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愚者達の戦記  作者: 六三
皇国編
394/443

第298:対決前

 リンブルク王都に進軍するテッサーラ王国軍は無力化された。ランリエルに付く事を検討しているというベルトラムの一言により、その脅威は消滅した。だが、検討はあくまで検討であって決定ではない。


 ベルトラムが文字通り寝ている間にリンブルク王宮内の混乱もある方向へと収束していた。テッサーラ王国軍を招いたシュティールは、それがベルトラムの意向であると王宮内でも周知されていると信じているが、実際はベルトラムがそれを公表していない為、シュティールの独断と受け止められた。


 それが客観的にはどう映るか。シュティールが以前からランリエルに内通しており、テッサーラ王国軍を引き込んだように見える。ウィルケスが考えたように権力者であるベルトラムやクリスティーネ女王の承認の元にそれが行われれば友好的に見えるが、1貴族の独断では単なる裏切りにしか見えない。元よりランリエル寄りの貴族はともかく中立の者達は眉をひそめた。


「あまりにもランリエルの手際が良すぎる。もしや、以前から我等を切り崩そうと工作を行っていたのではあるまいか」

「確かに。女王陛下のご帰国に合わせテッサーラ王国軍がやってくるなど、示し合わせているに違いない」


 確かにタイミングが良過ぎ疑念を持たれるのは当然だ。サルヴァ王子もそれを考慮しなかった訳ではないが、ベルトラムが不在の間に事を決する必要があった。ベルトラムが不在の間にテッサーラ王国軍がリンブルク王都に到着していれば、リンブルク貴族達はランリエルの軍門に降っていた。


 俗にいう兵は拙速(拙いが早い)を尊ぶ、というものであり、成功すれば確かに尊いが、失敗して見れば確かに拙い。あくまで結果論だ。


 そして、ランリエルが初めから自分達を騙す積もりだったのでは? と、思えば心情的に拒否感が芽生える。テッサーラ王国軍という重しが無くなったのも大きい。


 とにかく、軍勢という重しが無ければ貴族達も自由だ。貴族達も、これは何かある。と、事態を見守っている。


 そもそも現在は奇妙な状況だ。連れ去られていたクリスティーネがやっと救い出されたのだ。一も二も無く父と面会したいと考えて当然。ベルトラムとしても、過剰ともいえるほど娘を大事にしていたのは周知の事実。それが王都にやってきたにも関わらず何日も会わずにいたのだ。


「もしや、御二方とも、誰に連れ去られたかご承知なのではあるまいか?」

「なるほど……。ならばこそ、あれほど落ち着いていられるのかも知れませぬな」


「しかし、そうなると女王陛下を連れ去ったのは、御味方という事になるぞ」

「確かに、誰に連れ去られたかが分かっていれば、それが敵でも安心。とはなりませぬからな」


 そして、帰国したクリスティーネが、突如、ランリエルとの同盟を唱えた事を考えれば、女王を連れ去ったのはランリエルの一派。そう推測するのが自然だ。


 ランリエルは、我等を騙そうとしているのか。ベルトラムもそれを承知しているのか。それによって状況は全く変わる。しかし、当のベルトラムは沈黙を保ったまま。貴族達は判断が付かず身動きが出来ずにいた。ベルトラムは、ほとんど何もしないままテッサーラ王国軍と貴族達の動きを封じたのだ。


 ついに、ベルトラムがクリスティーネに面会を求めた。護衛はゴルシュタットから連れて来た騎士50人。勿論、クリスティーネと面会する王座の広間に入るのは半数にも満たないが、扉の外で待機させ一声でなだれ込んで来る。


 敵兵など居ない筈の王宮で過剰な人数にも思えるが、ベルトラムの豪胆とは根拠なき無謀ではなく万全の対応をとった結果。逆に言えば不測の事態があり得れば万全の態勢を取る。万全の対応と万全の態勢。常に大人数に守らせる臆病者との違い。故に人はベルトラムをこう評する。重厚。


