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愚者達の戦記  作者: 六三
皇国編
374/443

第279:神話

 敵輸送部隊殲滅。


 ブラン達から狼煙が上がった。籠城するリュシアン達はその情報を得た。狼煙での情報伝達では細かい内容まで伝えるのは難しい為、文字に起こせば単語を羅列したようなものになるが、それでも状況を知るには十分だ。


 城兵達は沸き立った。補給の途絶えた敵は撤退するに違いない。その予想が大勢を占めた。


「やったぞ! 城を守り切ったぞ!」

「撤退するバルバール軍を追撃だ!」

「余勢を駆って南ロタまで攻め込むのだ!」


 以前、失脚寸前だったロタ王国のリュデガー王を救う為、リュシアンは策を講じた。それは、既に失脚していた前ロタ王国国王ランベールを対抗勢力に掲げ、リュデガー王の存在価値を高めるというものであった。


 その結果、北ロタ王国と南ロタ王国が両立し、それを成したリュシアンとブランに遠慮して表立っては口に出さないが、双方、祖国統一の思いはある。その思いが、沸き立つ歓喜と共にあふれ出し、多くの兵が南ロタへの侵攻を叫んだ。


 その光景に、両王国建国の功労者リュシアンは、さぞ困惑しているかと言えば、彼の思案は別の事で占められていた。


 兵士達の士気にかかわる為、公表はしていないが、今まで城が持っていたのは敵の猛攻に耐えられていたからではない。敵が手加減していたからだ。敵が本気になれば踏み潰されるのが現実。その現実を知らぬ兵士達は浮かれているが、それを知る者には藪を突いて蛇が出てきたに等しい。


 追撃どころではない。バルバールの猛攻撃が始まる。


 勘により戦機を見出すブランは、ある意味、サルヴァ王子以上の戦いの天才ではあるのだが欠点もある。眼前の戦場、直近の戦局までにしか、その嗅覚が及ばない。前回の戦いで、ブランはバルバールの別動隊がケルディラ方面からやって来ると看破したが、その時もその先は知らんと突き放した。


 やはり、人が足りぬか。城の防備を他の者に任せ、俺がブランの傍に着いて居れれば良かったのだが……。


 とはいえ、城を守るのは防備に長けた軍人を配せばそれで良いものではない。時には、敵との交渉を含めた政治的な判断も必要。故にリュシアンは城を離れられない。慢性的な人材不足は北ロタの泣き所だ。


 とはいえ、この状況をブランの所為にするのは酷。初めからバルバールが手加減していたから生き延びていただけなのだ。リュシアンがブランの傍にいて作戦を止めたとしても、多少、延命したに過ぎない。


 その数日後、兵士達の予想に反し、かつ、リュシアンの予想通り、バルバール軍の猛攻撃が始まった。城は外郭の内側にも幾重に城壁があり、今までは外郭で防衛していたが、リュシアンはその外郭を放棄せざるを得なかった。


「手が足りぬ以上、いつまでも外郭に固執していては弱い部分から侵入を許す。内側の第一城壁で敵を防ぎつつ第二城壁内に物資を運び込め。それが済めば第一城壁も放棄。第二城壁にて敵を迎え撃つ!」


 外郭での防衛の為、外部城壁近くに山積みされていた物資を大慌てで掻き集め第二城壁内に収容した。長大な外部城壁を捨て、小さい内部城壁を守る事により守り手が足りなくなるという欠点は解消される。初めからそうしなかったのは、長期的に見れば更に手詰まりになるからだ。


 守りは堅くなったが、城内にまで攻め込まれた敗北感と、もはや敵の目を掻い潜り城外に逃げるのが不可能という圧迫感に、兵士達は数日前の歓喜から一転、葬儀の参加者のような顔つきだ。尤も、このままでは本当の葬儀に参加する未来が待っている。参列者ではなく見送られる方ではあるが。


 未来のないこの戦況に、リュシアンは国王ランベールに拝謁した。元のロタ王国での謁見の間には遠く及ばないが、それでも、なんとか一国の王としての体裁は整えている。ランベール王は、覇気のない顔で玉座に鎮座していた。まだ枯れ果てるような年齢ではないはずだが、総じて皮膚に張りがなく老いの影が深い。


「陛下。この状況に至れば、致し方ありません。バルバール軍に停戦を申し入れるべきかと思案致します」


 跪くリュシアンが深々と頭を下げて言った。勿論、停戦というのはあくまで名目で、実際には降伏である。


「さようか」


 長きに渡る籠城で、疲れているのか、既に諦めていたのか。国王は気のない返事だ。枯れた声が淡々と響いた。左右に並ぶ、政治、軍事において全てリュシアンに丸投げで存在感のない大臣達も溜息をつき俯くばかりである。


