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愚者達の戦記  作者: 六三
皇国編
369/443

第274:北西戦線情勢

 ベヴゼンコが死んだ。その悲しみにコスティラ兵が怒り狂った。総司令を失った彼らだが、各隊の将軍達は健在。コスティラは相次ぐ戦乱で、近年、総司令や総司令候補が軒並み戦死し、若い将軍達の中からベヴゼンコが抜擢されて総司令となった。幕僚と言いながらも、その中にはかつては同格だった者も多い。


「上が詰まっていて俺達の番になるのはずっと先だと思っていた。それが、奴が総司令になり皆で喜んだものだったが……」

「確かに奴は無茶な戦いをする奴だった。いつも、俺は長生きしないとは言っていた。だが、早い! あまりにも早すぎる!」

「奴が入隊した時、俺は奴の上官だった。それが抜かれちまったが、それも仕方ないと思っていた……。だが、死ぬ順番まで抜かす必要はなかった。くそっ!」


 それぞれの気持ちを吐き出した後、誰からともなく言った。


「とりあえず、ゴルシュタットの奴らは皆殺しだ」


 コスティラ軍の猛追撃が始まった。ゴルシュタットが軍勢を立て直そうと城に籠っても、城壁に群がり城門を打ち破った。怒涛の進撃に、ゴルシュタット軍は更に敗走しコスティラ兵が更に追う。空となった城は後詰のベルヴァース軍が確保した。敗走を続けたゴルシュタット軍は散り散りだ。ケルディラ西部すら維持できずリンブルクに逃げ込んだが、総司令ヒューメルと共に戻った兵は僅か数千だったという。それでも、コスティラ兵の怒りは収まらない。


「皆殺しだ!」

「1人も逃がすな! 草の根分けても探し出せ!」


 コスティラ兵の追撃に恐れをなして逃亡し、リンブルクに逃げ込めなかったゴルシュタット兵はケルディラに潜伏している。彼らも、しばらくは隠れているだろうが隙を見て帰国を目論むはず。


 コスティラ軍も、勢いに任せてリンブルク内にまで追撃するのは、あまりにも軽率。ここまでで追撃を諦めたが、それだけに怒りの行き場を探した。ケルディラ国内に潜伏するゴルシュタット兵を探索した。しかも、かなり暴走気味だ。


「ゴルシュタット兵を匿えば同罪と思え!」

 というのはまだ分からないでもないが、

「貴様。ゴルシュタット軍に小麦を納入していたらしいな!」

 と、商人に詰め寄るとなれば言いがかりである。


 他国の統治下にある状況で、商品を適正価格で売れと言われて断れる商人が居るはずがない。しかし、コスティラ軍を纏めるべき総司令が戦死し、その総司令の弔い合戦で暴走している。ベヴゼンコの友人として彼らから敬意を受けているテグネールが宥めているが、それでも命令を出す権限はなく暴走を止めるのも難しい。やむを得ず。と、矛先を向ける相手を示唆した。


「ベヴゼンコ総司令は命を落とされた。しかし、元をただせば、前回の戦いの失態を取り戻さんが為。怒りを向けるべきはケルディラの庶民ではなく前回の戦いで我らを裏切った者達であろう」


 確かに! と、ベヴゼンコの幕僚達は頷き、その矛先をケルディラ独立運動を行っていた者達に向けた。彼らの全員が裏切った訳ではなかったが、コスティラ主導によるケルディラとの統一の邪魔なのは確かだ。ベヴゼンコへの弔いの心の中にその計算を隠しつつ独立勢力の討伐に乗り出したのだった。



 大敗を喫したゴルシュタットも、対応に追われた。ゴルシュタット本国も留守部隊をギリギリまで減らして動員し、デル・レイとの国境でリンブルク兵の帰国を阻止していた部隊も最大限削った。コスティラ軍の追撃で散り散りになった兵士達も、何とか探索の目を掻い潜って戻ってきている。


 コスティラ軍が独立派との戦いに目を向けている間に、何とかコスティラとの戦いの前の水準まで数を揃えたが、根こそぎかき集めた虎の子だ。


 この敗戦にヒューメルがベルトラムの前に跪いた。


「申し訳ありませぬ。かかる大敗は、全て私の責任。いかな処罰もお受けいたします」

「気に病むな。敵の総司令が死を賭すような馬鹿げた突撃をするなど、ワシにも予想出来ぬ事だ」


 ベルトラムはヒューメルを不問に処した。厳格な指導者であるベルトラムだが、失態を犯したから厳罰。という短慮は無い。それをしていけば、結局は、無能者ばかりが残ってしまう。隠れた才人。などという者がいるかも知れぬが、そんな居るかどうかわからぬ者を当てにするほどベルトラムは愚かではないのだ。


 勿論、それに甘え失態をしても反省せず、成長もしない者を登用し続けるのも愚か。ヒューメルは、この敗戦から多くのものを学び成長出来る男だ。


「今、お主がせねばならぬのは、過去を悔やむ事ではない。失態を挽回しようとも思う必要もない。やるべき事をやるべき事として確実にやれ」


 投資の損を取り返そうと借金してまで投資を重ねれば、心の余裕を失って被害が拡大する。名誉挽回の為に、必要以上の成果を望めば上手く行かないものだ。ゴルシュタット軍は、現在、国内を固めるのが先決。それ以上を成そうとすれば無理が出る。


