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愚者達の戦記  作者: 六三
皇国編
389/443

第293:決着

 広場は、城下に住む人々の憩いの場だ。常のこの時間ならば多くの親子が集い子供達は駆け回り、母親達は雑談に興じる。平和な光景が見られるはずだ。


 今。子供達が駆け回るはずの広場の敷石は、ところどころ血で赤く染められていた。集うのも可憐な子供達ではなく、美しい、或いは逞しい母親達でもない。屈強な男達が集い、その中心では彼等を凌駕する鍛えられた肉体を持つ男が2人。広場を赤く染める鮮血の持ち主だ。


 その鮮血も2人の中でも背の高い男の物が大半だが、もう片方の男も並みの者ならば戦意喪失してもおかしくないほどの痛手。胸板が大きく切り裂かれ、血が滴り落ちている。背の高い男は一つ一つの傷は比較的浅いが、それでも首筋にある傷は紙一重で致命傷になりかねない。


 しくじったか。グレイスが小さく漏らした。


 ブランの間合いギリギリのところで踏み込み攻撃を誘い、奴の強烈な一撃を受け流して相手の急所を狙う。それが基本的な戦術だが、致命傷を与えられず戦術を変更し更に踏み込んだ。僅か数ミールの差でブランの首筋に与える傷は動脈に達し、勝敗は決する。はずであった。しかし、僅か数ミールの差で傷を負ったのは自分。受け流しきれず、その数ミールの差がそのまま胸の傷の深さとなった。


 グレイスが踏み込んだ。深く。ブランの虎牙槍が襲う。縦に振り下ろされた。戦棍で受ける。流した。流して踏み込む。踏み込んだグレイスの胸板を虎牙槍が切り裂く。戦棍がブランの首を狙った。かわす。鮮血が飛ぶ。グレイスの傷が深い。戦いを見守る兵士達から悲痛な呻きが漏れる。


 群集のほとんどはバルバール兵だ。2人の決闘を望んでいたが、グレイスが勝つと信じていればこそだ。ついさっきまで、外傷という意味ではグレイスは無傷だった。それが、胸に2ヶ所の深手を負い劣勢となった。


「不味いな……」


 リュシアンが呟いた。アレットが視線はブラン達を捕らえつつ言葉を向けた。


「ブランが勝っているように見えるけど?」


 リュシアンも視線を変えず応じる。


「博打に必勝法、とまでは行かないが、かなり勝つ確率が高い方法があるのを知っているか?」

「博打に? そんなのがあるんだったら、誰も博打に負けないんじゃないの?」


 この間も視線はブランとグレイスに向きたままだ。


「誰にでも出来るって訳じゃない。賭ける元手と度胸があればだ。何度も賭け、その内1回でも勝てば良いなら、いずれは勝てる」


 金貨1枚で負ければ、次は2枚を賭け、それでも負ければ次は4枚。10連敗もしようものなら莫大な金額となるが、普通は10連敗などしない。勿論、10連続といえば極僅かな確率と思えるが、1回、1回の確率は五分五分。ならば負け続けてもおかしくはないと、賭け続ける恐怖に負ける者が大半だ。


「グレイスが何度も同じように攻撃して、一回でも成功すればブランが負けちゃうって事? グレイスも無事じゃなさそうだけど?」

「ああ。奴の命が尽きるのが先か、奴の戦棍がブランの急所を捕らえるのが先かだ」


 グレイスは、己の命を削って賭け札としているのだ。それも、後、3回。よくて4回。しかし、双方の技量を比べれば、その内の1回成功すれば良いのは悪い賭けではない。


 グレイスが動いた。ブランも動く。グレイスの頬が深く切り裂かれた。ブランの右の額から僅かに血が流れた。バルバール兵から落胆の溜息が漏れた。やはり、兵士達にはブランが優勢に見えるのだ。だが、ブランの表情は険しい。額をかすっただけに見えるが、数ミールずれていれば致命傷になっていた。


 ブランが踏み込む。左手を虎牙槍から離した。右手一本の斬撃。片手の分、数ミール伸びる。その数ミールがグレイスの胸板を深く切り裂き致命傷を与える。グレイスが戦棍で受けた。流さない。押し切った。片手の虎の牙は軽かった。虎牙槍が弾かれる。ブランは無防備だ。


 虎牙槍を押し切った戦棍が翻る。ブランの額に延びた。


 メキョッ。


 奇妙な音が鳴った。左手で受けた。戦棍が骨を砕き肉を飛び散らせた。手の甲から戦棍の棘が突き出る。ブランが左手で戦棍を迎え撃った。穴だらけの手で戦棍を掴む。弾かれた虎牙槍が戻る。ブランの頭部を襲う。グレイスが戦棍を引いた。両腕と傷付いた左手。勝負にならず引かれる。だが、僅かな抵抗が、僅かな時を稼ぎ、僅かに姿勢を崩させた。阻む物なく、虎牙槍が振り下ろされた。