「陛下のお命は勿論、必ずや王位もお守り致します」

「そして、王都を2度落とされた国王として名を残すか。いや、1度陥落させただけでも、十分、名を遺すかも知れぬがな」


「陛下……」


 返す言葉がなかった。国王の覇気の無さの原因は、2度目の陥落にうんざりしているのかもしれない。


 その後、リュシアンはおぬしの好きにせよ。という言質をランベール王から得て、国王の前から下がった。国王よりもブランに重きを置くリュシアンには忠誠心というものは薄いが、それでも、自分が担ぎ出したという責任は感じている。


 とはいえ、実際、どうやって国王を救うかだ。国王にはああ言ったが、その方策はまだ決まっていない。その意味では、国王に対し無責任な言葉を吐いた事になるが、方針を決めてから解決手段を探るのが問題解決技法の基本ともいえる。


 まあ、当てがない訳でもないが……。問題は、その当ての賞味期限が切れていないかだ。


 城内の第一城壁を占領したバルバール軍は、総攻撃の準備を行っていた。兵士に休養を取らせ負傷している者を後方に下げる。無傷の精鋭だけを前面に集める。武器、防具も整備した。落とすならば猛撃を与え一気に落とす。その方が被害が少なく済むのだ。


 その一方、地面に穴を掘り、地下からの侵入も進んでいる。それは城内に居る者達からも見えるように行った。当然、北ロタ側はそれに備えるが、逆に言えば、兵力を分散させる事になるし、城壁を守る兵士達も、後方が気になり浮足立つ。


 それらを指示すれば、総司令たるディアスには、当面、やる事はない。精々、作業の進捗具合の報告を受ける程度だ。後は、不測の事態でも起これば伝令が駆けこんでくる。そして、その伝令がやってきた。


「北ロタ軍のリュシアン・リシュールが、閣下にお会いしたいとやって来ました。停戦を申し入れて来ております」


 リュシアンがランベール王に言ったように、停戦といっても実際は降伏なのは明白。兵士も勝ち誇った表情だ。ディアスは頷き、こちらに案内するように命じた。


 以前、裏切りの誘いに自らは来ず使者に手紙を持たすだけで済ましたリシュアンを覚悟が足りぬとディアスは評した。しかし、流石に今回は自ら出向いてきた。それだけ、切羽詰まった状況という事だが、その状況に追い込んだ張本人であるディアスはリュシアンがやって来るまでの間、対応を思案していた。


「お久しぶりです。ディアス殿」

「こちらこそ」


 本陣としている屋敷に案内されたリュシアンの挨拶が済むと、ディアスが他の者は席を外すように言い付けた。


「しかし、閣下と対決するのは、これで何度目でしょうか。ランリエル陣営には他にも人は居るのに、閣下とばかり戦っている気がします」

「全くだ。どうやらサルヴァ陛下は、私をロタ担当とでも思っているようだね」


「御蔭で、私如きを閣下の宿敵と見る物好きもいるとか。過分な評価過ぎて我が事ながら赤面の思いです」

「いや、実際、私は君達の事は苦手だよ。何せ、何をしでかすか分からないからね」


「僻みでしょうか。あまり、褒められている気がしないのですが」


 まあ、確かに褒めてはいないな。とは、ディアスも流石に言わず曖昧に笑みを浮かべた。挨拶代わりの雑談で口を滑らかにした後は、早速、本題に入る。


「停戦したいと言う事だが、それにはまず、北ロタ軍の武装解除が必要だ」

「それは勿論です」


「随分と、物分かりが良いな。武装解除させた挙句、我が軍が裏切って攻撃するとは思わないのかい?」

「以前、私が言った言葉をお忘れですか?」


 ディアスは、僅かに考えるような顔をしたが、すぐにそれを放棄した。聞けば済む話だ。


「何を聞いたんだったかな?」

「貴方が私達を倒すのに裏切りなどする必要はない。お忘れですか?」


「そういえば、そんな事も言っていたね。だが、必要がないのと、しないのとは大きな隔たりがあると思うがね」

「確かにそうですが、不必要な事をして、更にそれが害となるならばやる必要はないでしょう」


「何が害になると言うんだい?」

「まず、我らの停戦を受け入れずに戦えば、逃げ場のない我らは死兵となって戦わざるを得ません。バルバールが我が軍の10倍の兵力といえど無視できぬ損失となりましょう」


「なるほど。他には?」

「貴方は、皇国軍に対し攻撃をする時期を先延ばしにする為に城への攻勢を弱めていた。違いますか?」


「さて、何の事だろうね?」


 ディアスは韜晦したが、そう問われても素直に答える訳がないと、リュシアンも正直な返答など求めていない。

「ですが、我が軍を倒せば、次の戦場へと動かざるを得ません」

 と、話を続けた。


「それは、北ロタが降伏しても同じと思うがね」

「我が軍が降伏したのなら、北ロタ兵の扱いに手間取っているなど理由は付けられるでしょう。この停戦交渉自体が長引いていると見せかけてもいい」


「交渉を長引かせると見せかける、ね……。あまり得策とは言えないな。皇国方面の戦況が急変し、早急に動かないといけない状況になれば、それから停戦合意して北ロタ兵の処置もしなくてはならない。動きが制限される。それどころか、君達が約束を反故にして、徹底抗戦するかも知れない」

