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愚者達の戦記  作者: 六三
皇国編
363/443

第268:三度

 現在、ランリエル、グラノダロス皇国の両軍は大陸北部でコスティラ国境に沿って対峙している。これはケルディラ西部に進出したコスティラ軍がゴルシュタット軍に敗北し後退した結果であるが、ゴルシュタットも背後のリンブルクが安定しているとは言えず、それ以上の進軍はない。東部はコスティラがかろうじて保持していた。


 大陸南部ではタランラグラから侵入したバルバール軍によって決断を迫られたドゥムヤータ軍が、皇国の衛星国家バンブーナへと進軍を開始した。そのバンブーナは、バンブーナ王チュエカの進言によりドゥムヤータの備えとしてほぼ全軍が留まっている。


 その隣国で南ロタと接する同じく衛星国家のアルデシアは対ランリエル戦線に軍勢を派遣している為、現在は軍事力の希薄地帯だ。ここを突けば無人の野を進むが如く皇国本国までも攻撃可能だが、バンブーナ軍に退路を遮断される可能性も高い。


 両軍、数十万の軍勢を動員してがっぷりと四つに組んでいる状態だ。今は、博打をする時ではない。あえて軍勢を留めているバンブーナと対峙する事により、南部から皇国を牽制する役目を負わせた。そして、それには政治的配慮もある。


「何もドゥムヤータに皇国本国を突くという危険な作戦を行って頂きたいのではありません。ブランディッシュを加えればドゥムヤータの勢力は10万近い。バンブーナ軍に勝利する事は十分に可能ですが、バンブーナとは戦わず対峙するだけで結構。皇国はバンブーナへの援軍、後詰で10万を超える軍勢を割かねばならぬでしょう。アルデシアも全く空には出来ず、兵を置く。ランリエルにとってはそれだけで有利になる」


 ドゥムヤータにはそう依頼した。


 ドゥムヤータを強引に動かしたディアスだが、ブランディッシュ軍までとなると簡単ではない。あの皇国と戦えといえばブランディッシュの抵抗は激しく、下手をすればドゥムヤータの庇護下から離れ独立戦争が起きかねない。対峙するだけ、という譲歩案でブランディッシュ軍を引きずり出したのである。


 そして敵味方にも、阿吽の呼吸というものがある。


「本来、ブランディッシュに皇国に弓引く理由は薄く参戦が本心からのものとは思えませぬ。しかし、こちらから刺激すれば過剰に反応する可能性も高い。今、こちらから手を出す必要もありますまい」


 言ったのは、バンブーナ王チュエカだ。保身の天才である彼らしい言葉だが、一面、正しくもある。尤も、この世の物事の全ては多面的であり、一面正しい、などという意見はその面の数だけ存在する。人々は、自分に都合の良い面を表にし話す。チュエカは自分に都合の良い面に沿って行動し、南部戦線は膠着状態だ。


 そして大陸中央部では、ランリエル、カルデイ、ベルヴァースの、いわゆる東方三国が皇国の主力と対している。ここも大きな動きはない。


 全ての戦線が膠着している中、開戦前の予想に反して異常に働き者の軍勢があった。バルバール王国軍である。上手く立ち回って労少なく益多し。という印象の強いバルバールの動きは、ここに来て活発だ。


 ブランディッシュまで南部戦線に引きずり出したディアスだが、自身はその軍勢と共に南部戦線から姿を消した。一旦、東進し皇国の索敵範囲内から脱したのち、北に転進。南ロタ王国に入ったのだ。ディアスは、そのまま北ロタに進出する計画だった。


 ドゥムヤータ、ブランディッシュの南部戦線情勢にバルバールが関与しているのは皇国も知る事実。そのバルバール軍が南部戦線に参加せず北進し北ロタを突くとは予想出来ぬはず。その北ロタの軍勢も中部戦線に張り付き王都付近は手薄。一撃にて葬り去るのは容易だ。


 しかし、世の中には信じられない馬鹿が居る。


「バルバールの軍勢が王都を狙って居る。私が口添え致す故、今の内にバルバールに取り入られよ」


 北ロタ王国と南ロタ王国はつい最近まで一つの国だった。一族が両国に散らばっている者も珍しくないのだ。南ロタに住む叔父が北ロタの甥の身を案じ早馬を出したのである。叔父に悪意は全くなく甥への善意ではあったが、敵に情報を与えたのは事実。そして、北ロタの軍勢など皇国にとって戦力的にさほど重要ではない。政治的に、保護国ならば参戦せよ。という程度の意義でしかなかった。


