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愚者達の戦記  作者: 六三
皇国編
375/443

第280:扇動

 停戦交渉は決裂した。ディアスにしてみれば、馬鹿か! というしかないリュシアンの提案を飲めるはずがない。


「一度城に戻って再考して来てくれ。次は、もう少し現実的な案で頼む」


 ディアスは、席を立つリュシアンを素っ気なく送り出した。


「それでは、また来ます」


 リュシアンも、固持せず席を立ち身をひるがえした。


 やけにあっさりするな。

 ディアスは、その諦めの良さに悪い予感がしたが、それはほどなく現実のものとなったのである。


 屋敷を出たリュシアンは、城へは向かわず、まっすぐに城下中央の広場を目指した。従者に近くの家からテーブルを買い取らせて広場の噴水の前に運ばせ、その上に身を乗せた。城下は今、バルバール軍の兵士、騎士達で満ちている。その者達が、何事かと集まって来た。


「私は、北ロタ王国全権大使リュシアン・リシュール。先ほどディアス総司令とお会いし、私はディアス総司令に提案した。北ロタの運命を我が軍のシャルル・ブランとバルバールの猛将ヨエル・グレイス将軍との一騎打ちに託そうと!」


「グレイス将軍と虎将ブランの一騎打ちだと!!」

「本当か!?」

「ついに、ついに決着がつくのか!?」

「これは見逃せぬぞ!!」


 兵士達が歓声を上げた。今まで両者の一騎打ちは2度に及び、いずれも決着つかず。今回の戦いで雌雄を決する。皆、そう考えて、いや、望んでいたが、このままではそれが果たせないまま戦いが終わりそうな状況だ。それが実現、しかも、一国の命運を賭けてとなれば、純朴な彼らの心は沸き立った。歓声は更に大きくなり、轟き続ける。


 その騒ぎに、更に人が集まって来た。リュシアンは、それを確認すると残念そうに首を振った。


「しかし、ディアス総司令は一騎打ちを許可してはくれなかった」


「そんな馬鹿な!」

「どういう事だ!?」


 一転、兵士達から罵声が上がる。リュシアンはそれに耳を傾けつつ、望む言葉を待った。


「ディアス総司令は、なぜ許可してくれない? 総司令はなんと言ったのだ!」


 その言葉を受け、リュシアンは小さく頷いた。


「ディアス総司令は、理由についてはご返答なされなかったが、おそらくグレイス将軍の勝利を信じておられぬのだ。確かに先の戦いでは我が方のブランが優勢であった。それもやむを得ぬかも知れぬが……」


「なんだと!!」

「ディアス総司令がグレイス将軍の勝利を疑うなど、ある訳がない。馬鹿な事を言うな!」


「それではなぜ、ディアス総司令はグレイス将軍とブランとの一騎打ちを許可して下さらないのか。私にはそれが分からぬのだ」


 サルヴァ王子の許可なく、北ロタの存続など明言できぬから。ディアスが、グレイスの勝利を信じる信じない以前にその問題がある。リュシアン自身、それを分かった上で兵士達を扇動している。


「き、きっと、ディアス総司令は……えっと……ま、万一を危惧しておられるのだ」

「戦いに、絶対はないからな」


「ディアス総司令は、グレイス将軍を必ず勝てる相手としか戦わせぬと。なるほど。ならば、グレイス将軍が不敗なのも頷ける」


「貴様! ディアス総司令を侮辱するのか!」

「ふざけた事言ってんじゃねえぞ!」


 罵声の礫が固形物かのようにリュシアンの頬を打つ。

 下手をすれば、ここで殴り殺されるかも知れぬな。

 涼しい顔をしているが、リュシアンの背中は汗でびっしょりだ。


「我等とて、ブランの勝利を信じてはいるが、万一がある事は理解している。それでもブランに託そうと言うのだ! 初めの戦いでは、ブランとグレイス将軍の力量は大きな差があった。それでも我らはブランを信じた。次の戦いでも勝つと言う確証がなくともブランを信じた。にも拘わらず、今度はブランが勝ちそうだと、グレイス将軍は戦いを避けるのか。こんな馬鹿な話があるか!!」