「ならば、停戦合意は早急に行い。兵の処遇で手間取っている事に致しましょう」


「おいおい。まるで停戦が決まったかのように言わないでくれ。あくまで可能性の確認だよ」


 リュシアンが微かに苦笑を浮かべた。


 実行不可能そうな事案を上げ、それを相手に指摘させる事によって、いつの間にな実施レベルでの話に引き込み交渉自体を既に合意したかのように錯覚させる。交渉術の基本だが、この程度の手に引っかかるディアスではない。


 やはり、一筋縄ではいかない相手だ。ならば’当て’にすがるか。それが、今でも有効かは分からないが……。


「しかし、閣下には約束を守って頂かなくては困ります。それすらお忘れですか?」


 ディアスが、人の悪い笑みを浮かべた。やはり、ディアスも忘れているのではなく、意図的にそれに触れなかったとリュシアンは確信した。


「ランリエルが負けそうならば、皇国の元、バルバールが生き残れるように我らが執り成し、皇国が負けそうならば、ランリエル陣営にて我らが生き残れるようにバルバールが尽力する。その約束だったはずですが」

「しかし、まだ、皇国が負けるとは限らないだろ?」


「皇国が負けていないならば、北ロタが滅んでも条件は満たしていない。とは、詭弁と思いますが」

「そうかい? 2つ条件の約束は、2つとも満たしてこそ成り立つものじゃないのかい?」


「約束の本質は、片方が滅びそうなら、もう片方がそれを助ける。そういう事でしょう。条件は、その一例に過ぎません」

「その条件で約束したなら、約束はその条件さ」


 リュシアンの目が鋭く光った。ディアスは笑みを浮かべている。暫くそれが続いた後、ディアスが口を開いた。


「大丈夫。停戦は認めるさ。ただ、北ロタの存続どうこうを決める権限は私は持っていない。まずは停戦さ。その後、北ロタ存続はサルヴァ陛下がお決めになる。勿論、サルヴァ陛下に進言して、存続に尽力はするがね」


 尤もな手順ともいえるが、それはバルバール側からすればの話。北ロタには北ロタの尤もな手順が存在する。


「それでは、こちら側で停戦の意見を纏める事は出来ません。北ロタ存続の確証があってこそ停戦で纏められるのです」

「そうはいっても、北ロタ存続は政治の話だ。さっきも言ったが、私にそれを決定する権限はないよ」


「その権限がないのを承知で、北ロタ存続を明言して頂けないでしょうか。現状を見れば、サルヴァ陛下もそれを追認して下さると思うのですが」

「北ロタはセルミア王都の西南方向を包囲している。その北ロタが消滅するのはサルヴァ陛下にとって魅力的だ。簡単に追認して頂けるかどうか。確証は持てないな」


「勿論、ある程度の領土割譲は仕方がないでしょう。ですが、北ロタが完全になくなるのは、セルミアに取って必ずしも良いとは言えません」

「まあ、ね」


 セルミアは、実質、ランリエルの前線基地だが、それが北ロタという緩衝地を無くし皇国の勢力範囲と直接、隣接するのは危険をはらむ。尤も、それも、この戦い後にも、ランリエル陣営と皇国陣営が残っていればの話だが。


「しかし、北ロタを南ロタに併呑するという手もある。どちらが良いかは、やはりサルヴァ陛下が決断する話さ」


 リュシアンが目を瞑り


「分かりました。ならば、条件を付けましょう」

「条件?」


「我が方のシャルル・ブランと貴軍のヨエル・グレイス将軍とで一騎打ちを行い、ブランが勝てば北ロタは存続、グレイス将軍が勝てば北ロタは消滅。それでどうですか?」

「……それは、冗談で言っているんだろうね?」


 双方の軍の勇者同士が一国の命運をかけて一騎打ちを行う。良く言えば神話世界の物語。悪く言えば、かなり低年齢向けの戦争小説のような提案。ディアスは内心、頭を抱えた。


「冗談ではありません。我らはブランに北ロタの運命を託します」


 ディアスは探るような視線を向けたが、リュシアンは本気のようだった。

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