「バルバール王国軍が我が王都を突こうとしております。何とぞ、帰国の御許可を!」

 そう血相を変えて言われれば

「左様か。ならば仕方なし」

 と、あっさりと帰国の許可を出した。


 北ロタ王国軍は、物資すら全て置き捨て王都を目指した。バルバール王国軍が国境を越える前に帰国する事に成功したのである。


「まさか、味方に背後から撃たれるとはね」


 ディアスが、額に手をやり溜息をついた。


「南ロタには厳重に抗議すべきですな」


 憮然とするのはグレイスだ。


「抗議はするにはしたけどね。埒があかない。一族を憂いた故の行動であって、何ら悪意があっての事ではない。それを責められとは、と泣き叫び、まるで不当に非難された被害者面さ。しかも、周りの奴らも同情しだして、庇う、庇う。付き合っていては、こっちの頭がおかしくなりそうだったよ」

「それは、ご苦労様です」


 うんざりした両者だが、こうなっては王都を正面から攻略しなければならない。近年、この大陸では戦乱が渦巻いている。北ロタ王国もその渦の中で生まれた国であり、王都も城下町ごと城壁で囲む。という計画はなされていたが、いかんせん。時間もなければ財源もなかった。


 戦力差を考えると北ロタは籠城するところだが……。


 ディアスは少し不快げに右手で頭を掻き毟った。何の縁なのかリュシアン、ブランらと対戦する事の多いディアスだ。全て最終的には勝つか、思い通りの結果に導いてはいるのだが、微妙に苦手意識があった。


 あいつ等は、素人臭過ぎて何をするのかが読めない。それがディアスの悩みだった。


 まあ、こっちが先手先手を打って、奴等に主導権を渡さないようにするしかないか。



 そして、その素人集団もバルバール軍来襲の報を得て動いていた。


 奇妙に長細い大きな机の上をテーブルクロスのように覆い尽くす巨大な地図が広げられている。良く見ると複数の机を並べ、地図も何枚も継ぎ足しているようだ。それぞれの地図は、街道は勿論、山脈の高低や河川の深さまで記された精密なものだ。


 十名ほどの男がその机を囲んでいた。地図の一点をじっと見つめている者。長い地図の間を言ったり来たりする者。隣の者と何やら話し込んでいる者など様々だ。


 そこに一枚の紙片を手にした男が入って来た。


「バルバール軍、ランヌ渓谷を越えスジャン街道1500サイトの地点に到達しました


 言われた地点に皆の視線が集中する。一番近くに居た男が、地図上の前回の報告地点に有った赤い駒を掴んでその場所に置いた。


「いつ時点の情報だ?」

「1日と4刻前です」


「行軍速度は?」

「1刻辺り、およそ3500サイト。通常行軍速度より、僅かに遅い程度です」


 軍隊といえど、一日中歩き続けている訳ではなく、それを考慮すると1日と4刻で2800サイト(約24キロ)ほど。駒を中心に直径2800サイトに相当する円を描いた。現在の予測行動範囲だ。


「ほぼ予想通りの進路か。このままいけば、到着は3日後だな」

「はい」


 北ロタ王国は王都を東部の要害アングレール城と定め城下町を発展させつつ、町を囲む城壁も建設していたが、完成した城壁は北東方面の僅か2000サイト分のみ。防御には全く役に立たず、城下町は無防備だ。籠城した場合、バルバール軍は攻城の常識的な手順として、取り敢えず町を焼くだろう。


「ちっ。ディアスめ」


 火の海に消える城下町を脳裏に浮かべ、リュシアンが憎々し気に吐き捨てた。


 城下の建造物は防衛側の拠点となる。防御側に十分な戦力があれば、そこに兵を詰めるが、篭城するしかない戦力ならば、敵こそが兵士を詰める。それゆえ攻城の前には全て焼き払って裸城とする。当然の処置だが都市計画を立てたのはリュシアンだ。自分が心血を注いで作り上げた町が燃える。


 そのリュシアンの横で腕を組み地図をにらむ男が居る。身体中から獣気を発し、気の弱い者が近寄れば、それだけで息苦しさを感じるほどだ。口を開いた。吐き出す声すら熱い。


「あの男が先陣か?」

「あ、いえ、中軍にいるようです。先鋒はラウタハラ将軍の旗を掲げています」


 情報を分析して報告するその男は、ブランの抽象的な質問にも不足なく答えた。ラウタハラ将軍はブランも名を知るほどの勇将だが、それでも望んだ名ではなかった。


「騎兵で突入しても、奴までは届かぬか」

「行軍陣形のところに突っ込めれば話は別だが、奴らが索敵を怠るとは思えぬな」


 軍隊組織が発達し組織として運営されるようになっている。索敵程度の運用は主将が一々命令しない。幕僚が、当たり前の任務として行い、敵の勢力圏内で索敵を出さぬ軍隊などあり得ないのだ。こちらの軍勢が近づけば、すぐさま陣形を整え待ち構えるだろう。


