表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
愚者達の戦記  作者: 六三
皇国編
390/443

第294:西進

 バルバール王国軍、北進。


 北ロタとの停戦交渉が長引き静止していたバルバール王国軍が動いた。突如、北に進路を取り猛進したのである。これある事を予測していたグラノダロス皇国軍首脳部も、それが’今’とは予測出来なかった。


「バルバールは、北ロタと停戦したばかりでは無かったのか!?」

「報告では、ほぼ全軍を率いての行軍という。正気とは思えぬ」


 大兵力を有する皇国軍だ。兵が足りない訳ではないが大軍であればあるほど簡単には動かせない。数千ならともかく、バルバール王国軍に対応出来る軍勢を編成するには、かなりの日数を要する。皇国軍首脳部は狼狽した。


 確かに皇国から見捨てられた感のある北ロタだ。それを恨み停戦を契機にランリエル側に真に寝返ったと見る事も可能だが、それはランリエルに取っても希望的観測。つい先日まで敵であった事に変わりなく、それを捨て置いて全軍を動かしては、後方を遮断されかねない。


 軍事において作戦行動中に後方が遮断されるのは確実な敗北を意味する。到底、出来る事ではないのだ。決して無能ではない皇国軍首脳部が、それを予測出来なかったとしても責めるのは酷だ。


「しかも、バルバールのグレイスと北ロタのブランが一騎打ちを行い、共に左腕に浅からぬ傷を負ったと聞くぞ」


 グレイスとブランとの因縁は、この大陸の騎士達の最大の関心事の1つだ。どういう経路か、その決着は皇国軍にも伝わっていた。


「ああ。猛将グレイスも片腕を失っては、バルバール王国軍の脅威も半減だ。それを押して来るとは」


 現実にグレイス1人が抜けたところでバルバール王国軍の戦力が半減したりはしないが、バルバールといえば総司令ディアスと猛将グレイスの二枚看板。その一枚が抜ければ、直感的にはそうだ。


「しかし、バルバールには虎将ブランも参陣している。ブランでグレイスの穴埋めする算段ではないのか?」

「だが、そのブランも左腕を負傷しているのだろ? では、役に立たないのは同じではないか」


 結局、どうしてバルバールが無茶な行軍を開始したのかの結論は出ず、皇国軍首脳部は賢明な対応を取った。考えても分からぬ事の議論を放棄し、現実的に必要な手を打ったのだ。


 バルバール王国軍は4万の大軍。多くの物資を乗せる車両も同行し道なき道を進むのは不可能。おのずと進軍経路は限られる。バルバール王国軍の進路を予測し、その中でも要衝となる2ヶ所に5千の兵を派遣し、防御陣を敷いて対応すると決定した。


「第一陣はサンセーニュ川の対岸で迎え撃ち。万一第一陣が抜けられれば、第二陣は第一陣の残兵を収容しティエールの隘路で柵を並べて防ぐ。かなりの日数が稼げるはずだ」

「うむ」


 サンセーニュ川は、旧ロタ王国から皇国の衛星国家デル・レイ、アルデシアとの国境を流れる大河。川幅が広い代わりに浅瀬も多く、徒歩で渡れる箇所もあるが、皇国軍の第一陣が布陣した箇所は流れも速く難所だ。


「10日持ち堪えれれば十分だ。敵の行軍日数も勘案すればバルバールを上回る戦力を編成するには十分な時間が稼げる。そうなれば直ぐに駆けつけるから、お前達はその間、防御に徹するのだ」


 皇国軍首脳部は、そう派遣部隊隊長に命令し5千の軍勢が南下したのだった。



 北ロタ王国との停戦交渉完了直後に北進を開始したバルバール王国軍だが、総司令フィン・ディアスは無謀な男ではない。北ロタは裏切らないという十分な計算があった。


 皇国軍首脳部がその計算結果を得なかったのは、彼等が無能だからではない。今まで幾度もロタや北ロタと戦って来た経験による情報量の差である。ディアスが得て、皇国軍首脳部が得ていないその情報とは、彼等が青臭い。というものだ。