 鮮血が散る。ゴトリと重い音が石畳に鳴った。遅れて戦棍の先が石畳を打った。石畳を砕く。ブランの足先に小石が転がった。振りぬかれた虎牙槍が石畳を打ち砕いたが、虎の牙も砕けた。


 グレイスが崩れ落ちる。踏み止まった。戦棍を杖に立ち上がる。左目が切り裂かれていた。左腕の肘から先が無い。傷口から血が滴り落ちている。


 戦棍を引き姿勢が崩れ、虎牙槍の狙いが逸れた。致命傷は避けたが、代償に左目と左腕を失った。虎牙槍も刃の大半が砕けたが、打撃に用いるには問題ない。


「やるか? 俺も左手は使えん。同じようなもんだ」


 ブランが言った。グレイスの左腕が飛び、グレイスの敗北に声を失っていたバルバール兵士達が顔を見合わせた。まだ、勝負は付いていないのか? グレイスに視線を向けた。


 グレイスの息が荒い。


「こっちゃあ目もやられているんだ。同じじゃねえだろ」


 荒い息と共に吐き捨てた。確かに、数ミールの間合いで勝負していた彼らだ。片目となり距離感を失ったのは、片腕を失った以上の損失とも言える。やはり、これで終わりなのかとバルバール兵達が俯いた。


「だが、やめるとは言ってねえ」


 グレイスが戦棍を残った左の二の腕で支えて構えた。ブランが仕掛けてくれば突きで迎え撃つ。急所を狙えば片腕でも仕留めるのは可能だ。この間も腕からは血が滴り、血を失ったグレイスの顔は蒼白だ。


 ブランが刃の欠けた虎牙槍を右に構えた。ブランも左手は使えない。添えるだけだ。そのまま突進。片目のグレイスは間合いが取れない。


 奴が振り下ろした瞬間に合わせるしかねえな。


 グレイスは覚悟を決めた。これが最後だ。間合いの取れぬ目では、ブランの攻撃をかわすのは不可能だ。先に当てる。それだけが勝機。


 悪かねえな。


 敗北寸前のギリギリの勝負。ララディとの戦いに勝る危機的状況。それに打ち勝つ。今後の戦い。いや、生活にすら支障が出るほどの傷を負った。だが、今はそんな事はどうでもいい。


「ゴォゥッ!」


 虎が吼えた。今まで吼えず牙を繰り出していた虎が、最後に咆哮した。幾人かのバルバール兵が、その威圧に尻餅を付いた。グレイスすら、固形物かのような重圧を感じた。残った右目を細め耐える。


 ブランの身体が大きく感じる。耐える。ブランの突進。近づく。まだ振り下ろさない。


 ゾクリ。と、背筋に冷たいものが奔った。ブランがでかい。威圧による錯覚か? いや、事実でかい。いや、でかいのではない。近い。のだ。


「はっ!」


 グレイスが戦棍を繰り出し突いた。ブランの虎牙槍を振り下ろさないままの、身体がぶつかるほどの突進。虎牙槍が振り下ろされる想定の打撃点がずれた。ブランの胸骨の中心を打った。近すぎる。戦棍が延びきらない。威力が半減だ。そのまま踏み込んだ。


 ブランが、ここで虎牙槍を振りかぶった。グレイスの目の前。右手を支点に左腕で柄をかき上げる。柄の反対側の石突きが、グレイスの顎を突き上げた。グレイスの顔が大空を見上げ、空の色を感知する間もなく意識が途切れた。


 グレイスが天を見上げたまま石畳に膝を付いた。その勢いで頭が前に垂れ下がる。その姿勢のまま倒れずにいるが、意識がないのは誰の目にも明らかだ。バルバール兵達が息を飲んだ。止めを刺すのか? すでに勝負は付いているが、その権利をブランは有している。虎牙槍を振り上げて降ろすだけ。簡単な作業だ。


 広場に集まる者、全ての視線がブランに注がれていた。アレットとリュシアンも硬い表情で、事態を見守っている。


 リュシアンが一歩進み出た。


「やれ! ブラン! グレイスの首を落とせ!」


 叫ぼうとした瞬間、アレットが後ろからリュシアンの腰のベルトを引いて止めた。リュシアンが振り返ると責める目で首を振った。


「あんた。ブランの代わりに死ぬ気みたいだけど、ブランはそんな事、望んじゃいないよ」


 ブランがグレイスの首を落とせば、怒り狂ったバルバール兵によってブランが殺されかねない。確かに尋常な一騎打ちであり、多くの者は、その決着に納得しているが集まったバルバール兵は数百人に達する。納得しない少数派だけでも百人は超えるだろう。満身創痍のブランを討つのは容易い。


