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愚者達の戦記  作者: 六三
皇国編
385/443

第289:北部戦線の動向

 ゴルシュタット王国軍とコスティラ、ベルヴァース連合軍た対峙する北方戦線で動きがあった。にわかにゴルシュタットが攻勢に転じたのだ。その兵力は、実に10万を数えた。その報にベルヴァース王国軍総司令テグネールは皺の多い口を開け驚愕した。


「10万? 馬鹿な。ゴルシュタットのどこにそんな戦力があるというのだ」


 能力的には平凡だが冷静沈着さには定評があるテグネールが、その長所を失い狼狽した。命令への忠実さにも定評はあるが、その命令の大前提が崩れたのだ。ゴルシュタットは先ほどの敗戦により、動かせる兵力は最大で5万ほど。こちらとほぼ同数だが、敗戦による混乱と士気の低下により、暫くは防戦に徹するだろう。そう見られていたのだ。それが、想定の倍の動員をかけ攻勢に転じた。


 その総司令を補佐すべき幕僚達も狼狽するばかりである。


「これは、いったいどういう事なのでしょうか?」

「サルヴァ陛下のご命令は、ケルディラ西部へと支配地域を広げ、ゴルシュタットへの圧迫を強めるように。というもので御座いましたが……」


 将器。という言葉がある。将とは、その言葉通り器であり、それに多くのものを入れられる者を名将という。そして、その中身は自らのものでも良いが、他者のものでも良い。サルヴァ王子などは前者であるが、多くの場合は後者だ。参謀などの幕僚達の能力が中身となる。名将とは、その幕僚達の力を十分に発揮させる者を言うのだ。しかし、その参謀が役に立たない。


 知略に優れた者が名将。そう考える者が多いが、実は、知略に優れているからこそ戦場で失敗する事も多いのだ。戦術理論の天才と呼ばれる男がいた。しかし、彼が総司令の地位に就くと敵の一挙手一投足に反応し、それに手当てをしようとして作戦変更を繰り返した挙句に敗北した。敵の倍近い戦力を有していたにもかかわらずだ。その手当てをするために多くの兵が戦場を右往左往し、結局、数万の軍勢が戦闘に参加しない遊兵となったのである。


 将とは、一旦、作戦が決まれば、それを断固としてやり抜く鉄の意志と、その作戦が失敗した時の引き際を見極める判断力が必要である。一見、相反する、その2つの要素をバランスよく備える者が名将なのだ。その意味では、テグネールは鉄の意志に偏っており、名将未満と言える。


 その名将未満のテグネールに、参謀すら役に立たないこの状況は手に余った。


「ランリエル本陣に早馬を出すのだ。サルヴァ陛下のご判断を仰ぐ。急げ!」


 常には冷静沈着な老紳士の怒声に幕僚達も大慌てで、一刻も早くサルヴァ陛下からご命令を頂くようにと言いつけ早馬を出した。この者とは別にゴルシュタット軍の来襲を知らせる早馬を既に出していたが、何と、その先行する早馬すら追い抜きランリエル本陣に到着したのである。


 サルヴァ王子は報告を聞くと、幕僚、参謀を招集し、カルデイや他の軍の幹部達の到着を待たずに軍議を開いた。


「10万……か。ゴルシュタットの国力で、それほどの戦力を整えるのは可能なのか?」


 サルヴァ王子から見ても、ゴルシュタットの動員は認識していたものより多い。領土の拡張もなく、短期間で、それほどの国力の増加があるだろうか。一時、彼等はケルディラ西部を占領していたが、安定化には程遠い。利益よりも治安維持の経費が上回るはずだ。リンブルクも勢力圏ではあるが、それにも外征可能なほぼ全軍が皇国軍の支援として引き抜かれている為、数には入らない。


「はっ。確かに、ゴルシュタットの総兵力は10万。ですが、先の敗戦での損失や国内治安、皇国への国境警備の兵を計算に入れれば5万ほど。皇国との同盟がなったとはいえ、その倍とは……」

「そうで、あろうな」


 参謀との見解が一致し、王子は頷いた。戦いは数だけではなく、勢い、士気というものの影響も大きい。敗戦で縮こまっているゴルシュタットが5万の兵で国境を固め、ほぼ同数のコスティラ、ベルヴァース連合軍が勝利の勢いをかって支配地域を広げていた。それが、敵は10万の兵で攻勢に転じた。


 いったい、戦場で何が起こっているのか?