「ブランを連れて行くからね。リュシアンは裏切れないさ」


 裏切る裏切らないは国家の存亡にもかかわる。一将軍の命を惜しんで決断を誤るべきではない。ディアスはグレイスの命と引き換えにバルバールの方針を誤らないし、それは皇国軍首脳部も同じだ。一武将の命と引き換えに国家の方針を変えはしない。


 なぜ、北ロタはそうするかといえば、奴らは青臭い。からである。皇国軍首脳部は腕を負傷しているブランを役に立たないと断じたが、人質としての価値は十分にあった。


「でも、密かにブラン将軍と連絡を取って、ブラン将軍にこちらを抜け出して来いって言うかも知れませんよ」

「ブランがそれを良しとしないさ。彼の部下も居るからね」


 グレイスとの決闘をさせる時にはブラン1人だけをバルバール王国軍に所属させたが、決闘後は彼の部下百名ほども所属させた。ブランの傷が癒えぬ現在、反乱されても制圧は可能であり、かつ、人質には有り余る数だ。


 サンセーニュ川に到着したバルバール王国軍は攻撃を開始した。正確に記すならば猛攻を開始した。隊列を幾重にも組み、波状攻撃を行ったのだ。


「奴等、何を考えてやがる!」


 激しい攻撃を予想していた防衛部隊の隊長ボルセルも、バルバール王国軍の非常識なまでの波状攻撃に思わず叫んだ。バルバール将兵がバタバタと倒れていく。確実に皇国軍より損害が多いのだが、ディアスは命令を撤回しない。


「これが、あの名高いフィン・ディアスの戦法だと言うのか」


 ボルセルの顔が青い。派遣された5千の兵の内、第一陣は3千。突破されれば兵を率いて第二陣に合流する。戦いとは意外と人が死なぬものであり、敗走し四散する兵を考慮しても第二陣では4千以上の兵で迎え撃てる計算だった。


 だが、ディアスの猛攻は常軌を逸していた。味方を2人を失う代わりに敵を1人殺すような蛮行なのだ。このままでは、バルバールは6千を失うが自分達は全滅する。


「隊長。どういたしますか?」


 副官が震える声で指示を仰いだ。副官の顔も青い。その震える声と顔色で撤退命令を望んでいるのは明白だ。


「撤退は……せぬ」

「し、しかし、敵は損害を度外視して強引に突破する積りです。そのような者を相手にする必要はありません」


 戦争とは敵味方の損害を計算して行うものだ。損害度外視の狂人など相手にしては居られない。


「いや、損害度外視の猛攻を行えば、我等が引く。それこそがフィン・ディアスの計算だ」


 ボルセルは断言した。そして、それは正解である。それがディアスの狙いだ。問題は、正解したところで事態が好転しない事だ。現実に、バルバール王国軍に倍の損害を与えながらも、皇国軍は刻一刻とやせ細っている。


 想定では、バルバールはこちらの陣を小さく突き回して隙を見つけ、そこに兵を集中して攻撃を仕掛けてくる。こちらはそれに持ち堪えきれずに撤退する。それで双方、数百の損害。それで数日の時間を稼げる。そう予想していたのだ。


