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愚者達の戦記  作者: 六三
皇国編
377/443

第282:転機

 帰還したブラン騎兵隊を兵士達は大歓声を送り、その武勇を称えた。確かにバルバール軍の大攻勢はブラン騎兵隊によるバルバール軍輸送部隊壊滅が引き金となったが、兵士達には説明されて居ない。


 ブランが考えているように、実際、敵の攻勢を呼び込むのを恐れて劣勢である側が攻撃の手を控えるなど馬鹿な話。劣勢であればこそ遮二無二攻撃を仕掛け、敵に打撃を与えるしかない。少なくとも兵士達はそう考える。敵に大打撃を与えたブランは彼等には英雄なのだ。


 兵士達に囲まれる騎兵隊の面々を残しブランは城の奥へと進んだ。幕僚達とも顔を合わせた。その中にはリュシアンの顔もあったが、彼は無言だった。幕僚達から浴びされれる質問にブランは言葉短く答えた。その後、リュシアンが私室に使っている部屋で2人きりとなる。


 元々は来客用として使われていた部屋で、品の良い調度品が揃えられていた。その中央で暫く無言で見つめあった。完全武装で兜だけを脱いでいるブランに対し、リュシアンは軽装だが違和感は無い。


 まだ日は高く窓から光が差し込んで来る。その床に作られた光の額縁を小鳥が横切り黒い天が一瞬切り裂いた。それを合図、という訳でもないだろうがリュシアンが口を開く。


「戻って来たのか」

「終わりだそうだからな」


 改めて問い、改めて答えた。淡々と事実だけを確認した。後は、停戦交渉と戦後処理。北ロタをどうやって生き延びさせるか。北ロタ王ランベールの地位をどうやって守るか。命を守るか。簡単な交渉ではない。それは分かってはいるが、逆に言えば、それだけに専念すれば良い。


 普通ならばだ。


「ああ。だが奴との決着は必ず付けさせてやる」


 リュシアンが傍の卓においてあった葡萄酒を杯に注ぎながら言った。言い終わると一気に飲み干す。ブランには酒を勧めもしない。飲みたいのなら勝手に飲むだろう。彼等はそこまで相手に気を使わずにすむ関係だ。


 リュシアンの言葉にブランが沈黙で応じる。決着を付ける。しかし、戦いが終わる今、その戦いに意味は存在しない。戦略的。戦術的にはだ。あるとすれば矜持。それは自己満足と言い換える事も可能。だが、自己満足を求めぬ者は、ただ生きているだけに過ぎない。


 望みをかなえて死ぬか。望みをかなえず生きながらえるか。どちらが幸せか。それは容易には判断できぬだろう。だが、望みを抱かぬまま、ただ死ぬのを待つだけの生。それよりはマシなのは分かる。


「お前の望みは何なのだ?」


 暫くしてブランが口を開いた。奴との決着は自分の望み。それは紛れも無い事実。自分がそれを求めるのは当然だ。だが、リュシアンはなぜ、自らの命を賭けてまでそれをなそうというのか。バルバール兵が埋まる広場での演説。何ごともなく済んだが、一歩間違えば暴発したバルバール兵に囲み殺されていても不思議ではないのだ。


 本来ならば、俺の望みの為にどうしてお前はそこまでするのか。そう問うべきかも知れない。だが、あえて問うた。お前の望みが俺の望みだ。などという陳腐な答えは期待していない。


「誰だって、腹が減れば飯を食うさ。望みも何も、食わねば死ぬのだからな」


 それほど当たり前。いや、やらずにはおれぬ。確かに、ブランとグレイスが一騎打ちをしないからと言ってリュシアンが死ぬ事はない。だが、我慢ならぬ。一生我慢ならぬ。空腹が一生続けば気が狂う。


 リュシアンの心にはブランはこうあるべきだ。という姿がある。生き様がある。そして、実際のブランはリュシアンが思い描くそれを超える。


 敵陣の真っ只中を平然と突き進んでブランは戻って来た。リュシアンにとっても予想外の行動。だが、それでこそブランだ。予想外の事を平然とやる。そして、それこそがリュシアンの描くブラン像。予想通りの予想外。


 ブランが予想外の行動を取るのは、何度も見てきた。だが、見飽きる事はない。名優は、何度も同じ舞台に立ち、何度も見に来る熱心な観客を前に何度も同じ演技を見せる。それでも、その度に観客を沸かせる。見飽きたとは言わせぬ。


 リュシアンは、ブランという男の人生の観客だ。ある意味、趣味とも言えるかもしれない。そして、真の趣味とは人生を賭けるものだ。


 だが、実際、どうするか。戦うだけならば手がない訳ではない。グレイスもブランとの決着を望んでいる。それは感じる。だが、奴にも立場がある。一介の武人ではないのだ。だが、ブランから挑めば話は別。グレイスが1人きりになる時などいくらでもある。そこで挑めば奴も応じるだろう。ブランとリュシアンが昔のように2人だけならばそれでも良かった。今では多くの仲間が居る。


