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愚者達の戦記  作者: 六三
皇国編
370/443

第275:真の姿

「リンブルク兵は私の親衛隊です。ならば私の元に居るべきではありませんか」

「そんな戯言、本当に通用すると思っているのか」


 ベルトラムとの会談で、アルベルドはリンブルク兵をフィデリアの親衛隊としたのは、彼らを救う為の方便だったと発言した。外国、であるゴルシュタットに対し、そう明言した以上、それは公式見解だ。それによってフィデリアとアルベルドが対立した。


 とはいえ、公の場ではない。場所はフィデリアの寝室。更に言えばベッドの上であり、アルベルドはフィデリアの上にいて、フィデリアはアルベルドの下だ。リンブルク兵について抗議するフィデリアに聞く耳を持たずアルベルドが彼女を押し倒した。


 リンブルク兵を助け、アルベルドの鼻を明かしたフィデリアだったが、結局は、アルベルドの手駒にされた。しかも、ランリエルと戦わさせられる。アルベルドは勿論、デル・レイ軍部にはルキノのみがランリエルに落ち延びたと伝えているが、本当はハイトマンらリンブルク士官達もランリエルに救援を求めている状況にも関わらずだ。


 そうなれば、ハイトマン達の立場はどうなるだろうか。面識のない者達だが、自分の所為で、もしランリエルで処刑にでもなろうものなら……。


「お願いします。どうか、リンブルク兵には後方で待機するように命じて下さい。私は彼らを助けると約束したのです」


 アルベルドは、その言葉を聞いていないかのようにふるまっている。お願いしますと言い続けるフィデリアを貫いた。


「お……お願いします。どうか……」


 貫かれながらも繰り返すフィデリアに、流石にアルベルドも興ざめする。貫きながら冷めた目を向ける。


「分かっているのか? 戦争だぞ? お前の大事なリンブルク兵が戦わねば、他の者達が戦うのだ。そんなにリンブルク兵が大事ならば、デル・レイ兵達に、リンブルク兵の代わりに死んで来いとお前が言え」

「そ、それは……」


 反論の言葉を持たずフィデリアは口を噤んだ。尤も、アルベルドの言葉も一見、一理あるようだが、実は話が違う。無駄な損害を出さぬように効果的に戦うというなら、リンブルク兵らも軍人だ。その覚悟はあるだろうが、アルベルドは彼らにあえて過酷な任務を与えようとしている。だが、フィデリアにはそこまで分からない。


 それでも、どうにかと懇願する彼女をアルベルドは犯し続けた。


「ちくしょう……ちくしょう……」


 アルベルドが去った後、フィデリアは拳を握りしめ女神が呪詛の言葉を吐いた。握りしめた拳に涙が落ちる。


 悔しい。気が狂いそうなほど悔しい。悔しさで身が、心が燃える。その悔しさが口から溢れる。可能ならば、自分1人の身を引き替えにして済むのならば、絶対に殺している。殺してやる。だが、ユーリやエミリアナ王女の幸せを思えば、それも出来ない。それどころかユーリは命すら失いかねない。それゆえ、懇願しながら犯されるという屈辱に耐えた。


 手の平を爪が食い込むほど強く握りしめ悔し涙を流していたフィデリアが、不意に頭を上げた。


 そうだ。早く穢れを落とさなくては。


 急いで上着を羽織い廊下へと向かった。先ほどまでの呪詛がなかったかのように美しい顔から表情が消えている。扉を開け顔を出した。


 人払いをしなければ王族には常に警護が着く。表向き愛し合っている事となっているアルベルドとフィデリアが部屋を共にしている間は暗黙の了解というもので警護も姿を消しているが、アルベルドが部屋から出たのを確認した後は部屋の近くに戻っている。


 周囲を見渡すと、果たして少し離れたところに若い騎士が直立不動で立っていた。すぐにフィデリアと目があった。このような事は今回が初めてではない。彼は扉が開くのが今か今かと待ちわびていたのだ。フィデリアが微笑むと、周囲を気にした様子で近寄ってきて、するりと部屋に滑り込んだ。



 その日。フィデリアは密かに一人の男の部屋を訪ねた。太陽は沈み、日付も変わろうとしていたが、侍女を伴っていたので警護の者も人払いに応じて席を外した。そして、その侍女にも、最後のお別れをしなくてはなりません。と、耳打ちすると何か浪漫的なものを感じたのか目を輝かせて頷き、席を外した。


