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愚者達の戦記  作者: 六三
皇国編
361/443

第266:急転

 ルキノ達はクリスティーネ女王を伴いコスティラ国境を目指した。馬車を用意し、途中に替え馬も多数用意していた。交代で馬車を操り、その間に他の者は休んで、馬を替えつつぶっ通しで突っ切ったのだ。


 途上、クリスティーネが体調を悪くし、何度も馬車を止めて欲しいと訴えた。


「すまぬ。今だけは、もう少し耐えてくれ」


 ルキノはそう宥めるしかなかった。


 そして、何日間も馬車に揺られ、やっとの思いでランリエル本陣に到着したルキノ達を待っていたのは、驚くべき情報だった。


「カリチェ山に籠っていたリンブルク兵が降った……だと?」


 この世界の軍隊に、本来、最後の一兵になろうとも死ぬまで戦う玉砕という思想はない。例外があるとすれば、アルベルドのような思想洗脳に近い忠誠を兵に植え付けている場合や、ここを守らなければ国が亡ぶという亡国の危機に兵士達が愛国心に燃えた時だ。しかし、カリチェ山に立て籠ったリンブルク兵は、他国に救援に向かったら途中で足止めされた。という、ある意味、必死になりようのない状況だった。


 それが今まで必死に抵抗していたのは、国境をゴルシュタット軍に封鎖された危機感と、それにもまして、’あの’皇国に逆らったという恐れからだ。


「皇国が、領内に攻め込まれ許すはずがない」

「降伏すれば、皆殺しにされるに決まっている」


 その恐怖ゆえである。そしてそれは、兵卒だけではなく将官であるハイトマンらも同じだった。だからこそ、ルキノをあくまで国王と担いで活路を見出そうとしたのである。


「なぜ山を降りた。兵達は無事なんだろうな?」


 ハイトマンは、話をしてくれたランリエル士官に詰め寄ったが、デル・レイがそこまで詳しく情報を流す訳もない。ただ、リンブルク兵が降ったのには、デル・レイ王ユーリの母フィデリアがかかわっているのだけは知る事が出来た。


「ふ、ふははは」


 不意にハイトマンの後ろで乾いた笑い声が聞こえた。王女救出に参加した騎士の1人に視線が集まる。その視線に暗い眼をした笑い顔で答えた。


「じゃあ、俺達は何の為にあの侍女達を皆殺しにしたんだ?」



 フィデリアがリンブルク兵を山から降ろす為に動いたのは、デル・レイ王国軍総司令クリストバルを篭絡する為に何度か会っている内に、無意味な戦で兵達が命を失うのは可哀想なのではないか。という、本来の彼女の慈悲の心が動いたのと、アルベルドによって目覚めた。いや、目覚めさせられた己の美貌の使っての打算的行動。それらが融合した結果だった。


 ここで自分が動いて戦いを回避できれば、兵士達は自分を敬い、アルベルドの為よりも自分の為に働くようになるに違いない。端的に言えば、このように考えたのだ。そして、その行動の裏には、もはや、自分の身を顧みない自暴自棄の心もあった。


 王宮に置手紙をし、突如、衛兵達に命じて馬車を走らせカリチェ山に向かったのである。衛兵達にとっては上官に連絡もしない服務違反だが、既に、彼らはフィデリアと’仲良く’なっていた。勿論、彼らは全員、皆可愛がられているが’自分だけは特別’に親しいと信じている。


 突然、やって来たフィデリアにクリストバルは驚いたが、

「貴方から兵達の苦労を聞き、居てもたってもいられず……。私で良ければ、兵達を慰めようかと思い至りました」

 と言われると、その場に居た幕僚達と共に感動の涙を流した。


 しかも、慰問の為にカリチェ山を囲むデル・レイ陣地を回るというフィデリアにクリストバルは屋根を取り外した特別馬車を用意しようとしたが、彼女はその申し出を断った。


「苦労している兵士のところに、馬車でなど迎えません。歩いて、兵士達の元へ参ろうと思います」


 カリチェは大きな山ではないが、それでも麓を囲むデル・レイの陣地を回るとなれば1ケイト(約8.5キロ)は優に超える。それを婦人が、いや、この大陸で2人と居ない貴婦人が徒歩で回るというのだ。


「フィデリア様。そのお気持ちは尊う御座いますが、麓は舗装すらされておりません。歩いていくなどあまりにも困難です」

「女の足で歩いていくのが大変なのは分かっています。ですが、それは死ぬほどの事なのでしょうか。兵士達は、死ぬかも知れぬ思いで戦場におります。その兵達を慰問するのに、大変だからと、歩く程度の事が出来なくてどうするのです」


 クリストバルとその幕僚達は感動に涙し、フィデリアは徒歩でデル・レイ陣地を回った。流石に、坂道や小川を超える時は衛兵に背負われたが、それ以外は自らの足で進み兵士達はその姿に歓呼した。


「フィデリア様、万歳!」

「フィデリア様が、自ら足をお運びになるなど、光栄の至りで御座います」


 兵士達は涙を流して跪きフィデリアを仰ぎ見た。兵士達は順番に持ち場を離れて駆け付ける為、フィデリアは殊更ゆっくりと歩いた。彼女が手を振る度に兵士達から歓声が沸き起こった。