 勝敗が、どちらかの命が絶たれた形で決していれば問題はなかった。グレイスの首が飛んでもバルバール兵達は納得しただろう。しかし、命を取らずに勝敗が決した。あえてグレイスの首を落とす必要はない。それを落とせばブランへの憎しみとなる。


 だが、ブランがそれを実行する前にリュシアンが首を落とせと叫べば、怒りの矛先はリュシアンに向く。群集がリュシアンに押し寄せ大混乱となる。決着に納得している者も、あえて止めはしまい。一騎打ちはブランが勝ったが、群集の暴動によりグレイスの首は落とせなかった。それで決着がつく。


「では、どうする? ブランがやられるのを黙って見ているのか?」


 予想外の行動を取るブランの人生の観客。そう自己を想定するリュシアンだが、ブランがグレイスの首を落とした後の筋書きは確定的だ。もしブランが襲い掛かって来たバルバール兵を迎え撃てば、決着に納得していた者達すら加勢するだろう。いかなブランとて勝ち目はない。


「まあ、私が、駄目! この人を殺さないで! って割って入れば、それで済みそうなんだけどさ……」


 確かにアレットが間に入ればブランは虎牙槍を振るうまい。一番、単純で確実な解決方法だ。しかし、アレットは一向に動かない。リュシアンが焦れた。ブランは、いまだグレイスを見下ろしたまま動かないが、いつ虎牙槍を振るうか分からない。


「だったら早くやればいいだろう。何をぐずぐずしている」

「ブランに好きにさせてあげたいかなって」


 リュシアンが一瞬、言葉に詰まり、胸に敗北感のようなものが湧き上がった。無意識にそれを否定しようとする心が口を動かす。


「その挙句、ブランが死んでもか?」

「その、死ぬかも知れない決闘をさせたのはあんたでしょ? 今更、何言ってんの?」


 アレットが冷ややかな目でリュシアンをねめつけた。


 確かにそうだ。ぐうの音も出ないとはこの事だ。リュシアンは強く口を閉ざし、逃げるかのように視線をブランに向けた。ブランは、まだ動いていない。


 何をしているブラン。やるなら早くやった方がマシだ。


 人が死ぬ。それは、本来、異常な事で、止められるなら止めるべきだ。正々堂々の決闘なのだから命を奪っても構わない。それこそが異常なのだ。決闘の興奮が時と共に薄れれば、人々は正常な思考に戻る。そして、’殺人者’であるブランを許さない。


 しかし、ブランは動かない。見物するバルバール兵の中にはグレイスの部下もいる。彼も決闘の熱に逆上せていたが、それも徐々に冷めて来た。そうなると、グレイス将軍をどうにかして助けられないか? と、考えるのも当然だ。


 しかし、それでも他の者達は、まだ逆上せている。そこにグレイスを助けに入れば、決闘の邪魔をするなと袋叩きどころか、命すら失いかねないと躊躇していたが、ブランが一向に動かず群集全体が冷めて来たのが雰囲気で分かる。


 そろそろ助けに行っても大丈夫か? グレイスの部下が、周りの様子を伺っている。


 ブランが動いた。虎牙槍を右に構えた。ブランに視線を集中していたバルバール兵が思わず身構えた。アレットとリュシアンの視線が険しくなる。しかし、ブランに注目していたので、ほとんどの者が気付かなかったが、ブランよりも先に動いた者が居た。


「なんだ。俺は、まだ死んでねえのか」


 グレイスが目を覚まし顔を上げていた。ブランは、グレイスが目を覚ましたのを察し、虎牙槍を構えたのだ。顎を砕かれたグレイスの声がくぐもっている。


「やるか?」


 その問いにバルバール兵達がどよめく。なんと勝負を続ける為にグレイスが目を覚ますのを待っていたというのか。


「やるもなにも、もう決着は付いただろう」


 口から血を流し、うんざりしたようにグレイスが言った。グレイスは気を失っていた。止めを刺すには十分な時間。砕かれた顎から漏れる声は、かなり聞き取りにくい。だが、それを聞き間違える者は居なかった。予想された答えは、聞き取りにくくとも無意識に脳が補完するものだ。


 その分かりきった返答には意味があった。誰から見ても勝負あり。それをグレイスが自らが認めた。3度に及んだグレイスとブランとの戦いが完全に決着した。

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