイトマンの顔が腕の痛みよりも、この状況への苦痛で歪んだ。彼から見てもルキノに勝ち目はない。勝負を賭けたが、やはり格が違い過ぎる。甲冑を身に纏うルキノに対しベルトラムは平服。一撃でもルキノの攻撃が当たればと考えていた。それが、ここまで一方的になるとは。しかもベルトラムが冷静さを欠いてなおだ。


 ルキノに勝ち目がないと見るのはハイトマンだけではなく、誰の目にも明らか。愛情や信頼の問題ではない。片膝をついて頭上に剣をかざし、防戦一方の男が勝つなど百人中百人が思うまい。


「お父様! おやめください!」


 クリスティーネが、夫を助けようと玉座から駆け下りた。ベルトラムへ背後から駆け寄る。ベルトラムはその娘への愛情による激高と己の斬撃による打撃音で、その声が聞こえない。ルキノへと斬撃を送り続けた。しかし、ルキノからは妻の姿が見える。


「来るな!」


 斬撃を受けながら叫んだ。ベルトラムが構わず剣を振り下ろし続ける。重い打撃音が響く。


「もう、おやめください!!」


 クリスティーネが、もう一度叫ぶ。ベルトラムのすぐ後ろまで近づいていた。今度はベルトラムの耳にも届いた。ベルトラムの動きが止まり斬撃がやむ。


 ベルトラムが剣を持ったまま娘へと振り返る。状況としては当然の振る舞いだ。しかし、ルキノには妻への愛情と義父の激高により、義父が留め立てしようとする妻に剣を振りおろすかのように見えた。


「クリスティーネ!」


 妻が危ない。咄嗟にそう思った。剣を投げた。妻へとだ。妻を切る気は毛頭ない。柄が妻の足に当たるように投げた。多少の傷は負うかも知れないが命の方が大事。妻の命を助ける為の刹那の判断。


「あっ!」


 剣の柄がクリスティーネの爪先を打った。倒れた娘をベルトラムが助け起こそうとしかけたが、すぐにルキノへと怒りの目を向ける。


 冷静に考えればベルトラムが娘を殺すはずがない。その当たり前の判断が出来なかった。剣はベルトラムへと向けるべきだった。それでルキノは勝てていたかも知れず、ベルトラムに剣を向けていれば、万一ベルトラムがクリスティーネに剣を振り下ろそうとしていても、それを止める事も出来ていた。


 ルキノは自分の勝利よりも咄嗟に妻の命を守った。誰の目からも明らかだ。ハイトマンが、仕方がねえなという風に首を振った。リンブルク騎士は勿論、ベルトラムの精鋭達ですら、騎士とはかくあるべし。そう思ったほどだ。そして、他の誰でもなくベルトラムから見ても、目の前の男が何より娘の命を優先させたのは理解できた。


 殺さねばならぬ。だからこそ、この男は殺さねばならぬのだ。理不尽な怒り。常の父親ならば、娘の婿として非の打ちどころのない男を前にベルトラムは怒りに燃える。


「この愚か者めが……」


 何が愚かなのか。誰が愚かなのか。それすら考えずに言葉が漏れた。


 ルキノは剣を持っていない。甲冑を身に着けてはいるが攻撃手段がなければ勝ち目はない。甲冑の防御力を盾に組み付いたとしても、ベルトラムの豪腕には対抗できない。


 ベルトラムが剣を振り下ろし、ルキノが両腕を交差して受けた。


「ぐぅ」


 篭手が剣を防いだが、その一撃で左腕の骨には確実にひびが入った。片膝で耐えていたルキノが衝撃で崩れかけ右腕で支える。左腕は負傷。右腕一本で次の攻撃は防ぎきれない。腕を失う覚悟で止めれば死にはしないかも知れないが、その次の一撃で止めを刺されるだろう。そして、ルキノには反撃の手段がない。


 それが分かっているのか。ベルトラムが渾身の一撃を放とうと剣を高く振り上げた。そのベルトラムが背に衝撃を受けた。ドンと何かが背に当たったという感覚の後、にわかにその部分が熱くなる。振り返ると赤い髪が見えた。


「お、お父様……」

「クリスティーネ……」


 背中への一撃。それをなした者の名を呼んだ。飛ばされたルキノの剣をクリスティーネが拾った。それがベルトラムの背から伸びていた。完璧な軍人。ゴルシュタット騎士の理想の具現化。そうとまで言われたベルトラムが、娘の接近を許した。


 完璧な軍人であるからこそだ。殺気を持つ者の接近ならば気づいただろう。必ず防ぎ得た。しかし、クリスティーネに父を害そうという意思は微塵もなかった。夫を助ける。クリスティーネの頭にあったのはそれだけだ。守ろうという心を持った者の接近は察知できなかった。