「ブランが勝つだと! 勝手に決めるな!」

「グレイス将軍が勝つに決まっている!」


「こちらはやろうと言っている! やらぬと言っているのはそちらだ!」


 リュシアンの一括に兵士達が黙り込んだ。リュシアンが言葉を続ける。


「勿論、グレイス将軍がブランを恐れているとは思わぬ。グレイス将軍もブランとの再戦を望んでおられるに違いない。そうであろう」


「そ、それは勿論だ」

「グレイス将軍は逃げも隠れもせぬ」


「そして、貴公らもグレイス将軍の勝利を疑ってはおるまい! 違うか!!」


「言うまでもなし!」

「我ら、誰一人してグレイス将軍の勝利を疑ってはおらぬ!!」


 バルバール兵士達が、一斉に叫んだ。もしかすると、何人かはブランが勝つと考えているかも知れないが、それを言える雰囲気ではない。いや、そう考えていた者すら、まるで集団催眠にかかったかのように群衆の雰囲気にのまれグレイスの勝利を叫ぶ。


「ならば、貴公らからもディアス総司令に訴えてくれ。虎将ブランと猛将グレイスとの一騎打ちを受けるべきだと! そして、ここだ! この広場で、堂々と一騎打ちを行うのだ!」


「うぉぉぉおおお!!」


 大歓声が鳴り響き王都を満たした。その声を耳にしなかった者はおらず、昼寝をしていた者すら飛び起きたと言う。


 そして、勿論、フィン・ディアスもその大歓声を耳にした。


「なんだい。あの騒ぎは?」


 不審に思ったディアスは副官に様子を見に行かせ、果たして、その大歓声の正体が、リュシアンに扇動された将兵達が、グレイスとブランとの一騎打ちを訴えるものだと知った。


「何をしでかすか分からないとは思っていたが、まさか敵陣の真っただ中で演説を打つとは……」


 己を常識人と自認するディアスだ。他者から見れば奇策に見える彼の策略の数々も、他国の民より自国の民を優先するのは当たり前。己の名誉欲や感情、体面により、自国の民や兵を犠牲にしないなど当たり前。という、彼なりの常識に沿ったものだ。軍事の基本にも沿っている。


 素人目には理解できない前衛的な作品を描く芸術家が、実は、基本をきっちり抑えていたりするのと似ている。それに対し、リュシアンの策は、基本を習得していない素人が描いたものが結果的に優れた作品になったようなものだ。一見、似ているように見えても、実際は思考の系統が違う。


 更に言えば、ディアスの策略や駆け引きが組織というものを基準にしているとすれば、リュシアンのものは個人技に依存する傾向がある。ブランの武勇だよりの軍略もそうだが、今回も、リュシアン自身の個人技だ。個人技で状況をひっくり返そうという思想になじまない為、ディアスもリュシアンの行動には対処的にならざるを得ない。


「如何致しますか? 兵士達は、グレイス将軍と敵将ブランとの一騎打ちがなされなければ、暴動でも起こしかねないかと思われますが……」


 副官が心配げにディアスに問いかけた。だが、その表情とは裏腹に、やはり、彼の中にも期待のようなものがあるのを、その言葉の選択が物語っている。


「如何も何も、勝てる戦いで、どうしてわざわざ博打をしなくちゃならないんだい? そんな馬鹿げた提案に乗る訳がない」


 兵士達がどう騒ごうと武将同士の一騎打ちに一国の命運賭ける提案など受ける積りはない。味方の将兵から、腰抜けと蔑まされようとも意に介すディアスではないのだ。


「兵士達が黙っているでしょうか?」

「黙っては居ないかもしれないが、だからって兵士達の意見を聞いて戦は出来ないよ」


「ですが、不満のあまり総司令の命令に従わなくなっては一大事です」

「確かにそこまでになれば問題ではあるが……」


 兵士達の不満が自分に向けられる分には良いが、その不満から命令拒否にまで発展すればディアス個人の名誉の問題ではなく、実害となり戦局に影響する。


 兵士達のディアスへの信頼は篤いが、それでも神の如く敬う。というほどではない。特に、群衆の渦に巻き込まれた当事者となれば、傍から見れば愚かに見える事にすら、それに流されかねないのが群集心理というものだ。


