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愚者達の戦記  作者: 六三
皇国編
387/443

第291:決闘前

「酷く……酷くないですか」


 ディアスの部屋からケネスの絞り出すような声が聞こえた。任務中は上官と従者。勤務時間など明確ではない戦場だが、それでも部屋で2人きりになれば家族としての関係に戻る。


 グレイスとブラン。どちらか生き残った方をバルバールの猛将として使う。ディアスのこの方針をケネスは責めた。当然、このような事は公表されてはいない。だが、ディアスの弟子として常に傍にいる彼は気付いた。


「酷い? 何がだい?」


 言葉としては平然としているように聞こえるが、それを吐いたディアスの表情は険しいものだ。


「だって、グレイスさんとブランを戦わせて、勝った方をだなんて!」

「戦わせてだって?」


 ケネスの不満に、ディアスが表情の選択に困ったような曖昧な笑みを浮かべた。


「私が戦わせるんじゃない。奴等が勝手に戦うんだ。私は、戦いを回避しようと手は尽くした。それでもやろうっていう奴等を、私にどうしろって言うんだい?」

「そ、それは……。それでも、勝った方をだなんて」


「いいかいケネス。私はバルバール王国軍総司令だ。グレイスは我が軍に必要な男だ。彼を失えば我が軍には大きな損失だ。損失が出るなら、それを穴埋めしなくてはならないんだ」


 武将の死を損失と言い切り、穴埋めという。その言葉にケネスは絶句した。だが、彼はディアスの弟子だ。だからこそ分かる事もある。


 武将1人の武勇頼りの作戦を立てぬディアスだが、それでも猛将の存在は作戦の幅を広げる。グレイスの武勇には頼らなくても武名は利用する。実際にグレイスを投入しなくても、猛将が来るかも知れないと身構える敵は動きが鈍く、幾本かの選択肢を失い、兵士達の士気にも影響する。ディアスは、それらを有益に活用するのだ。それが失われるならば、何かで補わなくてはならない。


 ケネスにも、それは分かっている。ディアスは、聖人とは、自分が正しくある為には他人を平然と犠牲にする者だと断じる。極論ではあるが、一面の事実でもある。ディアスは、バルバールとその民を守る為ならば、他者の評価を黙殺する。必要だからやる。それだけだ。


 ケネスは、ディアスの考えが分かるだけに次の言葉を探しかねた。彼にとってグレイスという名は、記号ではない。交流ある言葉を交わした生きた人間だ。ディアスの考えが分かるからと言って、グレイスを死なせる。その可能性を看過出来ない。


「すみません。少し、頭を冷やします」


 人間とは、それほど合理的には出来てはいない。一見、合理の塊のようなディアスの思考とて、厳密に言えば合理ではない。総司令としてバルバールとその民を守る。という大前提の上での理屈であり、それが一般的には正しく見えるので、ディアスの行動も合理に見えるだけだ。


 本来、思想の大前提など人それぞれで他者にとっては価値はない。それに基づいての合理も他者に取っては合理的でもなんでもない。今回の問題も、友人は何としてでも守る。という一見正しいと思える大前提で考えれば、それによって導き出される合理も全く逆になるはずだ。


 結局、ディアスがぶれないのは、その大前提に対する揺ぎ無い信念の為だが、ディアスほど己の信念に確信を持てないケネスには、ぶれがある。


 ディアスから目を逸らしつつケネスが部屋から姿を消すと、ディアスは大きく溜息を付いた。ランプの明かりがディアスの横顔を照らしている。


 苦渋の決断。ディアスはこの言葉が嫌いだ。本当はやりたくないが仕方なくやるのだ。そんなものは、やられる方には知った事ではなく、やる者の自己擁護。やる自分こそが、心を痛めている被害者。こんな馬鹿な話は無い。バルバールとその民を守る為、必要だからやる。他者から非難されるような策でもだ。


 ディアスとて、鉄の心を持っている訳でも、神経が鋼で出来ている訳でもない。その心、精神を支えているのはバルバール王国軍総司令としての信念だ。そして、信念とは、思考の迷走から神経を守る思考停止機能とも言える。


「知るか……」


 ランプの油が燃え尽き、部屋が闇に包まれたころディアスは呟き、思考を停止した。



 しかし、そのディアスとケネスに家族喧嘩を起こさせた当人達は、事態の深刻さを感じぬように暢気な声で会話をしていた。


「しかし、総司令にも随分と面倒をかけちまったな」

「あれって、結局、どういう意味なの?」


 あれとは、ブランが将軍格待遇でバルバール王国軍に招かれた件だ。アレットがブランの元に戻るのは期限の前日、グレイスはアレットと共に晩餐後に酒を飲んでいた。まだ飲み始めたばかりで、酒瓶には、たっぷりと酒が満たされている。