「申し訳ありません。ラングハイン将軍。まさかこのような事になるとは……」


 フィデリアは深々と頭を下げた。ラングハイン将軍は、リンブルク王の代理としてリンブルク兵を纏める立場だ。尤も、実体はリンブルク王配下の幕僚の一番の先任者というだけでしかない。ちなみにリンブルクにおいて総司令という職は、今では廃止されている。表向きはリンブルク軍程度の規模の軍隊に総司令は不要。というものだが、そんなものを信じている者は誰も居らず、纏める者を作らない事によりゴルシュタットへの反乱も起こさせにくくするという解釈が一般的だ。


「フィデリア様の所為ではありませぬ。どうか、お顔をお上げ下さい」


 ラングハインが慌てたように言ったがフィデリアは頭を下げ続ける。気付くと床に水滴が落ちている。それはフィデリアの顔から零れていた。


「フィデリア様!」


 ラングハインがフィデリアの肩を手を添え起き上がらせた。美しい青い瞳から大粒の涙が溢れている。


「ごめんなさい。ごめんなさい……」

「勿体なき、お言葉で御座います」


 本来、彼女に自分達を救う理由は勿論、責任は全くない。にも拘らず、どうしてここまで自分達の為に心を痛めてくれるのか。どうして涙を流してくれるのか。もしかしたら、親族を除けば、同じリンブルク人ですら、自分達の為にここまでしてくれる人間は、居ないのではないだろうか。この方は女神なのだとラングハインは改めて思った。


「ラングハイン様……」


 その女神がラングハインの胸に飛び込んだ。甘い香りが鼻先をくすぐり、柔らかい胸が押しつけられた。


「フィデリア……様」


 おずおずと女神の背中に手を回すと柔らかい肌が腕に触れた。腕の重みが掛からないように気を付けているが、それでも微かに腕が沈むほど柔らかい。にも拘わらず太ってはおらず驚くほど細い腰だ。女神を腕に抱いている。それだけで、もはや思い残す事はない。


「私には……私には……」


 細く長い手が固く広い背中に回された。2人の間で豊満な胸が押しつぶされる。


「私には……このような事しか出来ません」


 武骨な武人の耳に囁いた。


 そのしばらく後、フィデリアは部屋を後にした。注意深く見ると衣装が少し着崩れている。額にはほつれた髪の毛が汗で張り付いていた。その汗に甘い女の香りと雄の匂いが混じっている。


 自分はいったい何をしているのだろうか。こんな事をしても、少しでも罪悪感から逃れたいという逃避に過ぎない。所詮は自分の為だ。あまりにも浅ましく醜い。


 後、三日……。


 リンブルク兵は三日後に出発し、最前線へと投入される。リンブルクの将軍はラングハインを除いて残り6人。



 リンブルク兵が最前線に送り出され、それを見送った後、フィデリアは皇都を目指した。数代前の皇帝の誕生日を祝う舞踏会に出席する為だ。戦時だがそれを理由に取り止めないのが皇国。ランリエル如きと戦うからと歴代の皇帝の誕生日を祝うのを止めるなど、あり得ぬ話だ。


 しかし、フィデリアの真の目的は別にあった。これを機会にある人物に会おうと考えていた。しかし、その人物とは公式には会えぬ関係だ。私的にでも、人の目を憚らなくてはならない。故に、この舞踏会の日を選んだ。


 皇帝殺しの罪で処刑されたナサリオの妻として一時忌避されていた彼女だが、今では副帝アルベルドの内縁の妻として舞踏会の招待状が毎日大量に届けられていた。それらは全て断っていたが、今回は出席の返事を送った。


 戦争には貴族の私兵も参戦し、指揮官はその当主。皇都に残っているのは、その当主の息子や、その逆に息子に出陣させた老いた当主。その者達も、珍しくフィデリアが参加すると聞いて、根こそぎ集まっている。皇都を守る衛兵隊の目も、自然とそちらに集まる。にも拘わらず、フィデリアは直前になって体調が崩れたと不参加を伝えた。


 参加者達は落胆したが、名目は皇帝の誕生日を祝う舞踏会だ。初めから理由を付けて断ったのならともかく、出ておきながらフィデリアが来ないからとは帰れない。まあ、仕方がないと思いつつ、それなりに料理と踊りを楽しんだ。


 人気がなくなった皇都を地味な馬車に乗りフィデリアはある屋敷に向かった。つい数年前には、毎日、訪れる人が絶える事なく列をなしていたが、今では訪れう人もまばらとなった。


 罪人という訳ではない。一般的には同情をひく立場だ。しかし、その人物は狂っていた。如何に同情の目を向けても、その返答に花瓶が飛んできては同情の心も冷めていく。


 その中でもフィデリアは、会っては行けない関係だ。今では赤の他人という事になっているが、少し前まではこう呼んでいた。お義母様と。


 前皇帝パトリシオの皇母であり、そのパトリシオを殺害したナサリオの母でもあるイサベル。ナサリオの妻である自分の義母になるはずが、今ではそのナサリオとの婚姻は’なかった事’にされている。離縁したのではない。婚姻した事実が消滅した。それ故、イサベルと自分とは赤の他人。赤の他人と会っては行けないという決まりはないが、そうなった経緯を考えれば人の目は憚られる。