 ディアスは、猛攻を行えば損害を恐れて撤退する。その方が結果的に損害が少なくなる。そう計算しているに違いない。


「我等が耐えていれば、奴等こそが予想外の損害に恐れをなして後退するはずだ!」


 言霊。口にすればそれは事実となる。ボルセルは自らに言い聞かせるように叫んだ。副官が蒼白な顔で頷く。各方面の部隊にも持ち場を死守するように命令が伝達された。


 皇国軍とバルバール王国軍との我慢比べだ。皇国軍は消耗し、バルバール王国軍はその倍の速度で損害を出している。


「キロス中隊。損害多数。後退します!」

「さっき同じように後退した部隊があっただろう。それと合流して、前線に出させろ!」


「ですが、残っている者も大半が負傷しています。これ以上は……」

「負傷していない者など居るか!」


 ディアスは、なぜ耐えられる。組んでいるボルセルの腕に自らの爪が食い込む。既にバルバールの損害は千を超える。これだったら普通に攻めた方が良かった。今からでも作戦を中止し、通常の攻撃に切り替える。そう判断しても良いはずだ。


 両軍が消耗していく中、驚くべき報告が前線から齎された。


「隊長! ディアスです! 敵将フィン・ディアスを目撃したという報告が!」

「何? 奴が前線に出てきたというのか!?」


 ディアスは、前線の猛将ではなく帷幕の将だ。敵味方の前に姿を晒し士気を鼓舞するのではなく、後ろにあって策を巡らせ勝利を得る将である。普段は、敵に姿を晒したりしない。


「い、いえ。それが……」

「なんだ、違うのか? それでは、どこで見たというのだ?」


「敵は、サンセーニュ川手前の小高い丘に本陣を構えております。矢は届きませんが肉眼でも視認できる距離です。その本陣の前までディアスが出てきているのですが……」

「出て来て、どうした?」


「寝ている。というのです」

「寝ている……だと?」


「は。草むらに横たわり、寝ているようにしか見えないと……」


 ボルセルは驚愕し唖然とした。自分は、味方の損害に神経をすり減らせ耐えている。ディアスも、そうに違いないと考えていた。我慢比べだと信じていた。しかし、同じく神経をすり減らしているはずのディアスは寝ているのだ。


 そのディアスの行為は、バルバール王国軍でも眉をひそめる者も多かった。


「ディアス総司令。よろしいのですか……?」


 ディアスを敬愛、尊敬する事にかけては世界で2番目であると自認する従弟のケネスですら控えめに問いかけたほどだ。その声に寝転がっていたディアスは、ちらりと視線を向けた。


「私は、損害出してでも強行突破せよと命じた。後は、それが完了するまで待つださ。寝ているしかやる事がないよ」


 それだけ言うと、背を向け目を閉じた。この態度にバルバール将兵も問題視しディアスへの信頼が一割ほど減少したと言われたが、ディアスは意に介しはしなかった。


 しかし、逆にディアスへの評価を一割どころか倍増させた者が居た。敵である皇国軍隊長ボルセルである。


 どうする? こちらも寝て見せるか? いや、馬鹿げている。双方、このまま消耗していけばバルバールは6千。皇国軍は全ての兵を失う。それも、最後の一兵まで戦えばだ。


 ディアスは寝ている。戦況を見ない。命令を絶対に撤回しない。その姿をあえて我等に見せた。我が軍を撤退させる為の心理戦。それは分かっているが駆け引きではない。駆け引きとは、神経戦の上、相手に誤った判断をおこさせるものだ。奴は、こちらに正しい判断をしろと命じているのだ


 皇国軍は撤退を開始した。ボルセルが皇国軍首脳部から受けている命令は、バルバール王国軍を足止めして時間を稼げというものであって全滅するまで抵抗しろというものではない。全滅するまで戦っても、いくばくかの時間も稼げないなら無駄だ。


 この戦いの結果、皇国軍は千の兵を失い、バルバール王国軍は2千を失った。


 サンセーニュ川を撤退した皇国軍は、予定通りティエールの隘路で合流した。四散、逃亡した兵も居たが、合計4千近い軍勢である。そして、ディアスはここでも損害度外視の猛攻を行ったのである。そして、ティエールでの戦いでも双方の損害は目を覆うばかりだった。


