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愚者達の戦記  作者: 六三
皇国編
365/443

第270:計画的敗戦

 北ロタ王国軍は、南方から北上してくるバルバール王国軍に対し、王城にて迎え撃つ構えを見せた。状況的に皇国からの援軍が期待できない籠城となるが、皇国がランリエルに勝てばバルバールも兵を引くしかなく、結果的に王城の囲みを解くであろう。


 王城の防備には5千の兵が必要だが、城に残す兵は消耗を考慮し7千。バルバールの攻めで守兵が消耗し5千を切ってくれば防備に穴が開く。そこを補う為に、ますます守兵の消耗が激しくなり落城へと近づくのだ。つまり、その5千以上。という兵力を皇国とランリエルとの戦いの決着がつくまで維持できるかが勝負の分かれ目である。


 その方策としてブラン率いる3千の騎兵を城外に置いた。3千騎を全て馬から降ろし、城の守兵にするという案も考えられたが、今回はその案は採用しなかった。兵力は集中すべきという意見もあったが、ブランを先頭に、彼の武勇に乗って力を何倍にも発揮するのが北ロタ騎兵の特徴だ。籠城戦ではその長所が死ぬ。


 また、兵の数では北ロタの4倍を数えるバルバール王国軍だが、騎兵に限れば北ロタが数で上回る。騎兵の機動力を活かせば、王城を囲むバルバール王国軍へのかく乱になる。バルバールが攻城に専念出来なければ、城兵の消耗も軽減するはずだ。


 斥候からその布陣の情報を得たバルバール王国軍総司令フィン・ディアスは、

「ふーん」

 と答えたという。


 バルバール王国軍は、北ロタ王都に近づくと細長い行軍隊列から若干、兵を固めるように隊列を変え北進を続けた。ある地点に差し掛かったところで、ディアスの従弟で総司令付の准士官であるケネスが不安げな視線を従兄に向けた。


「大丈夫なんですか?」

「何がだい?」


「えーと。通り過ぎてしまって」

「まあ、攻め落とすのも大変そうだからね」


「それは、確かに、大変とは思いますが……」


 ケネスが不安げに、それ、へと視線を向けた。王城には北ロタ王国旗と軍旗が風になびいている。こちらから兵士の1人1人の姿は見えないが、自分と同等以上に戸惑っているのではないか。とはケネスにも想像できた。


 通常の行軍隊列よりも無防備ではないが、それでもあからさまに側面を見せながらバルバール王国軍は北ロタ王都を通過していた。陣形を整えるのは口で言うほど簡単ではない。例え4倍の軍勢でも、今、北ロタが出撃して来れば劣勢は免れない。


「あちらは籠城する体勢だからね。いきなり、やっぱり突撃する、とは行かないさ。特にあのブランとかいう騎兵隊長が城外に出ていて連携が取れない。城内にいる7千だけならば、初めは多少劣勢でも、押し包むのは訳ないさ」

「なるほど……」


 兵学を学び、それなりの才能もあるケネスだが、経験の不足から’現実的に’という部分がまだ弱い。ブランの騎兵隊は城から1ケイト(約8.5キロ)の位置に陣を構えているという報告がある。それだけの距離を早馬を何度も往復させ出撃の打ち合わせをするのだけでも大変だが、しかも、バルバール軍は王城とブラン騎兵隊との間に割って入るように行軍していた。これでは、更に連絡を取り合うのは困難だ。しかも、狼煙での連絡も警戒し、バルバール軍はその妨害としてあちこちに煙幕を炊きながら行軍していた。