 その歓声はリンブルク陣地にまで届き、もしや襲撃かと騎兵が偵察に出てきたが、襲撃の様子はない、だが騒がしい、という敵陣の様子に戸惑っていた。


 そして、デル・レイ陣地を一巡した後、自分の周りに居た衛兵達に何か言い付けると彼らは走って去った。おそらく、慰安は終わったとクリストバルらに伝えに行ったのだろう。


 しかも、どう命じたのか衛兵全員でだ。そして、彼らの姿が見えなくなると、不意にフィデリアは、リンブルク兵が立て籠もる山頂に向かって歩き出したのである。あまりにも当然のように進み、兵士達も、予定通りの行動なのだと思ったほどだ。


 まずい! と、理解した時には、既に、警戒態勢だったリンブルク騎士がフィデリアに向けて駆けていた。徒歩で進む貴人を迎えるのに、馬上からはあり得ぬとデル・レイ騎士は全て愛馬を厩に繋いでいた。馬を引いて来る余裕はなく、急いで駆けたが、彼らがフィデリアの元に到着する前に、リンブルク騎士はフィデリアを取り囲んでいたのである。


 戦場で女が1人で敵陣に向かって歩いて来る。それだけでも異常だ。それが、いきなり1人で歩いてきた女を取り囲んでみたものの、その女が、この世の者とも思えぬ美しさなのにリンブルク騎士達は状況を計りかねた。視線を送り合い、何かの罠なのか? 何者なのだ? と、無言の会話がなされるが、誰も答えを持ち合わせていなかった。結局、答えたのは当の本人だった。


「デル・レイ王ユーリの母、フィデリアと申します。突然の訪問、失礼いたします」


 フィデリアは上品に膝を折り頭を下げた。リンブルク騎士達がどよめいた。大陸一の美女。女神とも称えられる美貌。その噂は、一介の騎士である彼らでも知っていた。


「フィデリア……って、あのフィデリアか?」

「本物なのか?」


 確認のしようもない。と考える反面、この美しさこそが本人の証拠ではないか。とも思えた。またも、視線で会話し、とりあえず、本物として扱うという雰囲気が出来た。


「それで、そのフィデリア殿が、我が軍に何用か」


 騎士は、威厳を保とうと厳めしく問うたが、その声色には若干の遠慮が見えた。フィデリア自身はデル・レイ王ユーリの母と名乗ったが、グラノダロス皇国の実質的な統治者アルベルド・エルナルドの内縁の妻とも言われている。人質にするならこれ以上の人物は居ないが、対応を間違えば皇国軍100万の矛先がこちらに向く。


「貴方がたは、このデル・レイ領内で孤立し、お困りと聞いております。それをお助けしたく参りました」


 騎士達は顔を見合わせた。確かに孤立しているし困ってもいる。だが、敵側の人間に助けたいと言われても、俄かには信じられない。


「私をラルフ王の元へ案内して頂けますでしょうか。陛下とお話をさせて頂きたく思います」


 ラルフ・レンツことルキノはこの陣中に居ない。そして、兵達の動揺を抑える為、その事実はリンブルク将兵でも極一部の者しか知らないのだ。偵察に出る程度のこの者達にも伝えられてはいない。


「分かった。しばらく待たれよ。ラルフ王にお伺いしてまいる」


 敵国側の重要人物を独断で追い返すほどの権限を持ち合わせていない彼らだ。国王に会わせるかを判断する権限もなく、そう答えるしかない。


 一騎が山を駆け上がり、他の者達はフィデリアを囲んでいる。デル・レイ陣地では大騒ぎだ。クリストバルもやって来て、どうしてお止めしなかったのかと怒鳴ったが、本来、それをすべきフィデリアの衛兵達が、当人の命令で離れていた。フィデリア自身が好き好んでリンブルクの虜になったとしか思えぬ状況だ。


 デル・レイ軍は、リンブルク騎士を刺激しない距離まで近寄り、事態を見守るしかない。フィデリアが笑みを浮かべデル・レイ兵に向かって手を振った。距離がある為、表情までは見えないが、取りあえずは安全そうだと一安心し、流石フィデリア様と、その落ち着いた振る舞いに感激する者までいた。


 山頂のリンブルク本陣でも大騒ぎだ。登って来た騎士に、本当に、あのフィデリアなのかと問い詰め、どうやら、本物らしいと分かると、幕僚達が協議に入った。


「例え本物のフィデリア殿だとしても、国王は不在なのだ。会わせるもなにもあるまい」

「だが、このままでは我らは干上がる。その状況を打破するには、なにか動きが必要だ。その契機になるやも知れぬ。話くらいは聞くべきではないか?」


「その現状の打破に、ハイトマン達が国王を連れてランリエルに交渉に行っているのではないか」

「それは分かっているが、あまりにも遅い。もう1ヶ月以上になるのだぞ」


 元々、ランリエル軍に救援を求め助けて貰う計画だった。それが、コスティラ軍の敗北で実行不可能になり、再交渉した上で、リンブルク女王クリスティーネの救出という段取りとなった。それは、デル・レイの包囲網を掻い潜って伝えられているが、当初の予定通りに進んでいないのも事実。