 貫通はしていないものの走る勢いのまま衝突し思いの外、傷は深そうだ。父の視線に剣を取り落とした。柄が先に落ち、その重みで剣が抜ける。


 一騎打ちの決闘に第三者の介入。だが、その第三者とは一方の娘であり、一方の妻。両陣営の騎士達も動けずにいた。ぶつかったのは分かるが、どれほどの傷かは遠目には判断出来ないという事もある。


 腹を刺して抉れば腹中に空気が入る。空気には雑菌があり、破傷風を引き起こすのだ。雑菌というものは知られていない時代だが、傷が膿み死に至るのは知られている。クリスティーネは衝動的に父を刺してしまった衝撃に思わず手を離した。それが結果的に傷口を抉った。


「邪魔立てするな!」


 娘を振り払ってルキノへと剣を向けた。クリスティーネが父にしがみつく。その間にルキノが立ち上がった。剣もないが、それでも妻が父を抑えているのを見ているだけという分けにはいかない。素手でも義父に挑もうとして踏み出したその時、足元に剣が投げられた。


「それを!」


 ハイトマンだ。隣にいた同僚の剣を奪って投げた。ベルトラムに剣を渡した男が、今度はルキノにも剣を渡したのだ。


「ベルトラム殿は、私の剣を使っている。陛下も、私から剣を受け取っても良かろうかと存ずる!」


 強引な理屈。一国の運命がかかる決闘だが、それでも一対一の決闘で他者から剣を受け取るのを一瞬、躊躇したルキノだったが、ハイトマンの言葉がそれを後押しした。厳密に言えばルキノは2本目の剣なのに変わりはないが、自分の清廉を誇って一国の命運を誤らせる時ではないのだ。


「クリスティーネ! 義父上から離れよ!」


 必死で父にしがみつき、ハイトマンの声すら耳に入っていなかったクリスティーネだが、夫の声は聞こえた。僅かに躊躇した後、父の腕を放すと、そのまま夫の元に駆け寄る。


 父を傷つけてまで、その男を選ぶか。ランリエルの士官などに。ベルトラムの顔が苦痛と怒りに歪んだ。


 そういえば、どうしてランリエルと結ばず皇国と組もうとしたのか。たしか、ランリエルと同盟し皇国を打倒して衛星国家の一つでも得られれば、ランリエルと皇国が共に存続する事態となっても侮られず二国の間でゴルシュタット=リンブルクは存続できる。そう考えていたはず。


 なぜ、自分は皇国と手を組んだのか。無論、皇国と手を組みランリエルを打倒すれば皇国の後ろ盾を得て存続できるという計算も可能だ。しかし、皇国一強となれば、その思惑一つで危ぶまれる事態となる。一強よりも二強。その方が打てる手は多い。


 長期的展望を望むならば、打てる手を多くする為にも国力の増大を計るべき。相対的にである。皇国と手を組みケルディラ一国を得られたとしても、他の地域がすべて皇国の支配下に置かれては、何ほどの事があろうか。それよりも、ランリエル、皇国が両立した中での衛星国家一国を得る方が相対的には遥かに大きい。


 にも関わらず、どうしてランリエルとではなく皇国と手を結んだのか。いつから思案が変ったのか。


 娘と、その娘を奪おうとする男を前にベルトラムは記憶を手繰り、いつから計画が変ったのかを探った。そして、そこにたどり着いた時に

「ふっ」

 と、苦笑を漏らした。


 何の事はない。この男だ。この男を娘が連れ帰って来てからだ。ランリエルの士官というこの男を夫などと言い出してからだ。


「我ながら度し難い」


 賢者の賢者たる所以は、能力の完全な制御であり、的確な状況把握だ。それを精巧な機械のような精密さで制御してきたのがベルトラムである。だが、その精密機械には不具合があった。唯一の不具合だ。そして、その不具合も条件が重なって初めて発動する取るに足りない不具合。


 娘が政局にかかわる状況に置かれ、娘に近づく男が現れ、娘がその男に惹かれ、その男が情勢にかかわっている。こんな条件は今まで発生しなかった。起こるはずもなかった。だが、たまたま風に吹かれて飛んだ糸くずが針の穴に通るような偶然が重なった。誰も意図しえぬ。誰も二度とは起こせぬ。


 論理的に導き出された間違いのないと思われる結論も、視点を変えればまったく別の結論になる事は珍しくない。税金一つ取っても、生活の貧しい者は、自分達は税金が負担となるのだから税を取られても負担ではない金持ちから多くの税を取るのが正しいと言うのだろうが、金持ちは同じだけ税金を取るのが平等だと主張する。


 視点を変えれば皇国に着くのが正しいという合理的結論を導き出すのは可能。しかし、最適の視点を見出すのも賢者ベルトラムだった。その視点の制御が、ルキノを、ランリエルの士官を娘に近づけてはならない。その不具合の為に狂った。


 娘と、その男へと目を向けた。先ほどまで膝をついていた男は立ち上がり、娘をかばうように剣を向けている。娘は男の左側の背にしっかりとしがみ付いている。傷口に手をやると思いの外、出血は少ない。だが、血の量だけでは傷の深さは判断できない。

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