第277:猛将の矜持
歩兵3万8千。騎兵2千。併せて4万の軍勢が北ロタ王都王城を取り囲んだ。水も漏らさぬ包囲は既に2ヶ月に及ぶ。完全に逃げ道を塞ぎ追い詰めすぎると窮鼠と化し思わぬ反撃も考えられるが、先の戦いで北ロタ軍を誘い出し大打撃を与えたディアスは、彼らを追い詰めても反撃の余力なしと判断した。それよりも、包囲に穴を開ければ支援を受ける可能性を危惧した。
2人の男が城壁から自分達を囲むバルバール軍を眺めていた。1人は背の高い体格の良い男で、もう一人も同程度に背は高いが、男と比べると線は細い。日はまだ高く戦いは続いているが、2人には落ち着いて会話する余裕があった。
「敵は、どうして総攻撃を仕掛けて来ぬのでしょうか?」
リュシアンに問うたのは将軍の1人のシャリエだ。北ロタ建国時に活躍し、リュシアンが将軍に抜擢した。勇猛果敢で命令に忠実なところがリュシアンは気に入っている。年齢もリュシアンよりも2つ下だ。シャリエだけではなく、北ロタの将軍達は他国の将軍達に比べ若い者が多い。それには、北ロタの政治と軍事の改革を一手に担うリュシアンが、総司令だったヴァレスなどリュシアンに好意的な重鎮達以外は自分のやりやすいように若い者達で固めたという側面がある。
「こちらの戦力は既に3千を切っていた。一気に攻めて来られては守り切れないのはディアスは分かっているはずだ。おそらく博打をしたくないのだろう」
「博打……で、御座いますか? ですが、総攻撃をすれば落城は確実。博打ともいえぬと思えるのですが」
リュシアンも、自分に忠実というだけでシャリエを抜擢したのではない。客観的に物事を判断できる男だ。本気で攻められては一溜りもないとは分かっている。
そして、確かにバルバール軍は圧倒的に有利。通常、城攻めの前には城下町を焼く。その理由は防御拠点にされるのを防ぐ為だが、3千まで数が減れば城下町での攻防を行う兵すら不足だ。バルバール軍は城下町を焼かずに住民達を追い出して、自分達の陣屋代わりにしていた。
「ディアスは、我らなど眼中にないよ。彼が考えているのはこの後だ」
初対決の時はブランの存在を知らぬディアスの無知に付け込み一泡吹かせた。その後の対決でも勝敗が明確でない事も多かった。それ故、自分とディアスは好敵手のように考えられている。しかし、冷静に能力を見れば比較するのもおこがましいのが現実。
「この後、で御座いますか?」
「ああ。我らを倒せば、次にバルバールはコスティラ国境でランリエルと対峙する皇国軍の背後を突く。突かねばならない。だが、下手をすれば敵中で孤立しかねない作戦だ」
バルバール軍は北ロタを攻めるのを口実に皇国軍との戦いを先延ばしにしているのだ。無論、問題から目を背けるという後ろ向きなものではなく、効果的、かつ、危険の少ない機会を探っているのだ。それ故、バルバール軍は目の前の北ロタ軍を探るよりも多くの人員を皇国軍の動向を得るのに割いていた。
「それに、まだ外にはブランの騎兵が居る。3千騎はバルバールも無視できぬ戦力だが、ここさえ落とせばブランの別動隊は根を絶たれた大木。倒すまでもなく朽ち果てる……。とは限らぬからディアスも警戒しているのだろう」
「確かに」
ブランが率いているのは彼自身の私兵ではなく王家から預かっている軍隊だ。更に言えばその中には貴族に仕える騎士も混じっている。通常、貴族の私兵はその当主が率いる。貴族の私兵を細切れにし各隊に再編成する事はまずない。騎士団や騎兵隊というものは王家直属の騎士だけで編成されるのが常だ。
しかし、北ロタでは貴族に仕える騎士達も引き抜いて国力に見合わぬ3千という騎兵隊を実現している。それは、本来己の当主の命令しか聞かぬ騎士達をまとめ上げるブランのカリスマがあってこそ。その為、王城が落ち国王が生け捕られでもすれば求心力を失い四散するはずのブランの騎兵隊が、そのままブランに従い続ける可能性も高い。