 デル・レイ軍に包囲されて日を重ねる彼らだ。更に計画が変更され長引かないか。本当に上手くいくのか。不安が日々深くなっていた。


「とにかく、話だけは聞こう。状況が状況だ。国王自身ではなく、代理の者が会うと言っても不審に思われまい」

「結束が乱れているとは見られるかも知れんがな」


 実は、リンブルク王ラルフ・レンツはランリエル士官ルキノ・グランドーニだった。それが、この状況の発端だ。故に国王は実権を失っていると見られ、それは軍組織の結束の乱れと取られる。それはこちらの弱点となるが、今は、それを考える余裕はない。


 フィデリアと会おうという事となり、将軍として一番の先任者であるラングハインを国王代理とした。他の者はその幕僚として左右に並んだ。連れて来られたフィデリアが陣屋に入ると、皆、その美しさに息を飲んだ。暫く呼吸すら忘れる者までいた。


「デル・レイ王ユーリの母、フィデリアと申します。お会いして頂き、有難うございます」


 膝を折る、その姿も流れるようだ。


「国王代理のラングハインだ。それで、何用で参られたのかな?」


 ラングハインはフィデリアのあまりもの美貌に緊張して余裕を失い、それ故に性急となった。腹を探る事無くいきなり本題に入った。


「はい。リンブルクの方々がお困りと聞き、お助けしたく参上致しました」


 連絡してきた騎士からも、フィデリアがそのように言っていると聞いていた。何か思惑があり、国王と会う為の詐術かと思ったが、口調や態度から見るに本心であるようだ。


「それは、お気遣い頂きありがたいが、そのお優しさは、自らの将兵にこそ向けられるべきではありませぬかな」

「勿論、デル・レイの将兵達は大事です。私はデル・レイの将兵の為にも貴方がたをお救いしたいと考えているのです。貴方達と戦わずにすめば、デル・レイの将兵も傷つかなくてすみます」


 確かにそうだ。理にかなっていると言える。これが敵将からの使者が述べたとすれば一笑に付するような甘い話だが、女性であるフィデリアが単身やって来てまで述べたとなると、本気なのかという気にもなる。だが、それを信じても良いものか。


 ラングハインが左右に視線を向けるが、居並ぶ者達も決断できない。取り敢えず話を聞け、と将軍達が視線で合図を送った。


「分からぬ話ではないが、投降し武装解除されたところを斬首される恐れすらある。そうならない保証がおありか」

「武装解除などさせません。ラルフ陛下のご安全も保障いたします。ラルフ陛下がランリエルの士官というのであれば、ラルフ陛下御1人がランリエルにご退去すれば良い話ではないですか。他の方々が、どうして戦う必要があるのです」


 いや、理由はどうあれ一度皇国に弓を弾いてしまったからとか、ゴルシュタットに国境を封鎖されているからとか、色々と理由はある。所詮、国家の体面や駆け引きを知らぬ女の戯言だ。


「お気持ちはありがたいが、現実的な話ではありませぬな。国王陛下御1人をご退去頂ければ、それで済むならば苦労は致しませぬ。国王陛下がどうであろうと、リンブルク兵としてデル・レイの地にある以上、戦いは避けられませぬ」

「ならば、皆さんも、デル・レイ兵になればよろしいのではないですか?」


「はい?」


 ラングハインが思わず間抜けな声で聴き返した。他の者達も唖然としている。


「貴方がたもデル・レイ兵となれば、同じデル・レイ兵として戦う必要はなくなります」

「うわっははははっ」


 ラングハインが大笑いし他の者達も笑い出した。フィデリアは困ったような表情だ。所詮、女神と言っても外見だけ。頭の中はこの程度か。


「失礼した」

 と、何とか笑いを収めたが、まだ顔中に笑いの残照が張り付いてる。


「デル・レイ兵になればと仰るが、そう簡単な話ではありますまい。そうするには、やはり武装解除し一同投降してから、デル・レイに敵意なしとし忠誠を誓うと判断されればで御座いましょう。そもそも、かくいう私は将軍として軍の一翼を任されてはおりますが、リンブルクの貴族でもあります。デル・レイに忠誠を誓うという事は国を捨てるという事。私に先祖から受け継いだ領地を捨てろと仰るか」


 確かに、貴族の当主とその私兵が多くを占めるこの世界の軍隊を、そう簡単に他国の軍隊に組み込めるものではない。如何に王女として生まれ教養はあろうとも、万事に精通している訳ではない。軍事についての知識がなければ口が出せる話ではないのだ。


「リンブルク貴族のまま、デル・レイ兵になればよろしいではないですか」

「そのような都合の良い話があるとは思えませぬが」


 敵の重要人物と思い口調には気をつけているが、それでもうんざりした口調が表に出る。


「私に、私個人に忠誠を誓っては頂けませんか?」

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