 5日以内にアレット嬢をブランに返せ。ディアスがグレイスにそう言ってから状況は急速に進んでいた。北ロタからランベール王の代わりにブランを人質とする。形式的には停戦して友好関係を結ぶ為、将軍格待遇として迎えるという装飾はなされているが、実質的には人質だ。そうして停戦条約を結びブランがバルバール王国軍にやって来た。


「まあ、単純に俺とブランが顔を合わせる機会が増えたんで決闘する機会も増えたって事だな。決闘しようにも、どちらかが相手の陣地にまで行かなくちゃならなかったが、それも簡単な話じゃない。それにだ。お前の事で俺と奴が決闘しかねんってのは知れ渡っていた」

「それでもブランをこっちに連れて来たんなら、総司令って人が、わざとやらせたって事になるの?」


 ディアスにしてみれば、どうしてもやるという奴等に自暴自棄になられては止めようがなく、仕方なしに被害が少ない方向に受け流したのだが傍から見ればそう見える。


「そもそも決闘自体は違法って訳じゃねえが、将軍たろう者がって事で多少不味いところを総司令が背負ってくれるはずだ。まあ、問い詰められれば、そういう積りじゃなかったって、のらりくらりと誤魔化すだろうがな」

「そんなのが通るんだ?」


「ディアス総司令の代わりが居ないからな。総司令が知らんって言えば、それで終わりだ。下手に認められる方が上の奴等は大慌てだろうよ。認められたら罰しなくちゃなんねえ。形として総司令から話を聞いて、問題無しで終わりだ」

「随分、現実的な話ね」


 それでも、傍から見てバレバレな以上、公的に罰せられなくても私的に恨みを受ける。決闘する当人達の意思を無視して、仇を討とうとする者は居る。そして、決闘した相手よりもディアスに矛先を向ける者も居るだろう。


 それから幾杯か重ねた後、おもむろにグレイスが口を開いた。


「強い男は優しい。そう言っていたな」

「うん。言ったよ」


「強い男にも、ろくでもない奴は居ると思うがな」

「そんなのは、本当は強くないんだよ。本当に強い男は優しいの」


「だが、今までの男だって、結局、ろくでもなかったから別れたんだろ? そいつら全員、本当には強い男じゃなかったってのか?」


 アレットはその問いに答えない。グレイスが酒に口を付けた。杯が空になるとアレットが注ぐ。アレットも同じく飲む。暫くそれが続いた。


「お前、本当は強い男が好きなんじゃないだろ?」

「あら、人聞きが悪い。それじゃまるで、私が嘘を言っているみたいじゃない。私、そんな事言ったっけ?」


「散々、言ってただろ」

「そうだっけ? 私は強い男は優しいから好きだって言ってただけだけど? たまには強い男が好きって言ったかも知れないけど、それはちょっと省略しただけね」


 ぬけぬけとした言い草に、グレイスの顔に苦笑が浮かぶ。


 強い男が好きなだけならば、その男が負けたら直ぐに勝った男に鞍替えしているはずだ。だが、彼女は、負けたら優しくなくなったと言った。負けても、優しくなくなるまでは傍に居たのだ。


「お前、本当はブランに負けて欲しいんじゃないのか?」

「どうだろう」


 アレットが曖昧に笑みを浮かべ、次の言葉が出るのを自ら遮るように酒に口を付けた。


 強い男は優しい。だが、負けて優しくなくなるのは偽物。負けても優しいままなら本物だ。ブランに勝って欲しい気持ちはある。だが、本物と証明するには負けなければならない。しかも、町の喧嘩ではない。グレイスとブランの決闘は命のやり取りだ。それに、別に本物だと証明して欲しい訳でもない。結果的に証明されるというだけの話なのだ。



 部屋が獣気で満たされていた。彼にとっては抑えようとしても抑えきれぬ身体に染み付いたものだが、常にも増して濃度が高い。もしリュシアンがこの場に居れば、親友である彼ですら息苦しさを感じただろう。アレットから手紙が来ていた。内容はあっけらかんとしたものだ。


 戦いが終わると聞いたので城に行こうとしたらグレイス将軍とばったり会った。今はグレイス将軍の元に居るけど、貴方の元に帰る。その日付は明日だ。


 リュシアンが、兵士達を扇動して外堀を埋めて、なし崩しに決闘に持ち込もうと画策し、偶発的にアレットが舞台に現れた。決闘を回避出来ないと判断したバルバールの総司令が、避けられないくらいなら被害を最小限に抑えようと手を打った。それらが交じり合ったのが現在の状況だ。


 周囲がお膳立てをしてくれた決闘ではあるが、この状況にブランの心には一点の曇りもない。孤高の虎が懸念していたのは仲間の事だ。戦場で相対した時は、奴から仕掛けられたが一騎打ちが出来る状況ではなかった。受けていれば味方に大きな被害が出た。停戦交渉中でも、強引に一騎打ちを行えば、交渉が破綻して戦闘再開ともなれば味方に大きな被害が出ていた。


