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愚者達の戦記  作者: 六三
皇国編
376/443

第281:両雄

 北ロタとバルバールとの間で停戦交渉が始まった。王都外で活動するブランの元にもリュシアンからの使者が到着した。王城の外壁を取られて内壁に追い詰められていた北ロタ軍だが、バルバール軍にとっても停戦交渉中にブラン達と戦うのは馬鹿らしい。極秘作戦を伝える。という密書を届けないように入念に衣服を調べ、更にバルバール騎士も同行するならとバルバール軍が許可したのである。


 その連絡を受けたブランは、終始無言だった。少なくとも、彼の部下達からは。全く表情も変えず報告を聞き、それが終ると、どうとも返事をせずに下がるように言った。使者と、並んで立っていた緊張顔のバルバール騎士が引き下がると、やっと口を開いた。


「どうやら、そうなったようだ」


 この時も表情は変わらなかったが部下達は思った。死ぬ。いま、要らぬ口を聞けば確実に死ぬ。無論、ブラン自身にその気はない。彼は感情に任せ部下を殺すような男ではなく殺気というものも出してはいない。


 殺気(殺そうとする気配)ではないのだ。上官が自分を殺そうとしているのではない。部下達は’死ぬ’と思った。勝手にそう感じた。ブランに傾倒する事、神の如しである彼らも、この時ばかりは、それでは、と、ブランの返事を待たず、豪勇の上官の前から下がったのだった。


 1人となったブランは、椅子に座りまんじりともしなかった。日が暮れ、辺りが暗くなっても明かりすら付けず虚空を見詰めている。


 奴と決着を付けずに終わるのか。それが気にかかった。バルバール軍の補給部隊に行った攻撃が、王城への攻勢の引き金になった。というのはブランも察しているが、それについては責任を感じていない。


 複数の地点で敵を防衛しつつ引き付ける計画のはずが、ある地点の敵を倒してしまったが為にその敵が他の敵と合流し、別の地点の防衛が突破されてしまった。という事も現実にあり、それは引き付ける計画を乱した者に責があるが、今回の場合はそれとは違う。


 元々、いわばバルバール軍が手加減をしていたおかげで延命出来ていただけの状態だった。それを被害を与えたので本気にさせてしまった。という事まで責任は持てない。


 使者からは、停戦交渉に入ったので戦闘は行わないように、という事だけが伝えられた。同じ内容の書簡も受け取り、それが間違いなくリュシアンの筆跡であり署名もされていた。


 戦いはここで終わり。リュシアンが停戦を決めたという事は、北ロタが停戦を決めたという事。停戦の交渉に入ったというだけで決定ではないが、その方針を取ったのには間違いない。


 目を閉じ思案した。論理的に考えるより、勘に重きを置く彼が思案した。絶体絶命の状況になればなるほど、彼の勘は冴え渡る。停戦ならば、身の危険は去ったといえる。だが、なればこそ彼は窮地に立たされていた。


 奴と決着を付ける。その機会が失われる。もしかすると永遠に。その思いは単騎、数千の敵に囲まれたかのように彼の精神を苦しめた。


 その日、バルバール軍の哨戒部隊はこちらに向かって来る騎兵を発見した。この地域にはバルバール軍の他には北ロタの騎兵しかおらず、しかも、停戦交渉中につき両軍、戦闘行為は控えるようにという通達も出されている。


「どういう積りでしょうか?」

「威力偵察と言ったところだろう」


 哨戒部隊の隊員が問い隊長が答えた。


「何人か人を出し本陣に状況を伝えて対応の兵を乞え」

「はっ!」


 交渉中とはいえそれが決裂する事もある。その時に備え、敵兵からの攻撃がない事を幸いに偵察を行ってきた。とも考えられる。少数では殲滅され、知らぬ存ぜぬで通されかねないが、これだけの数ならばその心配はない。ただ、挑発行為にも当たる為、やり過ぎると軍事衝突にもなりかねず、そうなれば停戦交渉も破綻する。その辺りの駆け引きも重要だ。援軍を要請した隊長の顔も緊張に堅い。


 向こうが大人しく引き下がってくれればいいが……。

 引き下がらなければ、そのまま衝突する危険がある。敵が引かないとしても彼の所為ではないが、居合わせた不運で、責任を感じてしまう。


 だが、援軍を乞うた後も監視を続けた結果、初めに発見した5百騎は敵の前衛に過ぎず、その後ろには本隊が続いているのが確認された。総勢3千騎。つまり、敵将ブランが率いる全軍である。しかも、北ロタ王都へ向かう進路だ。


「まさか、戦いを挑む気か?」

「ですが、今は停戦交渉中で戦闘行為は禁止と伝え、敵将ブランも了承しているはずでは……」


 だが、現実、北ロタの騎兵隊は道をたがえず真っ直ぐに王都を目指している。このままでは、バルバール軍とかち合う。哨戒部隊の隊長は、不自然さ、いや、不気味さを感じた。


 なぜ、奴らは速度を上げず、ゆっくりと進んでいるのだ?