「ゴルシュタットが、実際より兵を多く見せかけ、こちらの動揺を誘っている可能性もあるが、それを希望に備えを怠る訳にもいくまい。後詰を命じていたウィルケスに軍を前進させ、ゴルシュタット軍の背後を突くように伝令を出せ。ゴルシュタットもすぐに手当てをし、背後を突くのは阻止されるだろうが、当面の時間稼ぎにはなる」

「はっ! 早速、手配致します」


「それと、ルキノ……。いや、リンブルク王ラルフ殿をお呼びしろ」

「はっ!」


 ルキノが到着すると、サルヴァ王子は人払いし2人きりとなった。しかし、この時点になって、同じく招集されていた各国軍首脳部も集まりつつあった。


「ほう。それで我等には、ここで待っていろと?」


 それを伝えたランリエル士官にカルデイ王国軍総司令ギリスが皮肉な笑みを浮かべた。表情には怒気は浮かんでいないが、それにもかかわらずランリエル士官の額に冷や汗が浮かぶ。


「も、申し訳ありませぬ。何分、陛下のご命令で御座れば……」

「分かっている。君の所為ではないのは、よーーく。分かってはいるよ」


 ギリスが、ランリエル士官の両肩を掴んで、更に笑みを浮かべる。ランリエル士官は泣き顔になっている。


 ギリスが腹いせにランリエル士官をいたぶっている頃、サルヴァ王子がルキノと握手をし、椅子に座るように進めていた。元がランリエル士官とはいえ、今のルキノは同盟国の王。国王としての待遇がなされる。


「北の戦線でゴルシュタットが攻勢に転じた。という話を聞きましたが……」


 椅子に座ってもサルヴァ王子が口を閉ざしていると、沈黙に居心地の悪さを感じたルキノが、会話の切欠として口を開いた。どうせ、これに関連した話に決まっている。王子も、その通りだ、と本題に入るだろう。しかし、王子の反応はルキノの予想に反した。


「緘口令をしいていたはずだが、既に漏れていたか。貴公は誰からそれを聞いたのだ? その者を罰せねばならぬ」

「あ。いえ、誰から聞いたというのではなく、ここに来るまでの廊下で、そのような話をしていたのが聞こえただけです」


 ルキノが慌てて弁解した。王子が軽く手を振り冗談だと笑みを浮かべたが、やはり、ルキノは気まずい。交渉の主導権を握る王子の先制攻撃なのだが、ルキノは気付かず、素直に恐縮している。この手の駆け引きは王子に一日の長がある。ルキノに聞こえるように士官に会話させたのも王子の命令だ。


「実は、貴公に頼みがある」

「私にですか? 勿論、私に出来る事ならば、ご協力させて頂きます。ですが、私には戦力となる兵はありません。どれ程、お力に……」


 そこまで言うと、王子の視線に気付いた。ルキノは苦笑し言葉を続ける。


「このような事は、陛下には言うまでもありませんでしたな。ならば、私の身1つに御用という訳ですか? ならば、喜んでお力になりますが」

「話が早くてありがたい。しかし、貴公のみではなく、他の者の力も借りたいのだ」


「私と共に、カリチェ山から来たリンブルクの者達ですか?」

「ああ。彼等の力も借りたい」


「彼等ですか……」


 ルキノの表情が曇る。カリチェ山に登ったリンブルク軍を助ける為にランリエルを頼り、リンブルク女王を救出した彼等だが、肝心のリンブルク軍が皇国に降ってしまったのだ。とはいえ、皇国に向かうのも躊躇われ、王女を連れ去った彼等がリンブルクに戻るのも難しい。今、彼等の身柄は宙に浮いていた。