 サンセーニュ川とは違う。ティエールは最後の防衛線。と皇国軍は頑強に抵抗したのだ。流石に最後の一兵まで戦うとは現実には起こりえず、兵力の過半を失った時点で皇国軍は敗走したが、バルバール側の損害も実に5千を数えた。先の戦いの損害を合わせれば、これまでで7千の兵を失ったのだ。


 圧勝だった北ロタとの戦いの、実に10倍を超える損害だ。その結果、皇国軍首脳部が10日は足止め出来ると想定していたバルバール王国軍の進撃は2日だけの遅れに留まった。稼いだのは8日間。時は金なり、いや、時は人命なり。1日辺り、千近い兵の命と引き換えに時を買った。


 バルバール王国軍の猛進に皇国軍首脳部は恐慌した。単に、予想よりも早い進撃に軍勢の編成が間に合わなかったというだけではない。これだけの損害を出してまで、何を目論んでいるのか。何か仕掛ける気に違いない。


「兎に角、今、動かせる兵は全て防備に回せ! 多少、他の部署が手薄になってもやむをえん!」


 この方面の皇国軍はランリエル勢とセルミア王都とを対抗するのが任務だ。編成未完の強引な兵力の移動で防備の手薄な箇所が出来たが、2万の兵をかき集めた。


 しかし、これからのバルバール王国軍の進路に防御に適した要衝はない。いまだ、3万を超えるバルバール王国軍と、それを率いるディアスに対抗するのは不安だ。皇国軍首脳部は、最悪、この2万が全滅する事態を想定し、更に兵を集める必要に迫られたのだ。


 バルバール王国軍を迎え撃つ皇国軍は、多少なりとも地の利を得ようと小高い丘を選んで陣を敷いた。バルバールは、その手前3000サイト(約2.5キロ)の距離にある生い茂った森に陣を構えた。軍勢の大半が森に隠れ、それが皇国軍の警戒心をさらに強めた。


 だが、猛攻に猛攻を重ね猛進していたバルバール王国軍は、ここに来てその動きが鈍化した。皇国軍の編成が完了するまでの捨石と悲壮な覚悟を決めていた防衛部隊だが、この状況に安堵すると共に警戒を深くした。それどころか、皇国側とランリエル側は各方面で対峙し微妙な均衡の元、その天秤は吊りあっている。ここの戦況がランリエルに利すれば戦況全体の天秤がランリエルに傾き兼ねないと、大陸全土の耳目がこの一点に集中したといっても過言ではない。


「敵は、あのフィン・ディアスだ。何を企んでいるか分からぬ。あれだけの犠牲を出し、ここまで猛進したのだ。我等の気が緩む隙を突き、一気に突破する算段やも知れぬ」

「もしかすると、我等が思いも寄らぬ策を秘めているのかも知れぬぞ」


 バルバール王国軍の背後は既に敵の勢力圏だが、左右には多くの偵察を出し索敵に余念が無い。しかし、バルバール王国軍に動きは見えず、遂に皇国軍の編成が完了し、6万の軍勢がこちらに向かって行軍を開始したと報告があった。


「ここに至るまで動かぬとは、ディアスは何を考えているのか」

「策が無いとは思えぬのだが……」


「猛進してきたものの、我等が迅速に立ちふさがるとは予測していなかったのではないか?」

「まあ、なくはない……か」


 犠牲を出してでも急げば、セルミア王都を包囲する皇国軍の背後を直撃できる。そう考えていたが新たな軍勢が立ちふさがり、これ以上は損害を出せぬと立ち往生した。ディアスとしてはお粗末な話だが、可能性としてはありえる筋書きだ。


「しかし、あのフィン・ディアスがな……」


 それでも、納得し難い者も多かったが、その答えは早馬によってもたらされた。彼等はその報告に驚愕し、改めてフィン・ディアスの智謀に戦慄した。アルデシア王国王都ヴェルトロンが、バルバール王国軍によって陥落したのである。王都ヴェルトロンは、ここから西南西25ケイト(約210キロ)の距離にある。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