 報告では、敵騎兵は通常行軍速度で進んでいる。馬とは意外と長距離は走れないものだ。重い甲冑を身に着けた騎士を背にしていれば猶更だ。その意味では、バルバール軍と戦うまで馬力を温存しているのだとも考えられるが、ただでさえ数では劣勢な上に、こちらに防備を整える時間を与えれば、ますます勝算は低くなる。


「隊長。どうしますか? この数では援軍がやって来ても対抗できません」


 部下に言われるまでもなく分かっている。敵が5百と踏み、過剰に敵を刺激しないようにそれより少し多い程度の援軍しか要請していない。それが3千の敵とぶつかれば、瞬く間に壊滅する。


「再度人を出し、援軍にはいったんその場で停止するように伝えろ。そして、本陣に状況を伝えるのだ」


 こうなっては、哨戒部隊の隊長程度では対応を判断しかねる。そして、送り出した者が本陣から持って帰って来た命令は、極常識的なものだった。


「援軍は、敵との距離を保ちつつ後退。我らは、引き続き敵の動向に注視せよ。との事で御座います」


 隊長は頷き、命令通り本陣へと情報を送り続けた。


 その命令を出したのは、当然、本陣にてバルバール軍全軍を統括する総司令フィン・ディアスである。そして、本陣の兵達にも命令を出した。


「陣を固めて攻撃に備えよ。こちらからは手を出すな。だが、向こうから手を出してきたなら、遠慮は要らない。徹底的にやれ」


 騎兵とは敵を急襲する事に意義がある。柵を張り巡らされ、槍衾、弓矢で迎え撃てられれば攻撃力は半減。如何にブランが先頭に立ち騎士達が奮い立とうと、その神通力は打撃力の増加には効果があっても防御力の強化にはつながらない。元々、騎兵は馬を攻撃されれば落馬するしかなく防御力は弱い。無謀な突撃をすれば、柵前に屍の山を作るのが関の山だ。


 ブラン率いる3千の騎兵隊は槍衾が整然と並ぶバルバール本陣の前まで悠然と進んだ。槍衾を作る兵達の額に汗が浮かぶ。


 やるのか? 本当にあの虎将ブランとやるのか?


 槍衾を作る槍兵に突撃するなど自殺行為。だが、あのブランだ。その虎牙槍の一振りで数名の槍兵が薙倒され、突入される。その非現実的な光景が現実のものとして兵士達の頭に浮かんだ。


 その槍兵の後ろで矢を構える弓兵達も、より安全な立場にも係わらず、同じように顔が青い。既に弓には矢を番えている。その手が汗で濡れた。ともすれば、矢が指から離れ飛び放たんとするのを懸命に堪えている。


 停戦交渉中とはいえ、敵が近づいて来ているのだ。攻撃しても差し支えない。だが、その歩みはあまりにも悠然とし攻撃の意思が感じられない。だが、こちらから攻撃すれば戦いが始まる。あの虎将とだ。


 兵に攻撃命令を出す隊長達も、その覚悟を持てぬままブランが近づいて来る。そして、遂に槍襖まで数サイト。まさに眼前にまで近づき、そこで馬蹄を止めた。


 槍兵達の槍を持つ手が震え、弓兵達が隊長に、まだ矢を放たないのかと懇願するように視線を向ける。その隊長達も、ブランのあまりにも大胆な行動に判断がつきかねている。


 い、いいのか? 攻撃しても良いのか? 状況としては負けようがない状況だ。しかし、相手があのブランでは、こちらもかなりの被害を受ける。最前線の者は確実に死ぬ。その覚悟が出来ず、攻撃を躊躇う。


 兵達の後ろで隊長達が躊躇している間に、ブランが口を開いた。


「停戦交渉中で戦闘は控えよと聞いた。戦いが中止ならば、城に戻らせて貰う。城まで案内せよとは言わぬ。だが、道は開けて頂きたい」


 槍衾を作る兵士に言った。隊長に伝えよ、ではない。兵に直接言った。虎将が意外にも丁寧な言葉だった。しかし有無を言わせぬ。怒鳴り声でいう事を聞かせようなど小者のする事。真の強者は当たり前の言葉で当たり前のように従わせるものだ。そして、事実、兵士達は、それが当然かのように飛び跳ねるように道を開けたのだ。


 その道をブランは悠然と進んだ。まるで海が割れる神話のように兵士達が割れていく。その兵士の海にブラン騎兵隊が飛び込んだ。当たり前のように。


 気。バルバール軍の戦いの気が外された。兵士達が道を開け、それをブラン達が矛を交えず通過している。バルバール士官が攻撃命令を下せば戦いが始まるが、命じなければ始まらない。大局的に見れば、バルバール軍から仕掛けても問題にはならないだろう。それほどブランの行動は非常識だ。だが、この場の当事者達にその大局を見る余裕はない。