「実は、今一度、貴公と共にリンブルク国内に潜入して貰いたいのだ。先ほどの話の通り、ゴルシュタットは想定外の動員をかけている。しかし、軍勢とは地面から沸いて出るものでも、天から降るものでもない。国内治安用の兵まで根こそぎ動員しているとしか考えられぬのだ。なぜ、そこまで大胆な動員を行えるのかの是非を問うても今は意味はない。現実としてベルトラム殿は、そこまでの動員をかけている。ならば、リンブルクを動かして混乱を起こせば、少なからぬ軍勢を引き上げざるを得まい。貴公らには、そのリンブルクでの混乱を起こして欲しいのだ」


 リンブルク国内に入れば、彼等には人脈がある。治安維持用の兵力すら動員しているならば、扇動して混乱を起こすのも難しくはないだろう。


「ですが、ベルトラム殿が治安維持を無用と考えるなら相応の理由があるはずです」


 ランリエル軍の次世代を担う幹部候補であったルキノは、それを懸念した。その理由の如何によっては、上手く行くかどうか。国内に潜入してみたものの手が付けられない。という程度ならまだマシだが、リンブルクがベルトラムに完全屈服している。というならば、人脈を当てにするどころか、現地の者に連絡を取った時点で致命的だ。


「確かにそうだ。それでだが、貴公ら以外にも、リンブルクに潜入して欲しい者。いや、お方が居るのだ」

「お方、ですか?」


 ルキノが訝しげに問うた。


 同格の同盟者という建前があるものの、実際にサルヴァ王子の口調は上位者のものだ。そして、それは両国の国力、立場を考えれば当然であるとはルキノも分かっている。その王子が言葉を改めた。ルキノも警戒せざるを得ない。


「実は、貴公の奥方にもリンブルクに入って欲しい」

「妻……ですか? しかし、妻をどうして?」


 ベルトラムが大胆な動員を行った理由は分からない。それは王子も言った事だ。つまり、その現状を打破するのに妻の手を借りる確実な理由もない事になる。なのに、どうして妻のリンブルク入りを求めるのか。


「いかなサルヴァ陛下の御言葉とはいえ、お断りさせて頂くよりありませぬ」


 ルキノは毅然と言い切った。あまりにも危険であり、その危険をかけるに、このような確証のない状況では到底頷ける要請ではないのだ。サルヴァ王子も、その返答を予想していたように頷いた。


「貴公の考えは分かっている。確証なき任務で奥方を危険な目にあわせる訳には行かぬ。というのだろう。それは、よく分かる」

「ならば、なぜ、そのような事を?」


「なぜならば、奥方の身には、何の危険もないからだ」



 10万の動員を行ったゴルシュタットだったが、国内でも、大丈夫なのか? と無謀とも思える動員に危惧を抱く者がいた。サルヴァ王子が指摘した通り、治安維持に必要な軍勢まで動員したものだった。それに対しベルトラムは言い放った。


「我が国は、皇国と同盟しランリエルと戦うのだ。その隙に国内で反乱を起こす者が居れば、皇国が黙っては居らぬぞ」


 虎の威を借る狐。そう陰口を叩かれかねない行動だ。いや、事実そうだ。だが、ベルトラムは露程にも気にしなかった。批評すらしない。利用できるから利用する。ただ、それだけだ。


 それでも、万一反乱を起こす者が居れば、どうするのか。そう考えるのが常人。いや、知者だ。知者は、あらゆる可能性を考慮し、それに対応せずには居られない。豪胆にも、必要な処置以外は、ばっさりと切り捨てるのが賢者ベルトラムである。


