第265:少女達の使命
「女王陛下! お逃げください!」
「いえ。良いのです。あなた達こそ逃げなさい」
侍女達と女王がお互いを庇い合う。感動の場面だ
ハイトマンがルキノに視線を向け、ルキノが小さく首を振った。
ルキノですら、遠目で見れば見間違えるだろう。離れたところから声をかけられる程度の貴族ならば、目の前に居ても間違うはずだ。それほど妻に似ていた。おそらく、このような場合を想定し、妻に瓜二つの侍女を用意していたのだ。
「貴方達。狙いは私の命なのでしょう。ならば、私だけを殺しなさい。この子達は許してあげて」
「女王様!」
女王になりきる。その夫を前にしての茶番。だが、誰一人笑う者はいない。兜の下では、涙を流す者までいた。彼女達は任務だからやっているだけ。任務の為ならば己の命すら捨てる冷酷な者達。しかし、目の前の少女達は、あまりにも健気だ。
「は、離しなさい!」
「ここは私達が食い止めます。早く、女王様を!」
2人の侍女が偽女王を両脇から抱え引きずっていく。その背後を守るように数名の侍女がルキノ達の前に立ち塞がった。手を出しかねていたルキノ達も無言で進んだ。瞬く間に立ち塞がった侍女を切り伏せた。
偽女王と彼女を引きずる侍女達にも追いついた。逃がせば、ルーペルト達には本物の女王を見分けがつかない。そうなれば、隙をついてそのまま脱出し、仲間を呼ばれるかも知れないのだ。
「女王様、お逃げになって下さい!」
死を前にしても演技を続ける。侍女達が一人、二人と立ち塞がるが、難なく切り伏せた。残るは偽女王のみ。その偽女王が跪いた。
「2階には、まだ侍女達が居ます。どうか、その子達は殺さないで下さい」
ルキノが一歩踏み出した。他の者達ばかりに、嫌な役目はさせられないとの思いだったが、ハイトマンがルキノを押しのけた。耳元で呟く。
「止めておけ。これからも奧方の顔を見たいならな」
ルキノが絶句した。確かに、妻を助けようとする妻と瓜二つの女を自ら手をかけては、妻の顔を見るたびに思い出すかもしれない。ルキノが絶句する間に、ハイトマンが偽女王の前に進み出た。
「いいぜ。分かった。もう、殺さねえよ」
「ありがとう……。良かった」
偽女王が首を差し出しハイトマンが切り落とした。
「いいだろ。これくらい」
ハイトマンが言った。偽女王の死に顔には安堵の色さえ見えた。
2階には、まだ侍女がいる。というのは、本当だろう。相手を騙すには本当に嘘を混ぜる事だ。2階にいる何人かの侍女の内、1人が侍女に扮した本物のクリスティーネのはずだ。
2階に上った彼らは、片っ端から部屋に突入した。空の部屋もあれば、侍女が居た部屋もあった。部屋の隅に縮こまり、震えているばかりだ。本当に、震えるだけで何の抵抗もしないこの娘が手練れの間者なのだろうか。おそらくそうなのだろう。そうに決まっている。もう女王が殺されたので、抵抗する必要がないとの演技だ。そうに決まっているのだ。
そして、この手の者達は、縛っておいても油断できない。生かして置けば、仲間を呼ばれる。屋敷から離れたところにいる数百人の護衛。それに気づかれぬ間に、女王を救出し、どれだけ遠くまで逃げられるかが重要なのだ。
ルキノが顔を確認し切り殺し、更に部屋を探索した。すべての侍女を殺した。
「おい……。ここには居なかったって言うんじゃねえだろうな!」
ハイトマンが叫んだ。もし、そうなら誰の所為なのか。何の為に侍女達を殺したのか。強いて言えば、情報を集めたルーペルトの所為だ。だが、そのルーペルトは屋敷の外だ。ここには、誰も答えらる者はいない。
「まさか……。殺した中に居たんじゃ……」
誰ともなく言った。ルキノの視界が一瞬真っ暗となった。皆の視線が自分に集中するのにも気づかない。まさか、自分が妻を見間違うだろうか。もしかしたら、下に居た偽女王が、本当に妻だったのだろうか。
「ク、クリスティーネ!!」
狂ったように叫び、屋敷中を駆けずり回った。2階は走り回り、1階に降りて走り回り、また2階に上った。そしてまた1階。他の騎士達も駆け回る。ぶつかりそうになった騎士を突き飛ばして、更に探す。居ない。それでもルキノは力なく歩き回った。ふと、気づいた。