 停戦交渉を申し込んでいる北ロタの武将が勝者であるバルバールの武将に戦いを挑む。グレイスが勝てば、敗将が負けを認めきれずに闇討ちを仕掛けた挙句に返り討ちにあった。ある意味、それだけの話だ。ブランが笑い者になって終わる。それでけりがつく。


 問題はブランが勝った時だ。戦に負けた腹いせに闇討ちして敵の猛将を殺した。そうなっては自分達は勿論、他の北ロタ将兵もただではすまないだろう。だからこそリュシアンも頭を悩ませているのだ。



 そのリュシアンが頭を悩ます案件の一方の当事者たるグレイスは、その夜、同僚の武将達と共に晩餐の卓を囲んでいた。とはいえ、武将達、という言葉から連想するような体格の良いゴツイ男達は少ない。


 バルバールの将軍達は他国の者達に比べて、一般的に理性的という評価がある。長年、倍以上の国力のあるコスティラと戦いその攻勢を防ぎ続けて来たバルバールだ。その作戦においては、持ち場を死守する。という事が最重要であり、独断専行など持っての外。たとえ、独自の判断で動く時でも、それは危機に陥った味方を救う為である。頭に血が上り無謀な突撃を敢行するような猪武者は居ない。晩餐の会話も、おのずと彼等の教養に沿ったものとなる。


「ロタ、今は北ロタですが、僅か数年前までは貿易が盛んで、遠い大陸からの調理方も伝わっております。最近、その調理方を習得している者を雇いましてな。今日は、その料理を並べさせました。皆様方には、存分に食事をご堪能くだされ」


 この屋敷の主(と言っても、北ロタの商人の邸宅を摂取したものだが)であるフルスティ将軍の言葉で晩餐は始まり、それを話の根にし、会話の幹が育ち花が咲く。


「そういえば、東の大陸では、食材の味を活かす料理法が多いとか」


 魚の煮付けから起用に骨を取り除きながら、初老の男が言った。武将とは思えぬほど品の良い顔立ちで、何処か楽しげに魚の身をほぐしている。


「ほう。ランリエルの料理もそのようなものと耳にした事がありますが、似ているのですかな」


 別の男が手を止めて応じた。他の者達も料理を口に運びながら耳を傾け、時に手を止め会話に参加する。


「それに比べ、皇国などでは、ソースが重要と言われますが、どちらが良いのでしょうな」

「私が思うに、結局は、その国で食される食材の良し悪しで変わるのでしょう。食材自体に旨みがあれば、食材の味を活かした料理が発達し、食材に旨みが薄ければソースが重要となってくる」


「しかし、そうなると……」

「そうなると?」


「上手い食材を上手いソースで食するのが一番。という事ですかな」

「確かに」


 多くの者が頷いたが、反対意見もある。


「それはどうだろうか。美味い物を2つ合わせたからと言って、更に美味い物が出来るとは限らぬ。口の中で喧嘩する。という言葉もある。主役と助役は分けるべきだ。主役が2人では、お互いが主張し調和が乱れるというもの」

「うむ」


 この意見にも多くの者が頷く。このようにバルバールの武将達の晩餐は武勇自慢は少なく、このように穏やかに進んでいくのが常である。だが、この晩は違った。


「両雄、並び立たず。とも言いますからな」


 意図してなのか無意識なのか、ある武将がポツリと言った。その者にみなの視線が集まり、言った男は、皆の反応に誤魔化すように咳払いし、その視線に気付かぬ態で料理を口に運ぶ。


 如何に理性的な彼らも武人。昼間に行われたブランの陣中突破は、彼らの心にも強い印象を残していた。そして、ブランとグレイスとの決着についても関心がある。だが、やはりそこは理性的な彼らである。


 確かに両雄の決着には関心があるが、ディアス総司令がそのような戦局に影響のない戦いでグレイス将軍を失いかねない博打は打つまい。ということも理解している。


 何となく気まずい雰囲気となり、皆も黙々と料理を切り分け口に運び、小さな咀嚼音だけが部屋に響く。


 何だよ。この空気は。


 グレイスが苦笑を噛み殺しながら料理を口に運んだ。彼自身にもブランとの決着を付ける。その気持ちはある。だが、彼自身の意思を置いてきぼりに周囲が勝手に盛り上がるのを見ると、うんざりしてくるのも確かだ。


 その後は、流石に機転の利くバルバールの将軍らしく、ぎこちないながらも話題を変え晩餐は滞りなく進んだ。グレイスも気を取り直し料理を楽しんだ。実際、出てくるのはここが戦場とは思えぬほどの料理の品々。それを思えば、この味を楽しめるだけで感謝すべきだろう。そして、それは他の将軍達も同じだ。


「このような晩餐が楽しめるのも、今回の攻城では城下を焼かずに済んだのが大きいですな」


 ある将軍がいい、グレイスも含め全員が頷いた。北ロタの住民は城に逃げ込んだ者達以外は全て逃げ出しているが、商売道具類は放置されている物も多い。そしてバルバール王国は、この大陸では珍しい徴集制度がある国だ。兵士の中には祖国では料理人だった者も居る。必要な道具と人材が揃えば、フルスティ将軍のように特別に料理人を雇わずとも、まともな食事にはありつける。