 知者は、文字通り知力をその能力の元とするが、賢者の能力の元は性格だといえる。優柔不断では賢者になれず、主観に捕らわれる者も賢者にはなれない。賢者は、知力ではなく豪胆さと達観のたまものだ。


 アルベルドとの会談を行い、同盟を結んだベルトラムは、先の敗戦により失ったケルディラ西部への進撃を命じたが、当初、同盟により不要となったリンブルク、デル・レイ国境を固めていた兵を前線に回し、7万程の軍勢で侵攻する計画だった。だが、ゴルシュタット王国軍総司令ヒューメルが難色を示した。


「兵力では我等が勝りますが、総司令ベヴゼンコを失ったコスティラの勢いは凄まじく、この兵力では勝利は確信出来ませぬ」


 先の戦いで敗戦し、そのコスティラ軍に勢いを与えた張本人であるが、その自身の責を誤魔化そうとはしない。自身の責を隠そうと無理をした挙句、傷口を広げるのは愚か者だ。


「よし。ならば更に兵を動員しよう」


 ベルトラムは事も無げに言った。そして、王家直属軍と貴族達にも更なる動員を命じたのだ。無論、治安維持用の兵を動員とはいえ、根こそぎの全兵ではない。そして、ベルトラムは、あえて自分に近しい者への動員を多くし、批判的な貴族の兵を国内に残した。


「奴等に、皇国を敵に回す度胸があるならば、やってみるがよい」


 ベルトラムは平然と言い放った。世の中には、己の命を捨ててでも信念に生きる者が居る。そのような者の存在を危惧しないのか。ベルトラムに言わせれば、そんな者がゴルシュタットに居るものか。その一言に尽きる。確かに、嘗ては居た。しかし、そのような者達はベルトラムが権力を握った初期の段階で消え去った。


「残っておる者達は、俺の力を恐れて潜み、あわよくば権力を握ろうとしている奴等よ。俺の力を恐れて静かにしている者達が、皇国を恐れず巣から顔を出すはずがあるまい」


 そして、人には負け癖というものがある。行動の防衛線というものがある。ほとんど無防備に近い状態になったベルトラムに対して挙兵しなかった。出来なかった。というこの状況は、今後、彼等の頭の中に、あの時ですら挙兵しなかったのだから。と、無意識下の足枷となるのだ。


 侵攻したゴルシュタット軍は、ケルディラ北西部を主戦場に選んだ。南西部から侵攻すれば、コスティラ、ベルヴァース両軍とランリエル本隊との間に楔を打ち分断出来る利点があるが、分断を恐れたランリエル本隊から援軍が派遣される事もあり得る。北方に戦場を設定すれば、純粋にコスティラ、ベルヴァース両軍だけとの戦いとなるのだ。


 その一方で、サルヴァ王子が派遣したウィルケス率いるテッサーラ軍は黙殺した。これは、逆にケルディラに進出したゴルシュタット軍の背後を扼す役目であると看破した。


「分断ではなく、扼すだ。ほっと置け。多少、補給物資の輸送が遠回りせねばならぬが、戦況に支障が出るほどではない。奴等が更に深く侵攻してくれば、兵を返して叩き潰す。奴等に、その度胸があればだが」


 北部侵攻の後にテッサーラ軍の動きは察知したベルトラムはそうヒューメルに指示を発し、更に重ねて命じた。


「お主は、兎に角、ケルディラ北部の制圧を確実に行え。そうすれば、テッサーラ軍は、孤立を恐れて撤退する。その時に追撃すればよい。北部の戦力を叩けば、ケルディラ南部を制圧するのも容易い」


「かしこまりました。必ずや、ご期待に応えまする」


 ヒューメルはそう返答し踵を返した。ゴルシュタット軍は、コスティラ、ベルヴァース両軍へと戦力を集中し、北部戦線は動き出したのだった。

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