「ですけど、このまま通り過ぎるっていう事は、更に北にいる皇国軍に戦いを挑むという事ですよね?」


 ケネスは、それでも不安そうに王城へと視線を向ける。既に馬上で振り返らないと見えない位置だ。


「ああ、その更に北にいるランリエル軍と挟み撃ちにする計画だよ」

「王都を囲めば南ロタ経由で補給は受けられますけど、そこまで進んでしまうと補給路が絶たれるのではないですか?」


「多少、多めの準備はしているが、確かに、いつまでも留まっていては干上がってしまうね。なので、ランリエルと挟撃できるような隙を探しつつ、東へ東へと進む予定だよ」


 北ロタ王都を越えてから東に進むとセルミアに入る。現在、セルミア王都の包囲は薄く、それを突き破って合流するのは難しくない。皇国がそれを想定し兵を動かせば隙が出来、ランリエルの攻勢を引き出せる。皇国軍が巧みに動き隙を作らずセルミアの包囲を厳重に出来たとしても、その時はバルバール軍は更に東に進む予定だ。そしてどこに行くかと言えば、海上には既に船舶を用意していた。海に抜けてしまおうというのだ。その後、海上から皇国の陣地を越えてランリエルに合流すればいい。


 つまり、上手く行けばランリエル軍との挟撃。駄目ならばセルミア王都への増援。それが駄目だったとしても、東側に皇国軍の兵を引き付ける陽動となる。そもそも、タランラグラから上陸しドゥムヤータ、ブランディッシュを参戦させた。というだけで大いなる成果だ。それ以降はおまけともいえる。


 とはいえ、小国と言われるバルバールにしても、北ロタに比べれば遥かに大国。更にランリエルなどとは比べるのも馬鹿々々しい。バルバールに取ってはおまけでも、北ロタにとっては死活問題だ。彼等に取っては見過せる事態ではない。


「このままバルバール軍を素通りさせては、北ロタの存亡にかかわる」


 将軍達を集めリュシアンが言った。北ロタ王国軍総司令は重鎮のヴァレスだが、作戦を考えるのはほとんどリュシアンだ。では、リュシアンが軍部において参謀長。せめて参謀次官の肩書を持っているかと言えば、なんと、軍籍においてリュシアンは無官であった。


 良く言えば若くて活気があり、悪く言えば未熟で制度が整ってないのが北ロタ王国の現状だ。官位に関係なしに有能な者が発言権、実権を握る。


「確かにバルバール軍は我らに後背を見せております。攻めれば優位に戦いを進められるかも知れません。ですが、それは敵も承知のはず。十分な備えをしているのではないでしょうか」


 将軍の1人が懸念を評した。ヴァレスは目を瞑り腕を組んでいる。


「分かっている。だが、このままバルバール軍を無傷で通し皇国軍の背後を突かれれば、最終的に皇国が勝利しても、まず、間違いなく皇国は我らの非を鳴らす」


 そして、ランリエルが勝てば言うまでもない。良くて南ロタに併呑されドゥムヤータの間接統治を受けるか、ドゥムヤータの飛び地として直接統治を受けるかだ。


「しかも、ディアスは城下を焼かずに通り過ぎた。これでは、みすみすバルバール軍を通したところか内通していると疑われかねん」


 当初、北ロタはランリエルに使者を送り中立を守るという工作に出た。これは、皇国の承認も受けた行為だったが、その後、バルバールは皇国に裏切ると偽り、その結果、皇国艦隊は壊滅した。その窓口となったのは北ロタであり、ただでさえ皇国の心証は悪い。今またバルバールが城下を焼かずに通り過ぎれば、皇国の疑心は更に深まる。


「つまり、皇国の疑いを晴らす為、勝てぬ戦いを挑み将兵に犬死しろと言うのだな」

 ヴァレスが目を開け言った。

「その通りです」

 リュシアンが頷き肯定した。他の将軍達も頷く。


「それで、如何ほど死ねば良い」

「負傷を含め千ほど損害を出せば。無論、死傷者は少ないほどいい。ですが、大惨敗する必要はある」


 矛盾あるリュシアンの言葉に将軍達が僅かにざわめいた。ヴァレスが先を促すように視線を送った。


「なれ合いと思われぬ為にもバルバール軍には全力で攻めます。勿論、勝てぬでしょう。全線崩壊し総崩れとなる。大惨敗です。ですが、問題はその後」

「如何に敗走の被害を減らすか、か」


 戦いの損害のほとんどは敗走時のものと言われている。その敗走時の被害を抑えられれば、一見、派手に負けたようでも被害は抑えられる。だが、それが難しい。


「夕刻に開戦し日が落ちる頃に敗走します。地の利は我らにあり、不案内な土地で夜に軍勢を動かすのは混乱の元。下手をすれば我らの反撃があると追撃はほどほどに抑えるでしょう」