初めに侍女がハイトマンに突進した十字路。正面から入って左側から侍女が突進してきた。その右側の通路の方は、まだ探していない。進んだ。真っ暗だが、どうやら炊事場のようだ。
「クリスティーネ……」
呟いた。カタッと音が鳴った。
「クリスティーネ! 居るのか! 俺だ!」
ガタガタと床から音が鳴った。
「貴方、貴方ですの?」
「クリスティーネ! 居た! クリスティーネが居たぞ!」
居た。床下にある食糧庫。単純すぎるとも思えるが、侍女達は巧みに誘導しこちらに近付けなかった。本来、重要人物は屋敷の奥に居るはず。という先入観もあった。戦っている間に抜け道かなにかから妻をここに連れて来て隠し、その侍女は後ろからルキノ達を襲えば気づかれると、元来た道を引き返したのだろう。
床下の扉を開けた。妻を安心させる為、兜を脱ぎ顔を見せた。久しぶりに会う妻。妻は涙を流し抱きついて来る。
念の為なのか、床に隠れていたクリスティーネも侍女の衣装を着ていた。相手を騙すには本当に嘘を混ぜる事。2階には確かに侍女達が居た。だが、2階以外にも侍女(に扮したクリスティーネ)が居たのだ。
「貴方。お会いしたかった……」
「俺もだ」
声を聞きつけ他の騎士も集まって来た。その瞬間、妻が叫ぶ。
「い、いやーーーー!!」
「どうした!? しっかりしろ」
「い、いや、いやーー!!」
ルキノの胸にしがみ付いた。ガタガタと震えている。そういえば、自分が居ない間に何があったか分からないが、今の妻は、男の姿を見るだけで怖がるという話だった。騎士の1人が毛布を持って来てクリスティーネに頭から被せ、ルキノが抱きしめるとやっと落ち着いた。
そのまま抱き上げた。久しぶりの再会だが、ゆっくり語り合う時間はない。
「そういえば……。侍女達が暴漢が襲ってきたので隠れてと言っていたのですけど……。貴方達の事だったのですか?」
毛布を頭から被ったまま、夫の首に手を回し言った。
「ああ……。そうだ」
「あの子達は……どうしたのです?」
クリスティーネが不安そうに言った。侍女達は、暴漢が襲って来て命が危ないと言っていたのだ。
「みんな……。叫び声を挙げながら逃げていったよ」
「リーザは? カルラは? あの子達も上手く逃げられたでしょうか。優しい子達なのです。怖がっていなければ良いのですけど」
「そうか。少し怖がらせたかも知れないな。悪い事をした」
歩きながら妻を強く抱きしめた。妻も嬉しそうに抱き返してくる。
「そう言えばレナーテには会いました? 私とそっくりなのです。まるで双子みたいだって、皆で言っていたのです。もしかしたら、貴方でも間違うかも知れません」
「まさか。間違わないさ」
優しく言った。確かに間違わなかった。間違わなかったから、殺したのだ。
十字路に差し掛かった。初めに突進してきた侍女の死体を踏み越えた。この娘がリーザなのだろうか。カルラなのだろうか。他の誰かなのだろうか。確かめるすべはなく、そして、確かめたところで全員死んでいるのに違いはない。
屋敷を出た。屋敷の外にも何人かの侍女の死体があった。ルーペルトが駆けよって来る。
「外に出て来た侍女も全員――」
「侍女は全員逃げたのだな」
ルキノが遮った。ルキノの視線を受けルーペルトも察したようだ。
「はっ。侍女は全員逃げて行きました。彼女達に気づいた追手が来るかも知れません。急ぎましょう」
「ああ」
囚われの妻を救出する。演劇ならば拍手喝采の場面だ。だが、それも自分達の立場だからこそ。義父ベルトラムの思惑はともかく、いや、ベルトラムですら娘に警護をつけるという極、常識的な命令を出したに過ぎない。そして、その命令を守った者達に、何の罪があるのか。
「あの子達にも、お別れを言いたかったのですけど……」
「また、会える事もあるさ」
また妻に嘘をついた。そしてこの嘘は、名を偽っていた事などとは比べ物にならないほど罪深い。