 そしてそのような者達は、時に将軍達に見出され、専属の料理人になったりもするのだ。中には最前線に出なくて済むからと自ら売り込む者も居るほどである。料理人だけではなく、他の職業の者達も同じだ。兵舎を覗けば、国では散髪屋だった男が戦友の髪を切っている珍しくは無い。


 ただ、将軍達が皆、専属の料理人を抱えているかと言えばそうでもなく。グレイスなどは、その辺りは無頓着で、兵士達と同じ食事を毎日、平らげている


 晩餐も済み、各々が主催したフルスティ将軍を謝辞を述べて帰路に着いた。


 いつも、これくらい上手い物が食えれば良いんだがな。とは、誰にも言わぬがグレイスの本音だ。


 戦場において、猛将という存在が如何に軍勢に勢いを持たせるかを十分に理解している彼である。常には兵士と同じ物を食べるのも、食に無頓着の方が猛将としての一般的なイメージに合っていると考えての演出だ。


 現実には、学者肌の男の方が食事を栄養補給の方法としか考えず味には無関心だったり、粗野な男の方が自分の好みに煩かったりする事もあるが、豪快な男ほど口に入れば何でも良い。というイメージを多くの者が持っているものだ。


 そんな事を考えながら、自身が宿としている屋敷に向かった。彼の屋敷はフルスティ将軍の屋敷より2まわりほど小さい。将軍としての序列としては、バルバール軍内ではディアスについで2番目に名を成すグレイスだ。望めばフルスティ将軍より大きな屋敷を宛がわれる事も可能だが、そうなると屋敷の維持に従者の数も増やさなくてはならない。それは、流石に面倒とあえて小さい屋敷に入った。


 これについては計算ではなく本心だが、兵士達の心理は予測が着いた。


 流石、猛将グレイス将軍、大きな屋敷になど興味が無いのだ。

 グレイス将軍は、戦いにしか興味が無いのだから、当然だがな。


 猛将。その名を維持するのも中々苦労が必要だ。だが。。。


 以前は、このような苦労は無かった。いや、必要とはしていなかった。いつから猛将としての演出などといものを考えるようになったのか。


 まあ、あれからだろうな。とはグレイス自身も分かっている。


 かつて虎将と呼ばれた男がいた。ブランではない。ランリエルの将軍ララディ。その彼と一騎打ちをしてからだ。


 己の武勇には自信があった。だが、ララディには歯が立たなかった。手加減すらされたのだ。その時、ララディはサルヴァ王子を逃がすために時間稼ぎをしていた。あえて一騎打ちを長引かせた。戦いは数十合に及んだ。そして、ララディがその気ならば、数十回、殺されていた。


 実力では全く歯が立たぬ相手を、乗馬を狙う奇手で勝ったに過ぎない。ララディも、やられた、とは思っても、負けたとは考えては居なかっただろう。グレイス自身も、倒したとは思っているが、勝ったという意識は無い。


 自分より強い者は幾らでも居る。それを思い知った。そして、その己より強い者を倒す。その技術も身に付けてきた。そのような時に、あの男を見つけた。ロタの虎将ブラン。


 当時は、自分の方が強かった。だが、俺より強くなる男だ。それを瞬時に嗅ぎ取った。そして、己より強くなるのを待つ気になった。勿論、今までも己より強い男に会った事はある。それを、わざわざブランだけ待つ気になったのは、己自身でも説明が出来ない感情だ。


 たまたま状況がそうなった。それだけとも言える。その時ブラン達は、圧倒的不利な状況でバルバール軍に挑んで来た。策を施し、その策すら破れ、敗北するしかない戦況。グレイスもブランと戦いつつも、良くやったがここまでだな。という、気分で居た。


 それが、彼等に思わぬ援軍が来て、引くチャンスが出来た。そして良くやったと見逃した。ただの気まぐれだ。計算でない行動だからこそ、という感情がある。


 やはり、こちらから仕掛けるしかないか。敵の軍師であるリュシアンは、周囲を盛り上げ、両雄の一騎打ちは避けがたし。という雰囲気を作り、たとえ偶発的に一騎打ちが起こってもやむを得ない。という状況を作り出そうとしているようだ。


 だが、それでも敗者である北ロタからは仕掛けるのを困難。何か、私闘ででもいい。決闘を行う理由があれば。


 その時、1人の人間に出くわした。少し急いでいる風に脚を急がせ、グレイスの馬の前を横切ろうとしたのだ。なぜ、この者がここに居るのか。近くに居ても不思議ではないが、それでも、今、己の目の前には出てこないはずの者だ。


 グレイスの頭に運命という単語が浮かんだ。普段はそのようなあやふやなものを信じぬ彼だが、この時だけは無意識に浮かんだ。


「丁度いいところで出会ったな」

「へ?」


 その小さい影が、気の抜けた声を漏らした。

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