 それでも死傷者は千を超えるとリュシアンは想定した。城の防備に必要な5千まで千の余裕しかなくなるが、それもやむを得ぬ。


「バルバール軍が通り過ぎた後に追尾する。夕刻に追い付き戦いを挑むのだ」

 おう! と将軍達が声を上げた。その勢いの中、控えめに手を上げる者が居た。


「城外に居るブラン殿はどうする? 作戦を伝えるのか?」

「ブランには、我らがバルバール軍に戦いを挑み、偽りの敗走をするので伏兵となって待ち伏せて欲しいと伝える。騙す事になるが、仕方あるまい。皇国への言い訳の為に将兵を死なす戦いなど承知する奴ではないからな」


 将軍達が頷いた。ヴァレスも頷いたが、その口元には笑みが浮かぶ。古老の将軍ほど融通の利かぬ武辺者を愛するものだ。ブランに息子を殺されたヴァレスだが、それを恨んでは居ない。戦場で騎士が会いまみえればどちらかが死ぬしかないのだ。恨みがましい言葉を吐けば息子の名誉を傷付ける。それが騎士の精神構造というものである。


 王都を素通りしたバルバール軍の最後尾が、地平線に消えた後、北ロタも動き出した。軍旗も掲げず、ひっそりと追尾する。


「敵の追撃を控えさせるなら、状況を掴みにくい山林地帯が良い。そこで追い付き戦いを挑む」


 リュシアンの元には斥候から次々と情報が集まって来る。既にバルバール軍の先頭部隊は、王都に近い平野部から山林地帯に吸い込まれている。


「その先はどうなっている?」

「はっ。暫く平坦な道が続きますが、4000サイトほど先は、緩やかな台地になっており草原が広がっております」


「草原の広さは?」

「3500サイト四方ほどかと」

「3500……」


 戦うには程よい広さだ。敗北し大地を駆け下りるにも撤退に都合がいい。追う方も駆け下りれば勢いが増すとも言えるが、戦いを日暮れまで引っ張れば不案内な山林地帯の追撃に敵は二の足を踏む。王都からもそれほど離れておらず、その間に逃げ込める。


「よし! バルバール軍がその台地に上ったところで追い付くぞ」


 北ロタ軍は更に斥候を放ちつつ、ひたひたと追いかける。バルバール全軍が大地に上ったとの報告に北ロタ軍の速度を増した。坂を上るとバルバール軍が重厚な縦深陣で待ち構えていたが、それでも元の数が違う。横に広がり陣を構えた北ロタ軍と横幅では変わらない。


「どうやら、敵は負けぬ構えを取ったようですな」

「奴らに取っては、博打をする必要のない勝って当たり前の戦い。当然の選択だな」


 そして、自分達に取っては負けて当たり前の戦いだ。当たり前に負けて敗走し王都に撤退しなくてはならない。その為にも開戦はもう少し遅らせたい。日が落ち、辺りが暗くなればなるほど撤退は易くなる。バルバール軍が仕掛けてくるのを待った。


「動きませぬな……」

「ああ」


 対峙から半刻が過ぎたが、バルバール軍に動きはない。圧倒的数の優位を持つ敵の不動に、将兵に動揺が広がる。だが、リュシアンは攻撃の命令を出さない。総司令のヴァレスは、リュシアンを従えるように後ろで構えているが、作戦は全て彼に任せていた。


「引き付けて乱戦に持ち込む気か……」


 乱戦になれば引くに行けなくなり、引いたとしても戦場に取り残される者も多くなる。地理不案内で追撃がし難い事をバルバール軍、ディアスは気付いているか。


 更に半刻が過ぎた。一糸乱れぬバルバール軍の軍旗に比べ、北ロタは落ち着きがない。突如、北ロタの右翼が動いた。良く見るとバルバールの左翼から百ほどの兵が近づいて来たのに反応したのだ。