「はっ。必ずやご期待に沿えるように致しまする」


 ヒューメルは、跪いたまま深く頭を下げた。


 ヒューメルが退室した後、ベルトラムはアルベルドに向けての親書をしたため、外交官であるケリカーを呼んで託した。外交をベルトラムが直接になうゴルシュタットでは外務大臣に実権はなく、その仕事は他国の祭典への祝辞を読む大使を派遣する程度で、大貴族の名誉職となっている。故に、外交官への指示も重要な案件ほど外務大臣を通さない事が多い。


「して、この親書の内容は?」


 一礼し受け取りケリカーが問うた。ある程度の内容を把握しておかなければ、皇国での立ち振る舞いも定まらぬ。親書が友好的なものならば立ち振る舞いも友好的にし、その逆ならば立ち振る舞いもそれに合わせなければならない。もし、内容を知らなくても良いというなら、そう言われるだろう。


「なに。皇国とも色々と行き違いあるようなのでな。ここらで、一度、アルベルド陛下とお会いしようと思うたまでだ」

「ご会談で御座いますか?!」


 ケリカーが驚きの表情を浮かべた。会談の件はいい。リンブルク王がランリエルの士官という事が発覚し、ゴルシュタットが皇国に着くという宣言をした後、お互いの外交官の行き来はあったが首脳同士の会談は行っておらず、今まで行っていなかった方が不思議とも言える。だが、首脳同士と言っても皇国とゴルシュタットでは彼から見ても格が違う。そう簡単に会えるものなのか。しかも、更に問うと、時期まで指定しているという。かなり性急に思えた。


「すでに、戦端は開かれ各地で軍勢がぶつかっておるのに、悠長にはしてられぬわ」


 確かに。とケリカーが頭を下げた。早速、親書を携え皇国に向かいアルベルドに親書を手渡すとアルベルドも快諾した。驚くべき速さで事は進み、調整にかかった日程のほとんどはお互いの大使の移動時間だった。しかも、ベルトラムは会談場所を敢えてデル・レイを指定し、アルベルドもそれを受け入れた。


 両者は、デル・レイ王宮にて顔を合わせた。しかも、同じ高さの椅子に座ったのだ。当たり前のように思えるが、皇帝に等しい権限を持つ副帝アルベルドは、その格式も皇帝に準じるべき。会談と称しても、実際は他国の王が皇帝に拝謁するのだ。今回は破格の待遇である。そもそも、その副帝が、わざわざデル・レイに出てきているのが、(副帝を皇帝と等しく見るならば)前例のない事だ。


「ご無理をいい。申し訳ございませぬ。ランリエルの非道に対し、微力ながら我がゴルシュタット=リンブルクは皇国に助成したく、考えておりますが、今、我がゴルシュタット=リンブルクとグラノダロス皇国とは、このデル・レイでいささか行き違いが生じておりまする。その為、その誤解を解くにも、このデル・レイでと思案致しました」


 儀典が終わり、会談が始まるとベルトラムが口火を切った。一見、問題ない文句に思えるが、皇国側の官僚の幾人かが眉を潜めた。皇国に対し’助成’など、何様の積りなのか。’誤解を解く’とは何事か。助成など互角の者に対しての言葉であるし、誤解を解くのではなく、弁明をすべきではないのか。だが、アルベルドは気にした様子もなくにこやかに応じた。


「ゴルシュタット=リンブルクの御助成を感謝する」


 両国の閣僚達がどよめいた。皇国の閣僚は勿論、ゴルシュタット側の閣僚達も、皇国側から感謝などという言葉が出るとは思いも寄らなかったのだ。


「また、リンブルク兵についての問題も、何かの行き違いであろうとは、私も理解している積りだ。その問題も早急に解かねばと考えている」


 誤解を、行き違い、と微妙に修正したが、それもゴルシュタットの体面を傷付けるものではない。


 聖王としての名声を権力基盤とするアルベルドは、その聖王の仮面に行動が縛られもする。こちらが多少、強引に行っても、度量のある態度で受け止めるであろうとはベルトラムは予測していた。とはいえ、相手はあの大皇国。一歩、深く踏み込み過ぎれば、その巨大な軍事力で粉砕されかねない。分かっているから出来る。というものではないのだ。そのギリギリを見極め、実行できる豪胆がベルトラムにはある。


「リンブルク兵に着いては、勿論、我がゴルシュタット=リンブルクの兵として認めるのは当然で御座います。ですが、全く懸念がないかと申せば、白と言いきれぬのも現実」


 もって回った物言いだな。アルベルドがにこやかな表情の裏で吐き捨てた。アルベルドにすれば、皇国の体面などより自分の名声の方が重要。この者の無礼に付き合って、それで己の名声が高まるなら、いくらでも乗ってやる。