 ルキノ達は集まって検討に入ったが、皆は一様にして険しい表情だ。


「どうする? 広間だけの人数なら、こっちはお前の部下を入れれば同程度だ」

「私の部下達も並みの騎士が相手なら五分以上に戦えますが、ベルトラム殿の精鋭には足元にも及ばぬでしょう。勝負をかけるには分が悪いですな」


 ルーペルトの部下達とて選び抜かれ鍛え抜かれた者達だ。しかし、選ぶ方針も鍛える方針も違う。武芸に秀でた者を選んで鍛えたのと、諜報活動まで考慮して選び武芸と諜報活動を鍛えた者が武芸で競えば差が出るのは必然だ。


「だが、手をこまねいて無策でベルトラム殿と会う訳にはいくまい。やはり……私が妻の傍に居るべきだろう」


 父をこの世で一番と敬愛していたクリスティーネだ。だが、目の前で父が部下の腕を切り落とすのを目の当たりにしてから、尊敬の念とは別として、抑えきれぬ恐怖がある。彼女を落ち着かせるには、どうしてもルキノが傍に居る必要があった。


「だが、あんたの変装なんて、奴は簡単に見抜いちまうんじゃないか?」

「私もそう思います。ベルトラム殿の目を欺くのは至難の業。陛下が参加するのはあまりにも危険です」


 現実的な話ならば、ルキノは広間に入らず外で待機して様子を伺い、形勢不利となれば一目散にランリエルに逃亡する。それが一番だ。ベルトラムがクリスティーネを害するはずもなく、ルキノにはリンブルク王としての政治的価値がある。


 クリスティーネはルキノの退位を認めない。また認めたとしても、それはベルトラムによって強制されたものだ。と主張し、不当に王座を追われたリンブルク王の要請と、ランリエルはリンブルクに攻め込む大義名分を得る。


「いや、ベルトラム殿の目を欺けぬからこそだ」

「目を欺けぬからこそって、それで玉砕しては元も子もねえぜ」


 ハイトマンと仲が悪いと思われているルーペルトも頷き同意した。その光景に思わずルキノは笑みを浮かべる。この2人が実は仲が悪いのではないとルキノは察していた。特にハイトマンがあえて仲が悪いように演出しているのだ。なぜかと言えば、ルキノの立場を慮ってだ。


 集団の中では頭一つ抜け出て武勇に優れるルキノだが、今回のような活動ではハイトマンやルーベルトに一日の長がある。その2人が仲良く協力し合えば効率としては良いが、集団としてルキノの存在価値が無くなる。ルキノはリンブルク王としてランリエル皇帝からの要請を受け、リンブルク騎士達とランリエルから派遣されたルーベルト達との纏め役。それがルキノの存在価値。だが、ハイトマンとルーベルトが手を取り合い協力すればルキノはお飾りとなる。


「彼等が全てやってくれるので俺は楽でいい」


 そう放言し器の大きさを見せるには、その基盤となる実績もない。ルキノが居るからこそ集団が纏まる。ハイトマンとルーベルトが、そう演出してくれている事をルキノは理解していた。


 この者達を置いて、自分1人逃げ出すわけにはいかぬ。そして、何より妻の事もある。


「ベルトラム殿を欺く積りはない。堂々と対面する。勿論、この髭も剃ってだ」


 今のルキノは髭を伸ばし眼つきも意識して変えている。それらの変装を脱ぎ捨て素顔を晒すのだ。


「しかし、それに何の意味がある? 奴はお前さんを娘を奪った男と恨んでるんだろ? むざむざ殺されに行くだけじゃないのか?」

「そうです。確かに女王陛下は貴方が傍に居なくてはまともに喋る事も出来ますまい。そして貴方が居れば多少なりともベルトラム殿に対抗できるかも知れません。ですが、それで女王陛下がベルトラム殿に勝てる訳もなく焼け石に水です。たとえ……女王陛下に代わって貴方がベルトラム殿と対決する、としても……です」


 ハイトマンに同調したルーベルトの歯切れが悪い。しかし、自分が義父に対抗出来ないのはルキノ自身が一番よく分かっている。


「確かにベルトラム殿が娘である我が妻を害する心配はない。おそらく、以前のようにどこかの屋敷に監禁する程度だろう。安全という意味では、これ以上の安全はないかも知れない。そして妻が安全ならば私も逃げれば良いだろうと」


 ルキノ達はクリスティーネをベルトラムの元から「救出」した。それを守っていたのは自らの命を投げ出してでも彼女を守ろうとした少女達だった。もし次に監禁されるとすれば、更に厳重に、そして手厚く守られるだろう。