 俺達から仕掛けなければ、奴らは素通りしていく。なら、そのまま通り過ぎるのを待てばいい。兵士達が勝手に道を開けてしまったのだ。俺の所為じゃない。


 気を外された士官達は、既に戦意が失せている。このまま城まで素通りさせれば良いのだ。と、すっかり傍観者だ。


 しかも、兵士達はそれ以上に傍観者。いや、観客と化している。敵陣のど真ん中の進む、この豪胆な行動に、ブラン達の後についていく者まで居た。


「おーい。いくらなんでも大胆すぎるだろ」


 視線が一斉に声の主に集中した。その声に聞き覚えのある者の顔には歓喜すら浮かんでいる。


「敵中突破たぁ。むちゃするじゃねぇか」


 ブランが捻るように首を向けてじろりと相手を見た。奴か。と、心の中で呟く。


「俺と決着を着ける……。って、積りで来た訳じゃなさそうだな」

「戦いが中止。そう聞いたから城に戻るだけだ」


 そういうもんじゃねぇんだけどな。まあ、奴も分かっててやってるんだろうが。

 グレイスが顎に手をやり苦笑を浮かべた。そういうグレイス自身、戦棍は手にしているものの軽装で、決闘に相応しい装備ではない。


「じゃあ、城まで少し話すか」


 ブランはそれに答えず、無言で馬を進ませるとグレイスが馬首を寄せた。話すか。と、言った割には彼も無言で馬を進ませる。


 虎将と猛将。両雄が並んで進む姿を、兵士達が憧憬の視線を向けて囲み進んだ。純朴な兵士達から見れば、宿命のライバル同士がお互いを認め合い馬首を並べているように見えるのだ。


 ブラン騎兵隊の先頭をブランとグレイスが並んで進む。ブラン騎兵隊の者達ですら、大陸にその名が轟く猛将と自分の大将が並び立っている。と、純朴な虚栄心を満たし誇らしげだ。


 今も無言の会話が数百回繰り返されている。兵士達は想像を膨らませ、そうに違いないと信じている。実際はそんな都合のよい話はなく、お互いが、こいつ何を考えてやがるんだと思案し、微塵も分かり合っては居ないのだが。


 お互い無言のまま行進は続き、遂に外壁の城門の前まで到達した。この先の内壁までバルバール軍は占領しているが、グレイスはここで馬を止めた。ブランの馬も数歩先で脚を止める。


 ここで始まるのか!?


 両雄の決闘はなされる。必ずなされる。たとえディアス総司令の了承かなくともなされるはず。そう信じる兵士達は、反射的に2人から離れ、決闘がしやすいように空間を空けた。


 その様子にグレイスの顔に苦笑が浮かんだ。ブランは小さく視線を向けただけだ。そして、兵士達の期待に反し、動いたのはどちらの武器でもなく、グレイスの唇だった。


「やらんのか? お前の相棒が、折角、その機会を作ろうって頑張ってくれてるんだろ?」


 兵士達を挑発、炊き付けて、ブランとグレイスが決闘せずには居られない雰囲気を作る。リュシアンが考えた策はもう少し複雑ではあるが、要点だけ言えば、結局はそういう事だ。


 その挑発を後押しする為に、あえて姿を現した。だが、グレイスも以前に言ったとおり、命令違反を犯してまで決闘は出来ない。やるならブランから手を出させる必要があった。


「そのなりでか?」


 初めてブランが口を開いた。グレイスがにやりと笑った。察しろよと目線が訴えている。


 ブランとの一騎打ちはディアスから止められている。やるならば、こちらはやる気がなかったが、ブランが討ちかかって来たので迎え撃った。その態を作らなくては成らない。完全武装などで出向けば、初めからやる気だったのかという話になる。


 しかし、実際、軽装のグレイスが武装しているブランと戦えばかなりの不利。それを押してまで来たが、ブランの方こそがそれを潔しとしなかった。


 戦場で、軽装で来るのはそいつの勝手。それによって手加減してやる義理は無い。そう考えるブランだ。それに、装備の軽重で勝敗が動かぬほどに実力差があるのなら逆に気にもならないが、奴とはそれで勝敗の天秤が大きく傾くほどの僅差。グレイスとの一騎打ちは、あくまで己の矜持。軽装のグレイスに勝ってもその矜持が満たされぬ。


「また、な」


 ブランが言った。グレイスが、先ほどより薄くにやりと笑う。だが、動いた心は比べものにならぬほど深い。猛将としての血が騒いだ。ブランが背を向け馬の腹を蹴った。馬が進み始める。その背に、切りかかりそうになるのを懸命に堪えた。


 奴は獣だ。そして俺も。獣が2匹。また、会う時は、やりあう時だ。これ以上なく、短い決闘の言葉。

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