「ちっ! 百程度が出てきたからなんだというのだ。ほっておけば良いものを」


 バルバールの左翼も動いた。北ロタ右翼の動きに比べ速度はないが、それだけに陣形に乱れはなく重厚さを感じさせる。そして、敵が動いた以上、今更背は向けられない。北ロタ右翼は更に速度を増した。このまま右翼のみを突進させれば右翼が丸々敵に包囲され、千どころの被害ではない。


 やむを得ぬ「全軍突撃!」


 リュシアンが命令を発した。士官がリュシアンの後ろに控えるヴァレスに視線を向けた。ヴァレスが頷くと命令を伝える為に駆けだす。


 全軍がぶつかった。数に劣る北ロタ軍は、それだけに必死である。バルバールが縦深陣を敷いている事もあって、戦闘に参加している人数はほぼ互角。局地的に見れば北ロタが優勢な地点もあった。


「クレール隊。敵アーヴィッコ連隊を撃破しました」


 だが、そのすぐ後に敵の別の部隊がクレール隊の前に立ち塞がった。疲弊したクレール隊に新手を撃破する力は残ってはいない。


「アーヴィッコ連隊。後方から迂回し、我が軍の側面を突く動きを見せています」


 撃破したはずの敵が陣形を立て直し襲ってくる。やはり、多少優勢でも、最後には数がものをいうのだ。しかし、バルバール軍は決定的な攻勢を仕掛けてこない。


 まさか。消耗戦をする気か。元々数が違うのだから、絶対数において同数の被害を与え合えば、相対数においてこちらの被害が大きいと言える。しかも、互角に戦い続け3千の被害を与え合えば、5千を切った我が軍は城を守り切れなくなるのだ。


 リュシアンの額に汗が浮かぶ。今すぐ撤退したいところだが、まだ、日は沈み切ってはいない。じりじりと焦りがリュシアンの心を焦がした。日が4分の1ほど沈んだ。夕日を見詰める。3分の1。額に汗が流れた。2分の1。


 リュシアンがヴァレスに振り返ると老総司令は小さく頷いた。まだ辺りは暗くはないが、逃げている間に日は沈むはずだ。1人の騎士を呼び小声で命令を伝えた。騎士が、北ロタ軍最左翼を守る将軍の元へと駆けていく。暫くすると、その最左翼が崩れた。


 一ヶ所が崩れると他の戦線も崩れるものだ。一隊のみ孤軍奮闘し敵の攻勢を支える。という話もよく聞くが、今回の場合、各隊の将軍達が敗走する気なので、そのような奮闘も起こりようがない。


 瞬く間に全線で崩壊した北ロタは背後の坂道に殺到した。一気に駆け抜け王都に逃げ込む計画である。多少、引き付けられたものの抜き差しならぬほどの乱戦にはなっていない。下手に粘らず、ほぼ一斉に全線で敗走した為、敵に取り付かれた兵も少なく、被害は抑えられるはずだ。


「退路をバルバール軍に絶たれています!」


 リュシアンとヴァレスの前に騎士が跪いた。リュシアンが青ざめ、ヴァレスの目が大きく見開かれた。敗走する北ロタ軍の後ろからバルバール軍はその大きなあぎとを開け北ロタ軍を飲み込もうとしていた。



「ディアス総司令。敵を完全に包囲致しました」


 前線からの報告にディアスが小さく頷いた。


 対峙した相手が4万か3万5千かを見極めるのは困難だ。この台地に入った先頭集団は一気に駆け上がり、その勢いのまま駆け下りていた。そして、台地で本隊が北ロタ軍との戦いを長引かせている間に、台地の峰を迂回し北ロタ軍の背後に回ったのである。


「自分達の領土だから自分達は土地に詳しく。他国者は土地に不案内。その決め付けが良くない。今の北ロタが少し前までバルバールの領土だったのを忘れたのか? 戦場になりそうな主だった場所くらい、調査しているさ」

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