「だが、ベルトラム殿は、次に妻を監禁するとすれば、それは……一生、死ぬまで妻を閉じ込め続けるのではないか。そう思えてならない」


 ベルトラムの狂気。ルキノはそれを感じていた。そして、あの命を捨ててまで妻を守ろうとした、あの者達ならば、たとえベルトラムが死んでも、それを忠実に守り続けるのではないか。確証はない。だが、そう思わせるものがベルトラムと少女達にはある。


「い、いや、娘がかかわるとおかしくなるようだが、流石にそこまでやるか?」

「絶対にと言える訳ではないが、ベルトラム殿ならやるかも知れない。そう感じるのだ」


「感じるったって……なあ?」


 ハイトマンが珍しくルーベルトに同意を求める視線を送った。ルキノが前面に出るという話が、この豪胆な男ですら度を失わせていた。視線で援護を要請されたルーベルトだが、しばらく言葉を発しなかった。ハイトマンとルーベルト。優劣つけ難い2人だが、得意分野は違う。ハイトマンは裏仕事もこなす男だが、ルーベルトはこの分野が専門だ。


「ベルトラム殿は理性的な方。多くの者がそう評するでしょう。ですが、娘であるクリスティーネ様の事になると、それが曇るのも事実。そのクリスティーネ様とかかわっているベルトラム殿のお姿を一番間近で見ているのはルキノ、いえ、ラルフ陛下です。陛下がそう仰るならば、私の私見など意味をなしません」


 人間、誰しも裏の顔がある。それを見破り付け込むのが諜報活動に従事る者達の仕事だ。ルーベルトはベルトラムの裏の顔を知るルキノの判断を尊重した。


「ですが、それと陛下がベルトラム殿と対決するのを良しとするかは別です。女王陛下、奥方と二度と会えなくなるなら自身の手で、それを阻止したいとお考えのようですが、あまりにも勝算が低い賭けです」

「そうだぜ。あんただって死にたい訳じゃないだろ? 生きていりゃ、まあ、なんとかなるもんさ」


 常識的に考えればそうだ。如何にベルトラムがクリスティーネを匿おうと生きている人間を隠し通すのは困難。一旦逃げても、この後に総力を挙げてベルトラムを打倒し、クリスティーネを探し出せば再会するのは可能。普通はそう考える。


「もう一度、匿われている妻を探し当て、そして、もう一度あれをやるというのか?」

「あれ? ああ……あれ、か」


 ルキノの言わんとするところを察したハイトマンの表情が険しいものになる。ルーベルトも目を閉じ小さく首を振った。2人にとっても、それは苦い過去だ。


 捕らわれの女王陛下を救出する。物語ならば、女王を捕らえている者達など悪者であり、それをいくら倒そうが問題ない。救出に向かった勇敢な者達によって退治されて女王は救出。めでたしめでたしだ。しかし、現実はそうではない。


 悪意あって女王を捕らえているのではなく、上からの命令で女王を護っているのだ。その者達には何の悪意もなく忠実に命令を守っているに過ぎない。男に近寄れぬクリスティーネを護っていたのは侍女に扮した訓練された少女達。その少女達は、武力では敵わないと見ると武器を捨てクリスティーネを殺さないで欲しいと自らの首を差し出しすらしたのだ。彼女達は女王を捕らえる悪者だったのか。


 彼女達には何の罪もなかった。それどころか妻を命がけで守ろうとした。もし、屋敷に踏み込んだのが本当に野盗ならば、彼女達はクリスティーネを命を賭けて守り通しルキノにとっては感謝すべき相手。それを皆殺しにした。


 サルヴァ王子やディアスならば、戦を起こせば理不尽に命を落とすものなどいくらでもいる。そう言うだろう。それを避ける為に、さらに多くの死者が出る道を進むことこそが理不尽。そもそも理不尽が起こるならば戦争をすべきではない。と、いうならば攻めてくる敵に殺されろというのか。剣を捨て奴隷になれというのか。と一笑に付す。