「しかし、優れた指導者は清濁併せ呑むと言われる。白い布に、多少の汚れが着いていたとしても、それを捨てては大事は成せぬであろう」


 フィデリアが、まさかリンブルク兵を降すなどという行動に出るとは、流石にアルベルドにも予想は出来なかった。だが、降したというならそれはそれでいい。後は、その不要物をゴルシュタットに返せば終わりだ。当初の計画とは違ったが、アルベルドに、何の損もないのだ。


「はい。それは勿論で御座います。ですが、今、そのリンブルク兵は、デル・レイ国王ユーリ陛下の御生母フィデリア様の親衛隊を称しているとか。彼らは私の命令を聞きますまい。私の指示を受けぬとなると、やはり、帰国させる訳には……」

「いや、フィデリアの親衛隊としたは、彼らの命と名誉を守る為の一時の方便。御懸念には及ばぬ」


「なるほど。命と名誉を守る方便と申されるか。フィデリア様のご慈悲、感謝に耐えませぬ」

「フィデリアにも、その言葉伝えよう。ベルトラム殿には、安心してリンブルク兵を指揮下に加えられよ」


「ならば。改めてリンブルク兵には、グラノダロス皇国がランリエルを攻める、その一助となるべく命じまする。ランリエルを攻めるに、その先鋒にお使い下されば、彼らも皇国への恩義を返し、身の潔白も示せましょう」


 アルベルドが何気ない仕草で口元を隠した。その手の下では、名君らしからぬ皮肉な笑みが浮かんでいた。


 そもそも、この会談前から両者は裏で手を組んでいた。ルキノとの会談もただの茶番だ。ベルトラムがアルベルドにひそかに書簡を送り、その時にはすでに話は通っていたのだ。その結果、ゴルシュタットが皇国に着く代わりに、ルキノごと、リンブルク兵をデル・レイ国内ですり潰す計画だった。


 その意味ではフィデリアがリンブルク兵を降してしまったのは契約違反だが、既にゴルシュタットはランリエルと戦端を開いている。その戦いでベヴゼンコも戦死し、今更ランリエルに着くのが不可能な以上、その契約違反を皇国に責めれば、ゴルシュタットの味方は居なくなる。


 知らぬ存ぜぬで通せるかと思ったが……。デル・レイで駄目ならば、ランリエルでリンブルク兵をすり潰す積りか。結局、リンブルク兵は、その死に場所が数十ケイト東に移動するだけなのだ。なかなか、えげつない事を考える。


「分かった。リンブルク兵には、両国の協力の証として、我が軍の先鋒を務めて頂こう」


 先鋒とは、武人として名誉なものだ。武人ならば、誰もが先陣を望む。だが、どう使われるかで、その運命は分かれる。互角以上の戦力での平地での決戦ならば、まさに花形。功績と名声を一身に受ける。しかし、堅牢な要塞に向かって突撃を命ぜられては、城壁の前に屍の山を築く。


 そして、ベルトラムも、デル・レイ国境に張り付かせていた兵力を動かせる。ベヴゼンコを失ってまでゴルシュタットに大打撃を与えたはずが、戦力においては振り出しに戻る。いや、それどころか増強される結果となったのだ。しかも、ベルトラムは邪魔なリンブルク兵を始末でき、アルベルドは捨て駒として使える。お互い損はない。


 その後も、協力体制について話し合われたが、支援が必要ならば、双方、出来る限りの支援するという型通りのものだ。’出来る限り’の解釈によりどうとでもなるが、好意的に見れば臨機応変に対処出来るとも言える。


 会談が終れば、酒宴が催された。その席にはフィデリアの姿もある。アルベルドの妃ではなく、デル・レイ王ユーリの生母としての出席だ。


 ベルトラムが杯を傾けつつ、フィデリアに視線を向けた。

 アルベルドの兄であるナサリオの妻だが、実はアルベルドと愛し合っていたという話だが……。


 その割には、アルベルドと仲睦まじい雰囲気ではない。2人共、卒ない程度には会話を交わしているが、あくまでその域を出ず、意図的な演技にも見える。尤も、リンブルク兵の扱いで両者に意見の違いがあると掴んでいるベルトラムだからこそ、見抜けるのであって他の者なら気づかないだろう。


 ダーミッシュに少し調べさせるか。


 現在、皇国とランリエルにはクリスティーネ探索の為に多くの者を潜り込ませている。娘を目の前にすれば、暴走するベルトラムだが、今は冷静さを取り戻している。会談でのアルベルドの態度と結果から見れば、アルベルドがクリスティーネ誘拐に関わっていた線はなさそうだ。ならば、皇国に派遣した者の手が空く。


 勿論、万一という事もある。クリスティーネ探索に専念していたのを、フィデリアを含めた皇国全体の情報収集との平行にするという事だ。


 しかし、という事は、やはり、ランリエルか。ならば、ランリエルへの攻勢を強めなければならんな。


 もし、クリスティーネを人質として使って来るとしても、人質は、その存在を公表してこそ意味がある。ランリエルがそれを公表してから交渉も始まるのだ。その時、戦略的に優位に立っていればいるほど、交渉も優位に進められる。


 取り敢えず、ケルディラを取り戻すか。

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