 孤高の虎の仲間。矛盾した言葉だ。だが、孤高であるが故に仲間の大切さを知るのだ。しかし、今のブランは、文字通り孤高。今ならば、心置きなく奴とけりを付けられる。罰せられるとしても自分1人だ。


 奴には借りがある。その借りを返す。負けた借りではない。助けられた借りだ。初めて奴と戦っていた時、見逃された。自分がではない。仲間をだ。奴は、俺を見逃した積りだろうが、結果的にではあっても、多くの仲間の命が助けられた。


 そもそも、ブランには己が大陸で一番であろうなどという気はない。獣は、わざわざ強敵を求めて戦ったりはしないものだ。目の前に現れた邪魔な者を殺すだけである。無駄な殺しはしない。


 決闘はする。奴には借りがある。奴がやりたいというならやってやろう。


 周囲や、そしてリュシアンすら見誤っているとすればそこだ。尤も、ブラン自身が奴と決着を付ける。そう言っている。それを、素直にブランが決着を付けたがっていると受け取っても無理は無かった。


 だが、負けてやる積りはない。勝つ。


 獣は、わざわざ強敵を求めたりはしない。だが、強敵と遭遇すれば全力で戦うのも、また獣の性だ。わざと負けてやる獣など存在しないのである。



 どこで仕掛けるか?


 翌日、虎牙槍を手にブランは城下を歩いていた。アレットを名分にしての決闘ならば、彼女が返ってくるまでに勝負しなくてはならない。つまり、今日中にだ。アレットが帰って来ては、今度はグレイスの方から彼女を奪う為に仕掛けなくてはならないが、取り返す為に決闘を申し込むより、格好が付かないのは否定出来ない。


 これも借りの内だ。ブランは自分から仕掛ける積りだった。


 ブランがバルバール王国軍所属となり、停戦は交渉段階から実務段階へと移っている。北ロタ将兵の武装解除が行われつつあるが、まだ途中段階である。ブランとすれ違うのは、全てバルバール兵だ。


 彼等は、ブランの姿を見ると一瞬怯み、その後、バルバール王国軍所属になったのを思い出して安心し、改めて彼を見て奇異なものを見る目をし、次には納得したように頷いた。そして、少なくない数の者が距離を開けて彼に付いて行くのだ。


 騎士といえど、普段は剣を携えても槍などの長物は持ち歩かない。その長物を持つ意図を一瞬計りかね、次にこう推測して納得するのである。グレイス将軍と決闘するのだと。


 あのディアスという総司令も、どうやら俺とグレイスとの決闘を黙認しているのだとはブランも察している。それでも表立ってけしかけるような真似までは出来ず、ブランとグレイスが寝泊りしている建物は離れている。そうせざるを得ないのもブランは察していた。


 だが、ブランが何気に歩いていると、ディアスの別の意図を察して笑みを浮かべた。それは、いつもの獣くさ肉食獣の笑みではなく、悪戯に引っかかった悪童のような笑みだ。目の前から戦棍を手にしてアレットと共にやって来るグレイスを発見したのだ。


 城下町の広場。あのリュシアンが、ここで両雄が決闘すると演説をした広場の中央だ。ディアスは、ブランとグレイスを離したように見せかけ、その実、広場を挟んで対角線上に分けたにすぎなかった。2人が決闘をしようと相手のところに向かえば自然とここでかち合うのだ。


 よく見ると、ブランと同じようにグレイスの後ろには決闘を期待した兵士が列を成している。2人が10サイト(約8メートル)ほどの距離で対峙すると、示し合わせたように2人を遠巻きに輪となった。


 さて。決闘するならば、決まり文句があるんだったか。そう考え、幾つかの台詞を頭に描いたブランだったが、いざ、自分がそれを口に出すと思うと吹き出しそうになり口をつぐんだ。その女を返せ! とでも言わねばならんのだろうか。騎士の名誉にかけて決闘を申し込む! とでも吼えれば良いのだろうか。


 グレイスを見ると頭や顔を爪でかいてばかりで口を開こうとはしない。どうやら、奴も決まりきった決闘の台詞というものを口にするのが嫌で、こっちに言わせる為に時間稼ぎをしているようだ。


 2人とも決闘開始の台詞を言わぬまま時が過ぎた。世紀の一大決闘が始まるはずが思わぬ理由で始まらない。


 すると、いつの間にかグレイスの傍から離れ2人と均等に距離を取っていたアレットが、呆れたように口を開いた。


「やるんなら、とっととやりなよ」


 渡りに船と2人は、共に手にした長物を一振りし空を切った。びゅっと風が鳴る。


 世紀の決戦は思わぬ台詞で始まったのだった。

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