「ブラン殿の騎兵を追い詰められる者はバルバール軍にもそうは居ないはず。あの猛将グレイスとて、前回の戦いを見る限りブラン殿に分があったと私は思います」
「さて、どうだかな」
前回の戦いは運が味方したという要素はあったが、グレイスの方が深手を負ったのも事実。しかも、その前の戦いではグレイスが明らかに優勢だったにも拘わらずだ。ブランの成長が早く、次に戦えばブランの勝利は堅いと考える者は北ロタには多いのだ。
「情けない話だが、またブラン頼みになりそうだ。ディアスが笑っているだろうな」
シャリエは返す言葉を見つける事が出来なかった。
リュシアンの指摘通り、確かにディアスはブランの騎兵隊に手を焼いていた。バルバール軍は歩兵が中心な上に城を囲うのに大半の兵を割いている為、ブランに向けられる兵はそう多くはない。その多くはない兵で騎兵を追い詰めるのは至難の業だ。そして博打をする気がないのもリュシアンの推測した通りである。
「とにかく、今は城の兵を削っておこう。無理をする必要はないが、断続的に攻撃を続けるように」
軍議の席、グレイスら幕僚達にディアスはそう命じた。
本来なら攻城は防衛側が有利だが、北ロタは防御に5千の兵が必要な城を3千で守っている。隙は多く兵力を削るのは難しくないのだ。そして、ますます防御が手薄になっていく。その危機感に城兵達は心理的にも追い詰められているはずだ。そして追い詰められるのは城兵だけではない。
「これで、ブランが向こうから仕掛けて来てくれれば勿怪の幸いだ」
「奴も、なかなかの武将に成長したものですな。こちらの挑発にも乗ってきませぬ」
幕僚の1人が言った。ブランと好敵手と見られているグレイスは、何かを誤魔化すように苦笑し右手で左頬をかいている。一番初めにグレイスとブランが戦った時は、確実にグレイスに分があった。そして、その時に討つ事も可能だった。ディアスの命令の範囲内での行動であったが、あえて見逃したのだ。
尤も、救いがたい事に武人という者は時に(最終的に自分達が勝つなら)強敵を好む。この幕僚の発言も最後にはグレイスが勝つだろうという余裕があっての事だ。
無論、この者も前回のブランとグレイスの戦いでは接戦になったのは知っている。しかし、ブランの勝利を確信する北ロタのシャリエより戦歴が長く、戦いの法則という者を理解している。それは、戦いとは強い者が勝つのではなく勝ち方を知っている者が勝つという事だ。
腕力、技量、などという意味での強さを数値化し比較しうるならば、グレイスの場合、その数値が自分より高い者に勝っている事が多いのだ。それは多数の軍勢を少数の軍勢で破る、戦術、戦略のようなもので簡単に身に着けられるものではない。グレイスはそれを会得する数少ない男だ。
「中身の無い挑発は自制できても、城兵が削られる現実は無視できないだろう」
相手が挑発に乗らず追いかけても逃げるなら、迎え撃つしかない。それでも騎兵3千で、4万のバルバール軍に戦いを挑むのは自殺行為。じわじわと城兵を削って心理的に追い詰め、その自殺行為を強行させるのがディアスの策だ。しかも、城には自軍将兵だけではなく国王ランベールも居る。
一旦、ロタ王国を追われ、リュシアンやブランの活躍で北ロタ王に返り咲いたという経緯から実権はなく影は薄いが王は王。助ける間もなく落城したというならともかく、助けられる状況ならば見捨てる事は出来ない。
「ブラン達からは派手に城攻めをしていると見えるように大げさに部隊を動かしてくれ。他の者はブランの攻撃に備えるように」