 奇襲が成功するとすれば、敵が偽りの敗走に乗って索敵を出す余裕なく追撃している時などの特殊な状況や、敵の索敵に引っかからないほどの少数での奇襲だ。だが、職業軍人ばかりで構成されるこの大陸の軍隊では、少数の奇襲で大混乱になる事はほとんどない。効果が薄く、それどころか逆に殲滅される危険も高いのだ。


「こちらの騎兵は3千。バルバールは騎兵だけなら2千だ。野戦で、引っ掻き回すのも無理ではないと思うが……」


 リュシアンが呟いた。可能性は見出しつつも確信は欠き語尾が弱い。


 北ロタ王国軍1万の内、騎兵は3千。それをブランが率いる。比率としては騎兵が多いと言える。リュシアンもブランを贔屓して騎兵を多くしたのではない。ブランが最も力を発揮するのは騎兵。ブランの獣勇により敵は恐れをなし道を開け、それに続く騎兵が敵陣を粉砕するのだ。その騎兵を増やす方が戦力増強には効率が良いと考えたのだ。


 それに対し、バルバール軍はそもそも騎兵が少ない。長年のコスティラとの戦いは険峻な国境地帯を守るというもので、騎兵より歩兵が動かしやすかったからだが、今回は、更に別の理由もある。軍勢を船舶でタランラグラ中部に運んでから上陸したという手段を取った為、多くの軍馬を運べなかった。


「城にはどれ程の兵が居れば守り切れる?」

「全ての城壁に人を配するだけなら5千だが、消耗を考えれば、やはり、歩兵の全軍は城に詰めたいところだ」


 リュシアンが控えめに答えた。本心を言えば、予備兵として騎兵からも千ほどは欲しい。いざともなれば馬を捨て城兵として戦って貰うのだ。だが、ブランから騎兵を取り上げるのに躊躇する気持ちもあった。


「やはり、籠城はやむを得ぬか」

「戦力差を考えればな」


「皇国へ援軍は要請しているのか?」

「しては居るが、期待は出来ぬな。くそっ」


 ディアスが行った皇国への偽りの裏切りが北ロタの面目を潰す結果となった。バルバールがランリエルを裏切るという意向を皇国へ伝える窓口となったのは北ロタであり、リュシアンだ。その結果、皇国艦隊は壊滅し、責任問題に発展しかねなかった。


 それが処罰されずに済んでいるのは、まだ戦争中だからに過ぎない。流石に、ここで北ロタに裏切られるのは皇国にも打撃だ。それもあって北ロタ軍の帰国を許したが救援までする必要はない。という雰囲気が濃厚だ。北ロタに死ぬまで戦わせ、ランリエル側に消耗させれば良いと考えていた。


 援軍なき籠城は愚策という話があるが、では、勝算なしに野戦をするのは愚策ではないのか。実際、野戦で勝算がないなら籠城するしかない。強固な城砦に無理な攻撃をし続け、攻撃側が消耗した挙句に引き上げる。という事例もある。時には、援軍なき籠城は愚策だからと出陣を主張する者もいるが、大抵その場合は、野戦で勝てる策(勝算)を腹中に持っていて、その策を披露する枕詞に過ぎない。


「まあ、皇国の援軍が期待できないとしても、ランリエルとの戦いに皇国が勝てば、こちらの包囲も解けるだろう。そこまで持ち堪えれば我らの勝ちだ」

 リュシアンが、自身を納得させるように言った。


「騎兵は全騎、場外に出る。籠城は仕方がないとしても、外部から牽制が出来れば包囲にも隙が出来る。それだけで兵隊の士気も違う」


 追い詰められ力を発揮するという事は勿論ある。だが、どうせ死ぬならば努力するだけ無駄。ともいえる。戦った先に希望があってこそ、追い詰められても戦えるのだ。後は、逃げ出す隙があるならば逃げ出そうという兵士を、どう上手く統制するかだ。


「だが、危険だぞ。一度城外に出れば、戻るのは容易ではない。城内からの支援も出来ぬ」

「分かっている」


 騎兵隊は城外で孤立無援だ。バルバール軍は大半の兵を城の包囲に割くとしても、それでも数倍の敵に囲まれては全滅は必至。神経をすり減らすような戦いをせねばならない。


 死ぬなよ。とは、言うまでもない言葉だった。

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