「それに、このまま停戦交渉が進まず再攻撃となった場合、兵達はディアス総司令が、グレイス将軍とブランとの一騎打ちを拒絶した為だと思うかもしれません」


 戦場において人の命は平等ではない。一兵卒を助ける為に偉い最高司令官様が命を落とす。無責任な者達からは美談としてもてはやされそうな話だが、実際、戦場にある者からすればたまったものではない。将軍が討ち死にし敗勢ともなれば、一兵卒一人どころか、時に、数千、数万の死傷者が出るのだ。


 グレイスも、軍に大きな影響力を持つ。グレイスの武勇頼みの作戦など考えぬディアスとて、彼の存在が兵士達の士気を高め、戦況にも影響するのは考慮しているのだ。


 勿論、彼の’猛将’という位置づけから、大事にしまっておくと言う事は不可能なのは言うまでもないが、勝っても利は少なく、負ければ損が大きな戦いに駆り出すのは馬鹿げている。


「なに、その判断を行ったのが私だと兵士達が知っていれば、それでいいよ。それで兵士達の私への信頼が損なわれるのなら、それまでさ」


 勿論、それが過ぎれば命令不服従という問題にまで発展する。しかし、ディアスにも思惑はある。それは、生き死にの状況に立たされれば、兵士達も不服従など言ってはいられないさ。というものだ。


 ディアスは、ランリエル陣営の中で今まで上手く立ち回って来たと言われている。そして、事実、その通りだ。今回の戦いでも、コスティラ国境付近からタランラグラ、ドゥムヤータを経由して北ロタに至ると言う移動距離こそは長大なものの、戦いの苛烈さ、という意味では、実は、敗戦と激戦を重ね総司令ベヴゼンコまで戦死したコスティラ軍は勿論、優勢な皇国軍と対峙し続けているカルデイ、ベルヴァース両軍よりも戦い自体は楽と言える。今回の攻城戦前の野戦でも、戦術的駆け引きの結果、4倍の兵力で敵を囲む一方的な戦いだった。


 しかし、これからはそうは行かない。懲罰的な意味合いもあり、北ロタを見殺しにしている皇国だが、北ロタという障壁がなくなれば、バルバール軍に立ち塞がる。


 位置的には、ランリエル勢と対峙している皇国軍がバルバール軍に後背を扼される形になるが、戦力では圧倒する皇国軍だ。十分な戦力をバルバール軍にぶつける事も可能であり、そうなれば皇国軍の後背を扼すどころか、、バルバール軍は敵中で孤立無援となる。そして、北ロタを見殺しにしている現実を見れば、皇国軍の思惑がその通りなのは確実だ。


 そのような状況で、総司令が気に食わないから命令を守らない。という甘えは通用しない。しかも、作戦に不満があるというのではなく一騎打ちをさせないから、という理由でだ。


 自身への評価など露程にも気にしないディアスである。そして、自身の能力、評価も客観的に把握している。いざ戦いとなれば、自分より優れた将帥が存在しないバルバール軍である。兵士達も死にたくなければ、自分の命に従うしかないのだ。


「リュシアンは自らの笛の音で我等を躍らせたいのだろうが、踊ってやらなければそれまでさ。結局、彼がやっている事は、我が軍の結束を多少乱す程度。それ以上は何にも出来やしないよ」


 言葉こそ軽いものだったが、その口調は断言するものだ。内心では一騎打ちを望んでいたと思われる副官も、それ以上は口を噤んだのだった。

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