ディアスが幕僚達に命じると、彼らはそれを実行すべき各々の兵の元へと帰っていった。しかし、その中でもグレイスだけは残された。副官も席をはずし2人きりとなる。
「まさか、責任を取ってブランと一騎打ちをしようなんて考えているんじゃないだろうね」
「責任を取ってとは考えていませんが、その方が手っ取り早いとは考えていますよ」
先日の野戦時には、自制心を発揮し味方を救うのを優先させたブランだ。しかし、今ならばグレイスが一騎打ちを挑めば乗って来る可能性は高い。
「確かに手っ取り早いかも知れないが、それは、必ず勝つというならだ。前の戦いを見ても確実に勝つとは言えないだろう」
「まあ、そうですな」
言いにくい事をディアスはずばりと言い、グレイスもそれをあっさりと認めた。確かに勝つ戦略を身に着けているグレイスだが、必ず勝つと断言するほど己を過信してはいない。
「勝つかどうか分からない一騎打ちに、勝負をかける訳には行かないよ」
「そりゃそうなんですがね。彼奴ら青臭いじゃないですか?」
だから何だ? と、ディアスが探るような視線を向けた。
「私に勝っても落城が免れる状況じゃないですし、勝ったら勝ったで、それで気が済んで降伏するんじゃないかとも思うんですがね」
ディアスが額に手をやり小さく唸った。ブランが勝てばすっきりして降伏する。確かにあいつ等ならありそうだ。グレイスが勝てば、それこそ北ロタ軍の士気は崩壊し攻略はたやすい。
「うーん。言っている事は分からないでもないが……。やはり、一騎打ちなどさせる訳には行かないな」
「なぜです?」
「奴らが勝ったら降伏すると確信出来ないからね。それに、そもそも……」
「そもそも?」
「北ロタを落とすのにバルバールの猛将の命を賭けるのは割に合わない」
逆を言えば、その猛将を温存する為に他のバルバール将兵は地道に戦い命を落とす事になるのだが、戦場において命の価値は平等ではないのだ。この後には皇国軍との戦いを控えている。その時、グレイスの存在は大きく、居るか居ないかでバルバール軍の被害も変わって来る。結局は、その方が将兵の被害も少なくて済む。
ブランの武勇頼みのリュシアンの作戦を否定するディアスだが、それはグレイスの武勇による効率を否定するものではない。
「総司令が、私を高く評価してくれているのには感謝しますがね。まあ、こういう考えもあるって事です。命令違反をしてまで勝手に一騎打ちをしたりはしませんよ。拘りがないと言えば、嘘になりますがね」
「やっぱり、拘ってはいるのかい?」
グレイスは自分の猛将としての価値を知り、演出も意識する男だ。その為、この辺りの判断は冷めているのかと考えていたディアスには、彼の言葉は意外だった。
「職業病のようなものですよ。猛将って商売は、誰よりも強いってのが存在意義なんで」
確かに、誰それより弱い猛将。というのは滑稽な響きがある。猛将と呼ばれる者は、誰よりも強いと証明しなくてはならない。そしてそれは、当人達にしか理解できぬ矜持。ディアスなどは、勝つ必要のある相手に勝てれば良いだろうと考えてしまうところだ。
それでもディアスには、グレイスの言葉は意外だった。一騎打ちで決着を付けようというのならブラン達と変わるところはない。
「しかし、奴らの事を青臭いという割には、君も相手の事を言えなんじゃないのかい?」
「俺のは浪漫というんです。青臭い小僧達と同じにして欲しくないですな」
グレイスが、男くさい笑みを浮かべた。その中に、微かな自嘲の色も見える。不必要な拘りだとは分かっている。だが、その不必要なものに拘るのが矜持だともいえる。
グレイスは一礼し、ディアスの前から辞した。ディアスにはその違いが分からなかった。そして、自分には何か拘りがあるのかと、しばらく考え込んだのだった。