 今回、確かにランリエルから攻めた。しかし、いずれ皇国から攻めてくるのは確定された未来。ならば、少しでも有利に進める為に、こちらから攻めて何が悪い。敵がこちらを殺す為に剣を研いでいるのを研ぎ終わるまで待つ必要などないのだ。


 しかし、ルキノにはそこまで冷徹な計算は出来ない。少女達を殺した当事者という立場の違いもある。頭では理解出来ても、心が納得出来るかは別だ。


「今回で決着を付ける。同じ事を繰り返すわけにはいかぬ」

「だが、あんたの奥さんは、あんた以外の男には近寄る事すら出来ないんじゃなかったか? あんたに何かあったら奥さんはどうする?」


 ハイトマンは言葉を選んだが、何か、とは死んだらという事だ。ベルトラムによる教育。そして監禁される前の事件により、クリスティーネは以前にも増してルキノ以外の男を受け付けないのだ。これでルキノまで失えばクリスティーネの女としての幸せは失われる。


「妻には幸せになって欲しいと思っている。だが、もし今、離れ離れとなれば、俺にはそれをしてやる事は出来ない」

「そりゃまあ、そうなんだろうがよ。だからって仕方がねえじゃねえか。あんたと二度と会えなくなっても奥さんは幸せになれねえ。あんたに何かあっても幸せになれねえっていうなら……まあ、生きてる方がいいじゃねえか」


 ハイトマンは、言葉を選ぼうとしたが適切な言葉が見つからなかった。確かに結果が同じなら死なない方が良いに決まっている。


「しかし、何もこの世に男は俺だけではない。他にも妻を幸せに出来る男が居るかも知れぬ」

「いや、あの奥さんは、あんた以外の男は眼中ないだろ」


「俺が、この世から居なくなったとしてもか?」


 ハイトマンが口を開きかけて閉じた。ルーベルトは何か言いたげだったが口を閉じた。暫くしてハイトマンが口を開く。


「それは、流石に止めた方がいいんじゃないか? 正直、頭がどうかしているし、奥さんだって喜ばんだろ」


 仮にも一国の、いや、自国の王に対して頭がどうかしているとは暴言。しかし、目の前で死んで見せれば妻も諦めて他の男と幸せになるかも知れない。とは、確かに頭がどうかしている。クリスティーネにしても喜ばぬどころではない。


「だが、会えもせぬ俺をいつまでも待ち続けるのが妻の幸せとも思えぬ」

「そうは言っても、目の前であんたが死んだりしたら、それこそ奥さんの方こそ、どうかしちまうんじゃないか?」


 もはや、ハイトマンも言葉を選ばない。しかし、ルキノも彼の言葉使いを気にした様子はない。自身の王位が、立場上でしかないのを誰よりも理解しているのは彼自身。もはや、彼の命令で動くリンブルク兵など一兵もいないのだ。


「確かに妻は大きな衝撃を受けるだろう。だが、大きな傷も時が経てば癒える。俺が生きていずれ会えると待ち続ければ、それはじわじわと病んでいくようなものではないか」


 ルキノが生きていれば、クリスティーネは、いつまでも待ち続けるだろう。愛し続けるだろう。だが、愛する者と会えないという心の負担は、じわじわと彼女の心を蝕んでいく。ルキノを病に例えるのは適切ではないかも知れないが、毒素が身体に回り、じわじわと死んでいくくらいなら患部を切り取る治療もある。


「しかし、だからって。なあ。常識的に考えれば、生きてりゃどうにかして再会する方法もあるんじゃないか? それを考えた方が建設的だろ?」

「常識的に考えれば、そうなのは俺も分かっている」


「じゃあ、なんでだ?」

「ベルトラム殿が常識で計れる人ではないからだ」


 ルキノが、なぜ、ここまで思い詰め事態を重く見ているか。ハイトマンと結論が異なるか。結局は、ルーベルトが言ったようにルキノが一番ベルトラムを知る。その言葉が全てだ。そして、そうなれば他者に、それを否定する言葉はない。ハイトマンも、何とか言葉を探そうと額に手をやり思案したが、適切な言葉は見つからなかった。


 ハイトマンが首を振り、あきらめたように口を開いた。


「だが、覚えておきな。自分が死ねば良いってのは、それは逃げだぜ」

「分かっている」


 ルキノが短く応じた。ベルトラムとの対決が迫っていた。

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