 訪問を伝えると、屋敷の執事長は困惑した。長年、義母の屋敷に使えこの地位まで上り詰めた彼は、今では判断力を失った主に変わりに屋敷の全てを取り仕切っている。来客の知らせすら、彼が問題ないと判断した客しか主人の耳に入れないのだ。


 元々、痩せていた彼だが、今では心労から更に痩せ、枯れ木のような印象を与える。その濁った眼に、これ以上、面倒は起こすなと非難めいたものが浮かんでいる。


「お願いします。お義母様……。い、いえ、イサベル様にどうしてもお会いしたいのです。どうか、お取次ぎを」


 身分を考えれば、あり得ぬほど下手に出るフィデリアに、それでも執事長は拒絶した。とはいえ、執事長の権力はイサベルの権力の二次的なもの。実際、フィデリアなど王族や皇族が、一歩も引かぬ態度を示せば折れざるを得ない。


「イサベル様は、今、大変、神経質になられておりますので、どうか、お気を付け下さい。もしかすると、お怪我を成されるかも知れませぬが……。それでも、よろしければお取次ぎ致します」


 最大限、責任を回避する言葉を吐きフィデリアを渋々イサベルに取り次いだ。会えば面倒な事になりそうなので、お断りして欲しいと考えつつイサベルに伝えると、その反応は執事長の予想を超えていた。


「あの女が!!」


 いきなりイサベルは駆けだした。年齢を感じさせぬ美しかった肌は、最近では全く手入れもされずかさついている。食生活も不規則となり、めっきり多くなった脂肪を震わせながら走るその姿に、かつて舞踏会の花と呼ばれた面影はない。


 2階の廊下に現れたイサベルは、傍にあった花瓶を手に取った。しかし、その花瓶は接着剤で台座にぴったりと張り付いて持ち上がらない。イサベルは、改めて台座ごと持ち直しフィデリアに向け投げ落とした。


「この売女っ!!」


 花瓶付き台座は、その売女の遥か手前に落ち砕けた。フィデリアに着いてきた侍女は悲鳴を上げたが、屋敷の侍女達はなれた様子で主人を遠巻きにしている。来客に害がない程度に暴れている間は好きにさせ、飛びかかろうとすれば制止できる位置だ。


「売女。そこを動くな!!」


 イサベルが、どすどすと会談を駆け下り、侍女達は主人が転べば支えようと追いかけた。主人の邪魔にならないように絶妙の距離を保っている。


「覚悟をおし、この売女!」


 足を踏み鳴らしイサベルがフィデリアに突進する。フィデリアの侍女はおろおろとしているが、イサベルを追いかけているのとは別の屋敷の侍女が落ち着いて

「御下がりを」

 と、フィデリアの前に立ち塞がった。格闘術の心得があるのか、僅かに腰を落とし主人の突進を受け止める構えだ。イサベルを後ろから追いかける侍女も、駆けながら体勢を低くしている。


「このっ売女!!」


 イサベルは侍女が目に入らないのか、思いっきり振りかぶった張り手を放ちながらフィデリアに襲い掛かった。その前から侍女がイサベルの腰に抱き着いた。突進を止められフィデリアには、張り手は届かないはずだ。


 バチンッ! 侍女の頭上で鳴った。なぜ? と、侍女が首をひねって見上げるとイサベルの平手がフィデリアの頬に届いている。


「売女!」

 バチンとまた鳴った。

「売女!!」

 バチンと鳴る。


「イサベル様!」

 後ろから追いかけていた侍女が、イサベルを羽交い絞めにし4発目を防いだが、フィデリアの頬は既に赤く腫れている。


 侍女達に落ち度はなかった。フィデリアがあえてイサベルの手が届く距離まで近づいたのだ。


 多くの男に抱かれた。抱いた。あれから何人の男と身体を重ねたか、毎日数えても毎日数が違う。日々、増えているからではない。自分でも、もう誰に抱かれたか覚え切れていないのだ。


 自分はおかしくなっている。それは分かる。だが、皆からは得るのは称賛の言葉ばかり。女神。聖女。どこがだ。実像と違う称賛。違う! そうじゃない! 叫びたい衝動に駆られる。でも、それをしては今までの苦労は水の泡だ。ユーリを守らなくてはならない。叫べば、ユーリも全てを失うだろう。


 罵倒されたかった。だが、なぜかを誰かに話す訳には行かない。そしてここに、無条件に自分を罵倒してくれる者がいる。


「はい……。私は、売女……です」

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